怒りの琴子

「そこの便所コオロギ…早くその写真を消しなさい!」


 琴子がドスのきいた声を出しながら岡崎を睨みつけた。


「ひ、ひいぃ…」


 岡崎は琴子の怒りのプレッシャーに臆したのか、膝をガクガクと震わせていた。気持ちは分かる。正直僕も怖いもん。今の琴子を例えるならまさに「鬼」だ。


「どうしたのですか? 言葉が分からないのですか?」


 琴子は要求に応じない岡崎にズシズシと近づいていく。


「く、くるな、くるなぁ~!!!」


 岡崎は恐怖心からかその場に尻もちをつき、半泣きになりながら琴子を見上げる。そしてそれと同時に彼の股間が濡れ始めた。彼の股間とその下の地面に水たまりができ、アンモニア臭が辺りに立ち込める。あいつ…もしかして小便漏らしたのか?

 

 岡崎…いつもは横浜と一緒にイキっていたくせに琴子に睨まれただけで小便漏らすような情けない奴だったのか。


 琴子は岡崎が尻もちをついた際に落とした彼のスマホを拾い上げると、写真のフォルダを開いて僕と柏木が抱き合っている様に見える写真をデリートした。


「…これでよし、武光君がドブネズミと抱き合ってる写真はこの世から抹消した…と。ああそれと、次このような事をしたら…分かってますよね?」


 彼女はギロリと岡崎を見下す。岡崎はライオンに睨まれた小動物のように琴子に平伏した。


「は、はぃ。もう2度としません」


 岡崎にもう自分に逆らう意思はないと見た琴子は次に柏木を睨み付けた。


「ドブネズミ…よくもやってくれましたね。私の武光君を穢して…」


 琴子に睨みつけられた柏木はビクリと震えつつも彼女に反抗する。


「な、なによ。陰キャ女がちょっと髪切ったぐらいで調子に乗っちゃって…馬鹿じゃないの? あんたたち陰キャは大人しく秀君のおもちゃにされてればいいのよ!」


「なんですって?」


「ひぃ…。くっ、きょ、今日の所はこれで勘弁してあげるわ」


 最初は強がっていた柏木も琴子の怒りのプレッシャーに耐え消れなくなったのか、その場から逃げ出した。


 しかし柏木の奴…彼女は何故自分から横浜が新しい女を作る手伝いをしているのだろうか? 今カノなら全力で拒否するべきなんじゃないか? もし横浜に新しい女が出来た場合、柏木は無惨に捨てられるだけだと思うのだが…良く分からんな。


 柏木と岡崎がその場から去ると琴子の怒りのプレッシャーはフッと消えた。そして彼女は僕に抱き着いてくる。


「武光君! 大丈夫だった? 写真は消したよ。他に何か変な事されてない?」


「大丈夫。他には変な事されてないよ。ありがとう琴子、助かったよ」


 彼女には助けられてしまった。うむむ、情けない。本来なら男である僕が彼女を助けるべきなのに。不覚だ。


「困った時はお互い様だよ。武光君が困っている時は私が助ける。反対に私が困っていた時は武光君が助けてね」


「琴子…。うん、ありがとう」


 あぁ、やはり琴子はいい娘だ。柏木みたいなクズとは文字通り人としての格が違う。


 琴子はそのまま僕に抱き着いていたが「スンスン」と鼻を鳴らすとうつろな瞳をして呟いた。


「武光君からあのドブネズミの匂いがする…」


「えっ?」


「浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ浄化しなきゃ…」


「ちょ!? おわっ!?」


 僕はそのまま凄い力で琴子に運動場の端にある今は使われていない古いトイレまで引っ張られていった。



○○〇


「琴子、一体どうしたのさ? むぐっ…」


 運動場の端にあるトイレの個室に入り、鍵をかけた彼女はいきなり僕にキスをしてきた。そしてすかさず舌を入れて来る。更には腕を僕の背中に回して逃げられないようにガッチリロックを決め、身体をスリスリと僕にこすり付けて来た。彼女の身体の柔らかさが僕を襲う。


 これは…まずい。口の中と身体に感じる気持ちよさが麻薬のように僕の脳をこれでもかと攻め立てる。このままだと僕はデロデロに溶かされてしまうだろう。あの時はチャイムのおかげでなんとか助かったが、今回はそうもいかない。


「ちゅぱ♡ 浄化しなきゃ…。私の武光君が穢れないように…浄化するの。んちゅ♡」


 どうやら琴子は僕に柏木の匂いが付いているのが気に入らないらしい。先ほど彼女に羽交い絞めにされた時に付いたのだろう。


 僕の脳を足掻いきれない快楽が襲う。やっぱり気持ちが良い。でもこれはダメなんだ。学生の間は節度のあるお付き合いをしなきゃダメなんだ。僕はなんとか理性を振り絞って彼女から口を離す。


「ことこ…前も言ったけど。こういうのは学校ではやめておこう」


「今だけ許して♡ 武光君からあのドブネズミの匂いを消すだけだから、ちょっとだけだから♡」


 琴子はなんとしても僕から柏木の匂いを消し去りたい様だ。彼女は独占欲が人一倍強い。だが僕もこのままでいては彼女にドロドロにされてしまう。どうしよう?


「分かった! 琴子、僕はこの服を脱ぐよ」


 僕は彼女に溶かされつつあるぼんやりとした頭でなんとか考えた結果、今着ている制服を脱ぐ事にした。


 柏木に触れられたのは僕の制服の部分だけ。彼女の匂いのする服さえ脱げば琴子は納得してくれるのではないかと思ったのだ。それに加えて携帯していた消臭剤を制服に「シュッシュッ」とかける。そして僕自身は鞄に入っていた体操服を着て、制服を鞄にしまった。


「この制服は帰ったらすぐ洗濯するよ。これで柏木の匂いはしないと思うけど…どうかな?」


「う、うん。まぁこれなら…」


 どうやら琴子は納得してくれたようだった。彼女の目にハイライトが戻る。ホッ…助かった。あのまま続けていたら間違いなく僕は彼女に溶かされていただろう。


「でもその代わり…えいっ♡」


 琴子はまたもや僕に抱き着いてくる。あれ? 実はまだ気が済んでないの?


「今度は私の匂いをマーキングしとくね♡ 武光君は私のだから♡」


「ああ、そういう事か」


 まぁ…これくらいならいいかな? 僕たちはしばらくの間トイレで抱き合っていた。



○○〇


※11/29 内容を少し修正しました。


ちなみにまだまだ「ざまぁ」はジャブ程度です。


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