懲りない横浜

 琴子とデートをした翌週の月曜日、僕はいつも通り学校に向かった。自分のクラスに入り、すでに登校してきていた前の席に座る康太に挨拶をする。


「おはよう、康太」


「おう、おはよう。あれ? 今日はお前1人? 瀬名さんは? …もしかして先週のデート、上手くいかなかったから別れたとか?」


 康太が1人で登校してきた僕に不安そうな顔をして尋ねて来た。僕と琴子は先週毎日2人揃って登校してきていたので、今日1人で登校してきた僕を見て何かあったのではないかと勘違いしたのだろう。


 先週デートをしたという事は康太にはrein…スマホのメッセージアプリで伝えてある。


「まさか、そこそこ上手く行ったよ。琴子は今朝『ちょっと家の用事ができたから一緒に登校できないの。ごめんね!』って連絡があったんだ。だから1人で来たの」


「ホッ…良かった。親友カップルが付き合って1週間で早々に別れたんじゃないかと思って冷や冷やしたぜ」


「縁起でもない事言うなよ…。僕たちの関係は順風満帆だ」


「それで…どうだったんだデート?」


 康太は自分が座っている椅子から身を乗り出して興味津々に尋ねて来た。他人の色恋の話題ってのはどうしてこうもみんな興味津々なのかねぇ。まぁ…僕も仮に康太に彼女が出来たら同じことを尋ねていたと思うけど。


「手ぇぐらいは繋いだのか? このこのぉ色男め! あんな美人彼女にしやがって!」


 彼はニヤニヤしながら肘で僕をつっ突いてくる。僕は彼の言葉にデートでの彼女との別れ際の事を思い出して少し頬が熱くなった。


 初デートで手を繋ぐどころか、腕を組んで胸を押し当てられて、更にキスまでしました! …と言ったら彼はどういう反応をするだろうか? …言わないけど。


 あまり他人に自分たちの恋愛の進捗状況を言いふらしたりするのは好きではない。こういうのはあくまで恋人同士の秘密。秘めておくべき事だと僕は思うのだ。なので僕ははぐらかす事にした。


「うん、まぁ繋いだかな?」


「おうおう! 初心うぶな反応だねぇ! いいねぇ出来立てホヤホヤのカップルは初々ういういしくて…。俺にも昔そういう時期があったなぁ…」


 康太は腕を組んで窓の外を見ながら遠い目をする。


 彼は一体どういうポジションを目指してるんだ…? なんか経験豊富な師匠ポジみたいな物言いをしているけど、康太だってまだ誰とも付き合った事のない童貞だよね? 後方彼女面ならぬ、前方師匠面である。


「あっ、そうだ! これ伝えとかないと」


 窓の外を見ていた康太は何かを思い出したのか、急に真面目な顔になると声を潜めて僕に耳打ちしてきた。


「サッカー部の友達から聞いたんだけどよ。また横浜がなんか余計な事考えてるらしいから気を付けとけよ。瀬名さんをちゃんと守ってやれな」


 横浜が…? この前琴子にこっぴどくフラれてたのにまたなんか考えてるのか。めんどくさい奴だなぁ…。フラれたんだから大人しく引き下がっとけばいいのに…。でも注意しておくに越したことはない。康太の情報に感謝しないとな。


「おはよー武光君♡ ごめんね、今日一緒に登校できなくて…」


「おはよう琴子、全然気にしてないよ。家の用事は終わったの?」


「うん、もう大丈夫」


 康太とそこまで話した所で琴子が登校してきた。僕がこの前プレゼントしたチョーカーを首に付けている。


 うーん、何事もなく平和に済めばいいのだが…。



○○〇



 3限目の化学は化学実験室での授業だったので、僕たちはそこに移動して授業を受けた。そしてその授業が終わった後、たまたまその日の日直だった琴子は教師から大量のプリントを教室に運ぶように頼まれた。


 どう見ても琴子1人で持ち運ぶには大変な量である。僕は彼女を手伝う事にした。


「琴子、手伝うよ。貸して」


「ありがとう武光君♡」


 僕はプリントの8割ほどを持つ。残りが琴子の分だ。ここは男である僕が多めに持つべきだろう。


 しかし2人でプリントを持って教室にいざ帰ろうかと言う時、くだんの横浜が僕たちに近づいてきたのだ。


「瀬名さん、俺も手伝うよ」


 横浜はいつぞやの誠実スタイルで琴子に話かけてきた。一体何を考えているんだこいつは…? 僕は琴子の前に立ち、彼女をガードする。


「俺、瀬名さんにああ言われてから反省したんだ。確かに今までの俺は不誠実だった。でも今の俺は違う! 心を入れ替えたんだ! でも口だけでは信用して貰えないと思う。だから俺の行動を見て判断してくれないか!」


 横浜は演技がかった口調でそう言った。もしかして…散々女の子をもて遊んだ不誠実な人間が反省して誠実な対応をすれば、自分の事を見直してくれて惚れてくれる…とでも思っているのだろうか? 所謂「ゲインロス効果」呼ばれるものである。


 普段は素行の悪い不良がたまに善行をすると良い奴だと評価されたり、DV男がたまに見せる優しさによりDV被害者がDV男を優しい人間だと思うのもこの「ゲインロス効果」と言われる。


 …がそれに騙されてはいけない。そもそもな話、誠実な人間は最初から女の子をもて遊ばないし、良い奴は最初から不良になんてならないのだ。全ては横浜の計算のうち、姑息な手を使う奴だ。


 腹が立った僕は彼を睨みつけた。


「横浜! お前はこの前琴子にフラれたんだからもう関わって来るなよ!」


「うっさい! 俺は瀬名さんと話してるんだよ! お前みたいな陰キャチー牛には言ってねぇ! 牛丼屋にでも行ってチー牛注文してろよカス!」


 早速化けの皮が剥がれたな。人を散々罵倒してくるような奴が反省して誠実になっているはずがない。所詮はこんなもんだ。琴子はこんなのに騙されないよな? 僕は琴子の方を見た。


「えっと…? 武光君誰かと話してるの?」


「え?」


 僕は琴子の反応に困惑する。えっと…?


「そこに誰かいるの? 私にはゴキブリが1匹動いている様にしか見えないけど…?」


 ああ、なるほど。理解した。琴子は最初からこいつなんて相手にしてないんだ。こいつは彼女にとってゴキブリと同じような存在で人間の扱いですらない。僕は思わずそれに苦笑してしまった。


「この野郎…」


 横浜は怒りの形相でプルプルと震えていた。お前の魂胆なんて琴子にはお見通しなんだよ。これに懲りたら琴子に関わろうとするのは止めるんだな。おっと…あまりここに長居していると次の授業に遅れてしまう。


「琴子、次の授業が始まっちゃうから早く行こうか?」


「うん、そうだね」


 僕たちは怒りで震える横浜を置いて化学実験室から出た。



○○〇


すいません、また長くなっちゃいました。なるべく2000字以内に収めようとはしているんですが…。


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