外堀を埋めてくる彼女

「…つ君、…けみつ君!」


「う? ううん?」


 朝、ベットの上でねぼけた僕の事を呼ぶ声がする。一体誰だろうか? 母親の声ではない。もっと若い…でも最近よく聞いたような声だ。


「武光君! 朝だよ。起きて!」


 声に呼ばれて僕の意識は夢の世界から覚醒する。まだ眠い目をこすって瞼を開けた。


「えっ、琴子!?」


「はい、おはようございます武光君♡」


 すると目の前にいたのはまごうこと無き僕の彼女である瀬名琴子だった。制服にエプロンを付けた彼女が僕の目の前にいる。何故彼女はここに居るんだろう? ここって僕の部屋だよね? まさかまだ夢の中とか? 僕は自分の頬とつねった。


「痛い…」


「ふふっ♪ やっぱり武光君って面白いね♪」


 「痛い」という事はここは夢の中ではなく現実であるという事だ。


 僕は周りを見渡す。漫画が沢山詰まった本棚、小学生の時から使っている勉強机、そして机の上には最近新しく機種変したばかりのスマホが乗っている。どこをどう見てもここは僕の部屋である。


 …僕は昨日の記憶を思い出してみる。昨日は確か…琴子とは公園でクレープを食べた後に別れたはずだ。僕の家と彼女の家は正反対の方向に位置している。彼女と別れた僕は自宅に帰って、明日提出の宿題をして…お母さんの作った晩御飯を食べた後に風呂に入り、ベットの上でスマホでネットサーフィンをして寝た記憶がある。


 琴子が昨日僕の部屋に泊まったという事実は無いはず…なのに何故彼女が僕の部屋にいるのだろうか?


 彼女は表情から僕の考えを読み取ったのか疑問に答えてくれた。


「今日はね、武光君と一緒に登校したくて家の前で待ってたの。そしたら武光君のお義母様が家の中に入れてくれてね。ついでだから朝食の準備も手伝ってたんだ♪ それにしても武光君って意外と寝坊助なんだね。もうそろそろ準備しないと学校に遅れるよ?」


 なんだ、そうだったのか。そういえば彼女からほのかにみそ汁のいい香りがする。


 ってそうじゃない!? 今の時間は!? 僕は壁にかけてある時計を見た。8時ちょうど…確かにそろそろ準備しないと学校に遅れる時間だ。


「ごめん琴子、すぐに準備するから待ってて」


「下の階で待ってるね♪」


 僕は急いで寝間着を脱ぐと制服に着替えて下の階へと降りた。下の階では琴子とお母さんが談笑していた。


「あっ、武光! あんたやっと起きたのね! 朝から彼女さんに迷惑をかけて…」


「いえいえ、お義母様。私が好きでやってることですから…」


「なんていい子なの! それに朝ご飯の準備も手伝って貰ちゃったし…。ウチのバカ息子にはもったいないぐらいだわ…」


「そんなことは無いです。私は武光君は素晴らしい人ですから!」


 琴子の言葉にお母さんは感激して涙を流している。僕が寝ている間に2人は大分打ち解けている様だ。


 お母さんは僕の近くに来るとそっと耳打ちしてきた。


「(あんたいつの間にあんなべっぴんさんの彼女捕まえたんだい? 絶対逃がすんじゃないよ! あたしゃ嫁に来るなら琴子ちゃんみたいな子がいいからね!)」


 これは所謂外堀を埋められている…という事なのだろうか。自分でも気が付かないうちにまるで蜘蛛の糸に絡められた獲物ように僕は彼女から逃げられなくなっていく。まぁでもいいか。僕も今のところは琴子と別れるつもりは無いし。


 琴子はとてもいい娘だ。欠点と言えば愛が少し重い事だけ。自分でもどんどん彼女に惹かれて言っているのが分かる。尽くしてくれる子にはこちらも尽くしたくなるのだ。


 柏木にフラれて以降…僕は女の子をちゃんと好きになれるかどうか不安だったが、琴子なら好きになれそうだ。


「あっ、武光君。早く朝ごはん食べないと時間無くなるよ!」


「おっと…」


 そうこうしているうちに時計は8時20分を指していた。僕の家から学校までは歩いて15分ほどかかる。8時45分には点呼があるので教室に入っておかなくてはならないため、本当にギリギリの時間だ。


 僕は急いで食卓に着いた。今日の朝ご飯は白飯にみそ汁にサケか。古き良き日本の朝食という感じである。


「みそ汁は琴子ちゃんが作ったのよ。わたしも味見したけど絶品なんだから!」


「いえ、私なんてまだまだですよ。それよりもお義母様、今度佐伯家の味を教えてくださいね?」


「まぁ!? 空いている時間でよければいつでも教えるわ! あっ、これわたしの連絡先ね!」


「ありがとうございます!」


 お母さんが恍惚とした表情で琴子のみそ汁を褒める。僕も一口飲んでみた。確かに上手い。お母さんの作ったみそ汁は出汁の味が薄くてイマイチ好きではなかったのだが、琴子のみそ汁はちゃんとカツオの出汁が聞いていた。…正直お母さんのみそ汁より美味い。


 僕はペロリと朝食を食べ終えた。


「さぁ、武光君。学校に行こう!」


 僕は琴子と一緒に家を出た。美少女と一緒の登校…なんか今日は良い事ありそうだな。



○○〇


まずは母親を攻略されました。


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