髪を切って現れた彼女

「おはよー康太」


「おう、おはよう武光! で、昨日の告白どうだった?」


 初彼女が出来た日の翌日。僕が教室に登校すると康太はもうすでに席に座っており、席に座るや否や自分の席から身を乗り出して昨日の告白の件を聞いてきた。


「うん、嘘告じゃなくて正真正銘の告白だったみたい。とりあえずお試しで付き合う事になったよ」


「おおっー! 相手は誰だったんだ?」


「瀬名さんだよ」


「瀬名って…瀬名琴子の事か? あの前髪のクソ長い? 武光の隣の席の?」


 やはり周りの人の彼女への印象は「前髪の長い人」らしい。僕も昨日まではそう思っていたけど、実は彼女はその前髪の下に物凄く美しい顔を隠している美少女なのだ。


「何でまた瀬名なんだ? 武光となんか絡みあったっけ?」


「前にちょっとあってね。その縁で告白された」


「へぇ~、何はともあれ初彼女おめでとう! 大事にしてやれよ!」


 康太はニカッと笑って僕に彼女が出来た事を祝福してくれた。友人の幸福を素直に喜べる彼はやはり良い奴なのだろう。彼と友達になれて良かった。


 僕の彼女である瀬名さんはまだ登校してきていない様だった。彼女はいつもならもうとっくに来ている時間帯だけど…どうしたのだろうか?


 reinを開いて彼女にメッセージを送ろうとしたのだが、そこで横から「おはよー武光君♡」と声をかけられて思いとどまる。この声は瀬名さんだ。どうやら今教室についたらしい。


 僕はスマホの画面から顔を上げて声のした方向を見た。するとそこにはいつもの前髪の長い瀬名さんではなく、前髪をバッサリと切ってその下の美少女の素顔をあらわにさせた彼女がニコニコと笑顔を僕に向けて立っていた。


 あ、前髪切ったんだ。もう顔は隠しておかなくてもいいのかな? まぁ単純に夏は暑いからという理由も考えられるけど。


「えっ、誰この美少女? 武光の知り合い?」


 彼女の素顔を見たことが無いであろう康太が僕とその美少女の顔を交互に見比べながら困惑している。誰だかわからなくて当然だ。僕も瀬名さんの素顔を知った時は驚いたのだから。


「誰って…瀬名さんだよ。瀬名琴子さん。さっき話した」


 僕は康太の問いに答えた。彼はそれが信じられなかったのか、更に疑いの言葉を投げかける。


「おいおい武光、エイプリルフールはもうとっくに過ぎてるぜ?」


「私は瀬名琴子だよ田中君」


 瀬名さんは自分の生徒手帳をポケットから取り出して康太に見せた。生徒手帳の名前の欄には確かに「瀬名琴子」と書いてある。これを提示されては康太も信用せざるを得ないだろう。


「は? ガチ!?」


 康太は心底驚いたという表情で口をあんぐりと空けて瀬名さんの方を見つめる。そして康太は僕の腕を無理やり掴んで教室の外へと連れていった。彼は僕と肩をがっしり掴んで逃げられないようにするとヒソヒソと口を開いた。


「(おい、どういうことだよ!? お前瀬名さんがあんな美人だって知ってたのか?)」


「(ううん、僕も知ったのは昨日だよ)」


「(そうか…あんな美人が彼女。くぅ~羨ましいなぁ!!! でも気を付けとけよ。あんな美人が彼女なら絶対に妬みで絡んでくる奴がいるだろうからな)」


「(そうだね。僕が瀬名さんをちゃんと守るよ)」


「(その意気だ。頑張れ武光!)」


 そこでチャイムが鳴り、担任の先生が廊下の向こうからこちらに向かってきているのが見えた。僕たちはヒソヒソ話を止めて自分たちの席に戻る。


 僕が自分の席に座ると瀬名さんはニコニコしながら僕を見つめて来た。


「えっと…どうしたの瀬名さん?」


 彼女が何故こちらをずっと見つめているのか理由が分からなくて僕は彼女に尋ねた。


「んーん♪ ただ武光君の横顔カッコいいなーって。あっ、そうだ! 今日のお昼お弁当一緒に食べようよ。だから予定空けておいてね?」


「それはいいけど…」


 僕の事をカッコいいと言ってくれるのは素直に嬉しいのだが…あんまり他人に見つめられた経験が無いからか、ずっと見つめられているとなんか落ち着かない。



○○〇



「え゛ーっと…お前、瀬名なのか? 瀬名琴子?」


「はい、そうですよ」


 SHRの最中に担任の先生が点呼を取っていたのだが、前髪を切った瀬名さんが前の瀬名さんとかけ離れすぎているため困惑している様だった。


「う、うーん…確かに背丈と声は一緒か。髪切ったのか?」


「はい、ちょっとイメチェンしようと思って」


「瀬名琴子、出席っと」


 先生は半信半疑ながらも点呼表にマルをつけたようだ。そしてその先生の動揺は他の生徒にも広がっていたようで、瀬名さんの美少女スタイルを見た他の生徒たちからもザワザワと動揺の声が上がる。


「えっ? あれ瀬名さんなの? クッソ美人じゃん!」「無茶苦茶可愛い…。ウチの学校で1番美人なんじゃないか?」「いや、この学校どころか全国レベルの容姿だろ…。東京でアイドルとかやってても不思議じゃないぞ」「なんでいきなり髪切って来たんだろう。可愛ええ…」「ああ゛~天使じゃ! 天使がこの世に舞い降りおったわい」


 みんな瀬名さんの美少女っぷりに度肝を抜かれたようでクラスの男子の大半は目にハートマークが浮かんでいるように見える。


 凄いな…瀬名さんは確かに美少女だとは思っていたけど、ここまで反響があるとは思わなかった。これは康太の言った通り僕がやっかいな男子生徒から彼女を守らなければならないな。なんせ僕は瀬名さんの彼氏なんだから。


 1限目の授業が終わった後の休み時間、案の定瀬名さんの元にクラスの男子が大挙して押し寄せて来た。


「瀬名さん! 俺とreinID交換しない?」「いやいや、俺が先だ!」「今度の日曜俺とデートに行かね? 美味しいお菓子食える店知ってるんだ」「てめぇ! 抜け駆けしてるんじゃねぇ!」「俺と付き合ってくれ!」


 前髪が長かった頃の瀬名さんにはみんな彼女の事を陰キャと言って見向きもしなかったのに、素顔が美少女だと分かった途端にこの手のひら返しである。


 良くもまぁこんな態度を取れるもんだ。そういう態度はむしろ瀬名さんにはマイナスになるって分からんかね。


 僕は瀬名さんに迫って来る男子を追い払おうと席を立とうとしたのだが…それより先に彼女が動いた。


「ごめんなさい! 私、武光君と付き合ってるの!」


 彼女はそう言って僕の腕に抱き着いてくる。


 えっ、もう付き合ってること言っちゃうんだ。まぁ僕は別に構わないけど。それを聞いたクラスの男子連中から阿鼻叫喚の声が上がる。


「ええええええ! もう付き合ってる奴いたのかよ…」「佐伯と? なんで?」「そんな奴より俺の方がイケメンだぜ! 俺に乗り換えない?」「そうだったのか。おめでとう! 瀬名さんを幸せにしろよ」「佐伯、お前瀬名さん泣かしたら許さないからな!」


 男子共から祝福の声と一緒に罵声も聞こえてくる。罵倒してきた奴はブラックリストに入れておこう。顔覚えたからな。


 こうして僕と瀬名さんが付き合っている事はクラスの全員が知る事になってしまったのだった。



○○〇


いきなりのカミングアウト。男子生徒から嫉妬される主人公。


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