僕はその娘を暴漢から助ける

 僕が早苗に告白した週の土曜日。その日は僕が贔屓にしている漫画の新刊の発売日だった。少し遅めの時間に起きた僕は朝ご飯を食べた後に本屋に向かう事にした。


 AM@JONで注文しても良いのだが、僕は紙の本を本屋で直接手に取って買うのが好きだった。僕の家から本屋までは結構距離がある。なので基本的にはいつも自転車で本屋に向かうのだが、今日僕は何故だが歩きたい気分だったので歩いて本屋へ向かった。


 玄関を出るとムワッとした空気とグサリと肌を刺すような日差しが僕を迎える。もう7月なのだ。夏真っ盛りの天候である。


 草木は彼らにとっての栄養である太陽の日差しをめい一杯吸収せんと青々と茂り、そしてその葉が生い茂った木にはオスのセミがメスに求婚せんと「ジージー」うるさく鳴いている。


 僕はそんな夏の風物詩を目で見て、耳で聞き、肌で感じながら本屋への道を歩いていった。いつもは自転車で一気に走り抜けるだけだが、たまにはゆっくりとこういうおもむきを感じながら行くのもいいものだ。

 

 そういえば…あの自称神様から貰った胡散臭い勾玉なのであるが、依然として効力を発揮することは無かった。えっと…確かヤンデレの美少女に惚れられる効果があるってあの自称神様は言ってたっけ?


 あの人の言葉を信じてこの1週間、風呂に入る時以外は肌身離さず身に着けていたのだが…僕に女の子が惚れるどころか碌に女の子との会話すらなかった。母親を異性に含めて良いのかどうか分からないが、僕がこの1週間で話したのは早苗を除くと母親だけである。


 やはりあの髭もじゃの自称神様はただの変質者で、この勾玉はただの綺麗なだけの石なのかもしれない。


 まぁ冷静になって考えてみるとそんな都合のいい話があるわけないよな。神社にお参りをしたら神様が出てきて願いをかなえてくれる神具をくれるなんてラブコメ漫画の導入みたいな事が現実で起こりえるはずないのである。


 僕は胸に垂れ下がっている勾玉を見つめた。その勾玉は貰った時と同じく怪しい青い光を放っていた。


 綺麗であることには変わりないし…つけておいても別に損はないので僕はそのままつけておくことにした。



○○〇



「ありがとうございましたー」


 僕は本屋で目当ての漫画の新刊を買うと早速家に帰って読むべく帰路につこうとした。しかしその時僕はふと「せっかくだから来た時とは違う道を通って帰るか」という事を思いついた。本当にただの気まぐれである。


 本屋に来た時はいつも通っている大通りの道を通って来たのだが、歩きで来ているのだし、普段は通らない道を通って帰るのもいいかもしれない。どうせ家に着くまでの時間は大通りを通った場合とさほど変わらない。


 そう思った僕は大通りの道は通らずに本屋の横にある小道に入って行った。この小道はコンクリートで塗装すらされていない砂利道で、いかにも裏道…と言った感じの道である。本屋の裏の民家と何某なにがしとかいう会社のビルの間を抜け、そのまま家のある方向へと進んでいった。


 この道はあまり人どおりが無い。基本的に民家しかないのでその家の住人以外は用が無いので近づかないのだ。相変わらずうるさく鳴くセミの声を聴きながら、家と家の間の小さい道を進んでいく。そのまま進んでいくと僕は少し広い空き地の様な所に出た。


 以前は誰かの家があったらしいのだが、取り壊されて今は不動産所有の空き地になっている。その空き地の中をチラリと見ると、どう見ても不動産関係者ではないであろう複数人の人影がいた。1人の女の子を2人組のガラの悪い男が空き地の壁際に追い詰めている。


「なぁ姉ちゃん。俺らと一緒に遊びに行かね?」


「グへへへへ。楽しい事しようぜぇ!!!」


「い、いえ結構です」


 ナンパだろうか? 今どき異性との出会いなんてスマホがあればマッチングアプリで簡単にできる時代なのに珍しい事をする連中である。


 僕は壁際に追い詰められている女の子を見て、そしてその子に目を奪われた。とんでもない美少女だった。


 髪はしっとりとした黒髪で、まるで上質の黒絹のようなそれは彼女の腰のあたりまで優雅に垂れ下がっている。顔は目はパッチリとチャーミング、鼻筋は綺麗に通っており、薄ピンク色の唇は瑞々しくてまるで新鮮なフルーツのよう。


 背は160ちょいぐらいだろうか。僕よりも少し低めである。胸部は服の上からでも分かるほど盛り上がり、スタイルが良い事が分かる。


 まごうことなき美少女だ。僕はこのレベルの美少女を今まで見たことが無い。故に眼が釘付けになってしまった。


 もちろん今週の頭まで僕は早苗の事が好きだったので、彼女以外の美少女を見てもさほど心がときめかなかった…というのもあるが。それにしてもこれほどの美少女を見たのは僕の人生で初めての事である。


 某アイドルは100年に1人の美少女と呼ばれているらしいが、まさに僕の目の前にいる娘もそれくらいの希少性のある美少女であることは間違いないであろう。


「俺近くにカラオケあるの知ってんだ。今からいこうぜ」


「なぁに歌を歌うだけだからよ。『アンアンアン、とっても気持ち良い♪』ってさ」


「い、いや…」


 男がその美少女の手を掴んだ。これは助けた方が良いか。


 今までの僕ならそこで足がすくんで動かなかっただろう。だが神社の神聖パワーがまだ僕に残っていたのか、その時の僕はやる気に満ち溢れていた。


「その娘嫌がってるぜ。そこら辺にしてやりなよ」


 俺は空き地の中に入るとその男の手を掴んで女の子から引き剥がした。


「なんだてめぇ…」


「ガキが調子乗ってんじゃねーぞ! 正義の味方のつもりか?」


 案の定2人組の男が怒った形相で僕の方を見てくる。でも不思議と全く怖くはなかった。


「なんなら警察呼んでもいいんだぜ? 今なら見逃してやるからどっかに行きな」


「なめやがって。ちょっと痛い目を見て貰わんと分からんようだな」


「覚悟しいやクソ坊主」


 男の片割れが僕に殴りかかって来た。しかし、僕にはその拳が酷くスローモーションに見えた。


 …遅い!


 僕はその拳を余裕で躱すと男の顔に右ストレートをぶち込んだ。当たり所が良かったのかその男は吹き飛んだ。


 おおっ! 僕って実は結構やれたんだ。新たな発見である。元から運動は出来ない訳ではなかったけど、自分がここまで動けるなんて知らなかった。


「くらえ!」


 もう1人の男が僕の後ろから同じく拳を打ち込んでくるが…声を出したら不意打ちにならんだろうがよ。不意打ちってのは静かにやるもんだぜ。


 僕は素早くそれを躱すと今度は左ストレートを不意打ちしてきた男に叩き込んだ。鼻にクリーンヒットしたのか男の鼻から鼻血が飛び出た。


「クソ、覚えてやがれ!」


「お前の母ちゃんでべそ!」


 暴漢2人組はお決まりの捨て台詞を吐いて空き地から去っていった。ふぅ、終わったか。僕は女の子の方を向いて安否を問う。


「大丈夫?」


「えっ…。あっはい//// 大丈夫です////」


 うーん、少し彼女の顔が赤い気がするんだけど…熱中症か何かかな? 今日は暑いからなぁ…。


「このあたりは人どおりが少ないからあまり1人で通らない方が良いよ。そこの家と家の間の小道をまっすぐ進むと大通りに出るからそっちを通った方が良い。じゃ、僕は行くね」


「ちょ、ちょっと待ってください。お礼を」 


「お礼? いいよ別に。気にしないで」


 僕は早く家に帰って漫画の新刊が読みたかったので断った。お礼と言われても別に大したことはしてないしな。


「せ、せめてお名前を」


「名乗るほどのものじゃございません。じゃ、そういう事で」


 おそらくこう言った方がカッコイイだろう。僕はニヒルにそう言うとそのまま家までダッシュすることにした。


「今の人…同じクラスの…」


 去り際にそんな声が聞こえた気がしたけど、僕のクラスにあんな美少女はいないのでおそらく人違いだろう。



○○〇



「ただいまー」


 暑い中走って帰って来たので汗でベトベトになっていた。自分の部屋に入るとエアコンをつけ扇風機を「強」にして汗を引かす。そしていよいよ楽しみにしてた漫画の新刊を読もうとして僕は気が付いた。


「あっ…漫画の新刊あの空き地に落としてきた」


 男どもと殴り合った際に落としたのだろう。クソッ…今週は良くない事ばかり起きるな。僕はもう1度外に出る気力がわかなかったので、その日はそのまま眠ることにした。



○○〇


フラグが経ちました。


ヒロインの事が気になる。面白い! と言う方は☆での評価や作品のフォローをお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る