人生充実法のイレギュラー

ちびまるフォイ

充実しているかどうか判定

「ハワイ楽しかったね」

「ね~~」


ごきげんな娘なと妻の荷物を持ってやっと空港へ到着。


「疲れた……」


エスカレーターに乗ろうとしたときだった。

警報がなって警官がすっとんでくる。


「そこのお前! 動くな!!」


「え、ええ!? なんですか!?」


「人生充実法により逮捕する!!」


あっという間に手錠をかけられてパトカーに乗せられた。

警察署についても、ハワイ帰りの花のわっかはつけっぱなしだった。


「あのぅ、どうして僕はここへ……?」


「貴様、容疑を認めないつもりか」


「認めないも何もないですよ。

 なんですか人生充実法って」


「今年から開始された法律も知らんのか。これを読め」


警官は分厚い資料を机においた。


「えっと、"あまねくすべての人間は幸福でなければならない。

 したがって人生充実指数が低い人間は

 幸福な人間への障害となりかねないため逮捕する必要"……え!?」


「貴様の人生の充実指数は低い。だから逮捕した」


「いや、あのタイミングだったからでしょう!?

 普段はもっとちゃんと人生を充実してますよ!」


「バカンスの帰り道以上に、

 人生で充実している時間などない!」


「あります!」

「だったら言ってみろ!」



「えーーっと…………」



「そら見たことか。貴様はやっぱり人生を充実できてないじゃないか」


「そんなはずは……」


「今後、貴様は人生充実してない人間として保護観察処分となる。

 この先も今のように人生を充実しないまま過ごすようなら

 今度こそ牢屋にぶちこんでやるからな」


「なんで人生充実してないと、

 さらに追い詰めるような場所に放り込まれるんですか!」


反論はしたものの、心のそこでは国家権力には勝てないと諦めていた。

保護観察つきの解放となったが、事情を話すと妻は変に納得していた。


「私は警察側の気持ちわかるわ。

 あなたはいつも人生につまらなそうにしているもの」


「それは別にいいじゃないか……」


「よくないわ。私の充実指数を見てよ。高いでしょ?

 でもあなたが近くでつまらなそうにしていると、

 充実しているはずの私もつまらなくなっていくのよ」


「人を腐ったみかんみたいな扱いをしなくても」


「どのみち、このまま人生つまんなく過ごしていたら

 逮捕されちゃうんだし、いい機会じゃない。趣味でも始めてみたら?」


「そうかなぁ」


もうかれこれ30年働きどおしで、まだまだ仕事には打ち込みたいと思っている。

会社がいちばん忙しい時期だったのもあり、趣味や家族サービスとは縁遠かった。


今は昔に比べてある程度は休みを取りやすい状態になったが、

平日の充実度に比べて、休日のやることなさはあまりに退屈。


なんだったら働いている方がいいくらい。


でもそんなことを話せばきっと人生が充実してないと言われてしまうだろう。


「……よし、ゴルフでも初めてみるか」


同年代の同僚は一定の年齢になるとゴルフを始める。

きっと趣味として始めやすく楽しいのだろう。


さっそく初めてみると、意外にも才能があるようで

初心者の中ではいい感じにコースを回れた。


キャディさんも驚いていた。


「お上手なんですね。これは才能ありますよ」


「そうですか……」


「楽しくないんですか? 充実してませんか?」


「あの、つかぬことをお聞きするのですが……」


「はい」


「穴にボールを落とすと、何が楽しいんですか」


「……」


キャディさんはアンドロイドでも見るような顔をしてしまった。

ゴルフはどうにもハマらなかった。


その後も趣味を初めてみるが長続きはしない。


読書をはじめれば眠くなるし、

カメラを買っても撮るものがない。


囲碁や将棋は難しいし、

盆栽を育てても楽しさがわからない。


「ちょっと。家に趣味の道具が増えすぎてるんだけど」


「ああ……すまん。どれも長続きしなくてね」


「あなたの充実指数、むしろ前より下がってない?」


「え゛」


人生充実計測をしていると、基準値がダウンしていた。

この先、少しでもダウンすればついに逮捕されてしまう。


「なにをやったら人生充実しなくなるのよ!?」


「慣れないことにチャレンジしすぎたせいかもしれない……」


「逮捕なんかされたら、私もうご近所を歩けないわ! なんとかして!」


「なんとかしてって言われても、どうすれば人生を充実させられるのか……」


さまざまな趣味を始めても気持ちは高ぶらなかった。

自分の人生において一番輝いている場所はどこだろう。


そう考えると、足は自然と職場にむかった。


いつものパソコン。

いつものデスク。


勝手知ったる取引先。

気心のしれた仕事仲間たち。


「ああ……やっぱり、僕はここが一番充実するなぁ」


自分の人生を最大限発揮できて、

周りの仲間と協力して「売上アップ」という巨大なボスへ立ち向かう。


自分のスキルを磨けば仕事に活かすことができる。

新たな仲間との出会いや、今までの仲間との別れはドラマチック。


仕事には他の趣味にはないRPGのような魅力が詰まっている。


人生の充実指数がみるみる上がっていく。


そして、ついに計測できうる最高値まで充実度が上り詰めた。


「やっぱり人生は最高だ! これ以上に楽しいことはない!」






数日後、会社のオフィスから遺体が発見された。



過労死で死ぬまで仕事をやっていたらしい。


限りなく充実した表情をしている死体を見て、

まわりの人たちは気の毒そうな顔をした。


「死ぬまで働かされるなんてかわいそう……。

 もっと楽しいことをすればよかったのに……」

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