15-3 人たち
その砲撃の先にはシグマ少佐が立っていた。ボロボロになり、金属をむき出しにした状態だった。ヘリコプターに取り付けられていた機関銃を担いで、基地の金網の近くに立っていた。私に命中した数弾が体から零れ落ちると、少佐はその機関銃を投げ捨て、こちらに走って来る。
恐らく、このエリアにはもうこの二人しかいないのではないだろうか。いやもしかしたらこの地球上に最後に残った二人なのかもしれない。
「ユリサキ、ついに君は、目覚めたんだな」
少佐は残った右側の顔面でうれしそうな表情を作った。
「さぁ行こう、君はルーシーになるんだ。俺がその地へと連れていく」
少佐の足元には少女の亡骸があった。だがそんなことには目もくれずに興奮気味の少佐は意気揚々に喋っている。私はその光景にどこか安堵した気分になっていた。これであの少女は、数年もかけてやっとあの時の捕虜に追いつくことができたのだと、この者たちは人間らしく生きたのだと。
私は少佐の腕を振り払い、少女の手にあった拳銃を拾い上げた。
「ユリサキ、それをどうするつもだ……?」
「少佐、私は少佐ほど隣人愛に富んだ人間ではありません。私は他の人間なんて関係ない、ましてはこんな地球がどうなろうと関係ない。私はただ一人のエゴイストなんですよ」
そう言うと、その拳銃を自分のこめかみに突きつけた。
それを見た少佐は唖然として開いていた口を静かに閉じた。ぐっと何かを噛みしめた表情になり、それを押し殺すように言った。
「君もルーミスと同じ生を選ぶのか」
「ええ」
すると少佐は小さく息を吐いた。
「そうか……」
たったその一言に、様々な感情が乗っていた。落胆、絶望、想定、傷心、そして祝福だ。
「少佐もどうか生きてください。これが私の生き方です」
私はそう言って、引き金を引いた。
弾丸は頭蓋骨を貫き、大脳皮質を破壊し、小脳を粉砕、私の脳みそは頭の中でスクラップ状になった。脳が失われれば、再生を繰り返しても、それはただの肉の塊だ。もし仮に脳さえも再生することができても、そこで生まれる私はいまの私とは別の私である。少佐はそれを見届けるだろう。仮にその別人格の私が、その世界の創造に使われたとして、私にはとっては関係のないことだ。ユリサキ・ノバラという一個人はヒーローでもなければ、悪でもない。ただの人間なのだから。
だがもう気が付いている人も多いのではないだろうか。
なぜ死んだ人間が、筆を執り、このような拙著を書くことができるのか。私はルーミスやリアンにはなれなかった。これが散々、自分のために生きた人間の業というやつだ。あくまで予測だが、少佐の前に私の肉体は残らなかった。死を願うことは、この世界か逃れることと同じだ。つまり私は受けいれてしまったのだ。
これはそんな私が書いた手記である。
誰に向けた手記なのかは分からない。ただこれを綴ることに人間らしさを求めた。何かの意思を持ち、それに縋ることでしか私は生きることができない。この新世界は時間も空間も全てが超越した別次元だ。きっとこの手記もどこかのネットワークを介して、どこかの誰かに読まれていれば幸いだ。
これを書き終えた私の意思はどうなるのか。まぁあの男でも殺しに行くのではないだろうか。
またリアンに頼ることになる。復讐を利用し、手記を利用し、私は今日も生きている。
こうして書いてきた七万文字余りも、ついにこの一言で終えたいと思う。
心を生かせ。
――ユリサキ・ノバラ
Mercury―マーキュリー― マムシ @mamushi2001
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