13.未来への約束
ダイア王国の牢獄へ入れられ、数ヶ月が過ぎた。
一向に処刑の日を告げてもらえず、このまま忘れ去られてしまうのではと思った時、
「シンバ・エンジェライト、出ろ」
と、騎士が扉を開けた。
シンバの手には錠が嵌められており、とうとう、この日が来たかと、シンバの鼓動は速く、死と言う終わりが来ると言う事に、緊張で一杯だった。
最初に連れて行かれた場所で、体を洗われる事となり、髪も綺麗に整えられ、死刑の前には身形を清潔にするのかと思っていたが、連れて行かれた場所は、処刑場ではなく、ダイア女王陛下の所——。
「シンバ・エンジェライト。アナタはエンジェライト第一王子でありながら、父であるエンジェライト王を殺した罪で、ここに来ました、間違いありませんか?」
女王陛下の問いに、最後の確認かと、
「はい、間違いありません」
シンバは素直に頷く。
「エンジェライト王はジプサムという世界を脅かす国を創り、クリーダイト、パイロープ、フェルドスパー、リアルガーという国の王を捕らえ、エンジェライトすら自作自演で打ち落とされたとし、世界征服の計画を進めていた。その王を殺したのですね?」
「はい」
「しかし、エンジェライト王の犯した罪はエンジェライトの罪。アナタはその罪もあり、ここにいます、そうですね?」
「はい」
「では、判決を申し渡します、エンジェライト第一王子、シンバ・エンジェライト」
シンバは名を呼ばれ、女王陛下を真っ直ぐに見る。
「——無罪」
「無罪!?」
思わず、鸚鵡返しで聞き返すシンバ。女王陛下はニッコリ笑い、
「仕方ないでしょう、沢山の署名が届いているのです、アナタを無罪にしろという署名が」
そう言った。
「署名?」
「これでアナタを有罪にしたら、それこそ全世界から反感を買う恐れがありますよ。まぁ、全世界というのは大袈裟ですが」
溜息混じりに、女王陛下がそう言うので、シンバは眉間に皺を寄せる。
「あの、誰が、署名したんじゃろうか?」
「多分、アナタの知らない方々ばかりじゃないでしょうかね」
「知らない人が?」
「でも、署名を集めたのは、アナタのよぉく知っている人でしょう」
「・・・・・・誰じゃろう」
「ネフェリーンの姫ですよ」
「マーブルが!?」
「あちこちの国へ出向き、頭を下げてまわり、アナタの無罪を願い、署名を集めたようです。いつでも男の活躍の影では女が活躍しているものです」
「・・・・・・」
「それに、ワタクシも、アナタが無実になるよう、署名しました」
「は?」
「お聞きしますが、アナタと共に戦った仲間の中に女性がいたとか?」
「ルチル殿の事じゃろうか」
「女を戦に連れて行くなど、持っての他と、男は言うけれど、女こそ役に立つ。男より強い女は結構いるものです。女も世に出るべきなのです、それをアナタが証明してみせた」
「・・・・・・」
「これでこの国の良さをわかる者も増えるでしょう、この国がどんなに大きくても、女王陛下の国とバカにする国も多々ありますからね。女こそ、強いのだと、世界にわからせるチャンスですから。この国をもっともっと大きくする為に!」
「・・・・・・」
唖然として、言葉を失っているシンバ。
王族というものは、野心家が多いと、改めて思わされる。
今、シンバの錠が、騎士により外された。
「ところでシンバ王子、いえ、エンジェライト王と呼べば良いでしょうか?」
「・・・・・・王の座を手に入れとらんので、まだわしは王子じゃ」
「では、シンバ王子、うちには娘が3人います。確かにアナタの為にネフェリーンの姫は動いてくれましたが、婚約は破棄されているとか? ならば、うちの娘と婚約をしませんか? そうすれば、エンジェライトを建て直す資金を惜しみなく出しますよ、それに、あっという間に、世界にエンジェライトという国の強さを広める事もできます。ダイア王国がバックに付いていれば、アナタの思うままですよ」
「・・・・・・有り難い話じゃが、わしはマーブルを愛しておる。共に戦に参加してはおらぬが、最後まで、マーブルはわしと共におった。そして最後、本当に助けられた。わしはマーブル以外の女と添い遂げる気はない」
「そうですか、残念です」
と、全く残念じゃなさそうな顔で言う女王陛下は、
「でも、本当に良いのですか? ダイア王国のバックアップがあれば、エンジェライトは直ぐに大きな国になりますよ? アナタはこれから王として、それが一番欲しいのでは?」
と、まるで試すように聞いて来る。
「わしはわしの力で、エンジェライトを大きくする。このダイア王国よりも」
「言ってくれますね」
「エンジェライトが落ち着いたら、この国に、また立ち寄っても良いじゃろうか?」
「ええ、構いませんが?」
「わしは友という輪を広げたいんじゃ。それを同盟として、エンジェライトと誓いを結んでくれると有り難い。契約は、その時で良いので、考えといてくれぬか」
無罪を言い渡して直ぐに、こんな台詞を吐くとは、大した男だと、本当に自分の娘と結婚させたくなると考える女王陛下。
「わかりました、考えておきましょう。アナタもダイア王国の姫との結婚を考えてみて下さい。考えるだけで良いので——」
これは駆け引きに出られたと、シンバは笑う。
結婚を断れば、同盟も断られる可能性が高い。
だが、今はとりあえず、エンジェライトを建て直す事が先決だ。
暫く、女王陛下と会話をした後、持ち物だった武器や衣類などを渡され、シンバはダイア城を出て、城下町へ——。
誰かが自分を呼んだような気がしたが、気のせいかと思う。
人がゴチャゴチャしていて、大きな町は賑やかだ。
「・・・・・・じ・・・・・・うじ・・・・・・王子!」
確かに、誰かが呼んだと、シンバが振り向くと、そこにアスベストが立っている。
「王子! お迎えに上がりました!」
「アスベスト・・・・・・」
「既に国々の王達の間では、シンバ王子が無罪で釈放されると言う情報が来ていまして、勿論、レオン様の所にも情報が届いたんです、私は、レオン様のご命令で、お迎えに参りました!」
「レオンの・・・・・・命令・・・・・・?」
「はい! 迎えに行ってやれと! 自分はエンジェライト城で兄の帰りを待っているからと!」
「レオンがそう言うたのか・・・・・・?」
「はい! それにエンジェライト城では、レオン様の他に、皆様がお待ちしています!」
「皆様?」
「はい! コーラル王子、ルチルさん、ジャスパーさん、ショールやタルクも! それにマイカさんやエンジェライトの使いの者達も戻ってきています! スノーフレークの者達も、エルバイトさんを始め、皆、王子の帰りを待っています、それからパミス爺さんの墓もちゃんとエンジェライトに移しました。そしてベリル王やフェルドスパー王、ネフェリーン王も待っています!」
「・・・・・・マーブルもか?」
「私はここにいますよ」
その声に振り向くと、マーブルが立っている。
少し痩せたような気がする。
余り寝てないのだろうか、目の下にクマができている。
今は綺麗に着飾った姫ではない。
只管、シンバの為だけに過ごして来た日々が、今のマーブルの姿を物語っている。
「・・・・・・マーブル」
そう呼ぶと、涙が溢れ出て、シンバの中で、マーブルを想う愛おしさが膨らみ、余計に涙が止まらなくなる。
「シンバが振り向いてくれるのを、ずっと待ってました。長かったです。もう背を向けないで下さいね」
更に愛おしさが膨らむ台詞を言われ、多くの人の前だろうが、アスベストの前だろうが、堪らず、シンバはマーブルを抱き締めた。
「・・・・・・マーブル、悪かった」
マーブルもシンバの背に手をまわし、2人、抱き締め合う。
「後は王子が、王の座に座るのを待つだけです!」
アスベストがそう言うと、シンバはマーブルを抱き締めたまま、強く頷いた。
それからアスベストが手配してあった船で、数日後、エンジェライトに着き、シンバは、多くの者達が見守る中、無事に王の座に座り、エンジェライトの王を受け継ぐ儀式を済ませた後、マーブルとの結婚式へと祝儀は続いた——。
美しい花嫁姿のマーブルは、薔薇のブーケを持ち、花婿姿のシンバは胸にコーラルが持って来た黄色い花を差して、永遠の愛を誓った。
その夜は、飲めや歌えや踊れやの大騒ぎとなる。
「なんだ、主役がもう疲れたのか? まぁ、わからなくはない、帰って来て直ぐに儀式続きだからな」
皆が宴で騒ぐ中、シンバは一人、バルコニーで雪の降る世界を見ていると、コーラルが、声をかけて来たので、振り向いた。
「マーブルに雪を一緒に見ようと誘ったら、寒いから嫌じゃと断られたのじゃ」
「ふられたのか」
「ふられたのではない、今、ちょっと断られただけじゃ!」
「ちょっとねぇ、まぁ、実際に、寒すぎだし」
「・・・・・・お主、薬が効いて良かったのぅ」
「何を言うか。後遺症が残って、右手に痺れがあるんだぞ、もう剣は握れないな」
「良いではないか、剣など必要のない世界を築けば」
「ハンッ! そう簡単に築けるもんか!」
「わしとお主で手を組めば簡単かもしれぬ」
そう言ったシンバの横顔は、雪のように白く、本当にエンジェライトの妃にソックリだと、コーラルは思う。
「シンバと僕で? 反発し合う僕達が手を組んで、うまくいくとでも?」
「親友じゃから反発し合うんじゃろう」
「親友か」
「違うのか?」
「いいや、シンバは僕の親友だ」
素直に頷いたコーラルに、シンバは笑う。そして、笑った後は真剣な顔になり、
「わしは、人間が争わないで生きていくと言うのは無理じゃと思うんじゃ。じゃが、せめて300年、いや、500年・・・・・・無理かのう、頑張って、平和を続かせたい。人、一人一人が思いやりを持ち、優しい人ばかり存在する国。そういう王国を創りたい。協力してくれんか? お主の力を借りたい」
と、強い眼差しをコーラルに向ける。その表情の作りは、エンジェライト王にソックリだと、コーラルは思う。
「・・・・・・嫌だね」
「駄目か?」
「あぁ、500年? 短すぎる! 1000年くらい言え! シンバの影響力は1000年後も続かせると思わせろ! そしたら、1000年王国の協力を、皆、惜しまないだろう、勿論、僕が誓って、1000年先も平和を導く程の影響を与えてやるがな」
「・・・・・・1000年王国か、コーラル殿は流石じゃのう、いつも大きい事を言うが、いい助言になって、わしを救ってくれる。流石じゃ」
「は? 何言ってんだ、シンバが勝手に僕を自分の糧にしてるだけだろ、迷惑な話だ」
チラチラと降り続ける雪に手を伸ばし、コーラルが、そう言うと、シンバも雪に右手を伸ばし、手の平に落ちた雪をソッと握り締めた。
「お主の母が、ジプサム城で、わしの右手に布を巻いてくれた。母の優しさというものを教えてもらったようで、嬉しかった」
「・・・・・・僕もシンバの母には、優しさを教えてもらったよ」
「そうか」
「マーブル姫も、僕達の母のように、優しい母親になりそうだな」
「そうじゃな。今からヤキモチを妬きそうじゃ」
「ヤキモチ?」
「わしが子供に」
本気で、シンバが、そんな事を言うから、コーラルは大笑いする。
「シンバとマーブル姫の間に生まれる子は、きっと、幸せだな」
と——。
「そうじゃろうか、そうなら良いが」
「大丈夫だって。なんていったって、マーブル姫は面白い」
面白い?と、コーラルを見ると、コーラルはシンバの背後を見ながら笑いを堪えているので、振り向くと、そこに・・・・・・
「・・・・・・マーブル、お主、何と言う格好をしておるのじゃ」
服を幾つも着込んで、丸々としたマーブルが立っている。
「だって寒いんだもの! でも一緒に雪を見たいし!」
ガタガタと震えながら、ガチガチと歯を鳴らして言うマーブルに、シンバとコーラルは見合うと、2人、大笑い。
「な、なんで笑うんですか! 2人共、寒くないんですか!?」
怒った顔でそう言ったマーブルの肩をポンポンと叩き、
「寒いから、僕はそろそろ中へ入るよ」
と、コーラルは、城の中へと向かう。
「コーラル殿、1000年王国の話、近い内に、また詳しく話そう」
コーラルの背にそう言ったシンバ。コーラルは振り向かず、手だけ振って、城の中へ入る。
「1000年王国ってなんですの?」
首を斜めにして、問うマーブルに、もっと近くに来いと、シンバは手招き。
そして、傍に来たマーブルの手袋をした手を握り、
「マイカ殿が庭を造ったようじゃ、一緒に下の庭へ行ってみぬか?」
そう聞いた。コクンと頷くマーブル。
ちらちらと降る雪。
庭のあちこちに灯されたキャンドルが、地面にぼんやりと揺れる灯りとなり、積もった雪がキラキラと光って、美しい幻想的な世界。
「綺麗」
寒さも忘れ、うっとりと、庭を見つめるマーブル。
「見事じゃな」
その言葉しか思いつかないシンバ。
「シンバ様!」
マイカがシンバとマーブルに駆け寄って来る。
「マイカ殿、素晴らしい庭じゃのう」
「ありがとうございます! あの、エンジェライトの環境でも育つ薔薇なんですが」
「おお、新種の薔薇の事じゃな? 覚えておる。できたのか?」
「それが、思ったようにはいかなくて、濃い真紅と淡い紫の、二種類の薔薇ができてしまったんです、種類は増やすつもりだったんですが、最初はピンクの薔薇の予定だったのに、予定が狂ってしまって。シンバ様のように優しくて強い、マーブル姫のように可愛らしく安らぎをくれるような薔薇が、濃い真紅の薔薇は怖いぐらいの強さ、淡い紫は高貴な程の善意、そんなイメージになってしまいました」
「良いではないか」
「そうですか? そう言って下さるなら。では、名前をつけて頂けますか?」
「・・・・・・わしの父と母の名を——」
シンバがそう言うと、マイカは、
「はい! わかりました!」
笑顔で、強く頷き、そこから去った。
今、この美しい庭でシンバとマーブルの2人きり。
だが、沢山の服を着込んでいるマーブル相手に、シンバは笑うばかり。
それでも、2人は、今日、結婚をし、永遠の愛を誓い合った。
50年後も、100年後も、変わらず愛している。
そう考えると、1000年は長いとシンバは思う。
未来、この強い意志を受け継ぐ者がいるだろうか——。
不安が襲うが、マーブルの温もりを感じていると、何故か、大丈夫だと思えてくる。
もう二度と離れないと、シンバはマーブルの手を強く握り、愛を感じていた。
そう、あの日、雪の降る夜、愛を感じた日から、5年の月日が流れた。
シンバは1000年王国の企画を考え、多くの国へ出向き、コーラルと共に、様々な国の王の協力を得る為、毎日、忙しい日々。
付き人にはジャスパー。
これが意外に役に立つ。
他国の王を笑わせ、雰囲気を和ますからだ。
ルチルはアスベストの傍で、騎士として学びたいとスノーフレークに行ってしまった。
だが、アスベストは騎士を辞め、レオンの側近をしている。
マーブルは相変わらず。いや、少しばかり、ふくよかになった。
シンバは、今夜も仕事で遅くなり、既にスヤスヤとマーブルが眠っているベッドの中へ入ろうと、毛布を捲ると・・・・・・
「タイガ・・・・・・お主・・・・・・何故ここで眠っておるのじゃ・・・・・・」
小さな男の子が、親指を吸いながらスースー寝息を立てている。
「しょうがないのう」
と、シンバはその子を抱き上げる。
「——お父さん?」
目を擦りながら、シンバの腕の中、寝ぼけた声を出す男の子。
「タイガ、お主、子供部屋で寝なければ駄目じゃろう」
「お母さんが寂しいかなって思って」
「そうか。今夜はわしが帰って来たから大丈夫じゃ」
「うん」
「それにアイはもっと寂しいじゃろう、お主が隣で寝てないと」
「うん、でもアイちゃん、夜泣きうるさい」
「そうか。じゃが、そろそろ夜泣きもしなくなるじゃろう」
シンバは子供部屋の扉を開け、月明かりと雪明りが大きな窓から注ぐ薄明るい部屋の中へ入り、ベッドの中に男の子を寝かせる。
隣のベッドでは、小さな女の子が眠っている。
「アイはよう寝ておるな。タイガ、お主も寝ろ」
「明日は、お父さんいる?」
「明日は午前中なら、まだおる」
「一緒に遊べる?」
「そうじゃな、一緒に遊ぶか」
と、男の子の頭をクシャクシャと撫でるシンバ。
「約束だよ」
「ああ、約束じゃ」
シンバの小指と小さな小指が絡み、指きりを交わす。
「もう寝ろ」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」
ソッと、男の子に毛布をかけ、男の子が目を閉じるのを見守る。
いつか、この子が、父と指切りを交わした事をふと思い出す時があるだろうか。
いつか、この子が、エンジェライト王として、全てを受け継ぐ日が来るだろうか。
いつか、この子が、愛する者を見つけ、子が生まれ、命が続いていくのだろうか。
シンバは、この子の命が続いた未来は、争いのない世界である事を願う。
父とは違う道を選んだシンバ。
だが、父と同じ場所を目指している。
そして、息子は、どんな道を選ぶのだろうか。
ふと、窓の外を見ると、雪が降り始めたようだ——。
「天使・・・・・・か」
そう呟き、やはり天使には見えぬと、苦笑い。
まだまだ優しい世界には程遠いと、窓辺に立ち、雪を見つめる。
「舞う雪の如く、美しく、その肩に知らぬ間に落ちては消える花びらか粉雪よ、月夜に光る雪結晶の輝きは鋭さにも似て、柔らかく斬り付ける白い風——」
エンジェライトの詩を口ずさみ、今、妻と子へ、そして多くの友へ、雪のように降り積もっていく想いを大切に感じ続けている。
雪の如く ソメイヨシノ @my_story_collection
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