12.最期の時


青竜の船は、シンバ、アスベスト、コーラル、ルチル、ジャスパー、それから騎士達を乗せ、ジプサム領土へ向かう。


「ネフェリーンの王の話が真実で、小さな地震が、各地で起きているとなれば、やはり化け物ジプサムがアスベスト山の火山を噴火させようとしているんじゃないのか? その影響が世界中で地震を起こしているとしか考えられないが——」


「コーラル殿、彼は火山を噴火させぬと約束してくれたんじゃ、噴火はせぬよ」


「行ってみればわかる事じゃない」


「簡単に言うなよ、ルチル、俺は行ってみるだけじゃ済まなくなりそうで怖いよ」


「ジャスパーさん、そんなに震えて寒いならば、毛布がありますよ」


「アスベスト、ジャスパーが震えておるのは寒さではなくて恐怖でじゃろう」


「でも少し寒い。温かい飲み物でも淹れてくるわ、飲む人?」


ルチルが席を立ち、そう聞くと、アスベスト以外、皆、手を上げる。


「アスベストさんはいらないの?」


「私は結構です」


「そう、じゃあ、今、淹れて来るわね、待ってて」


と、シンバとコーラルとジャスパーに、そう言うと、厨房へと向かった。


「コーラル王子、黄竜の事を聞きたいのですが、騎士は何人ぐらいなのでしょう?」


ソファーに座り、地図を広げて見ているコーラルに、アスベストが尋ねた。


「20ぐらいかな」


「たった20人!?」


驚きの声をあげるアスベストと、それなら楽勝っぽいと喜ぶジャスパー。


「20人いないかもしれないが、大体、そのぐらいだと思う」


「どうしてそんなに少ないんですか? レグルス騎士隊だけでも、もっといる筈です」


「レオンが殺したんだよ」


「レオン王子が!? 何故ですか? レオン王子に逆らったからとかですか?」


「違う違う、僕もそうだけど、騎士達に戦闘を学んだんだ。僕は自分の騎士団が減るのは嫌だったし、稽古では真剣を持たず、木刀で戦ったりだったけど、レオンの場合、3歳くらいから、既に真剣を持たされたんだ。そして、人を殺すという事を覚えた。わかるか? 3歳の子供が、真剣をオモチャにして、人を殺す遊びを覚えるって事が、どんな事か」


アスベストは、コーラルの話にごくりと唾を飲み込む。


「僕やシンバ、アスベストとは違う。レオンにとって、人を殺す事は日常だった。レオンは常に本番で、それを繰り返していく内に、レオンは人を人とも思わなくなって行くようだった。人を殺す事に全く躊躇いもなくなったのは、5歳も過ぎた頃じゃないかな」


「5歳を過ぎた・・・・・・?」


アスベストはそう呟き、シンバが剣を持った時よりも、もっと幼いじゃないかと、だが、それも、シンバは木刀だったと、大雪原をシッカリと手にして、戦い、人を斬ったのは、それこそ最近――。


「でもさ、20人って人数なら、こっちの方が多いし、余裕だな」


ジャスパーが暢気に、そう言うから、


「人数は関係ない、それはよくわかってるだろ? シンバは常に少数で動いて勝ち進んできたんだから」


コーラルに、そう言われ、ジャスパーはそうかと、また恐怖で震える。


「残った黄竜の奴等は、レオンに殺されなかった奴等だ。運がいいのか、強いのか、生き残った理由はわからないが、まぁ、普通に考えて、相当、強いって事だ。こっちの騎士は、あっという間に倒される覚悟をした方がいい」


「コーラル王子、レオン王子は、どんな剣を使うのですか?」


「アイツの剣は、短剣だ、刃のない突き刺し専門の細長いスティレット系で、殺す事しかできない確実に致命傷を与える武器だ。鎧を着ていないと、刺されたら完璧アウトだな」


鎧なんて着てないじゃないかと、ジャスパーは泣きそうになる。


「またその剣は、レオンの体格と力に合っている。シンバはスピード重視の戦いをするが、レオンはシンバ以上に速い。子供の体は小さく風の抵抗もないからな。パワーはないが、見えないスピードで懐に入られ、突き刺されたら最後だ」


ヒィィィッとジャスパーは声を上げ、恐怖に身を固める。


「それより、お主、ハートのペンダントの女に会わんで良いのか?」


シンバが、コーラルに、そう聞いて、アスベストもジャスパーもコーラルを見る。


「・・・・・・何故、会う必要がある?」


「好きな女に会いとうないのか?」


「・・・・・・僕はこれから会いに行くんだ」


これから?と、皆、眉間に皺を寄せるが、ジャスパーが、閃いたとばかりに、


「勝ってから会いに行くんだな?」


そう言った。コーラルはフッと笑うと、


「僕の事より、自分はどうなんだ? シンバ。マーブル姫、泣いたらしいじゃないか」


と、いつもの意地悪な表情で、シンバに言う。


「・・・・・・」


「まぁ、心配するなよ、シンバが死んだ後は、僕がマーブル姫を引き受けてやるさ」


「な!? なんじゃと!?」


「シンバは死ぬんだろ? だったら、マーブル姫が誰のものになっても関係ないだろ」


「お主だけは駄目じゃ!」


「なんでだよ!?」


「大体マーブルは、お主のタイプではない!」


「僕がいつ女のタイプを話した事がある!? 僕の好きなタイプ、知らないだろう!?」


「マーブルは三段腹じゃぞ!」


「はぁ!?」


「わしも見た事はないが、三段腹らしい、ルチル殿に風呂で笑われたらしいのじゃが——」


「なぁに? 何の話?」


湯気のたったコップを4つ持って、ルチルが戻って来た。


「マーブル姫のお腹が三段なんだってさ、ルチル、それ見て笑ったのか?」


ジャスパーがコップを受け取りながら、そう聞くと、あぁ!と、ルチルは思い出したように頷き、そして、クスクス笑うと、


「やだ、マーブル姫、そんな事まで話すの? しかも気にしてた感じ? 笑ったのは、変な意味じゃなくて、いい意味で、なんていうか、可愛くって笑ったのよ、幼児体型っていうか、女の子らしい体っていうか、柔らかくて、優しい体してるなぁって思ってさぁ。残念な事に、私の体、筋肉質で硬いんですもの、羨ましくって」


と、シンバとコーラルにもコップを渡す。


「いい意味での三段腹かぁ、益々、気に入ったなぁ」


意地悪な顔で、そう言ったコーラルに、シンバはムゥッとする。


「でもマーブル姫ったら、ホント、可愛いわねぇ、そんな事、王子に話しちゃうなんて。マーブル姫なら王子がいなくなった後、直ぐに別の王子から求婚されそうね」


ルチルは言いながら、お茶をフーフーして、啜る。


「今頃、王子を忘れて、甘いお菓子をたっぷり食べながら、昼寝してそう、あの姫さん、割と暢気そうだしな! それにネフェリーンの焼き菓子は最高にうまかったしなぁ」


ジャスパーはヨダレを垂らしながら、お菓子を思い出して言う。


シンバはムゥッとした顔のまま、お茶を飲もうとして、アチッと、舌を出す。


「動揺しまくりじゃないか、シンバ」


と、コーラルが笑うと、ルチルもジャスパーも笑う。


アスベストは、4人を見ながら、エンジェライト王にも、こういう仲間がいれば、こんな事にならなかったのかもしれないと思う。


そして、エンジェライト王の友達になれなかった自分が悔しくてしょうがない。


王という立場を信じきって、只、王の言う事ならばと、どんな事も正しいと従うのは友達ではない。


あの笑い合った日々は、全て偽りだったんだなぁと、心から笑い合う4人に思う。


そして、その王の全てを受け継いだレオンは、孤独なのだろうと、哀れに思う。


アスベストは若き日の王を思い出しながら、どうかレオンが少しでも優しい気持ちを持っていますようにと祈るばかり。


「王子、私は騎士達を少しばかり鍛えてきますよ」


「え? 船の上で?」


ルチルが、立ち上がるアスベストに聞くと、


「船の上でも剣の素振りくらいできますから」


そう言われ、ルチルは頷き、


「アタシも行きます」


と、少しでも強くなりたいと思い、剣を持った。


「こちらに勝算があるとすれば、若さだと思います、今までの騎士達もそうですが、40代後半から50代も半ばの者達が多かった。大体、騎士としての現役は40代前半でしょう、ジプサムは新たな騎士を募集できない状態ですから、経験はあっても、動きが鈍る中年が多いと思います。勿論、元白虎と元青竜の者達も中年ばかり。なら、私とルチルさんが頑張るしかないと思います」


ルチルは、その話に頷き、やる気満々の様子。そして、アスベストと一緒に部屋を出て行った。ジャスパーは、夕飯の用意をすると、厨房へ行く。


残されたシンバとコーラルは、お茶を飲みながら、ぼんやり過ごす。


ふと、コーラルの視線に気付き、シンバはムゥッとした顔で、睨み返す。


なんで睨んで来るんだよと、コーラルは苦笑い。


大きな嵐にも合わず、順調に船は進み、数日後、ジプサム本領土となる大陸に着く。


その大陸は雑草が生い茂る荒れ果てた野原が広がり、所謂、荒野と言われるような場所だった。獣道さえない——。


まずはアスベスト山の様子を見に行く為、城がある方角とは反対に進む。


騎士達は半分だけ山に連れて行き、残りの半分は、先に城の方へ向かわせ、城から少し離れた場所で待機させる。


山へ向かう騎士達も、数人ずつグループを組ませる。


アスベスト山は岩山で、草木は生えていないが、大きな岩がゴロゴロとあちこちにあり、身を隠しながら進むにはいい場所だ。


それぞれ、数人ずつ東側から西側から南側から北側から登り、頂上で、皆、落ち合う事にする。


シンバとアスベストとコーラルとルチルとジャスパーは、割りと開けた隠れ場所がない北側から登る。


「コーラル殿、騎士達も、みんな一緒にここから登れば良かったのではないか? 他の場所は登りにくそうじゃった」


「登り難いからこそ、隠れやすい場所でいいんだよ。いいか、火口付近に、化け物ジプサムがいたらどうするんだ、ソイツがいるって事は、絶対に黄竜も来ているって事だ。みんな散らばっておかないと、知らぬ間に囲まれてしまう恐れがある」


「しかし、アスベストウィルスの患者は火山を噴火させぬと約束してくれたんじゃ、ここに来ておるとは思えんがのう」


「大体そんな約束が当てになるものか! 各地で起きている地震は化け物ジプサムの仕業に決まっている!」


「ネフェリーンで、その情報を聞いたのは、もう数日も前じゃ、もし彼がマグマを呼び起こそうとしておるなら、とっくに噴火しておると思うが?」


「・・・・・・それもそうか?」


コーラルがそう呟いた後、どこかで剣が交わる音が響いた。


アスベストが最初に気付き、動きを止め、そしてシンバとコーラルも動きを止める。


ルチルも、皆が突然、止まった事にハッとして、微かな剣の音に気付く。


「うへ? どうしたの? みんな? 疲れたの? 俺も」


山登りで汗だくのジャスパーがそう言って、その場にペタンと座り込んだ。


目の前の岩の影に、人の気配。気付けば、あちらこちらに感じる殺気。


シンバもアスベストもコーラルもルチルも、一斉に剣を抜いた。瞬間、影から現れたのはゴールドメイルを身に纏った連中。


「黄竜——」


コーラルが呟いた。


「お主等、ここで何をしておる? わし等がここへ来ると言う情報でも手に入れたのか?」


待ち伏せだろうかと思い、そう尋ねたが、


「そちらこそ、何しにここへ? まさか黄竜がここにいると言う情報でも?」


一人の騎士が、そう言った。そして、その男は、ズイッと前に出ると、兜を外し、


「久し振りだな、アスベスト隊長。見違えたよ、大人になったもんだ」


そう言った。アスベストの顔が強張る。


黄竜はレグルス騎士隊だった者が多い為、アスベストの顔見知りがいて当然だろう。


「本当に噂通り、生きていたんだな。まぁ、我等が隊長の事だ、死ぬ訳ないと思っていた」


アスベストを我等が隊長と呼ぶ、その男は、アスベストより、かなり年上に見える。


そして、その男は、ちらっとシンバを見て、成る程という風に頷いた。


「アスベスト隊長、いや、もう我等の隊長ではないな。アスベスト、その者が噂のエンジェライト第一王子だと? 確かにお妃様にソックリだ。だが、ソックリというだけで、他に証拠はあるのか?」


「この私自身が、王子をエンジェライト城から抱いて連れ出したんだ、間違いない」


「そんな事を聞きたい訳じゃない」


男が不敵な笑みを浮かべ、そう言うと、シンバをジロジロと見て、


「本当にエンジェライト王の子なのかと聞いているのだ」


いやらしい表情でそう言った。


「貴様っ! 言っていい事と悪い事もわからないのかっ!」


アスベストが怒り露わに怒鳴るが、


「アスベスト、お前の子ではないのか」


などと、男は言い出す。


「アスベスト、お前は王に気に入られて、まだ若い内から、騎士としての地位も名声も手に入れ、信用度もあり、何の問題もなく、妃の傍にいたな。そしてお前が妃に恋心を抱いていたのも、皆、知っている。お前は隠しているつもりだっただろうが、純愛でも貫こうって気か知らないが、お前は妃だけを見ていたな。何度か女遊びにも誘ったが、断り続けて、結局、一度も、遊女と寝た事もなく、独り身を貫いたようだな」


その話に、ルチルが噛み付いた。


「アスベストさんは誇り高い騎士なのよ! 本物の強い騎士なの! 女遊びなんてするもんですか! いやらしい!」


「おやおや、威勢のいいお嬢さんだ。お嬢さんはこのメンバーの性処理のお相手なのかな」


「なんですって!?」


「男の性とはそういうものだ」


きっぱり言い切る男に、


「一緒にするな、下品な奴め」


と、コーラルが呟く。


「アスベスト、お前は誰と寝ていたんだ? 遊女と寝てないとなると、妃だったのではないのか?」


そう聞いた男を、アスベストはギッと睨み上げるように見た。その怖い瞳に男は一瞬、たじろぐが、直ぐに平静さを戻し、嫌な笑いをしながら、話し出す。


「何も反論しないとなると、図星か? なら、その子はアスベストの子かもしれないだろう、我が子が大事なのはわかるが、ここはエンジェライト王の息子であるレオン王子をお守りするのが、レグルス騎士隊の役目ではないのか? 勿論、もうレグルス騎士隊ではないが、それでも、エンジェライトの王族をお守りするのが、元エンジェライトの騎士ではないのか? それとも、そんな事もわからない只の若造だったか? 只の王に気に入られただけの無能な騎士だったか?」


アスベストが剣の柄をグッと握り締めた時、シンバが、前に出た。


「お主は何が言いたいのじゃ? わしがエンジェライトの王族であるか、どうかと言う事なら、母が誰の子を産もうと、母の子で間違いないのであれば、王子じゃろう。母も王族に変わりないのじゃから。それとも、母を侮辱しとるのか? ならば、お主はエンジェライトの騎士として、エンジェライトの王族を侮辱しておると言う事になるが?」


「王子! 王子はエンジェライト王の子供です、間違いありません」


そう吠えたアスベストに、わかっていると、シンバは、


「疑いようはないじゃろう、わしは父の子じゃ、試してみるか」


と、風のように、立っている男の横を通りぬけ、いつの間にか、黄竜達の背後に回りこんだ。


何!?と、黄竜達は振り向いた瞬間、男の鎧が切り裂かれて、地に落ちた。


「バカな!? ゴールドメイルだぞ!?」


そう言った男に、


「ゴールドメイル? わしの大雪原より勝るものではない」


と、シンバは、振り向いて、黄竜達を見る。そして、大雪原で、男を差し、


「この世で一番の恐怖が何か知っておるか?」


そう聞いた。男は眉間に皺を寄せ、他の黄竜達も眉間に皺を寄せた。


「・・・・・・知らぬか? 教えてやろう、一番の恐怖は仲間がいなくなる事じゃ」


シンバがその台詞を言い終わるか、終わらないか、コーラルがシンバを見ている黄竜達の背後を狙い、倒していく。


アスベストも、ルチルも、シンバを見て、油断して、背後を見せた黄竜達を倒していく。


ジャスパーは地に座り込んだまま。


今、コーラルが一人の騎士の胸を貫き、その剣を引き抜くと、騎士は倒れ、それを只、見ていた男は、気付いたら、たった一人になっている。


右にコーラル、後ろにアスベスト、左にルチル、そして、真正面に、大雪原を真っ直ぐに差したまま、立っているシンバ。


「さぁ、この場に、お主の味方は誰もおらぬな。もう一度、この状態で、さっきの話を詳しく聞いてやろう、言ってみろ、わしの母がなんじゃと?」


「・・・・・・うっ、いや、そ、そのっ」


言葉が詰まる男に、


「王子が本当にエンジェライト王の子供なのか、聞きたいんじゃないのか?」


アスベストが問う。男はグッと喉を鳴らし、冷や汗を流しながら黙り込む。


「言えぬか。なら言える話を聞いてやろう、黄竜はこの山で何をしておる?」


「・・・・・・」


「これしきの事で喋る気にはならんか。只の下衆な男かと思うたら、騎士としての口の堅さは持っておるようじゃな、流石、元エンジェライト。レオンはもっと上におるのか?」


「・・・・・・」


「シンバ、何を聞いても無駄だ、こんな奴、殺してしまおう。ここに倒れている奴等が、一人、二人、三人、四人、五人、六人——、コイツを殺せば、七人の黄竜を倒した事になる。他で僕達の騎士がやられてしまい、黄竜が生き残っていたとしても、元が20人いるとして、残り13人だ。少しでも黄竜の戦闘力を減らした方がいいだろう」


と、コーラルの剣が、男の喉元で光る。男はゴクリと唾を飲み込み、喉仏が動いた。


「僕はね、こういう下品な奴が一番嫌いなんだ。男の性を話すなら、男全般で話さず、自分の事だけを話せば、まだ許せたが、男と言うだけで、僕も一緒の括りに入れられたとなったら、不愉快極まりない」


「べっ、別に、アスベストの話をしただけであって——」


「アスベストの話をしただけだ? そうだな、だが、純愛を馬鹿にする者程、僕は嫌いだ。愛を貫いて何が悪い? ひとつの愛も貫けんようでは、国など守れるものか! 騎士として、当然の志だろう!」


コーラルがそう怒鳴る事で、シンバの気持ちがスッキリしたのか、


「コーラル殿、もう良い。この者はもう鎧も斬り落とされ、剣も握っておらんのじゃ、何より、お主の怒鳴り声に怖がっておるようじゃ、もう戦えんじゃろう、何を聞いても何も答えんじゃろうし、このままレオンの所へ帰らせよう。アスベスト、それで良いか? それともお主の気が晴れんのであれば、コーラル殿の言う通り、殺しても構わん」


そう言った。


アスベストは少し考え、気を落ち着かそうとしたが、どうしても許せないらしく、


「・・・・・・逃がすのであれば、殺します。どうせ帰った所で、無様な姿をレオン王子に晒すだけなら、騎士として自害するべき。なら、ここで殺す事がせめてもの優しさ——」


と、剣を構えた。


「当然だな」


コーラルはそう呟き、アスベストに任せたと、剣を鞘に戻す。


「アスベストさんに裁かれて当然だと、アタシも思う」


と、ルチルもそう言うと、剣を鞘に戻した。


シンバも剣を腰の鞘に納め、背を向け、


「アスベストの好きにするが良い」


と、先に上へと登り出す。


「何か言い残す事はあるか?」


アスベストがそう言って、男の首に刃先を向ける。


「・・・・・・アスベスト、お前などに誰も付いて行きたくはなかった。隊長という地位に、皆、跪いただけだ。お前のような若造に、平伏した訳ではない。確かに、お前は強いが、エンジェライトが潰されては、その強さも無意味だったと言う訳だ——」


「・・・・・・言いたい事はそれだけか?」


「エンジェライトがジプサムに堕とされた日、我々騎士は実家に帰っていた為、我々は突然の奴隷達の反乱だと思った戦いに、どうする事もできず、町が火の海になるのを見ているしかできなかった。何故、あの時、エンジェライトに残っていたお前は、隊長として、食い止められなかったんだ。全ての騎士に、この道を歩ませたのは、アスベスト、お前だろう。悪いのは全てお前だ、アスベスト——」


男はそう言うと、目を閉じ、首を跳ねられるのを待つ。


アスベストは、その通りだと、目を伏せる。


こんな戦いを招いたのは、何も出来なかった自分のせいだと、自分を責める。


だからと言って、この男の暴言は許されないと、アスベストは剣を振り上げ、男の首を跳ね、そして、剣に付いた血を振り切り、背中の鞘に納める。


シンバは背後で、剣が肉を斬る音が鳴るのを感じながら、歩き続ける。


どこからか、剣が重なり合う音がまだしているが、岩山が音を反響させ、正確な位置はわからない。だが、どこかで黄竜と戦っているのだろう。


今は、目の前の敵を倒しながら、上を目指すしかない。


頂上に着けば、どれだけの騎士が生き残ったか、わかる。


暫く歩き続けると、シンバの耳に、剣の音に雑じり、別の音が届く。


「・・・・・・なんじゃろう、鈍い音じゃな、木か何かを殴っておる音か?」


「この山で植物は見た事がない、木なんてないぞ」


コーラルは、そう言いながらも、確かに、木か、何かを殴っているような音が聞こえると、眉間に皺を寄せ、音に耳を澄ませる。


だが、その音も、微かに聞こえるだけで、もう少し近付かなければ、ハッキリしないと、再び、歩き続ける。


やがて、剣の音は何もしなくなる。


そして、後少しで、頂上だと言う頃、その妙な音も、ハッキリと聞こえるが、その前に、黄竜達が立ちはだかった。


全員で10人いる。


そして、こちら側の騎士は誰一人として、姿が見えない。


「全滅したな」


コーラルがそう呟いた。


シンバは、ゴールドメイルを着た黄竜の中に、ひとり、子供を見つける。


子供の体にピッタリ合う鎧はなかったのか、黄色の胴着のような服を着ている。


だが、その黄色と言う色は、黄竜である証だろう。


——あれがレオン? わしの弟?


その子供は、どこを見ているのだろう、まるで闇を見ているように、瞳に何も映っていないようで、目線はこちらを見ているのだが、視線が合わない。


ブラウンの髪と、アンバーの瞳、そして、白い肌。


シンバとは似ていないが、シンバは、父を思い出し、確かにエンジェライト王にソックリだと思う。


それはアスベストも思ったのだろう、顔が強張って、体は硬直している。


レオンは、思っていた以上に、似ている。


「殺した人数の報告を受けたが、白虎達の数が合わないようだ」


レオンだと思われる子供が、そう言ったが、その口調に、コーラル以外、皆、顔を顰める。


「何、あの子? 棒読み? 本でも読んでるの?」


ルチルがそう問うと、コーラルが、


「あれがレオンだよ」


と、そして、


「感情がないんだ、いつからか——」


そう言った。


「この山へ来る者と、城へ向かわせた者に分かれさせたんだな」


レオンは、疑問系ではなく、言いきった辺り、こちら側の行動を読んでいる。


シンバは大雪原の鞘を握り締めるが、


「黄竜は撤退する」


まさかのレオンの台詞。


「撤退するとはどういう事じゃ!?」


感情露わに吠えるシンバ。


「風向きが変わるから」


淡々と話すレオン。


その風向きが変わるという台詞も、意味がわからず、シンバは眉間に皺を寄せたまま。


そして、レオンは、こちらへ向かって歩いて来る。そのレオンの後ろをぞろぞろと黄竜達が付いて行く。


今、シンバの横を通り抜けるレオン。だが、シンバを見ようともしない。


そして、コーラルの横を通り抜けようとして、レオンは足を止め、コーラルを見上げると、


「今なら戻って来れる」


そう言った。コーラルは、フッと笑みを零すと、


「僕は戻らない、こっち側の道を行くと決めたから」


いつになく、優しい口調で、そう答えた。


「・・・・・・そっちの道で、太陽の花、一本でも咲かせられたらいいな」


レオンはそう言うと、黄竜を引き連れ、山を降りていく。


「太陽の花って?」


ルチルが尋ねると、コーラルは、レオンを見送りながら、話し出す。


「国々には、それぞれの景色があるだろ、エンジェライトには雪、ネフェリーンには薔薇、ベリルは水か? 僕の国、フェルドスパーエリアは、太陽に向かって咲く黄色い花が一面に広がるんだ。だけど、今は、この大陸のように荒野となっていて、太陽の花は一本も咲いてない。人の手入れがないと、大地は荒れ放題だ。僕は幼いながらに、太陽の花が好きだったんだろうな、黄色は自分のイメージカラーだと思っていて、それをレオンが着る事になるのが嫌でさ、でも白虎の白い鎧は、エンジェライトの雪の色だ、だから変えられたらいいのにって思って・・・・・・ある時、ある人が、僕のそのぼやきを聞いて言ったんだ、黄色も白も光を表す色ねって——」


言いながら、コーラルは、レオンが見えなくなると、振り向いて、シンバを見た。


「僕達は王達の計画、いや、企みと言った方がいいかな、それに協力し合って、力を合わせ、世界の頂点に立とうと決めた同士だから、辛くても同じ道を、いつか見る光に向かって走っているんだって、だから、黄色も白も同じ光だからって、レオンに話した事があるんだ。そしたら、アイツ、コーラルにとって光はなんだろう?って聞いて来たから、太陽の花かなって言ったら、オレは光なんてないって・・・・・・この荒野で育って、生きてきたから、光があるとしたら、この荒野にあるんだろうって・・・・・・それにもしも光に色があっても、オレには見えないって・・・・・・オレが見えているものは全てモノトーンで、灰色だからって・・・・・・僕もアイツも子供だったんだよ、いや、アイツは今でも子供だけどさ。でも、子供のする会話じゃないだろう? でもさ、アイツ、光に辿り着けたらいいなって言ったんだ。オレも太陽の花、見てみたいから、一本でも咲かせられたらいいなって。アイツ、覚えてたんだな、僕と交わした会話を——」


真っ直ぐにシンバを見つめて話すコーラル。


シンバも真っ直ぐにコーラルを見つめる。


「僕が、こっちの道を選んだ事で、アイツを独り、闇に置き去りにしたのかもしれない」


コーラルのその悲しい囁きは、まるで懺悔しているようで、シンバを見ているが、シンバではなく、誰か別の人に話しているようで、だから、ルチルが、


「ねぇ、その黄色も白も光を表す色ねって誰が言ったの?」


そんな問いを投げかけてしまう。


コーラルはシンバから目を離し、俯いた。


「あー! 俺わかったぞ、あのハートのペンダントの女だろぉ?」


ジャスパーがそう言って、からかうように、コーラルの腕を突いた。


コーラルはやめろと払い、何も答えない。


「でも、そうだとしたら、その人、コーラル王子が小さい頃から傍にいた人って事にならない? あぁ! だから、王子が好きな女に会いたくないのかって聞いたら、僕はこれから会いに行くんだって、そういう意味だったのね」


「え? どういう意味?」


ジャスパーがルチルに問う。


「だから、ジプサム城にいるのよ、その人」


そう言ったルチルに、


「余計な憶測をするな! その人はジプサムとは無関係だ!」


本気で怒鳴るコーラル。


「な、なによ、そんなに怒る事ないでしょ」


あんまり真剣に怒った表情だったので、ルチルは怯んでしまう。


その時、軽い地震が5人を襲う。


時折、地震を感じてはいたが、この地震は結構、長いと、5人はその場で、少しよろめく。


剣が交わる音はしないが、何かを叩いているような音は続いている為、シンバ達は、更に上へと駆け上ると——・・・・・・


レオンが風向きが変わると言った意味が、そこにあった。


マスクとスーツを着た者達が、鎖で大地に縛り付けにあっているアスベストウィルスの患者を木刀で痛めつけている。


アスベストウィルスの患者は呼吸荒く、あちこちから血らしきモノを流している。


風が、シンバの髪を撫でていき、恐らく、この風に微量のウィルスが含まれているだろう。


もっと風が強くなれば、ウィルスが大量に運ばれて来る為、この場所から逃げなければ。


だが、


「何をしておるのじゃ!!!!!」


逃げるという考えが、直ぐに浮かばないシンバは、怒鳴っていた。


怒鳴り声に、マスクとスーツを着た者達が振り向く。


その者達は黄竜ではなく、奴隷達だった者だろう。


「お主等!!!! そんな事をしてッ!!!!! 許されると思うのかッ!!!!!」


と、歩き出すシンバの腕を、コーラルが掴む。


「これ以上、近寄ったら、ウィルスに犯されるぞ」


そう言ったコーラルの手を振り解こうとするが、コーラルはシッカリと掴んで、シンバを離さない。シンバは振り向いてコーラルを見る。その瞳は怒りで満ちている。だが、コーラルの瞳も、怒りを隠せない。


「アイツ等は噴火する迄、痛めつける気だ。残酷だが、ジプサムも必死だ。だから言ったろ、殺しておけば良かったんだ、選択をミスしたな」


「殺す必要などない! 約束をしてくれたんじゃから!」


「約束なんかするからだろ! だからアイツは約束を守る為、噴火させないんだろう!」


「・・・・・・」


「甚振られても、シンバとの約束を守る為、必死で堪えてるんだろ! 瀕死状態になりながら、意識なんて朦朧としてる筈だ、それでも、必死で、約束を守ってるんだ!」


「・・・・・・わしのせいなのか?」


「あぁ、そうだ、お前のせいだ! もっと穏やかに安らかに眠らせる事が、お前にはできただろう、だが、死なせずに苦しませたのは、お前のせいだ!」


きっぱり言い切るコーラルに、シンバはどうしていいか、わからなくなる。


「・・・・・・僕が行く」


「コーラル殿?」


「もう死なせてやるしかないだろう、アイツを救えるのは、痛みから解放してやる事だ」


そう言うと、コーラルはアスベストを見て、シンバの腕を引っ張り、アスベストに、その腕を渡そうとする。


アスベストは、頷き、シンバの腕を掴むから、シンバは困惑する。


「ちょ、ちょっと待つのじゃ、何を考えておる? アスベスト、離せ」


だが、アスベストはシンバの腕を離さない。


「シンバ、この世で一番、残酷な事、それが何か知っているか?」


「コーラル殿?」


「シンバは一番の恐怖は仲間がいなくなる事だと言ったよな? その通りだ、じゃあ、一番の残酷な事は何か、それは優しさだ。シンバは優しいが、残酷なんだよ。どれだけの人が、その優しさに救われたか、その優しさを求めているか、その優しさを失いたくないか、知らないだろう、なのに、その優しさを消してしまおうとする。優しいが故に、残酷だ。だが、それこそが、僕が行こうとした道なのかもしれない」


「コーラル殿!? お主、何を考えておるのじゃ? 待て、コーラル殿! どこへ行くのじゃ!? 行ってはならぬ!!!! わしが!!!! わしが行くからッ!!!!!」


叫ぶシンバを無視して、コーラルはアスベストウィルスの患者の元へ歩き出す。


アスベストはシンバの両腕を持ち、何があっても離さないように、ガッチリと掴んでいる。


暴れるシンバ。


ルチルもジャスパーも見ている事しかできない。


途中、コーラルは立ち止まり、振り向いて、笑顔を見せ、まるで、散歩にでも行くかのように、コーラルの名を泣き叫ぶシンバに、軽く手を振って見せた。


——バイバイ。


今、スーツとマスクを着た者達が、コーラルの背後を襲うが、瞬時に、コーラルに斬り殺される。


あっという間に、コーラルのまわりには死体が転がる。


——何度、こんな光景を見るのかと、嘆いた日々。


——それでも、世界を変えるには、戦わないといけない。


——戦わないといけないから、なるべく戦いにならないようにする。


——敵のトップだけを残酷に痛めつけ、恐怖を見せつけ、誰も逆らわないように。


——それが僕の戦い方。


——その手段で、全て終わりが来ると思った矢先、現れたシンバ。


——オバサン、シンバはね、僕なんて必要なかったよ。


——友達もいたし、親代わりのアスベストもいるし。


——オバサン、あのね、友達を必要としていたのは僕の方だった。


——オバサンがいなくなってから、ずっと殻に閉じこもっていたんだ。


——その殻を壊したのが、シンバだったよ。


——シンバの方から、友達になろうって言ってくれたんだよ。


——その時、僕の中で、どこかに置いて来た筈の感情の針がまた刻み出した。


——オバサン、シンバは、この世の宝物みたいだよ。


——オバサンにソックリな顔で、オバサンみたいに優しい奴で、白い光に満ちているんだ。


——穢れのない真っ白な雪のような奴だよ。


——もう失いたくないんだ。


——オバサンがいなくなった時みたいに、僕の前からシンバがいなくなるのは嫌なんだ。


——僕は・・・・・・優しいかな・・・・・・それとも残酷かな・・・・・・?


今、大地に鎖で縛られているアスベストウィルスの患者を見下ろし、コーラルは、剣を構える。


アスベストウィルスの患者は気絶しているのか、それとも、動かないだけか、肉で腫れ上がった顔に瞳が埋もれてしまっていて、表情すらわからない。


「・・・・・・やっとラクになれるな、お互い——」


そう言うと、コーラルは剣を振り下ろし、アスベストウィルスの患者の心臓を貫く。


悲鳴も何もない、死んだかどうかも、定かではない。


だが、死んだのだろう、心臓を貫かれて生きている人間はいない。


コーラルが剣を抜くと、血らしきモノが噴射し、辺りを嫌な臭気が覆いつくす。


コーラルの顔、手、そして、白い衣装に、その血らしきモノが飛び散り、コーラルは突然の嘔吐に、膝を落とす。


「コーラル殿ぉぉぉぉ!!!!」


シンバが、アスベストの手を無理に振り解き、コーラルの元へ走り寄ろうとしたが、


「来るなぁ!!!! シンバにはエンジェライトを守る使命が残っているだろう! 夢で終わらすのか! 僕達が行き着く場所は同じだと、そう言ったのはシンバだろう! 夢で終わらせられたら、僕がシンバと一緒にいた意味がなくなる!」


コーラルの叫びに、シンバは足を止める。


コーラルは口を押さえながら、


「さっさとジプサム城へ向かえ。こんな所で足踏みしてどうする」


シンバに言い放つ。


「じゃが、フェルドスパーはどうするつもりじゃ!」


「僕はフェルドスパー王を信じている!」


「・・・・・・王を?」


「エンジェライトはシンバがいないと終わる、でもフェルドスパーは僕じゃなくても、父がいる。エンジェライトと共にフェルドスパーも世界を平和にする国として栄えるんだ、これはその為の犠牲。きっと、父はこの僕の行動に頷いてくれる筈だ。ここで全て懸ける僕の想いが父に伝わると、僕は信じている! だから僕は・・・・・・何も恐れない」


「・・・・・・」


シンバはコーラルの想いに、立ち尽くすしかできない。


「行けよ、シンバ! 僕は大丈夫だから」


と、今、コーラルが、一生懸命、立ち上がろうとしている。


それを遠くで見ているしかできないシンバ。


行けと言われても、行ける訳がない。


シンバは、どうしていいか、わからない。


手を貸したい、でも、届かない。手を貸したいのに、でも、それは望まれていない。


コーラルは、アスベストウィルスの患者の死体を火口に落とす為、立ち上がるが、足元がふらついて、再び、跪く。


「クソッ! ウィルスのまわりが早い! こんなに速攻に感染力が強いのか!」


それでも、数週間は生きていられる筈なんだと、コーラルは立ち上がる。


そして、今、シンバの横を普通に通り抜け、コーラルの元へ向かうルチル。


ルチルは口元を布で押さえてあるが、その行動には、シンバもアスベストもジャスパーも唖然。


そして、コーラルの目の前に白い手が差し出され、


「どうするの? 立つの?」


と、ルチルが聞く。


「な!? 何してるんだ!?」


「王子が、アナタの傍にどうしても行きたいって顔してるから、王子の変わりに来たの」


「変わりって!? わかっているのか!?」


「わかっているわ、心配ない、このウィルスには特効薬があるんでしょ? ジプサム王が持っているのよねぇ? 王子、特効薬、アタシの分も持ち帰ってきて下さいね」


と、シンバに向かって笑顔で手を振るルチル。


「バカじゃないのか!? 簡単に特効薬を持って帰ってこられると思うのか? 勝っても薬を渡す程、相手はお人好しじゃない! それに、そんな布をあてただけで感染が防げると思うのか!?」


「大丈夫よ、王子は大逆転する男だから」


「はぁ!?」


「死んじゃ駄目よ、生きぬかなきゃ! きっと大丈夫! 王子を信じましょ!」


「・・・・・・」


「さぁ、アタシを信じて、手を出して?」


「・・・・・・」


「もう! 素直に信じなさいよ! アタシ達、友達でしょ? 友達を信じなさい! さぁ、こんな所で王子の帰りを待ってられないわよ、船で待ってましょ」


と、コーラルの手を握る。


「ま、待て。死体を、この死体を火口に捨てないと、ウィルスは、この死体の中で繁殖し続けてしまうから・・・・・・」


気持ち悪そうに口を押さえ、コーラルがそう言うと、ルチルは頷き、アスベストウィルスの患者の死体を動かそうとするが、重すぎて動かない。


すると、シンバの横をジャスパーまでも通り抜け、今、ルチルに手を貸す。


「王子、さっさと特効薬持って来てくれよな、俺、死にたくないからね! 後、苦しいのもイヤだからな! 直ぐに持って来てくれよな!」


と、ジャスパーの口元にも布はあてられている。


「王子、コーラル王子の事はアタシ達に任せて、王子はアタシ達の為に薬を早く手に入れて来て下さい!」


ルチルがそう叫び、シンバに手を振る。


「お主等・・・・・・」


「王子、そんな顔しないで下さい、アタシ達は王子の役に立つ為に王子の傍にいるんです。王子が望むなら、この命、全て懸けて、王子の身代わりを引き受けます。けど、友達として、言わせてもらうわ、絶対に薬を手に入れなさいよ! 信じてるんだからね!」


「・・・・・・待っておれ、直ぐに持ち帰る!」


シンバは一刻も早く薬を手に入れなければと、グッと拳を握り締め、自分も駆け寄りたい気持ちを抑え、背を向けた。


「アスベスト、行くぞ」


「はい」


山を降りていくシンバとアスベストを見つめ、行ったかと、コーラルは安堵の溜息。


「おい、捨てたぞ! 他の死体も捨てたぞ!」


「流石ジャスパー、力持ちよねぇ、ここに来て、大活躍ね」


と、ルチルがジャスパーを褒めると、そんな事、滅多にないので、ジャスパーは嬉しくて、照れ笑いをしながら、頭を掻く。


そして、ルチルが、コーラルの右手を持ち、右腕を自分の肩に乗せ、


「頑張って船まで歩くわよ!」


勇ましく、そう言った。


ジャスパーも慌てて、コーラルの左腕を持つ。


「・・・・・・いい女だな」


コーラルがそう言って、ルチルを見ると、ルチルはぶはっと笑い出した。


「よく言うわ、男女って言った癖に! 言っとくけど惚れても無駄よ、アタシには心に決めた男がいるから」


「・・・・・・振り向いてもらえない女ばかりだな、僕が気に入る女は」


「なぁに? ハートのペンダントの女も他の男が好きなの?」


「まぁな」


「なんだ片思いか、安心した! でも、こんな事になって会いに行けなくなったなぁ?」


何を安心したのかジャスパーがそう言った。


「・・・・・・ホントに、まさかの展開だよ」


と、ルチルとジャスパーを見て、フッと笑う。


涙のせいか、それとも、ウィルスのせいか、霞んだ目の前に、光が見え、微笑むエンジェライトの妃の姿が見える。


『コーラル王子』


——オバサン、ごめんね、まだそっちへ行けそうにないんだ。


——僕はこっちでオバサン以外にも友達ができてて、僕を助けてくれているから。


——今迄のように、簡単に死んでもいいやって思えなくなって、僕は生きようとしている。


——たくさん、殺したのに、生き抜こうとしている。


——それがどんなに惨めなのか、知ってるから、いつだって死を受け入れていたのに。


——惨めでカッコ悪いのに、生き抜こうと足掻いている今、僕は一番、幸せかもしれない。


——王達から言わせたら、生き恥を晒し、幸せに思うなんてって鼻で笑われそうだけど。


——オバサンならきっと・・・・・・


『コーラル王子、素敵ね。とっても光輝いているわ』


——うん、そう言うと思ったよ。


——オバサン、ごめんね、当分、そっちへ行けない。


——だって、僕もシンバを信じてるから。


——シンバという友達を・・・・・・。


『ええ、アナタの生きている証、その心音に誓うわ、アナタはまだこっちへ来るべき人じゃない。折角、かけがえのない人達に出会えたんだもの——』


——オバサン・・・・・・。


『コーラル王子、シンバと・・・・・・私の最愛なる息子シンバと友達になってくれてありがとう・・・・・・』




皆を助けねばと、早足になるシンバとアスベスト。


ルチルやジャスパーを気にする事もない為、険しい岩山も、あっさりと飛び越えて進んでいく。数時間かけて登ってきた山道も数十分程度で下りる。


山を下りて、二人は休む事なく、走り出す。


呼吸を忘れてしまう程、シンバは無我夢中になって走る。


この先に待っている戦いの為の体力温存など、考えてはいない。


そして、二人は、ジプサム城から少し離れた場所で待機していた元白虎達の死体が広がる場所に辿り着き、足を止めた。


「・・・・・・黄竜にやられてしもうたか」


呟くシンバに、


「これで騎士は全滅です」


呟き返すアスベスト。


「残っておるのは、わしと、お主だけじゃな」


「旅立ちの時に戻ったようですね」


「・・・・・・あれがジプサム城か」


少し遠く、荒野の中、聳え立つ城を、睨み上げるシンバ。


アスベストは胸倉から、エルバイトが描いたエンジェライトの妃の絵を取り出し、祈る。


どうか、王子をお守り下さいと——。


「それは?」


「お妃様です」


と、アスベストは、シンバに、その絵を渡す。


シンバは、母を見つめ、そして、その絵の母の胸元にあるペンダントに気付く。


それはコーラルが持っているハートのペンダントに似ている気がした。


瞬時、シンバの脳裏に浮かぶ、コーラルの今迄の台詞。




『既に奪われたものは何も返ってこない! 進むしかないんだ、真っ直ぐに、小さな争いで済む世をつくる為に! 多くを殺さない為に! 残酷な仕打ちで、人々に恐怖を植え付け、逆らわないように! 逆らうから死んでしまうんだ! 誰も逆らわせやしない! 皆、ジプサムに平伏させてみせる!』




『正義だろうが、悪だろうが、戦とは死者を増やすだけだろう、黙って力ある者に従っていればいい。そうすれば生きていられた。生きていてくれていれば、それだけでいい。そうは思わないか?』




『奇跡、起こそうと思ってさ』


『はぁ!? 奇跡など、起こそうと思うて起こせる訳なかろう!』


『いいや、シンバなら起こせるんだよ。後はマスク外して行け』




『・・・・・・階段を下に降りて、直ぐに左側、ガラスの壁がある。その向こうに化け物がいる。そして、そのガラスの壁の向かい側、つまり直ぐに右側には鉄格子の普通の牢獄がある。そこに、エンジェライトの妃は入れられていた』




『それより、お主、ハートのペンダントの女に会わんで良いのか?』


『・・・・・・何故、会う必要がある?』


『好きな女に会いとうないのか?』


『・・・・・・僕はこれから会いに行くんだ』




アスベストは元白虎達の死体に祈りを捧げる。


青竜だった二人も倒れているのを見つけ、アスベストは祈りを捧げると、


「コーラル王子が、会議の時に、全滅を覚悟しろと言っていました」


そう言った。


「アスベスト、この母がしておるペンダントは・・・・・・」


「それはスノーフレークの紋章です、御妃様が、スノーフレークにいた頃からしておられたペンダントだと思いますが、スノーフレークが堕ちた時、そのペンダントも捨てられた筈。ですが、似たペンダントを王がプレゼントしていました」


「そうか・・・・・・どちらにしろ、母は、常に、このハートのペンダントをしておったんじゃな・・・・・・」


そう呟いた後、突然、


「あぁ! くそっ! わしは何て鈍い人間なのじゃろうか!」


妃の絵を見ながら、苛立ったように、そう叫んだシンバ。


「王子? どうなされたのですか?」


「コーラル殿がどんな気持ちで、わしの傍におったのか、今更気付いたんじゃ。わしと直ぐに友達になる筈じゃ! くそっ! 全滅じゃと? 死なせるものかっ! アスベスト、絶対に勝つぞ!」


よくわからないが、やる気を高めるシンバに、アスベストはコクンと頷く。


城の前では、黄竜達が待ち構えている。


「・・・・・・コーラルは? 後二人いたような気がしたが? ソイツ等は?」


シンバとアスベストだけで、ここに来た事に、レオンは不思議に思ったのだろう、だが、疑問を口にしても、台詞は棒読みだ。


「アスベストウィルスの患者に止めを刺す為、コーラル殿は——」


シンバは、その後の言葉が出ずに、俯くと、


「なんだ、結局、コーラルはそっちへ行っても駒扱いだったんだ」


レオンはそう言って、シンバを見ている。シンバも顔を上げ、レオンを見る。


「・・・・・・わしはコーラル殿を駒などにしておらん」


「だったら、自分が止めを刺しに行けば良かったじゃないか、コーラルに行かせた癖に」


「・・・・・・」


黙っているシンバに、アスベストは、自分が話すべきかと思ったのだが、余りにもシンバの表情が悲しげで、レオンを哀れんでいるようで、何も言えなくなる。


シンバは、レオンという人間が、可哀想に思えた。


誰かの為に自分が犠牲になる、そんな大切な感情を知らないレオン。


犠牲は誰かの駒として動かされたと思っているレオン。


人は自分で動くのではなく、命令で動くと考えているレオン。


「玄武、白虎、朱雀、青竜、その全ての壁を突破して、今、黄竜の目の前に現れたお前達を褒めてやる。だが、城内へ通す訳にはいかない。この黄竜騎士団も城内へは入った事がない。入れるのは、王族のみ——」


「・・・・・・王族しか入れないとは、小さな城じゃな」


「小さくはない、結構、大きいし、中はとても広い」


「器の話じゃ!」


苛立って、そう突っ込むシンバ。レオンは意味がわからないのか、黙り込む。


いや、レオンは心の成長がないのだと、シンバは悟る。


「ここまで来たんだ、どれだけ強いのか、確認したい。黄竜相手に戦って見せろ」


「なんじゃと!?」


「オレはここで見てるから」


と、レオンは城の外壁に背を持たれ掛けさせ、本当に見ているのか、どうかもわからない暗い瞳で、こっちを向いている。


「ふざけたガキじゃ! わし等のチカラが知りたいのなら、お主が試したら良かろう! お主自身で剣を交えれば、わしの強さがわかろう!」


「慎重にならなければという判断をした迄だ。間違ってないだろう」


確かに、レオンの言う通りだ。


だが、シンバは納得いかない。


レオンは、目の前にわからないものが現れると、誰かを先に行かせるタイプ。


シンバは、目の前にわからないものが現れると、自分が先に行き、安全を確認するタイプ。


全く違う二人の考え。


だが、どちらも、王族として、間違ってはいないと、アスベストは思う。


黄竜達は一斉に剣を構える。


シンバとアスベストも、構えの体勢に入る。


相手は元レグルス騎士隊の連中。


そう簡単に倒せる相手ではない。


しかも10人相手に、シンバとアスベストたった2人。


だが、ここで負ける訳にはいかない。


「アスベスト、全力でいくぞ。この騎士団がジプサムの戦力の最後じゃ。本格的に戦うのはここで終わりじゃろう、なんとしても生きて勝ち残れ」


アスベストは、そう言ったシンバを横目で見て、フッと笑みを零した。


「・・・・・・なんじゃ? 思い出し笑いか? 余裕じゃのう」


「いえ、只、コーラル王子と初めて会った時を思い出したんです」




『・・・・・・我が王子は必ず天下をとる』


『その言い分には何の根拠があるんだ?』


『私が共にいるから』


『は?』


『王子と共に私がいるから、これから先、王子に負けはない!』


『だから、そのアナタが死んだら——』


『私は死なない! 貴様に鎧を砕かれようが、心臓を貫かれようが、私は死なない! 王子と共にいる為に私は生き抜く。この先もずっと。だから、これから先、負けはない! 王子がそう言ったのだから、それは絶対だ! 王子の言う事は絶対なんだ!』




アスベストは、コーラル王子に言い切った分、絶対に死ぬ事は許されないと思う。


そうでなければ、コーラルの死を覚悟した最後の行動さえ、貶す事になる。


嘘ではないと、誠を果たさねばならないと、アスベストは剣の柄をグッと握り締め、黄竜達を見据える。


そして、アスベストは雄叫びを上げながら、黄竜に向かって走り出す。


また黄竜達も、こちらへ向かって走り出す。


シンバも剣を抜いて、黄竜達に向かう。


アスベストは剣を振り上げ、盾で攻撃を防ぎ、戦いながら、思い出している。


幼いシンバが初めて流した涙を——。




『王子、王子は誰にも負けないものを持っています。いいですか、王子、木登りや石投げなど、勝つ必要がない。それで勝ちたいのであれば、私が、木登り名人や石投げ名人を探して連れてきて、王子の変わりにやらせましょう。剣も、この私が、王子が命じるのであれば、どんな強豪にでも勝ってみせましょう。王子には、そんな才能、必要ありません』




——王子、アナタが勝てと言うのならば、私は絶対に勝ってみせます。


——あの時に言った事は嘘ではない。


——王子が既に王として目覚めている今、アナタの命令は私にとって絶対だ。


あの時、シンバの頬に、ツゥッと一筋の涙が流れたのを、アスベストは忘れもしない。


——ルチルさんに負けて悔しかった事、二度と、あんな思いを王子にさせはしない。


——王子、この私が、どんな強豪にも勝ってみせましょう!


——それがエンジェライトの騎士達であり、元は私の騎士隊の仲間達であろうと!


——これから待ち受けるのが、私の尊敬する偉大なるエンジェライト王であろうと!


——勝ってみせましょう!


流石、最強とも言われる騎士のアスベスト。


数人の黄竜相手に、互角かと思われる動き。いや、それ以上——。


だが、レオンの目はシンバの方を見ているようだ。そして、


「・・・・・・なんで左手で剣を持っているんだ? 右利きっぽいのに」


そう呟く。


そう、シンバは右手をアスベストウィルスの患者に会いに行った時に、潰してしまっている。包帯はとれたものの、アスベスト山で剣を握った時に、また再び痛みを感じ、左手で剣を構えていた。


そして、右手を庇うような仕草をとってしまう。


「・・・・・・怪我してるって事か」


と、呟いた後、レオンは動いた。


今、シンバが一人の騎士に止めを刺し、直ぐに大雪原を大振りに、振り切った瞬間、レオンが右隣に立っているのに気付いた。


「なっ!?」


いつの間に、隣に来たのか気付かなくて、驚いた一瞬、レオンは短剣をシンバの右手甲に突き刺し、引き抜いた。


血が飛び散り、悲鳴なく、後退したシンバに、見境なく襲い掛かる黄竜達。


右手が全く使えなくなってしまったシンバは、大雪原を使い、防御するだけで精一杯。


レオンは、また少し離れた場所に戻り、城の外壁に背を持たれ掛けさせ、


「ピンチになったら、どうでるのかってのも知っておかないとね」


と、呟く。


シンバは、後退しながら、レオンの気配のなさに驚いている。


——全く気付かんかった。子供の身長故か、それとも気配を完璧に消せるのか。


——右手を刺しただけじゃが、あのまま心臓を貫く事もできた筈。


——コーラル殿と同じで、残酷に傷め付けて殺すタイプじゃと言う事か。


——そう教えられて来たんじゃ、当然か。


ポタポタと右手から落ちる赤い血。


使えない右手。


防御しているだけで精一杯。


後退するしかない状況。


シンバの苦痛に歪む表情。


全てを見ながら、レオンは、


「オレの出番なしで終わりかな」


そう呟いた。


今、シンバが跪き、騎士の一人が、剣を振り上げる!


シンバは足元の土を拾い、騎士達に投げ付けた!


舞い上がる土と埃。


騎士達の目にゴミが入り、目を覆い、擦り出す。その間に、シンバは遠くに逃げた。


「・・・・・・セコイ事もするんだな、しかも逃げた」


レオンがそう呟く。


シンバは騎士達が来る前に、左手の籠手を外し、それを右手に急いで付けている。


「あぁ、成る程。右手は使えなくても、右腕は使えるって訳か」


レオンは納得して、一人で頷く。だが、レオンはわからないと首を捻る。


「何故だろう、あの程度なら、コーラルでも勝てる可能性があるのに、どうしてコーラルは駒扱いされて、逆らわなかったんだろう? どうしてコーラルは寝返ったんだろう? 何か策でもあったのか? 敵の懐に転がり込んで、油断させるとか、そんなミエミエの戦略じゃないだろうし・・・・・・何故——?」


シンバは右腕に籠手を装着し、左手で剣を構え、襲い掛かる騎士達に太刀打ち。


元エンジェライトの騎士、それもレグルス騎士隊の者達だった黄竜は強い。


スピードもパワーも安定していて、それでいて、戦闘慣れしている。


今、シンバの左目の下に、剣先が掠り、生温かい血が頬を伝い流れ出る。


負けてなるものか! その想いだけがシンバを支配して動かしているが、それは相手も同じだろう。


ここで負けたら、ジプサムの戦力は失われたも同然だ、必死さはお互い同じ。


そして、剣を振り上げ、振り落とし、右に左にと剣を交え、振る舞い、今、シンバとアスベストは、お互い、背中合わせで、立ち止まった。


2人をぐるりと囲む黄竜達。


「アスベスト、しかしエンジェライトのレグルス騎士隊とは、なかなか手強いのう」


「はい、私が率いる騎士隊でしたから」


「納得じゃ」


その2人の会話を、レオンは、2人の口の動きで、聞いている。


「でも勝てない相手ではございません」


そう言い切ったアスベストに、シンバはフッと笑みを零す。


まるで余裕の笑みに思え、レオンは少し首を傾け、わからないというポーズ。


そして、勝てない相手ではないと言い切られた黄竜達は顔色が変わる。しかも、


「そうじゃな」


と、頷いたシンバに、黄竜達の怒りが露わになる。


レオンは、成る程と頷く。


騎士達の絶対に勝たなければという気持ちが、只の怒りに変わり、それは大切な使命を見失ったも同然。


「騎士達の冷静な判断を失わせる為の会話だったか、厄介だな、人間の感情は——」


レオンはそう呟くと、体を温めておこうと、その場で、軽い運動を始める。


シンバとアスベストは左と右に分かれて、走り出した。


二人を追う黄竜達。


そして、追われる側から、今度は追う側へ。


シンバは振り向き、一番最初にシンバに追いついた者に、物凄いスピードで、剣を下から上へ振り上げ、一気に止めを刺し、そして剣の動きを止める事なく、次に来た者相手に、右から左へと振り切る。そして、追ってきた者達に向かって走り出し、剣をを振る。


それはもう見事に、景色が一気に変わるが如く、敵の視界を全てを真っ白にしていく。


騎士達から噴射した血が、雨のように降り注ぐが、生温かい血は雨よりも重く、ゆっくりと舞い落ちる。


まるで雪のように、シンバのまわりに降っては積もり、赤く染めていく。


「あの変な剣、ゴールドメイルの鎧も斬るのか」


レオンは肩から腕をぐるぐる回しながら、首も左右に振りながら、シンバを見て呟く。


シンバの方に向かって走って来ていた最後の一人が、剣で大雪原を受け止め、シンバの動きを止めた。


どうやら、最後の一人は冷静さを取り戻したようだ。


剣と剣が重なり合ったまま。


そしてシンバは左手に力を込め、相手の剣の刃に大雪原を力一杯押し付ける。


男もそれに返すように、力一杯、剣を押し当ててくる。


ギリギリと刃と刃が重なり合う嫌な音が鳴り続ける。


睨み合いながら、お互い、譲らない。


利き手じゃないシンバの方が少し押される。


だが、シンバは押されれば押される程、力強く、押し返し、絶対に負けないと大雪原に全ての力を懸ける!


パキッと言う音が鳴り、男の剣に罅が入った瞬間、まるで氷が割れるような音が響き、剣が真っ二つに割れた。


シンバの大雪原は輝きを失っていない。


剣が割れてはと、後退する男に、シンバは向かってはいかない。


只、険しい表情のまま、大雪原をそのまま構え、立っている。


シンバの気迫に恐れ、後退し続ける男は、何かにぶつかり、振り向くと、アスベストの姿。


男がアスベストを目の前に腰を抜かしそうになる。


だが、地に腰をつかせる間もなく、アスベストの剣は、男の胸を貫く。


男が倒れる瞬間、剣を抜くと、血が飛び散り、男は、大地に転げるように落ちた。


沢山の返り血で、赤く染まったシンバとアスベスト。


大地も赤く染まり、数体の死体の中、2人は、立っている。


今、シンバは腰の鞘へ、アスベストは背中の鞘へ、剣を戻し、レオンを見る。


レオンは独りになったと言うのに、焦った様子もなく、2人の強さに怯む様子もなく、


「流石エンジェライトの血を持つ者だな、誇りに思う」


と、無表情と感情のない口調で、上から目線の台詞。だが、その表情が初めて動く。


シンバが、


「アスベスト、レオンを頼んでも良いか?」


などと言い出したから。


「はい」


頷くアスベストに、レオンは顔色を変え、


「何言ってるんだ!? オレの相手はお前だろう!?」


と、大声を出した。


「・・・・・・良かった、お主、そんな風に怒鳴ったりもできるんじゃな」


「お前が意味不明な事を言うからだろう! ここは誰も通さない!」


「なら、お主も一緒に戦っておけば良かったのぅ」


「なに!?」


「そしたら、騎士達とお主で、わし等はやられておったかもしれん。お主は長として選択を誤ったんじゃ、わしの強さを計ろうと騎士達に試させたんじゃろうが、お主の相手はわしではない。アスベストじゃ」


「オレの戦う相手をお前が勝手に決めるな!」


そう吠えるレオンを無視し、シンバは、


「アスベスト、レオンは気配を感じさせぬ程速い。それで、うっかり右手を刺されてしもうた」


と、アスベストに血だらけの右手を見せながら、言う。そして、


「レオンの剣は刃がない故、刺す攻撃で致命傷を与える。じゃが、わしの右手の指は全て動く故、致命傷となる攻撃ではなく、甚振る攻撃と言った方がいいかのう。直ぐには殺さん辺り、コーラル殿と似ておるな。そうじゃな、パワーはこちらの方が上じゃろうな」


シンバのアドバイスに、アスベストは頷いている。


「聞けよ、オレの話を! オレはそんな奴と戦う気はない! オレの相手はお前なんだよ! オレは下っ端に興味ないんだ!」


「下っ端? アスベストがか? 言っておく、アスベストは最強の騎士じゃ。アスベストを倒せんようでは、わしと戦っても勝てん」


「なんだと!?」


「お主は高みの見物を選び、長としての選択を誤ったんじゃ。それは取り返しのつかない事じゃ。良いか、その余裕が戦で通用する事は絶対にない! 常に自分も死ぬ覚悟で立ち向かわなければならぬ! じゃが、戦は死ぬ為のものではない! 一人でも多く、死なせない為に、戦うんじゃ! 覚えておけ」


そう言うと、シンバは、城の方へ歩き出す。


「ふざけるなぁ!!!!」


と、シンバに向かって行くレオンの目の前に立ちはだかるアスベスト。


「——レオン王子、アナタのお相手は私です。ご心配なさらずに。殺したりしませんから」


そのアスベストの台詞に、レオンの顔が一瞬、変わったが、直ぐに冷静な顔に戻ったかと思うと、今度は、大笑いし始めた。


シンバはレオンの横を通り抜け、城へと向かっていたが、その足を止め、振り向いて、レオンを見る。


「お前達は人の怒りを買うのが得意のようだな」


「・・・・・・笑ったりもできるのか。良かったのぅ」


シンバがそう呟くと、レオンは振り向いて、シンバを見た。


だが、その瞳に輝きはなく、闇を見ているような目で、どこを映し見ているのか、全くわからないまま。


「城に入るのは待て。王から、ここで殺すよう命令されているんだ、その命令に従う為にも、オレはここでお前を殺すしかない。お前が死ねば、この騎士を殺さずに済むと思ったが、もういい。お前はそこで黙って、この騎士が殺される所を見ていろ。その次はお前だ」


レオンはシンバにそう言うと、暫く沈黙のままで、シンバの返事を待っている。


——矛盾だらけじゃのう。


——自分の騎士は大事にできんのに、他人の騎士は殺そうとは思わん。


——いや、それ程、命という尊いものは、皆、同じ重さじゃと、知らぬだけか。


——それとも、相手の長だけを甚振って殺せという命令に忠実なだけか。


シンバは溜息をひとつ。そして、


「・・・・・・わかった、ここでお主等の戦いの末を見ておる」


レオンを見て、そう言った。


「王子をお待たせさせる訳にはいきません、そこで見ておられるのならば、直ぐに決着を着けますので——」


アスベストがそう言うと、シンバはコクンと頷いた。


益々頭に来る事ばかりの会話を続ける2人に、レオンは冷静な顔を装いながらも、怒りで支配されそうになるのを、堪えている。


「もう話はいいだろう? 直ぐに決着をつけると言うなら、サッサとやろう。まずは手足をもぎ取って、苦しませてから、無様に逝かせてやる」


と、レオンは短剣を腰の鞘から抜くと、目にも見えぬ速さで走りぬく。


それはまるで流星のよう。


アスベストに逃げる余裕はなく、思いっきり太股にグサリと突き刺され、レオンはチラッとシンバを見ると、シンバは腕を組んだまま、表情も変えず、見ている。


——何の余裕だアレは?


——負けると思い、気でもおかしくなっているのか?


と、剣を抜こうとして、柄を強く握り締めると——・・・・・・


「!?」


剣が抜けない!


何故だと、レオンは必死で剣を抜こうとするが、剣はアスベストの太股からピクリとも動かず、レオンは思わずアスベストを見上げると、アスベストは何事もなかったかの顔で、レオンを見下ろし、


「レオン王子、アナタの敗因は、長としての選択を誤っただけではないんですよ」


そう言った。そして、


「アナタはシンバ王子の情報を得る為に、自分の情報を与えてしまった。王子はアナタの事を気配を感じさせぬ程速いと言いました。なら、そのスピードに、私はついていけそうにない。だが、逆を言えば、そのスピードを止めてしまえばいい。王子は、アナタの武器に刃はなく、刺す攻撃で、致命傷を与えるという事も教えてくれました。しかも致命傷という攻撃ではなく、甚振るという攻撃で、すぐには殺さないと言う事も。実際、アナタもそう言っていますよね。なら、私をいきなり殺すような攻撃には出ない。だから、まずは攻撃を受けて、どこか刺されてしまえば、アナタの武器は、押さえたも同然。アナタの力では、私の筋肉で押さえられた剣を抜く事など、できないでしょうから。コーラル王子からも、アナタの事は聞いていましたが、実際に攻撃を受けた王子がくれた情報は、攻撃を避けずに、受けてしまえと言う事なんです、だから、王子は、自分ではなく、私にアナタを任せたのです、王子はこれから王と向き合わなければなりませんからね、ここで傷をひとつでも増やす訳にはいきませんから」


レオンは首を振りながら、認められないと、必死に剣を抜こうとする。


アスベストは只、立っているだけに見えるが、かなりの力を太股に込めている。


剣はピクリとも動かない。


「・・・・・・無駄ですよ、レオン王子。アナタの負けです」


「オレは負けない!!!!」


そう吠えるレオンに、感情が露わになって来たなと、シンバは安心する。


こうして足掻いてくれた方が、無表情無感情でいられるより、余程人間らしく、子供らしい。だが、いつまで足掻いても、この勝敗は変えられない。


それに、アスベストの太股も、ずっと剣を突き刺しておく訳にもいかない。


「その剣を抜いて、また同じ攻撃をするか? 何度やっても同じ事じゃぞ? それとも、甚振るのをやめて、即息の根を止めるか? じゃが、アスベストは、わしと違い、根っからの騎士じゃからのう、一度、受けた攻撃は、二度と喰らわんじゃろう。幾ら突いても、掠りもせんぞ? それでもやるか? 時間の無駄じゃと思うが?」


レオンは下唇を噛み締め、振り向いてシンバを睨み見ると、


「なら殺せ! お前達はオレを殺すだけの力があるだろう! オレを殺せよ!」


そう吠えた。


シンバは呆れたように、溜息を吐くと、


「お主、騎士になりたいのか?」


そう聞いた。何の質問だ?と、レオンは黙ってシンバを見ている。


「お主が目指すものは騎士なのかと聞いておるのじゃ。王からの命令を遣り遂げる事ができず、死を覚悟する騎士ならば、それで良かろう。じゃが、お主は、王になる者じゃろう、死を覚悟してどうする? まだ何も始まっておらんのに」


「・・・・・・始まっていない?」


「そうじゃろう、お主、自分の意思で動いておらんのじゃから。お主が率いる騎士達、黄竜の方が余程、強かった。背負うものが違うんじゃ。騎士として、皆、その使命を背負っておる。お主は、王として、その使命を、まだ背負ってもおらん」


「オレは黄竜達を倒す力を持っているんだ! 黄竜達の方が強い訳ないだろう! オレは強いんだ! 誰よりも!」


「バカモノ。お主は王子として存在するんじゃ、それに従える騎士達が、本気でお主を殺すと思うか? お主に殺された者は、騎士としての使命じゃと、お主の力となり、殺されるのであれば本望じゃと死んでいったんじゃ。何故わからん? お主が背負うものは、最強の力ではない。人を平和へと導く力じゃ! まだその力が覚醒しておらんのじゃ、これからじゃろう、お主は——」


「よく言う、何が平和だ、お前はコイツを犠牲にしたんじゃないか!」


「・・・・・・そうじゃな」


「コーラルだって!」


「コーラル殿は違う。コーラル殿はジプサムではなく、フェルドスパーという国を王に背負ってもらう為、自ら犠牲となる道を選んだのじゃ。わしも、もし、王がエンジェライトという国を背負って、平和へと世を導くのであれば、この身を犠牲にしても構わん。アスベストもそうなんじゃ。じゃから、わしの命令というだけでなく、深手を負う覚悟で、お主と戦った。わし等は背負うものがジプサムとは違うんじゃ。破壊ではない、守らねばならぬものが多くある。その重みはどんどんどんどん積み重なる。軽くなる事はない。世の不条理の中に沈むものも、わし等が引き上げる為に、ここまで勝ち抜いて来たんじゃ」


「・・・・・・ジプサムに戦いを挑み、勝った所で、何が変わると言うんだ」


レオンの絶望の瞳が、更に暗く、失望へと落ちて行く。


シンバは、レオンに近付き、そして、レオンの目の前に立つ。


レオンは黙ったまま、俯いているが、そのレオンの目線に合わせるように、腰を低め、そして、レオンの顔を覗き込み、レオンの肩に左手をソッと置く。


「弱音など、今更、吐くな。お主がどんな訓練を受けたか知らんが、厳しい道のりじゃった事は察する。わしがお主と同じ12歳の頃、お主と出会い、こうして戦っておったら、間違いなく、わしはお主に負けておった。それだけお主は強い。じゃが、その強さを発揮するのは、今ではないというだけじゃ。国を守り、その国の民を、そして、お主を愛する者達の為に戦い、傷付き、精一杯、生きてみせろ。争いなどなく、ひとりでも死ぬような事がない平和な国をつくってみせろ。お主はエンジェライトの王子じゃろう、それとも、ジプサムの騎士のひとつを任された長なのか?」


黙ってシンバの青い瞳を見るレオン。


シンバの問いに答える訳でもなく、そして、考える訳でもなく、只、綺麗な目をしているなぁと、レオンは思う。


まるでガラス玉のように、キラキラと、いつか見た雪の結晶みたいだと——。


レオンから何も返事はないが、シンバは、わかってくれただろうと思う。


レオンの瞳は暗いままだが、直ぐに輝きを取り戻す程、簡単ではないだろう。


それでも、レオンに感情が少しでもある事に、希望が見える。


きっと、優しさだって、持っている筈。


シンバは黙ってシンバの瞳を見ているレオンに微笑むと、


「お主が赤ん坊の頃、一度だけ、お主の部屋に潜り込んだ事があってのぅ」


と、想い出を口にする。


「お主が生まれた時、それはもう凄いプレゼントの数で、わしは羨ましくて。特に大きなヌイグルミがのう」


クックックッと笑いながら、そう言うと、


「他にどんなプレゼントをもらっておるのか、気になって、部屋に入ったんじゃ。わしの部屋の隣がお主の部屋じゃったから、直ぐに潜り込めた。それはもう、目移りするようなオモチャばかりで。つまらん本ばかり並ぶわしの部屋とは大違いじゃった」


懐かしい表情で語るシンバ。


「じゃが、どのオモチャよりも、オルゴールの音色で眠るお主が愛おしくてのう。小さな開いた手の平を人差し指で触ると、わしの指をギュッと握ったんじゃ。何が凄いのか、わからんが、凄い凄い凄いと頭の中で連発したのを覚えておる。直ぐにわしを呼ぶ爺の声に、お主の手を振り解き、走って部屋を出ようとすると、お主は泣き出してのう、起こしてしもうたかと、無視して、部屋を出ようとしたが、無視できんかった。お主の顔を覗き込み、一生懸命、いないいないばあを繰り返し、お主が笑ってくれた事、今でも嬉しく思っておるんじゃ。唯一、お主は、わしの家族として、わしが触れた人間じゃ——」


「・・・・・・」


「違う出会いじゃったら、わし等は味方同士じゃったと、確信しておる」


「・・・・・・バカだろ、オレはそんな記憶ないし、お前なんて全く覚えてない」


「当然じゃな、お主、赤ん坊じゃったからのう。あの頃は常に、お主を羨ましく思っておったよ。父の期待も、母の愛も、お主に全て注がれておるように思えた。じゃが、わしは、それでも良いと思うた。お主の柔らかい手の感触が愛おしくて、お主がエンジェライトを背負うなら、わしはその補佐を頑張らねばと、爺から一生懸命、学問を学んだつもりじゃ」


「・・・・・・ははっ、そのジジィ喋りは、ジジィに育てられたからか。変なの」


無理にだろう、それでも笑った顔を作り、笑い声を出すレオンに、シンバは優しく微笑む。


「・・・・・・爺はわしの愛すべき親じゃ。命の重さ、悲しみ、喜び、なにもかも教えてくれた恩師でもある。お主も知っておくがいい、死とはどういう事なのか、その目で見て、その悲しみを増やさぬ為、我が身で感じておくのじゃ。命の尊さを二度と忘れぬ為に」


シンバはそう言うと、レオンから目線を離し、アスベストを見た。


「アスベスト、これから城内へ入る。お主はどうする?」


「私も行きます」


「そうか。辛いじゃろうが、最後まで見届けてくれるか」


「はい」


「では、レオンを頼む」


「はい」


アスベストは頷くと、太股に刺さった剣を引き抜いた。


血が噴射し、滝のように流れ出すが、アスベストは痛みを感じないかのように、優しい表情で、レオンに剣を差し出した。


レオンは剣を受け取ると、


「オレに武器を渡していいのか、また刺すと思わないのか」


小さな声で、そう言ったので、


「刺しても構いませんよ、王子が言ったでしょう、何度やっても同じだと」


と、ニッコリ笑って、絶えず、優しい表情を浮かべている。そして、


「さぁ、レオン王子、行きましょう」


と、優しくレオンの背を押し、シンバの後に続き、歩き出す。


大きな門を潜り、大きな扉を押しながら、暗い城の中へ入る。


開いた扉から光が差し込み、暗い部屋は少し明るくなるが、あちこちで蝋燭が灯っているので、真っ暗ではない。


だが、城の奥の方までは見えなくて、その奥の闇から、コツコツと足音が聞こえ、誰かがこちらに向かって来る。


直ぐに、その足音だけでエンジェライト王だとわかるのだろう、シンバの背後で、アスベストが跪いて、頭を下げる。


その横で、レオンも、同じように跪く。


闇から現れた足音の主は、確かにエンジェライト王。


今、エンジェライト王が、シンバの前に立ち、


「よく来たな、シンバ。見違えた。大きくなったもんだ」


まるで、久し振りに会うのを待ちかねていたかのような台詞と表情で言った。


だが、直ぐに、


「念の為に聞くが、何しに来た?」


親とは思えぬ台詞を吐く。


「ひとつはアスベストウィルスの薬をもらいに」


「ほう」


「ひとつはエンジェライトの紋章を取り戻す為に」


「ほう」


「ひとつはジプサムからフェルドスパー、リアルガー、クリーダイト、パイロープを解放する為に」


「ほう」


「そして、エンジェライトの第一王子として、エンジェライト王、お主を殺す為に」


「・・・・・・ほう」


倒すではなく、殺すと言い切ったシンバ。


レオンは思わず顔を上げ、シンバの背中を見る。


どう見ても、若くて、まだ頼りない背中なのに、とても大きく見える。


エンジェライト王は、そんなレオンを見て、


「命令はどうした?」


そう聞いた。レオンはギクッとしたのか、凄い顔になった後、エンジェライト王を見ながら、何か言いたそうに口を開くが、結局、何も言えず、また俯いてしまう。


「レオンの隣にいるのはアスベストか?」


今度はアスベストを見て、エンジェライト王は尋ねる。


「ハッ!」


と、深く頭を下げるアスベストに、フッと笑みを零し、


「お前に王子を頼んだのが間違いだったな。よくも先代の王にソックリに育てたもんだ。ジジくさい口振りといい、デカイ態度といい、その見た目といい」


シンバが生きていたという奇跡を何とも思わないのかと、アスベストは悲しくなる。


だが、黙っていても仕方ないと、


「・・・・・・王のご命令通り、王子を任され、ここまで生きて辿り着け、命令を果たせました。私は先代の王の顔を余りよく見て来なかったので・・・・・・先代と王子が似ているか、どうかは、何とも言えませんが、これだけはハッキリ言えます、王子は王の愛するお妃様にソックリでございましょう?」


そう言って、顔を上げると、エンジェライト王を見た。だが、王は目を逸らす。


「どうでもいい。それよりシンバ、お前は、ジプサムの戦力になれ。ここまで来れたお前の強さは、大国と言われるダイア王国にさえ通用する。お前がいれば、いちいち手に負えなくなるようなモノなど必要なく、大国を潰しにかかれるだろう。お前は、これからジプサムのチカラとして働け」


「・・・・・・わしの話を聞いてないのか? わしはお主の命令を聞く為に来た訳じゃない。お主を殺す為に来たんじゃ」


「殺してどうする? エンジェライトを終わらせる気か? そんな事、お前にできるのか? どうせ先代みたいにエンジェライトを背負う事を誇りに思ってるんだろう? あんな寒い国で、何が出来るって言うんだ。人ってのは、暖かい場所を選ぶもんだ、あんな辺境の地エンジェライトで他国を支配などできない。だが、心配しなくても、エンジェライトは全ての国を堕としたら復活してやる。約束しよう」


「・・・・・・果たさぬ約束などせぬ」


「何!?」


「お主は、わしを息子じゃと思うか? わしは、今更、お主の息子であるとは思えない。じゃが、お主とわしは、父と子という血が流れておる。わしはエンジェライト第一王子、そしてお主は、エンジェライトの王。じゃが、お主を王として敬う気はない。そんな者の命令など聞く訳なかろう」


「・・・・・・そうか。なら仕方ないな。いいか、シンバ、よぉく聞け」


王はそう言うと、キッとシンバを睨みつけ、


「ひとつ! アスベストウィルスの薬は渡さん」


そう叫ぶと、また、


「ひとつ! エンジェライトはお前に渡さない」


そしてまた、


「ひとつ! フェルドスパーもリアルガーもクリーダイトもパイロープもジプサムだ」


と、


「そして、エンジェライト王として、エンジェライト第一王子シンバ、お前に処刑を言い渡す!」


そう叫ぶと、腰の鞘から、大きなソードを抜いた。


シンバも腰から大雪原を抜く。


そして、シンバは一呼吸すると、エンジェライト王の叫びよりも大声で、


「わしは、エンジェライト第一王子、シンバじゃ! ジプサムに堕とされたエンジェライトを取り戻す為、戦い抜いて来た! そして今、ジプサム計画を実行するエンジェライト王を討ち取る為、ここにいる!」


王者の叫びを上げる。


「わしが、フェルドスパー、リアルガー、クリーダイト、パイロープの王達をジプサムから解放してやる!」


闇の中から、それぞれの国の王達が、姿を現す。


シンバは、その王達を見て、フェルドスパーの王だろう者を見つけると、


「我が親友フェルドスパー第一王子コーラル殿は、フェルドスパー王国が平和を導く国になるようにと、アスベストウィルスの犠牲者となった」


そう言った。フェルドスパー王は、震えて倒れそうになる妃を抱き締め、ジッと薄暗い場所からシンバを見ている。シンバはフェルドスパー王と暫し、見つめ合うと、スッと目線をエンジェライト王に戻し、


「わしの為に全てを懸けてくれたコーラル殿、ルチル殿、ジャスパー殿の為に、この戦い、絶対に勝つ!」


勝利宣言を吠える。


エンジェライト王は鼻で笑い、


「既に負け犬の遠吠えに聞こえる」


と、バカにした口調。だが、シンバは感情を取り乱す事なく、冷静に、


「エンジェライトの王よ、お主はそうやって人の本気を笑うしかできぬ哀れな子じゃな。そんなお主の為に、全てを懸けてくれる者は、ひとりでもおるじゃろうか? 本気でぶつかり合える友はおるのか?」


そう聞いた。エンジェライト王は鼻の頭に皺を寄せ、


「アイツにソックリな顔でイライラさせやがる奴だ!」


と、怒鳴ると、剣を振り上げ、シンバに走り寄る。


今、シンバとエンジェライト王の剣が重なり合う。


「友だと? あぁ、それなら俺の意見に賛同した者達がここにいるじゃないか、4国の王達がな!」


「お主は、フェルドスパーやリアルガー、クリーダイト、パイロープ、この4国の王を金目当てで唆したのじゃろう! 金がなかったエンジェライトだけでは、アスベストウィルスの患者を匿う事はできんかった。要塞をつくる事も、仲間意識を強める為の騎士団の鎧を統一させる金も、生活費も、なにもかも! 4国の王の金を必要としただけじゃろう! 利用できると思うたから、傍に置いておるだけじゃ! そんなもの友ではない!」


「黙れ、小僧! 先代が、何に使ったのか知らんが、金を全て消費しやがったんだ! 経営もできん王だったんだよ、お前の爺さんは!」


「消費したのではない! 隠してあったのじゃ!」


「なにぃ!?」


今、エンジェライト王の剣を、大雪原が弾き返し、


「わしはその金で育った」


シンバがそう言うから、エンジェライト王の顔がみるみる怖くなって行く。


「そうか、パミスか! あの老いぼれも生きていたのか! パミスが先代の金を隠していやがったんだな!? この俺に金を使わせない為に! それとも先代の命令か!」


そう吠えると、エンジェライト王は、剣をガンガンと大雪原にぶつけ、シンバに迫る。


「そうかもしれぬな。祖父はお主の未来を見据えておったんじゃろう、お主の自己満足で築き上げる力や強さや名声など、全て闇となる事を。そんなものに誰も何も懸けてくれん。誰かの為に、精一杯生き抜いて来なかったんじゃ、お主独りよがりで生き抜いた結果、誰もお主の為に何かしてくれる事はないと言う事じゃ。哀れじゃな」


「黙れ! わかった風な事を! お前こそ、俺の血が流れているんだ! そしてここへ来たと言う事は、世界征服の為だろう!」


「あぁ、そうじゃ!!!!」


と、シンバが強く剣を弾き返し、エンジェライト王を睨むと、


「わしは世界統一の為、戦って来たんじゃ! エンジェライトが健在なら、今頃、わしは世界中の国を巡り、同盟を求め、平和な世を導いておった! お主が、ジプサム計画などとつまらん事を考えなければ! わしもレオンも・・・・・・母も! 今頃、エンジェライトで暮らし、幸せな日々を過ごしておった筈じゃ! それをお主が壊したんじゃ!」


怒り、悲しみ、苦悩の日々を心に抱え、吠える。


そして、再び、剣が重なり合い、今度はエンジェライト王が吠える。


「何を抜かすかと思えば。平和? 本当にそれを望むのなら、ジプサム計画が正しい事くらいわかるだろう! いいか、人には愛情というものがあるんだ! 誰にでも!」


シンバの大雪原が、エンジェライト王の剣を受け止めて行くが、防御なら籠手でしろとばかりに、右手の籠手に態と剣を当てて来る。


なるべく右手を使いたくないシンバは、左手に持つ大雪原を前に出し、剣を受け止めるが、


「人はな、愛国心というものがあるんだ、それを捨てなければ、平和なんて来ないんだ! 同盟など生温い事を言っているから、いつまでたっても、平和など訪れないんだ!」


エンジェライト王は、そう吠えると、盾を捨て、左手で、もう一本、腰の鞘から剣を抜いた。まさかの二刀流に、シンバは驚き、その一瞬の隙をエンジェライト王は見抜き、素早い攻撃に出た!


しまったと防御する暇のないシンバだったが、エンジェライト王が攻撃したのはシンバの右手の甲。


既にレオンに突き刺されている右手は更に傷を負い、シンバは後退しながら、しかし、苦痛を顔に出さず、血だらけで真っ赤な右手を見ると、今の一瞬で最後の攻撃に出れたものを、わざわざ負傷した右手を更に攻撃するとは、甚振るだけ甚振り、殺す遣り方かと、コーラルやレオンの戦闘の基本はエンジェライト王だなと確信し、


「成る程」


冷静な顔で、そう呟いた。そして、エンジェライト王を見ると、頷いた。


「確かに、お主の言う通りじゃ。幾ら同盟を結んでも、我が国が一番じゃと、皆、争う事はあるじゃろう。国々がある限り、人々がおる限り、王達がおる限り、平和など来ぬのかもな。ジプサムという、たった1つの国、たった1人の王、そして、そこに全世界の人々が集うのならば、それこそ、平和へと導く事ができるのかもしれぬ」


「流石、我が息子。理解が早い」


「じゃが、競争心がなければ、人は向上心さえ捨ててしまい、何も進化しなくなるじゃろう。ある国は医療を、ある国は武力を、ある国は宗教を、それぞれ強い部分があり、弱い部分もあるが、全ての国が、弱さを強い部分で助け合い、救い合い、手を差し伸べあえれば、多くの国が発展していく。人が平和に、ゆとりある暮らしをして行ける世界になろう」


「バカめ。誰が助け、救い、手を差し伸べると言うんだ? 皆、厄介なものを押し付け合い、ゴミのようなものを置いて行く、自分よりも弱い者、つまり、チカラのない国はそうやって潰されるだけなんだ! エンジェライトがそうであったように!」


「だからこそ、エンジェライトは大きな国になっても、小さな国に手を差し伸べる事をすれば良いのじゃ! 自分が背負った悔しさや悲しみは、他人に渡すものではない! 他人に渡すものは、嬉しさや喜びで良い! その為にエンジェライトは世界を統一し、同盟を求め、大きく発展して行くのじゃ!」


「甘い!」


と、エンジェライト王は二本の剣を振り回し、大雪原にガンガンぶち当てる。


「そんな生易しい事で、世界を統一し、平和が訪れるなら、苦労しない! 人を支配するのはデカイ存在だ! それこそが恐怖というものだ! 恐怖の前で、人は動けなくなる! 震え、怯え、頷くしかできなくなる! 逆らえなくなる! お前のような甘い考えでは、王など務まらん!」


凄まじいパワーで、大雪原に剣をぶつけながら、そう吠えるエンジェライト王だったが、そのパワーを、シンバが、左手だけで、押さえ、


「甘いと言うのなら、お主じゃろう!!!!」


と、まさかのパワーで、一本の剣を弾き飛ばし、そう吠え返した。


エンジェライト王の左手に持たれた剣は宙を舞い、クルクルと回転しながら、遠くに飛んでいき、エンジェライト王はギリッと奥歯を鳴らした。


「わしを処刑すると言ったのなら、直ぐに殺すべきじゃ。お主は、間違っておる。殺すか殺されるかの戦いで、甚振る余裕などない! お主は甘いんじゃ。その考えが間違っておると、今、証明してやろう」


「ほう、証明か、よぉし、してもらおうじゃないか」


だが、強気に頷いたエンジェライト王に盾はなく、一本の剣だけの戦いとなる。


シンバも右手の甲が潰れている為、使えないが、右腕の籠手があり、こうなれば、シンバの余裕の勝利となるだろうと、アスベストは思いながら、戦いを見守る。


——王よ、どうか、最期の時、本来の王を取り戻して下さい。


——アナタは本当はこんな人ではない筈だ。


——シンバ王子を見ていればわかる。


——アナタと同じ血が流れているんですよ、シンバ王子は!


——アナタも、シンバ王子と同じように、きっと、王族としての聖なる光を持っている筈。


アスベストは、エンジェライト王を信じている。


こんな暗い城の中、闇で蠢く存在ではなく、本来は、光の中、堂々とした姿を人々に崇められる人なのだと——。


アスベストは2人の戦いを見ながら、神に祈るように、両手を胸の所で重ねる。


シンバの攻撃がエンジェライト王を押している。


だが、それはシンバの戦い方ではない。


何故だろう、止めを刺せる瞬間は幾つもあるのに、シンバは、エンジェライト王の腕や足などを斬り裂き、まるで、甚振っているようだ。


今、エンジェライト王の最後の剣が弾き飛ばされたのにも関わらず、シンバは、無抵抗な王を、甚振り続けるように攻撃を続ける。


血塗れになりながらも、エンジェライト王は、シンバを見据え、無駄な攻撃に耐えている。


「・・・・・・王子? どうしてですか?」


わからないと、アスベストは呟くが、


「やめろぉ!!!!」


そう吠えたのは、今迄、アスベストの隣で大人しくしていたレオンだ。


レオンはエンジェライト王の傍に走り寄り、そして、エンジェライト王を庇うように、シンバの前に立ちはだかり、


「オレが相手だ!」


そう吠え、剣を抜き、構えた。


その場にいた誰もが、一瞬、時間を止める。


シンバは思い出す、コーラルとした会話を——。


『寂しいのは父を知らぬわしか? それとも父を知っておるお主か?』


『・・・・・・どっちもだろ』


確かに、どっちも寂しいなと、シンバは思う。


その寂しさが溢れ出さないよう、強く強く、残酷に近い優しい心を保つ。


「・・・・・・どうじゃ、証明できたじゃろう。恐怖で人は支配できん。レオンは恐怖の余り、自分の意思で動いたのじゃ」


そう言ったシンバに、エンジェライト王はギリギリと奥歯を鳴らし、物凄い顔で、シンバを睨みつけている。


「レオン、お主は、今の気持ちを忘れるでない。お主がそうやって殺して来た者達にも、お主と同じように悲しみや怒りを抱く者がおるのじゃ。いい気分ではあるまい?」


黙っているレオンに、シンバはどけとばかりに、レオンを横に払うと、再び、エンジェライト王の目の前に立ち、そして、今度こそ、きちんと止めを刺してやると、大雪原の刃をエンジェライト王の首へと置いた。


「やめろ!」


レオンがそう叫んだが、


「エンジェライト王の野望の為だけに、多くの無駄な時間と命が奪われたのじゃ! 王はその責任をとらねばなるまい! それが王というものじゃ! 逃げる事は許されん!」


シンバの、その叫びに、レオンは黙るしかない。


「・・・・・・お前が俺を殺したら、王殺しとして、お前も処刑されるな。ここにいる者達が、ジプサムから解放されたら、世界は、ジプサムとは何者だったのか問うだろう、その時、ジプサムの正体がエンジェライト王であり、それを殺したのが王子だとバレたら、エンジェライトはお終いだろう」


クックックックと笑いながら、エンジェライト王は、そう言うが、そんな事、シンバは承知で戦っていた。


揺るがないシンバの青い瞳に、エンジェライト王は鼻の上に皺を寄せ、


「お前はいつだってそうだ、俺を哀れんだ目で、真っ直ぐに見つめてくる」


そう言って、シンバを見ている。


いつだって?とは、どういう事だ?と、シンバは不思議に思うが、エンジェライト王は、


「俺はお前など愛してない。お前だってそうだろう、なのに、どうして、いつも傍にいるんだ。そんなに俺が可哀想か? 捨て犬のようか? 所詮、お前の優しさも偽りだ」


幻でも見ているかのように、シンバに話しかけている。


「所詮、力がなければ、血の繋がりがあっても、見捨てられるんだ。その逆も然り、大事に育てられた絆も、血の繋がりには負けるんだ」


その台詞は、スノーフレークの王に見捨てられ、先代のエンジェライトの王が、次の継承者をシンバに渡した事だろうかと、アスベストは思う。


「信じられるのは自分だけ。強さだけ。恐怖だけ。そうだろう?」


シンバを見つめ、問うエンジェライト王。


「・・・・・・傍におったよ、ずっと」


『・・・・・・傍にいましたよ、ずっと』


「信じてくれて良かったのに、信じなかったのは、お主じゃろう」


『信じてくれて良かったのに、信じてくれなかったのは、アナタです』


エンジェライト王には、シンバの台詞が、エンジェライトの妃の台詞とかぶって聞こえる。


「わしはずっと爺の傍で、爺に育てられながら、お主を見ておったのに! 目も合わせんかったのは、お主ではないか!」


そう吠えたシンバに、エンジェライト王はハッと我に返る。


そして、クックックックと喉で笑うと、


「お前にエンジェライトを渡す気はない。先代の王の言いなりになど、絶対になるものか」


大雪原の刃を素手で持ち、自分の喉元から引き離す。


「お前は王殺しだからな」


「わしが処刑されても、レオンがおる」


「レオンが継ぐのはエンジェライトではない!」


「なんじゃと!?」


「スノーフレークだ」


不敵に笑い、そう言ったエンジェライト王に、シンバの顔が変わる。


「はははははっ! ざまぁみろ! 俺の代でエンジェライトは終わりだ! クソジジィ! お前の思惑通り何もかも進むと思ったら大間違いだ!」


クソジジィとは先代の王の事だろう、エンジェライト王は、最後の最後に見返してやったと、血塗れになりながらも薄暗い中、一人高笑い。


「そうか・・・・・・レオン、お主はスノーフレークの王として、これから頑張るのじゃぞ」


シンバがそう囁くので、


「王子! 本当にそれで良いのですか!」


アスベストが叫ぶ。


「仕方あるまい、王の最後の命令じゃ。聞かぬ訳いかぬ」


「でも、そしたらエンジェライトは!」


「終わりじゃ。それも運命じゃろう。ジプサム計画を企てたのがエンジェライトの王なのじゃ、その罪と罰でエンジェライトが終わるのは当然じゃろうな。結局、奇跡など起こらなかったな」


と、悲しげなシンバ。そして、高笑いを続けるエンジェライト王。


「そんな! ここまで来たのはエンジェライトが幕を閉じる事ではなかった筈!」


アスベストが吠えるが、シンバは黙ったまま。


「私は納得できませんよ! 王よ、アナタはそれで本当に良いのですか!? アナタはこの王に相応しい人物であるシンバ王子を潰してしまうだけでなく、シンバ王子が背負い、命を懸けて戦ってきたものまで奪うのですか!」


「黙れ、アスベスト! 何が王に相応しい人物だ! 只の甘いクソガキだ!」


「・・・・・・王よ、シンバ王子は、6歳で、王としての器を持っていましたよ」


「6歳で? バカな事を言うな」


「エンジェライトがジプサムに堕とされ、王がジプサムに出向いたと王子に話した時、父は死を覚悟したのだなと問われ、私が、そうですと頷くと、王子は、当然だと、そう仰いました。たった6歳の子が、王という立場を理解し、父を失った悲しみよりも、王として立ち向かった父を尊敬し、誇りに思っていたからです」


「・・・・・・黙れ」


「アナタのようになろうと、シンバ王子は頑張っていたに違いない!」


そう言ったアスベストに、


「黙れぇ!!!!」


怒鳴るエンジェライト王。


「もう良い、アスベスト。エンジェライトは守れなかったが、守れたものもある」


シンバは言いながら、横を向いた。そのシンバの視線を辿ると、フェルドスパーの王が、アスベストウィルスの特効薬であろう薬とエンジェライトの紋章を持って、立っている。


「キサマァ!」


と、エンジェライト王はフェルドスパー王に吠えるが、


「エンジェライト王、アナタが教えてくれたんだ、人を裏切れる強さを」


フェルドスパー王はそう言って、エンジェライト王を見ている。


エンジェライト王はギリギリと奥歯を鳴らす。だが、直ぐに、体全身の力を緩め、


「殺すなら殺せ。どうせアスベストウィルスの患者も駄目になったんだろう、俺の戦力は何もなくなった。ジプサムはこれで終わりだ、エンジェライトと共に幕を閉じる。充分だ」


そう言って、スッと目を閉じる。


充分、復讐でき、満足だと言うのだろうか。


エンジェライト王は薄っすらと開けた目に、シンバを映す。


それは本当にシンバだろうか、それとも——・・・・・・


——バカだな、お前は。


——迎えに来たって、俺とお前とでは行く場所が違うだろう。


——言っておくが、俺はお前の事なんて好きではない。


——確かに女として、綺麗で、誰もが振り向く程の美女だ。


——だから他の男と一緒になればいいんだ。


——俺なんかと一緒にいるから、不幸になっただろう。


——早々と殺してやって良かったよ、更に不幸にする前に。


——いや、こんな俺を見せる前に。


——あーぁ、お前がこんな子供を生まなければ、今頃、俺の天下だったのにな。


——なんだよ、その顔。嬉しそうに笑いやがって。


——そんなに俺の傍にいたいのか?


——それとも、最後に、お前との約束を守った事が嬉しいのか?


——レオンは必ずスノーフレークを復活させる。


——アイツは、俺に似て、強いからなぁ・・・・・・。


ズシャッと肉が切断される音が響き、エンジェライト王の首から血が激しく吹き出る。


キャーと言う妃達の声が響くのと同時に、レオンがその場にペタンと腰を落とした。


そして、エンジェライト王が、前のめりに倒れる。


「・・・・・・シンバ、お前は強いなぁ」


最期の最後にシンバの名を呼び、シンバを褒めた——。


シンバは大雪原を腰の鞘に納め、


「ジプサムに捕らわれていたフェルドスパー、リアルガー、クリーダイト、パイロープの王達よ、自分の国に帰るのじゃ。お主達の国は何もない状態じゃろうが、また始めからの出発と思い、再び国を立て直し、そして、この事を世に知らせるのじゃ。ジプサムは滅びたと——」


そう言うと、今度はアスベストを見て、


「レオンを頼む、立派な王に育ててやってくれ。スノーフレークがエンジェライトの分まで活躍するのを、わしは願っておる」


優しく微笑み、そう言った。首を振るアスベストに、シンバは、


「早うフェルドスパー王をコーラル殿の所に案内せい! ウィルスで苦しんでおるのを待たせる訳にいかぬ!」


厳しく吠えた。嫌だと首を振り続けるアスベストに、


「わしの命令が聞けんのか!!!!」


そう怒鳴り、アスベストに、ここから出て行く事を命じる。


アスベストは呆然として生気を失っているレオンを抱きかかえ、何度も振り返りながら、シンバが呼び止めてくれるのを願いつつ、城から出て行く——。


その後を、フェルドスパーの王が、そして、リアルガー、クリーダイト、パイロープの王と妃達が続いて、城を後にした。


一人、フェルドスパーの妃がまだ残っている。


今、フェルドスパー妃がシンバの前に立ち、シンバの血だらけの右手にソッと触れて、その傷に、綺麗な布を巻いて行く。そして、深々と頭を下げると、


「コーラルがお世話になりました」


そう言って、顔を上げ、シンバを見つめる。


「世話になったのは、わしの方じゃ」


「・・・・・・ありがとうございました」


と、また頭を深く下げ、そして、妃も城から出て行った。


シンバは、気が抜けたように、一呼吸、吐き出すと、その場にガクンと膝から落ちて、エンジェライト王の死体の横で、座り込む。


「わしはどこの国で処刑されるのかのう、やはり、一番の大国と言われるダイア王国じゃろうか。ここで待っておれば、何れ、どこかの国の騎士がわしを捕らえに来るじゃろう」


それまで休むかと、今までの疲れをとるように、そして、これからの事を何も考えないように、目を閉じた。


——アスベスト、最後まで傍にいてくれて、ありがとう。


——ルチル殿、すまんのう、大逆転できんかった。


——ジャスパー殿、お主には感謝しておる、怖い時も、いつも楽しませてもろうたから。


——コーラル殿、フェルドスパー王国が世を平和へと導く国になるよう、願っておる。


——マーブル・・・・・・。


シンバはマーブルを想い、ギュッと胸の痛みに苦しくなる。


——泣いておったなぁ。


——わしは振り向きもせず、去ってしもうて、酷い事をしてしもうた。


——うんと傷付いたじゃろうなぁ。もうわしを嫌いじゃろうなぁ。


ふと、コーラルの台詞が頭を過ぎる。


『——自分だけをずっと愛していてくれる、死んだ後も変わらず、誰の事も見向きもせず、自分だけを見ていてくれる、そう思って死ね! 救われるだろ』


——成る程。


——確かに救われる。


と、シンバはフッと笑みを零した。


血が流れすぎたせいか、体温が下がり、だんだん眠気が勝り、気がつけば、何日、その場で気絶していたのだろう。


「起きろ!」


そう言われる迄、夢の中、最後の時をマーブルと共に過ごしていた。


「シンバ・エンジェライトだな? エンジェライト王を殺した罪をダイア王国で裁く為に捕らえに来た」


やはりダイア王国かと、綺麗な鎧を身に纏った騎士達に、シンバは頷いた。


ふと、シンバは死体で横たわる父を見る。


最期の時、父は誰を夢見たのだろうか——。

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