11.誰よりも愛しているから


「なぁんだぁ、化け物っつーから、どんなんだって思ってたけどよぉ、ちゃんと話せる奴だったんじゃないかぁ。王子が約束して来てくれて、これで一安心だなぁ」


要塞から出て来たシンバの話を聞いて、ジャスパーが能天気にそう言った。


ルチルは、シンバの右手に包帯を巻いている。


右手が利き手の為、余りグルグルに巻いてしまうと、剣がうまく握れないだろうと、だが、ちゃんと巻かなければと、ルチルは何度も巻き直す。


コーラルは珍しく、ずっと黙ったままで、シンバは少し不思議に思い、コーラルを見ていると、その視線に気付いたコーラルが、何だ?とばかりに睨み返す。


「お主、要塞から出て、様子が変じゃぞ? 随分、大人しいが、どうかしたのか?」


「別に。只、シンバの選択が間違っているんじゃないかって思ってさ。後で化け物を殺しておけば良かったと後悔するような事になっても知らないからな」


「そんな後悔せぬよ」


「いいか、シンバ、トップに立つ者の決断は、そのトップの下にいる者の運命さえ、変えてしまうと言う事を忘れるなよ、シンバの判断ミスが、コイツ等を巻き添えにすると言う事をな」


言いながら、コーラルはチラッとアスベストを見て、アスベストの背後にいる青竜の生き残りの二人を見る。


アスベストはハッとして、


「あぁ、王子、この二人が、王子に付いて行きたいと申しまして——」


と、二人をシンバの前に出す。


「いいんじゃないか、腕も立つし、強い訳だし、足手纏いにはならないだろう」


何故か、シンバではなく、コーラルがそう言うので、包帯を巻き終わったルチルが、


「仕切り屋の出しゃばり」


と、コーラルに聞こえないよう囁く。


「じゃが、この二人はジプサム王が誰であるのか知らぬのであろう?」


「それは私の方から話します、王子がこの二人を許すのであれば」


「許すも何も、その者達がわしに付いて来たいと思うてくれた事は嬉しいが、わしに付いて来るかどうかは、アスベストの話を聞いてからにした方が良いじゃろう」


「そうですね、早速、お話ししておきます」


アスベストがそう言うと、シンバは頷き、そして、思い出したように、コーラルにペンダントを差し出す。


「なにそれ?」


と、興味津々で、シンバの手に持たれたペンダントを、ルチルとジャスパーが覗き込む。


「コーラル殿のお守りじゃそうじゃ、貸してもらっておったんじゃよ」


「お守り? それ女性がするアクセサリーよねぇ? どう見ても」


ルチルがそう言うと、


「なんで? どうして? もしかして俺だけ?」


何が俺だけ?なのか、わからないが、そう言ったジャスパー。そして、


「性格が悪いから、俺と一緒で絶対にモテない男だと思っていたのに!」


と、嘆き出すから、


「この僕がモテない訳ないだろう!? 言っておくが、女が僕と3秒見つめ合えば、女は恋に落ちる!」


コーラルはわけのわからない理屈を言い出した。


ルチルが、コーラルの前にズイッと立ち、コーラルの顔を覗き込んで、


「1、2、3・・・・・・恋に落ちませんが? コーラル王子?」


ニヤリと笑い、勝ち誇った顔でそう言った。コーラルはピクピク顔を小刻みに痙攣させ、


「・・・・・・言ったろう? 女が、と。僕と恋に落ちるのは女だ、男女ではない!」


そんな子供みたいな事を言い出す始末。


「どういう意味よ、アタシのどこが男女だっつーの!?」


「全てだ、全て! 剣士たるもの、己を知れ! この男女が!」


「まぁ、一理あるな」


と、頷くジャスパーに、


「ジャスパー、アンタまで、アタシに殺されたいようね」


ルチルは剣を抜こうとする。


「やめぬか、くだらん事で騒ぐでない!」


シンバが止めに入るが、止めに入ったにも関わらず、巻き込まれ、4人は大騒ぎ状態。


そんな様子を青竜の生き残りの二人が口を開けたまま、ぽかーんとした顔で見ている。


アスベストが苦笑いし、


「まぁ、いつもこんな感じで騒がしいんだよ、王子達は」


そう言うと、二人は、


「・・・・・・白虎の長は、噂とイメージが違うなぁ」


「・・・・・・いつも独り寂しそうで、余り人と関わりを持ちたがらないと聞いていたが」


そう呟いた。それが本当なら、きっと、それはシンバのせいだろうと、アスベストは思う。


「王子のチカラは凄いです、アナタ方二人が、王子の傍にいたいと思った事は不思議ではありません、普通なら、そんな直ぐに寝返る者など、許す事はできませんし、これは罠かもしれないと警戒するのが当然でしょうが、それよりも王子の魅力にやられる方が当然になってしまう。王子は立派な王になられるでしょう、きっと世界中の人々から支持を得て、信念を強く通される王のように、皆から愛されるお妃様のように——」


アスベストは言いながら、若い4人がはしゃぐ姿を見つめ、その中のシンバを見つめる。


もうすぐシンバにとって、自分の血と同じ血が流れる者に会うだろう。


今迄の敵とは違う。


敵ではなくても、今迄、出会った人とは違う。


それは惹かれあうのか、それとも反発しあうのか。


そして、アスベストにとっても、最大の壁が立ちはだかる。


忠誠を誓い、全てを賭けても良いと思った人と再会するのだから——。


この島に長居は不要だと、シンバ達は船着場へ。


見張り兵達の船をもらうつもりだったが、青竜の船で、一度、ネフェリーン王国へ向かう。


置いて来た元白虎達を迎えに行くのだ。


一応、生き残っている見張り兵達が、余計な事を知らせない為に、通信機器は全て壊して来た。それも一時的なもので、直ぐに連絡はとられてしまうだろうが、シンバはアスベストウィルスの患者を信じている。


きっと何が起きても、火山を目覚めさせたりしないと——。


シンバは船の中、シャワーを浴びた後、ゆっくり寛いでいた。


もうすぐマーブルに会えるのが楽しみだと思っている。


そんなに長い期間、離れている訳ではないが、やはり、少しでも離れて過ごすより、好きな人は常に傍にいて笑っていてもらいたいものだ。


だが、それも、エンジェライトの王子として、父であるエンジェライト王を殺せば、二度とマーブルには会えなくなってしまう。


王殺しとして、死刑は免れないだろう、だが、そうする事で、全てを明らかにすれば、世界は平和となるだろう。


世界が平和になると言う事は、大好きなマーブルが、幸せな世界で生きていくと言う事。


誰の為に戦ってきたのか、誰の為に世を平和にするのか、マーブルがいなければ、わからないまま、きっと、ずっと暗闇を走り続けて、今頃、逃げていたかもしれないと、シンバは思う。


マーブルがいてくれたから、マーブルの為に戦い、この世界を平和にする。


マーブルが笑うなら、死刑になる事も怖くない。


何より、エンジェライト王の始末は、王子である自分がしなければいけない使命。


エンジェライトを誇り高く背負うならば、死刑台の上、目を逸らさず、最後まで、世界を見つめようと、シンバは心に誓う。


「ねぇ」


船内の長の部屋だったであろう場所のソファーでゴロゴロしているシンバに、声をかけたのはルチル。


起き上がると、


「ノックしたけど、返事なかったから」


そう言われ、ぼんやりしていたと、シンバは頭を掻いた。


「あのさ、本当にエンジェライト王一人を悪にして、シンバが倒して、王殺しを背負うの?」


ルチルがシンバを王子と呼ばないと言う事は、友達として話しに来たと言う事。


「これは父の責任じゃ、その責任を受け継ぐのはわしじゃろう。受け継ぐものが全て良いものとは限らんからなぁ」


「死ぬのに戦うの?」


「・・・・・・」


「普通は生きる為に戦うのに?」


「・・・・・・」


「先は闇なのに向かうの?」


「・・・・・・」


「アタシは友達が死ぬのを黙ってられない」


「・・・・・・」


「シンバがアタシやジャスパーを好きなように、アタシもジャスパーもシンバが好きだよ。シンバがアタシやジャスパーがいなくなったら悲しいように、アタシもジャスパーもシンバがいなくなったら悲しいよ、ペリドット村のみんなだって、アスベストさんだって、あのムカツク王子だって、悲しいよ!」


ムカツク王子とはコーラルの事だろう。そして、ルチルは、シンバを見つめ、


「マーブル姫はもっと悲しいよ」


そう言った。


どうして胸が痛くなるのだろう、シンバは胸を押さえ、ズキンズキンと痛むのを我慢して、平然とした顔のままでいる。


何も言わないシンバに、


「悲しいよ!!!!」


大声でそう言ったルチル。見ると、ルチルの目に涙が溜まっている。


「・・・・・・わかっておるよ、じゃが、ちゃんと全てを明らかにせんと、有耶無耶にはできん。二度とこんな事がおきぬよう、世界に知ってもらいたいんじゃ、わし等だけの問題にして、終わらせてしもうたら、わし等が命をかけて戦って来た意味がないじゃろう! わし等が殺した者達にも、顔向けができん! この問題は世界中に知ってもらうべきじゃ。エンジェライト王のような人間を絶対に生み出さない為に!」


「それでシンバが死んだら、残されたアタシ達はどうしたらいいの!?」


「じゃが、それが糧になり、人は幸せに暮らせる世になる筈じゃから」


「シンバがいないのに幸せに暮らせると思う? 残された人の気持ちになって考えてみてよ! シンバ、マーブル姫が死んでも幸せに暮らせるって言える?」


黙り込むシンバ。


そんなシンバをジッと見つめるルチル。そして——・・・・・・


「シンバはエンジェライトを守りたいんだ」


と、二人の会話を聞いていたコーラルが現れ、そう言った。ルチルが振り向くと、


「シンバはさ、エンジェライトの悪を隠さず、どんな事も真実を述べ、誠実に罪を償う事で、エンジェライトと言う国を守ろうとしているんだ」


コーラルは部屋に入って来て、王族である者にしかわからない背負うものの大きさと守るべきものを語る。


「エンジェライト王もシンバも死んだとしても、レオンが残る。レオンがエンジェライトを継いでいくだろう、その為に、全てを明らかにして、エンジェライトという国の誠実さを世界に伝えたいんだ。エンジェライトは悪だ、だが、その悪を断ち切ったのもエンジェライト。そして、その罪を償い、エンジェライトは責任も完璧にとる。信頼を得る為に。シンバはエンジェライトという国を守る為、そして、全ての国をひとつにする為、王族としての使命を果たそうとしている、それを止める事は誰にもできない。友達でも恋人でも、誰にも。わかってやれ」


「・・・・・・どうせ、アタシは王族じゃないから、わかりませんよ!」


怒って、キツイ口調で、そう言うと、ルチルはコーラルを突き飛ばし、部屋から出て行った。コーラルはやれやれと溜息。


「・・・・・・コーラル殿」


「なんだ?」


「聞きたい事があるんじゃが・・・・・・お主は何故マーブルを攫ったんじゃ?」


「今更なに聞いてんだよ?」


「マーブルを攫ったのは時間稼ぎかと思うておったんじゃが、そうじゃないと知り、聞こう聞こうとは思うておったんじゃが、聞けんかった」


「・・・・・・」


「正直に言うと、聞くのが嫌じゃった」


「・・・・・・」


「じゃが、今は聞かぬ訳にいかぬ。コーラル殿、レオンはいい男になりそうか?」


「・・・・・・さぁ? 12歳のガキの癖に生意気で、シンバ以上にムカツク奴だからな」


「そうか」


頷くシンバに、コーラルは、やれやれとまた溜息を吐き、隠しても仕方ないと諦めたように話し出した。


「あぁ、そうだよ、シンバの思っている通り、マーブル姫を攫ったのは、何れレオンと結婚させる為だ。それはジプサム王の命令で、ネフェリーン王国が、シンバに協力しない為でもある。そしてレオンと結婚させ、何れ、ネフェリーン王国も手に入れようという考えだろう。だが、それはジプサム王の命令だ、いいか、シンバ、エンジェライト王が死に、シンバが死刑になった後、レオンがエンジェライトを背負ったとしても、エンジェライトとネフェリーンの間で交わされた婚約の話は無効だ! だからマーブル姫がレオンと結婚するとは限らない、いや、絶対に結婚しないだろうな、ていうか、させるな!」


「・・・・・・させるな?」


「エンジェライトを守り、死刑になるのは、止めはしない! だが、マーブル姫の気持ちを無視するな! マーブル姫はシンバが好きなんだよ、わかるだろ、大好きなんだよ、例え、二人離れ離れになっても、気持ちは変わらない。いいじゃないか、そう思ったって! シンバが死んだ後、マーブル姫の気が変わり、誰かと愛し合うかもしれない。そんな事、考えたいか? 考えるなよ、自分だけをずっと愛していてくれる、死んだ後も変わらず、誰の事も見向きもせず、自分だけを見ていてくれる、そう思って死ね! 救われるだろ」


「・・・・・・」


「それにな、化け物ジプサムと約束をしたからと言って、勝てるとは限らない!」


「あぁ」


「黄竜は手強い。エンジェライト王は特にな」


「あぁ」


「わかったら、負けた時の事も考えとけよ」


「・・・・・・わし等に負けなどあるのか」


そう言ったシンバに、コーラルはフッと笑い、


「シンバのそういうとこ、エンジェライト王に似てて、嫌いじゃない」


と、そして、


「僕もひとつ、質問していいか?」


そう言うと、


「要塞で、化け物を相手に、歌をうたってたろ? 何故、あの歌を?」


偶然なのか、本当に奇跡なのか、尋ねた。


「・・・・・・あの患者に歌った訳ではない。只、あの歌が、あの時、耳について、口ずさんだだけじゃ。冷房の風が階段を通る音がそう聞こえたんじゃろう」


「フーン」


偶然とも奇跡ともとれるなぁと、簡単に頷いただけで、コーラルは部屋を出て行った。


シンバは、またソファーにゴロンと横になる。


船は一定の動きを繰り返し、眠くなる。


波はゆりかごのようで、波の音は優しい歌のよう。


目蓋が重くなり、やがて、眠りにつく——。


天候にも恵まれ、数日後、船は何事もなく、ネフェリーンエリアの港に着き、シンバ達は無事にネフェリーン王国へ戻る事ができた。


元白虎達と、そして生き残った元青竜の二人、シンバ、アスベスト、コーラル、ルチル、ジャスパー、この全員で、ジプサム王のいる場所へ向かう。


アスベスト山がある、今となっては、誰も寄り付かない大陸に、ジプサム王はいる。


そこは、アスベストウィルスが流行る前は、デマントイドという国があったが、アスベストウィルスで、民達はいなくなり、王もこの地を去り、そして、その国は潰れてなくなってしまった。


だが、その城が残っている為、ジプサム王はそこを拠点とし、世界征服を企んでいる。


会議室で、そういう話が行われている中、突然、扉が開き、息を切らせ、マーブルが現れた。まるで子供がプレゼントを開けるような嬉しそうな顔で、扉を開けたマーブル。


勿論、皆、マーブルを見ると、マーブルは顔を真っ赤にし、


「ご、ごめんなさい、シンバが戻ったと聞いて、慌てて駆けてきちゃって、その、会議中って知らなくて。あ、でも会議室ですものね、会議中よね」


そう言った。騎士達から、どっと笑いが起こり、マーブルはますます顔を赤らめる。


「あ、あの、帰って来て直ぐに会議って、もう直ぐに旅立たれるの?」


「あぁ」


頷くシンバに、マーブルの眉が悲しげに下がる。


「ごめんなさい、会議の邪魔をしてしまって」


と、声のトーンも低くなり、しょんぼりしながら、扉を閉めるマーブルに、シンバはハッと笑いを零し、相変わらず正直に顔に出すなぁと思う。


「王子、帰ってこられて、王に挨拶を済ませた後、マーブル姫に会われなかったのですか?」


アスベストが聞く。


「あぁ、王から妙な話を聞いてな、ここ最近、地震が多いと。コーラル殿と話し合い、直ぐにアスベスト山に向かおうという事になった故、マーブルに会う時間がなかったのじゃ」


「そうでしたか、なら、後は私達に任せ、少ない時間をマーブル姫とお過ごしになってはどうですか? ここはコーラル王子が仕切れるでしょうし、私も武器などの準備は心得ております。王子には、後で全てを報告すると言う事で——」


「しかし——」


「アスベストの言う通りにしろよ、シンバ」


そう言ったのはコーラル。


「あんなに眉を下げて、アライグマみたいな顔して、面白すぎる・・・・・・いや、可哀想すぎるだろ、少し相手してやれ」


「・・・・・・」


「ここはシンバじゃなくても僕でできる。だけどマーブル姫の相手は僕じゃ無理だ、アスベストでもな。わかるだろ、ソレくらい」


「・・・・・・すまぬな。では、そうさせてもらう。皆も申し訳ない」


と、シンバは騎士達にも頭を下げ、急いで会議室を出た。


マーブルはどこへ行ったんだろうと、ローカを走っていると、中庭で、ぼんやりしているマーブルを見つける。


その表情は、眉が下がったままで、寂しそう。


会議室の扉を開けた時は、嬉しそうだったのに、こうまで顔が変わるものかと、シンバは笑ってしまう。


マーブルは溜息を吐いて、地面を見つめている。


「どうせなら薔薇園に行かぬか?」


その声に振り向くと、シンバが立っているので、マーブルはびっくりする。


シンバは手の平をマーブルに差し出し、


「マーブル姫、わしと、薔薇園を散歩してほしいのじゃが?」


少し気取って言ってみる。


「どうして? 会議は終わったの?」


「わしがいなくても、皆、優秀じゃからな。わしはちょっと休憩じゃ。わしの休憩時間、付き合うてくれぬか?」


マーブルの顔がみるみる明るくなり、笑顔で、シンバの手の平に手の平を乗せ、


「喜んで!」


と、嬉しそうな弾んだ声を出す。


シンバも、そんなマーブルに笑顔になる。


二人、手を繋いで、薔薇園の方へ向かう。


メイドも、執事も、大臣も、ネフェリーンの騎士達も、シンバとマーブルと擦れ違う者達全てが、手を繋いで仲良く歩く二人を微笑ましく見守る。


会議室の窓からも、二人の様子を見た皆が、笑顔になる。


アスベストも、ルチルも、シンバの笑顔とマーブルの笑顔に、思わず微笑んでしまう。


ジャスパーは何故か悔しそうな顔。


コーラルは、笑顔にはならないが、どこか満足そうで、だが、直ぐに厳しい顔になり、


「注目する所が違うぞ、こっちを見ろ、いいか、この戦は全滅を覚悟しろよ」


そう言うと、皆を見て、


「死にたくなければ、勝つしかない」


そう言った。皆、強く頷く。


そう、死にたくない。


シンバとマーブルを見てれば、そう思える。


これから訪れる幸せが、まだまだ沢山ある筈だから——。


「相変わらず綺麗じゃな、ここは」


薔薇が広がる園で、シンバがそう言うと、


「今、新種の薔薇を作っているんです」


と、背後で、そう言われ、振り向くとマイカが立っている。


「新種?」


「はい、真冬の寒さにも耐えれる薔薇を。薄いピンクの花びらで、白い雪に暖かい色が映える薔薇です。エンジェライトエリアに持って行けるように」


「・・・・・・それは・・・・・・凄いのう」


「はい、シンバ王子のように優しくて強い、マーブル姫のように可愛らしく安らぎをくれるような薔薇に育ててみせます。うまくいったら、その薔薇に名前をつけて下さい」


「わしがか?」


「はい!」


頷くマイカに、困ったなと、マーブルの顔を見る。マーブルもシンバの顔を見る。


「では、失礼します、二人の邪魔をして、スイマセンでした」


マイカは深く頭を下げ、二人の前から去っていく。


「・・・・・・名前か、マーブル、お主が名付けたらどうじゃ?」


「私が? でも頼まれたのはシンバよ、シンバが付けなきゃ駄目ですよ」


「そういうのは苦手じゃ」


ムゥッとした顔でそう言ったシンバに、マーブルはうふふと笑い、


「子供ができたらどうするの」


などと言い出し、シンバは笑っているマーブルの顔を思わず見てしまう。


マーブルはハッとして、顔を赤らめ、


「べ、べ、別に、その、変な意味じゃありませんよ! いつか、その、シンバだって、お父様という立場になるものでしょう? そうなったらって話で、別に、その」


何を言っているのだろう、マーブルは慌てて、早口になって行く。


「そ、その、そういう事って、当たり前でしょう!?」


「そういう事?」


「だから、その、好きな人と、そういう事です!」


「・・・・・・あぁ、そうじゃな」


「シ、シンバ、どうしてそんなに冷静でいられるんですか!?」


「というか、余り意味がわからんのじゃが——?」


「だ、だから、その、正直に言うと、私、凄い興味津々だったりするんです! シンバと出会ってから! でも、別に、そうなりたいとか、そういうんじゃなくて、只の興味と言うか、なんと言うか——」


顔を真っ赤にし、両手で隠しながら、一気に喋るマーブルに、シンバはハッと笑いを零し、


「わしも興味津々じゃ」


そう言った。マーブルは手を顔から外し、シンバを見ると、シンバはクックックッと笑いを我慢しながら、


「お主とおると楽しいのう」


そう言った。


「た、楽しい!? そ、そうかしら、え? あら? 興味津々って・・・・・・余り意味がわからないって言った癖に! 嘘言ったのね! ひどーい!」


突然、頬をぷぅっと膨らませ、シンバの肩辺りをグーで叩くマーブル。


「冷静じゃと言うから、冷静でいなければと嘘で気持ちを落ち着かせたんじゃ。じゃが、お主、正直にベラベラ話すから、思わず笑ってしもうたし、そんなお主に嘘は吐けんなぁと思うてな」


「冷静じゃなかったの?」


「お主と手を繋ぐだけで、ドキドキしておるよ」


「・・・・・・嘘ぉ、全然、そんな風に見えないですよ」


「お主は意外と無防備じゃからのう、眠ったまま、わしに背負われたりして、なかなか目も覚まさんし、覚ましても、背負われたままじゃし、わしは常に冷静でおらねばと普通にして来たからのう」


「・・・・・・本当に?」


「あぁ」


「あ、あの、あのね、私、こんなフリルたっぷりのドレス着てるから、わからないだろうけど、結構、凄い体してるの、お腹まわりとか、かなり凄いの! 前にルチルさんと一緒にお風呂に入ったら、ルチルさんの体が凄い綺麗で、無駄な贅肉とかなくて、なのに、私の体、ぷよぷよなの!」


突然、妙なカミングアウトをするマーブル。


「まぁ、ルチル殿は、鍛えておるからのう」


「そうなの、私、鍛えてないから、食っちゃ寝の日々が、三段腹を作っちゃったの!」


「そうか」


「絶対にシンバには見せれないと思うの!」


何の話かと思ったら、そういう事かと、シンバはまたハッと笑いを零す。


「笑い事じゃないのよ、本当に酷い体してるんだから! ルチルさんも私の体を見て笑ったんだから! それに私、ルチルさんから聞いたんだから! シンバとルチルさんの関係! ルチルさん、言ってたわ、私は王子に勝った唯一の女だって! どういう意味かわからないけど、意味深な台詞だったわ! 二人はそういう関係なんでしょう!?」


「なんじゃ、その関係は。ルチル殿には一度、剣で負けたんじゃ、子供の頃に」


「・・・・・・剣?」


首を傾げるマーブルに、シンバは人差し指を自分の口元へ持って行き、辺りを見回すと、


「内緒じゃが、態と負けてやったんじゃ」


小さな声で、そう言った。すると、マーブルも小さな声で、


「まぁ、態と?」


と、真剣な顔で聞き返したから、シンバはまた笑ってしまう。


別に小声で話す事ではないし、真剣な話でもないのだが、マーブルのノリの良さに笑ってしまう。だが、そのままのノリで、シンバは、


「わしに勝った女は世界で只一人——」


小さな声でそう言うと、マーブルを指差し、


「お主じゃよ」


そう言った。きょとんとするマーブル。


「お主相手に、勝てる事が何もない気がする。完璧にわしの負けじゃ」


「・・・・・・三段腹の私に負けるんですか?」


そんな事を言うから、またシンバは笑ってしまう。


「二の腕もぷよぷよですよ? 剣も持った事ないですし、戦いも知らないですし、全体的にぷよぷよですよ? それに負けてしまうんですか?」


シンバは笑いながら、マーブルの手を握り、


「好きじゃから、わしの負けじゃ」


そう言った。マーブルは束の間、シンバの顔を見つめていたが、直ぐに顔を赤らめ、


「戦いが早く終わって、ずっと傍にいられればいいのにね、そしたら変な不安もないのに」


と、シンバの手を握り返した。そして——・・・・・・


「私、信じてるから。シンバが必ず生きて帰って来るって。だって約束したものね、もし、死ぬ場面が来るとしたら、その瞬間、私を思い出し、死に物狂いで生きるって、シンバを待っている私を独りにしない為にって、言ってくれたものね。だから待ってる事しかできないけど、信じて待ってるから——」


黙ってしまうシンバ。


「シンバ?」


「・・・・・・お主とは、いろんな約束をしたのう」


「はい」


笑顔で頷くマーブルに、シンバは優しい笑顔を作る。


「マーブル姫様、あちらにローズティーの用意を致しましたので、どうぞ」


数人のメイドがやって来て、薔薇園の中にあるテーブルへと、シンバとマーブルを招く。


ローズティーと甘いお菓子が並ぶテーブルに、マーブルははしゃぐ。


「お主、こういうのばかり食っておるから、三段腹になるのではないのか?」


クッキーを片手に持ち、そう言ったシンバに、マーブルは怒って、イーッと歯を見せる。


笑うシンバに、フンッと横を向くマーブル。


この楽しい時間が止まってしまえばいいのにと、シンバは思う。


マーブルが隣にいて、甘い香りの中、幸せな時間が過ぎていく。


二度と手に入らないだろう幸せを、シンバは噛み締める。


アスベストが会議の終わりを知らせに来て、優しい時間に終わりが来る。


夢のような時間が終わり、現実に戻され、シンバは行かなければならない。


席を立ち、シンバはマーブルを見つめ、マーブルはキョトンとした顔で、シンバを見る。


「マーブル」


「はい」


「わしはお主に会えて良かった。お主を好きになって良かった。お主が幸せである事を、わしは祈っておる」


「シンバ?」


「行ってくる」


マーブルに背を向け、アスベストと共に、行ってしまうシンバに、マーブルは嫌な胸騒ぎを感じた。だから、


「シンバ!」


マーブルはシンバの背に叫んだ。振り向くシンバ。


「シンバが天下をとったら、私達、結婚するんですよね!?」


「・・・・・・」


「私の為に無事に帰って来ると、誓ってくれましたよね!?」


「・・・・・・」


「私が攫われたら、いつでも助け出してくれるんですよね!?」


「・・・・・・」


「いつか、雪が積もった景色を一緒に見に行くんですよね!?」


「・・・・・・」


「何か言って下さい、シンバ!」


「・・・・・・」


「努力したか、わからない内に、私を好きになっているんですよね!?」


そう叫んだマーブルに走り寄り、シンバはマーブルの手を引っ張り、抱き締めた。そして、


「愛しておるよ」


マーブルの耳元で、そう囁いた。だが、マーブルの胸の奥から湧き出る不安は止まず、シンバの胸の中、涙が溢れ出す。


「無事に帰ってきますよね?」


「・・・・・・」


「ちゃんと帰ってきますよね? 信じて待ってますから!」


「ごめん、わしはずるくて、お主に何も答える事ができん。最後の時まで、お主と気持ちが繋がっておると思いたいんじゃ」


シンバはマーブルを強く抱き締める。


「最後の時って? ちゃんと話して下さい、シンバ」


小さなか細い声で、そう言ったマーブルを強く強く抱き締める。


「・・・・・・ごめん」


シンバも小さな、か細い声で、そう言うと、フッと力を抜き、マーブルを離した。


「ごめん」


聞きたくもない謝罪と、見たくもないシンバの表情に、マーブルは耳を塞ぎ、目を閉じる。


シンバは、そんなマーブルを置いて、背を向け、待っているアスベストの元へ——。


マーブルは、その場に座り込み、わぁぁぁぁと声を上げて泣き出した。


シンバは振り向いて、マーブルの傍に走り出したい衝動を抑える。


どうしてだろう、生まれてから、今迄、お互い、本の少し関わっただけの人生なのに、まるで生まれた時から一緒にいた半身のように、引き裂かれる事が苦しい。


ついこの間、出会ったばかりのような、そんな二人なのに——。


今は、出会ってなかった頃、どう過ごして来たか、わからなくなっている。


だから泣き叫び、シンバの名を呼ぶマーブル。


それでも、今の痛みより、先を見つめるシンバ。


メイド達が、マーブルのまわりでオロオロと慌てている。


マーブルは泣き叫びながら、シンバを呼ぶが、シンバは振り向かない。


アスベストが振り向いて、悲しみに呑まれるマーブルを見て、シンバを見るが、シンバの横顔も、気を許すと、悲しみに呑まれそうで、呑まれないように厳しい表情をしている。


王子、いいんですか? そう聞ける余裕もない。


「アスベスト、会議の報告をしてくれぬか」


「・・・・・・はい」


マーブルを誰よりも愛しているから、愛する者が住む、この世界の未来を守らなければならない。


マーブルを傷付けても、愛し通した想いは、全ての約束が守れず、嘘になってしまったものの中で、たった1つの真実。


これ以上、マーブルを傷付ける訳にはいかないから。


この戦い、負けられない!

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