なにしに来たんだろう

佐藤アキ

第1話

 とある魔法国家の首都でのお話。


 とある食品加工施設で『カカコソ』という虫が大量発生した。

 カカコソとは、黒くて楕円形のカサコソ動く虫。虫好きでもほぼ全員が『嫌い』という虫。そんな虫が大量発生となれば当然稼働停止。


 どうやら、その施設は王家と縁故関係にあるらしい。

 そんなわけで、駆除と再発防止依頼が王宮魔導師団にやってきた。

 担当するのは、新米や低級魔導師たち。

 上級魔導師たちが『カカコソ相手は嫌だ』と、にべもなく断ったため、彼等にお鉢が回ってきた。とかではない。

 困難ではないが重要なこと。小手先調べにもってこい。それが理由。


 そんなはずだった。



 ティアラ シェル 魔導師階級12 は、魔導師団本部の廊下を会議場に向かって走っていた。

 彼女は今年度王宮魔導師団に入団した新米魔導師。12ある魔導師階級のうち、底辺の12ランク。魔術学園を卒業した魔導師は、配属先がどこであれ、12ランクから始まる。


 ティアラはこれからある、カカコソ撲滅作戦に参加するべく会議場に向かっている。


「あー。資料室の整理に時間とられた。ギリギリかな」


 幸い着いたのは開始時刻の三分前。

 同期たちが集まれば、会議室は賑やかなはず。


「セーフ……」


 賑やかなはず、なのに、会議場には思い空気。

 十五名ほどいる魔導師たちは皆席に着き緊張した面持ち。

 それは壇上にいる、今回の作戦の隊長である中級魔導師も同じ。


「遅れて申し訳ありません!!」


 慌てて空いているイスに座ると、隣から「まだ開始時刻前だ。問題ない」と、いうお言葉。


「あ、そうですーー」


 ティアラは『そうですよねー。よかったー』という言葉を飲み込んだ。


 それは隣の席の魔導師のせい。

 そこに座るのは、長い黒髪を高い位置でポニーテールで結んだ男性だ。


「デ、デデデディス……オーヴァル様!?」


 フレイス ディスオーヴァル 筆頭魔導師

 世界の魔導師たちの序列が記載される魔導師録の一人目にその名を書かれている実力者だ。


 静まり返る場内。

 場内の視線を集めるのは、ティアラ。

 作戦隊長の中級魔導師が、コホンとティアラを見ながら咳をした。


(これは、私に話しかけろというやつですかー!?)


 ティアラは固まった。なんだか面倒事を押し付けられた気になった。

 が、ふと考え直した。


(まって、ディスオーヴァル様と話せる機会なんて、これを逃したらないかもしれない!!)


「ええと、ディスオーヴァル様は、監督官としてこちらにいらっしゃるのですか?」

「いや、私も一作戦員として参加する。先ほど陛下に直談判し、許可をいただいた」

「ええ!? そんなまさかーー」


 驚くティアラにディスオーヴァルの真剣な眼差しが突き刺さった。


「し、失礼いたしました!!」

「私の全力をもってして、必ず殲滅しよう」

「ぜ、全力、ですか?」

「そうだ。使えるもの全てを使う」


(天下のディスオーヴァル様の、全力? 使えるものは使う?)


「た、例えば、何でしょう?」

「ミリスティアなどどうだ?」


『ミリスティア』とは、火炎魔法の中でも扱いが難しい。動く対象を殺すまで追跡する殺傷能力が高い魔法だが、周囲の被害も甚大になることが予想されるため、広大な戦場でしか使わない。

 そのため、普段は使わないように制限魔法でロックがかけられている魔法だ。


「なにを仰ってるんですか!? そもそも、私たちはそんなものはまだ使えませんし、そもそも使用制限魔法じゃないですか!!」

「使うのは私だ。問題ない」

「外れとはいえ街の一施設ですよ!! 許可出ませんよ!?」

「私にそれは関係ない」


(そうだったーー!! この方の実力だと制限魔法がかけらないんだったーー!!)


「ええと、そうは仰いましても、倫理というか道理というか、魔導規則的には駄目です!!」


 ギロっ!!


(ひぃいっ!!)


「まあ、模範となるべき私がそんなことを言ってはいけないな」

「お分かりいただきありがとうございます!!」

「なら、新しい魔法を作るまでだ。最高傑作を披露することを約束しよう」

「分かってなーい!! 街の施設が対象なんです!! ディスオーヴァル様が全力だしたら街どころか国が崩壊します!!」

「獅子は兎を狩るのも全力を尽くすというではないか」

「被害被害!!」

「食品加工施設で『カカコソ』など、あってはならんだろう」

「それはそうですが。そもそもですね、今回は我々のような今年魔導師になった者の力試しも兼ねていますので、お引き取り願えればと……」


 ディスオーヴァルはもともと表情の乏しい顔を、ますます無表情にし、アゴに手を当てた。どうやら考えているようだ。


「分かった」

「お分かりいただけましたか!!」

「今やるのが駄目なら、過去に戻ろう」

「は?」

「初めの『カカコソ』が生まれた、いや、その祖先か何かが誕生した時代まで遡り、大元から存在を消し去ろう」

「それ、いろんな生態系に影響出るやつーー!! 駄目です!! そもそも、時空転移魔法は使用制限どころか禁忌中の禁忌です!!」

「でも、できないことはない。私ならやれる」

「もしかしたら、我々にも影響あるかもしれませんし、自然が変わりますよ!?」

「かまわん!! 今ここで私の全力を出さないならば、今まで何のために魔法の研鑽を積んできたのか分からんではないか!! とにかく私も参加する!!」


 そう言いきって立ち上がったディスオーヴァル。

 その時。


 バタンツツッッ


 会議場のドアがけたたましい音を立てて開いた。


「失礼!!」

「うぐふっ!!」


 誰かが『失礼』と言った直後、ディスオーヴァルの潰れたような声が聞こえ静かになった。


「ごめんなさいねー。うちの兄貴が」


 ティアラの隣には、意識を失ったディスオーヴァルを担ぎ上げ、眩しいばかりの笑顔を振り撒いている青年がいた。ディスオーヴァルとは正反対の明るい金色の髪をし、快活な笑顔をみせる青年。筆頭魔導師フレイス ディスオーヴァルの実弟で、軍幹部のライナス ディスオーヴァルだ。


「ディスオーヴァル将軍!!」

「じゃあねー。お邪魔しましたー。うちの兄貴は無視してみんな頑張ってねー」


 そう言うと、風のごとく走り去っていった。


「なんだったの」



 そして作戦当日


 施設に集まった魔導師たちは、再び沈黙していた。そして、皆がティアラを見る。『この前喋っていたんだからお前どうにかしろと』。


「みんなして……みんなして!! 隊長まで!!」


 ティアラは半ばやけになって叫んだ。


「だからなんでディスオーヴァル様がいるんです!?」

「私も参加するといったはず。魔法が駄目ならアイテムならよかろう。選りすぐりを持ってきたぞ」


 そうディスオーヴァルが出したものにティアラは見覚えがあった。魔導師協会の資料室や保管庫で見たことがある。


「そ、それ持ち出し禁止の貴重アイテムばかり!!」

「私が魔導師協会に提供しているだけで、元々の所持者は私だ。問題ない」

「ちなみに、許可は?」

「私のものだ。許可などとらなくても問題ない」

「問題しかない!! この言い訳大魔王!!」


 そう言ってティアラは「しまった」と、口をつぐんだ。友人ではないのだから『言い訳大魔王』はなかったと、発言を後悔した。

 しかし、すぐに「あははー!! いいこと言うね!!」と、明るい声が響くと、ディスオーヴァルが「ふぐっ」と、倒れかけた。


 そんなディスオーヴァルを担ぎ上げたのは、言わずもがな、弟のライナスだ。


「ごめんね。拘束してたんだけど隙つかれて逃げ出されちゃって」

「ディスオーヴァル将軍!! ありがとうございます!!」


 ライナスはティアラをみてにこりと微笑んだ。


「兄貴と紛らわしいから俺はライナスでいいよ。それより、君は兄貴の世話係?」

「違います。そんなのごめんです」

「そうなの? でもこの前も君が近くにいたよね?」

「不可抗力です」

「そうなの? でも一応、兄貴の弱点教えとくね。背後ががら空きだからそこを、手刀で軽くやっちゃって」


 そう言いながらライナスは手刀の見本を見せた。瓦を5枚は粉砕できそうな威力だ。そんな力でやったら死ぬ。


「え、ええと、ディスオーヴァル様は武術も出来たはずです。私が後ろをとるのは無理があります」

「そう? 背後とるの簡単よ?」

「それは、ライナス将軍だからですーー!!」


 そんなティアラの絶叫で、ディスオーヴァルの手がピクリと動いた。


「うぅ、『カカコソ』め……」

「ありゃ、いつもよりしぶといな。そんなに『カカコソ』が嫌かねぇ?」

「それは、まあ、嫌ですよ。ディスオーヴァル様ほどの反応はしませんけど」

「そうか、じゃあ、俺が小さい頃からおもちゃで驚かしてたのが原因じゃないよな」

「どういうことですか?」


 ライナス曰く、ディスオーヴァルの虫嫌いは昔はそれほどではなかった。だが、ライナスが虫のオモチャを作っては兄に見せたり背中にいれたり本に仕掛けたり部屋にばらまいたりしたらしい。特にカカコソを嫌がったので、カカコソで悪戯する率が高かったそうだ。


「だから俺のせいかなー、なんて思ってたけど、違うよね」

「それは、それが、そうなる原因だーー!!」


 何度目か分からないがティアラの絶叫が響いた。そして、ディスオーヴァルは顔をあげた。


「そうだ……だから……」

「兄貴、起きたのか?」

「だからこれだ!!」


 ディスオーヴァルは胸元から袋を取り出した。その中から出てきたのは一匹の蛇。


「げ、蛇!?」


 ライナスは担いでいたディスオーヴァルを放り投げた。だが、完全に覚醒したディスオーヴァルは華麗な身のこなしで音もなく着地した。


「この蛇は私が作りだした魔法の最高傑作だ。ライナスが蛇が嫌いだからこの形にしたが、これがなかなか優れもので、この蛇には『カカコソ』の出すそれはそれは微かな羽音と足音を感知し対象を消すまで決して止まらないという機能がある」


 ディスオーヴァルは悠然と語った。どうやら、ライナスが顔をしかめているのが嬉しいようだ。


「でも兄貴。蛇だと『カカコソ』のはいる隙間は無理だろ」

「だから、このサイズもある」


 次にディスオーヴァルが袋から出したのは、手のひらの上で糸のように動くものだ。


「ミミズ? いや、そのサイズでどうやって『カカコソ』を?」


 そうライナスが疑問を口にした瞬間。


 ビーーーー!!!!


 ズドーン


「……兄貴、今のは?」

「どうやらそこに『カカコソ』がいたようだな。今のは『ミリスティア』だ」


 しばらく兄弟のやり取りを見ていたティアラが我に返ったように慌て出した。


「ちょっと待ってください!! なにやってるんですか!? 『ミリスティア』は駄目だって言ったじゃないですか!!」

「問題ない。私は使っていない。使ったのはこのミミズだ」

「いやいや!!あーいえばこーいうみたいなことしないでください!! 被害があんなに……、え? あれ?」


 とてつもない威力の魔法が使われた。それは間違いないのだが、その痕跡がない。魔法の名残もない。


「どういうこと?」

「魔法が効くのは対象のみ。そして、対象を消し炭とし、いや、存在そのものを消し去った瞬間魔法が消えるように魔法を二重にかけてある。そもそも、あらかじめ周囲に防御壁を展開するようにしてある。よって周囲に被害はない。これで問題ない」

「なにそのちからの無駄遣いー!!」

「無駄ではない、このうえなく効率的だ」


 ここでようやく、今の今まで傍観に徹していた作戦隊長の中級魔導師が出てきた。

 ティアラは『遅い!! 遅すぎる!!』とその背中に怨念のこもった視線を投げつけている。


「それで解決するならもうここはディスオーヴァル様に頼らせていただきます。お願いできますでしょうか」


 ディスオーヴァルは深く頷いた。


「よし。では早速、これを街、いや、世界に放つ!!」


「え?」と、固まった作戦隊長を押し退けて、ティアラが再び出てきた。


「まってください!! 施設だけでいいんです!!」

「解せない! 全て消し去れば二度とこの手を煩わせずにすむだろう!?」

「悪役みたいな台詞言わないでくたさい!!」

「兄貴。ちなみに、『カカコソ』を消したらその蛇とミミズはどうなるの?」

「一定期間『カカコソ』を認識しなければ自然に放たれる」

「却下!! 生態系を乱すなアホ!!」


 ライナスの手刀がディスオーヴァルの首に決まった。


「ぐふっ。ふふ、だが、もう遅い……すでに、数匹、放たれて、い、る。ガクッ」


 ライナスは倒れる兄を受け止めて担ぐことはしなかった。倒れたまま満足そうに気を失っている兄を見て、深くため息をついた。


「はぁ…。おーい、カスター。クリネットー」


 力なく誰かを呼ぶと、ライナスの足元に二つの影が現れた。


「ワン!!」

「にゃあー」


 子犬と子猫。どちらも愛らしいもので、将軍のお供が似合うような子達ではない。


「カスタ、クリネット。バカ兄貴が蛇とミミズを放ったんだ、一匹残らず捕まえてきてくれるか?」

「「こくり」」

「頼んだぞー」


 頷いてすぐに走り出した二匹。一服の清涼剤のような二匹に癒されつつ、ティアラはライナスに聞いた。


「可愛いですね。将軍のペットですか?」

「ペット?」

「失礼しました。相棒ですか?」

「まあ、どちらかといえばそうだな。10年以上の付き合いだ」


 ライナスは10年というが、あの二匹はどうみても子猫と子犬。生後4ヶ月くらいといった感じだ。


「あの二人は、兄貴が作ったんだ」

「え?」

「俺が虫で驚かしてたら、バカ兄貴が俺に蛇をけしかけてくるようになったんだ。だから、今度は本物の『カカコソ』を虫かごに捕まえて持ってくるって言ったらすごい嫌がってね。やらない代わりにあの二人を創ってくれた。兄貴昔から優秀だったからねー」


 ディスオーヴァルに少しだけ同情したティアラだったが、もう突っ込むのはやめた。


「じゃあ、魔法ですか?」

「まあな。土台は、その時うちで飼っていた犬と猫に生まれた子供のうち、死んだ仔だ。俺が特に可愛がっていたからな」

「そうなんですか。それはよかったですね……って、待ってください。まさか、蘇生魔法!? それは聖職者を極めた方が一度だけ自分の命と引き換えに使えるものでは?」

「いや、精霊降臨だと」

「……それ伝説の代物ですよ。使える人いるんですか?」

「バカ兄貴だな」

「てことは、あの二人はー!!」

「精霊だ」

「……!!」


 気まぐれで、滅多に人に姿を見せない精霊。それが子猫と子犬を依り代にして目の前にいる。信じられない光景にティアラもその他の魔導師も絶句した。


 シーンとした空間に、可愛らしい声が響いた。

 口にウネウネ動く袋を咥えた子犬と、後ろを振り返りながら「にゃ」と啼いた子猫が帰ってきた。


「ほれ、捕まえてきたぞ」

「フレイスの魔法の気配はもうないわよ」


 子犬からは、少し渋めの男性の声。子猫からは可愛らしい女の子の声がする。

 子犬がティアラを振り返り、持っていたウネウネ動く袋を渡した。


「黒いカサカサ動く虫は、フレイスの怪作が処理したみたいだぞ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 ティアラは袋を受け取り子犬に頭を下げた。


「じゃ、俺たちはこれで。兄貴も連れてくな。報告書よろしくー」


 ライナス将軍と二匹の精霊がこの場を去る。

 結局、『カカコソ』を退治したのはディスオーヴァルの作った怪作のミミズと蛇。それを捕まえたのは、ディスオーヴァルによって呼ばれた精霊。


 自分達はなにもしていない。

 ティアラがディスオーヴァルに突っ込んでいただけだ。


 ウネウネ動く袋を持ったティアラがポツンと言った。


「ほんと、なにしに来たんだろう。私たち」

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