8人:同胞

 良く晴れた荒野の上空で人影がふたつ、向かい合って浮遊していた。

 どちらも上背があるが、片や蟀谷こめかみに青筋を浮かべ、片や余裕の笑みで目の前の相手を見下している。

 張り詰めた空気が地上にまで届く。

「あー、もう! どうしよう!」

 上空のふたりを見上げながら、夕日のような鮮やかな橙色だいだいいろの瞳を持つ少年が叫ぶ。

「あのふたりは、どうして、顔を合わせる度に!」

「反りが合わないふたりが拮抗した力を持ってるとか。皮肉だよねえ」

暢気のんきなこと言ってないで。レイ、止めてくれよ」

「え、嫌だ」

 水色の瞳の持ち主が少年を見下ろして口だけで笑う。

 側にいた薄紅色の瞳の人物が必死の形相ぎょうそうで割って入る。

「僕にできることってあるかな? 言って欲しい! 何でもやるよ!」

 少年は酷く軽蔑けいべつした顔で薄紅色の瞳を見返した。

「思ってもないこと言ってんじゃねえぞ。この偽善者が」

「酷い! 酷いなあ」

 必死に訴えていた顔は次の瞬間には嘲笑ちょうしょうに変わる。

 少年は叫ぶ。

「お前達は何しに集まったんだよ!」

「見物」

「見学」

「マイナは!?」

 少年が振り返ると、膝を抱えて小さく座り込んでいた人物が、目深に被っているフードを更に目深に被り直して言う。

「なんとなく」

 少年は目の前の同胞達に「こういう奴らだった」と拳を握り締める。そうしている間に空気が揺れる。

 上空のふたりは動いていないにも係わらず、そこを中心に二度、三度と衝撃波が周囲へと延び広がった。

「お。おっ始まるか?」

「どうしようどうしよう。大変だ! 仲間同士で傷付け合うなんて間違ってる! どうにかしてふたりを止めないと! ふはは」

「よく言う。ハハハ」

「お前達はホント、ブレないな! そう言うところ好きだけど!」

 そうこうしているうちに上空のふたりがお互いを攻撃し始める。先程とは比較にならない衝撃波が周辺を襲う。

「あはははは。この辺り一帯マジで何にもなくなるぞ」

「浄化が進むねえ。アハハハハ!」

「再生が追い付かない浄化してどうすんだよ。つっても俺達が何したって世界の手の平の上な気もするけど」

「あーあー。見ろよ。イカリの顔。もう、怒ってるんだか泣いてるんだか」

「対してショウの楽しそうなこと! あの人ホント、人のこと追い込むの好きだよなあ」

 水色の瞳の人物と薄紅色の瞳の人物は空から飛んでくる衝撃波を予備動作なしで相殺しながら軽口を叩く。

 同じように衝撃波を相殺しながら橙色の瞳の少年の脳裏にはチラつく人物の姿があった。この前会ったところにまだ居るだろうかと。少年はグッと唇を引き締めると振り返って歩き出す。

「クロノを探してくる」

 飛び去る少年を水色の瞳と薄紅色の瞳が見送った。

「クロノってクロのことか?」

「あのふたりを止める為だっていうならそうなんだろうけど。どこにいるか知ってるのかねえ? ユウの奴」

「あいつの趣味、確か俺達の記録集めだったな。アタリは付いてるってことか?」

「でも、あのクロの記録がほいほい見つかるとも思えないんだけどなあ。残されていたとしても高が知れてる。なあ、レイ。クロが来るか来ないか賭けないか?」

 あざけりの浮かぶ薄紅色の瞳に水色の瞳もまた挑発するように笑う。

「いいぜ。何を賭ける?」

「そうだなあ。どうしよっかなあ? 俺達は他人に差し出せるようなもんは持ってないからー」

「俺は、そうだな、負けたら向こう百年の行動範囲を限定するか」

「本気か!? その範囲、俺に決めさせろよ!」

「お前が勝ったらな」

「じゃあ、俺も同じものを賭けるかあ。さて、どっちに賭ける? 俺は来ない方に賭ける。言ったもん勝ち。でしょ?」

「別に構わない。俺はもともと来る方に賭けるつもりだった」

「ええー。勝算があるってことか?」

「クロを、というよりユウを信じてるって言った方が正しいな。お前と違ってユウは本気であのふたりを止めたいと思ってるだろうし。なあ? ゼン」

「腹立つ!」

 顔で笑いながら全く笑っていない水色の瞳と薄紅色の瞳の間に火花が散る。

 一際強い衝撃波が押し寄せて、ふたりはたたらを踏んだ。

「俺達が物理的に遣り合う理由はないな」

「同率ナンバー2は伊達だてじゃないなあ」


   +++


「決着つかないな」

「ショウは本当に性格悪いよなあ。絶対わざと長引かせてる」

「力は拮抗してても精神性で明らかにイカリの方が劣ってる。にもかかわらず決着がつかないのはそういうことだろうな」

「そんで、ユウも戻ってこないなあ?」

 薄紅色の瞳が意地悪く笑う。

 水色の瞳の人物はつまらなそうに小さく息を吐き出した。

 地面で膝を抱え、極力小さく座り込んでいた人物がパッと顔を上げて振り返る。目深に被ったフードが揺れる。

「どうした? マイナ」

「げっ」

「まに……間に合った?」

 そこには橙色の瞳の少年が立っていた。小さなその背には、黒い髪、露出の限りなく抑えられた黒い服を着た人物。ぐったりと正体をなくしているとしか思えない人物の足を完全に引き摺りながら、少年は頭を左右に振る。汗がパラパラと地面に落ちた。それから、ゆっくりと背中の人物を下ろす。

「クロノ。起きてくれ」

 下ろされた黒髪の人物は微動だにしない。

「クロノ!」

 黒髪の人物はうなるだけで一向に起きる様子がない。

「ユウ! 無理に起こしたら可哀そうだよ! クロ、すごくよく眠ってるじゃないか。寝かせておいてあげようよ」

 芝居掛かった薄紅色の瞳の人物に水色の瞳の人物の頬が引き攣る。

「黙ってろよ」

「レイはクロが可哀そうだと思わないのか!?」

「思わない」

「ケッ」

 薄紅色の瞳の人物は態度を一変させる。水色の瞳の人物は淡々と言う。

「賭けは俺の勝ちだな」

「ええ? ふたりを止めてないのに?」

「賭けはクロが来るか来ないかだっただろ」

「だったらノーカンじゃない? クロは自分の足で来た訳じゃない。連れて来られたんだから」

 笑う薄紅色の瞳に水色の瞳の人物はため息をつく。

「屁理屈」

「ふふふ」

「クロノ! お願いだ。あーもー……。クロ! 起きろ!」

 目にも止まらぬ速さで少年の腕が振り抜かれる。打たれた頬からとてもいい音がした。

「……痛い」

「やっと起きた。クロノ。お前しかいないんだ。あのふたりを止めてくれ」

「ふたり?」

 覚醒に程遠い半眼の黒い瞳が空を見上げる。激しさを増しながら何度も飛んでくる衝撃波に黒髪の人物は表情を変えないで言う。

「無理」

「クロ」

「いや。あんなの誰にも止められないでしょ」

「お前ならできるんだよ。レイが請け負ってくれてたら、クロに無理させなくて済んだんだけどさ」

 橙色の瞳の少年が振り返る。

 分かり易く不満そうな顔を向けられた人物は水色の瞳を座らせる。

「俺が逃げたみたいな言い方されるのは心外だ。確かに純粋な力だけで比べたら俺が最強な訳だが。真正面から二番手、しかもふたり相手に勝てる訳ないだろ。最強とはいえ、実際のところあいつらと俺にそこまで差がある訳じゃないし。止めるにはどうしても搦め手が必要になる」

「それをいても止める気サラサラなかっただろ」

「まあ」

 橙色の瞳に睨まれて水色の瞳の人物はニヤリと笑う。

 少年は黒髪の人物に向き直る。

「クロ。だから頼む。もう、お前しかいないんだ」

「いやあ。もう、何を言われてるのか」

「つべこべ言わずにその方法を思い出せばいいんだよ」

「そんな無茶な」

「無茶じゃない。お前ならできる。そうだろ? 今までだってそうだった」

「今までとは?」

「そろそろイカリが限界だ」

「イカリ?」

「ショウだって」

「ショウ……」

 俯く少年の肩越しに黒髪の人物は見る。空を飛び回るふたつの人影を黒い瞳に捉える。

 片や歪んだ顔は怒りに染まっているようで瞳からは涙がこぼれ、時折苦しみに耐えるように歯を食いしばる。片や過度の興奮状態で笑っているにも拘らずその瞳は焦点が定まっていない。どちらも正気を保てているのか疑わしい程に形振なりふり構わず力を振り回している。

 黒髪の人物はとても嫌そうに眉間に皺を寄せた。


   +++


「やあ。また会ったね」

 果ての見えない本棚の森を背にマゼンタ色の瞳が細められる。

「何が欲しい?」

 問われて黒髪の人物は抑揚なく言う。

「自分達で走り始めたのに止まり方を忘れたバカとバカの止め方」

 マゼンタ色の瞳の持ち主は穏やかに微笑み、持っていた本を閉じる。

「止めてあげてくれ」

 投げられた本を黒髪の人物は片手で受け止める。


   +++


 ズキンと脳の奥に痛みが走るのに顔をしかめ、黒髪の人物はゆっくりと立ち上がる。

「まったく」

「クロノ」

「飽きねえな。あいつら」

「クロ……」

 少年の伸ばした手が人物の黒い服を掴むより早く、人物は地面を蹴っていた。


 燃えるような赤い瞳から涙が零れ落ちる。歯を食いしばり、腕を振り上げる。その腕を背後から黒髪の人物が掴んだ。驚いた赤い瞳が振り返り切る前に黒髪の人物はその襟首を掴むと思い切り地面に向かって投げる。ぶつかった衝撃で地面がえぐれ、飛び散った。

 地上にいた面々が墜落した人物に駆け寄っていく。

 突然のことに焦点の合っていなかった艶のある飴色の瞳がわずかに正気を取り戻す。笑っていた顔はなくなり、その瞳に苛烈な炎が燃え上がる。

 黒髪の人物は殺気に満ちた飴色の瞳を暫し見つめ、ふっと目を反らすと何も言わずに地面へと向かった。

 黒髪の人物の後を追って飴色の瞳の人物も地面に向かって下降する。地面に着地すると先を歩く人物に向かって怒声を上げる。

「おい! テメエ! 邪魔してんじゃねえぞ!」

 黒髪の人物は振り返り様に飴色の瞳に向かって手をかざした。飴色の瞳の人物がビタリと制止する。

「お前はちょっと寝てろ」

 バチンという大きな音が響く。

 飴色の瞳の人物は糸が切れた様に膝からくずおれ、前のめりに倒れ込んだ。砂塵が舞う。

 それを見ていた地上組の面々は三者三様の反応を示す。

 水色の瞳はげんなりと、

「アレを一撃だよ」

「ケッ」

 薄紅色の瞳は吐き捨て、

「クロ! やっぱりクロはすごいな!」

 フードの下にある暗い緑色の瞳はキラキラと輝く。

 ズキンと痛む脳に黒髪の人物は顔を顰める。

「クロノ。大丈ぶ、わっ!」

 様子に気付いて駆け寄った橙色の瞳の少年の頭を黒髪の人物は撫でた。

 驚いて丸くなる橙色の瞳と半眼の黒い瞳が交差する。

「クロノ?」

 黒髪の人物は少年から、地面に叩き付けられた格好のまま起き上がれずにいる人物に近付く。

 近付いてくる気配に倒れている人物は緩慢かんまんに顔を上げた。潤む赤色の瞳が黒髪の人物を捉える。苦々しそうに顔を歪め、再び顔を伏せる。

「惨めだ……」

 大きい筈の背中は縮こまり、呟かれた声は掠れていた。

 誰も何も言わない。

 黒髪の人物は倒れている人物の側に膝を付くと、伏せられた顔に手を掛ける。

「い、ちょ、まてっ! 首!! 折れる!!!」

 無理やり顔の向きを変えられて、違う理由で涙目になる赤い瞳に黒髪の人物はひとつ頷く。手を離した人物は立ち上がると今度はフードを目深に被った人物の顔を掴む。

 暗い緑色の瞳が少し恥ずかしそうに何度も瞬きする。

 水色の瞳と薄紅色の瞳のふたりは何を察したのかその場に背を向けて歩き出す。けれど、それに黒髪の人物は先回りする。水色の瞳と薄紅色の瞳を同じように見つめて、黒髪の人物は頷いた。

「うん。みんな変わらず良い色してる」

 橙色の瞳の少年は呆れ顔。

「そうだった。クロノは何故か俺達の目の色好きだったな」

「人の目を覗くってことは自分も覗かれるってことなのに」

「マジでヤメテ欲しい」

 水色の瞳と薄紅色の瞳の人物は疲れた顔で言い、暗い緑色の瞳の人物は照れくさそうにフードを被り直す。

 ズキンと痛む頭に黒髪の人物は顔を顰める。そんな人物に少年は近付く。

「クロノ」

「寝る」

「え」

 黒髪の人物は徐に倒れている人物の上に倒れ込んだ。

「ぐえ」

 下敷きにされた赤い瞳の人物が呻く。

「くっそ……重い! どけ! うぅ、重い……」

 赤色の瞳の人物は下敷きにされた状態から抜け出そうとするも、体力をすっかり使い果たしていた為、黒髪の人物を押し返すことができない。仕舞いに力尽きて突っ伏する。静かになった背中の上で黒髪の人物は半眼の瞳を閉じた。

 まもなく静かな寝息が聞こえてくる。

「なんか、安心したら俺も眠くなってきた」

 少年が折り重なるふたりの側に寝転がる。フードを目深に被った人物もいそいそと三人の側に寝転がる。野晒しに雑魚寝を始めた四人に水色の瞳の人物は背を向けて歩き出す。去っていく背に薄紅色の瞳の人物が声を掛ける。

「レイ。君も寝て行きなよ。疲れただろう?」

「見てるだけで疲れる訳ないだろ。ふざけるな。寝首かかれるって分かってて隙なんか見せられるか」

「寝首をかくなんて。そんなことしないよー?」

「自白したな。俺は「誰が」とは言ってない」

「うっわ。でも、それを分かってて、君はここにいるみんなを置いてひとりで行っちゃうんだね?」

 水色の瞳の人物は薄紅色の瞳を鼻で笑う。そうして、二度と振り返ることなく姿を消した。

 薄紅色の瞳が足元を見下ろす。無防備としか言えない状態の四人にニヤリと笑う。人物が四人に手を翳すと、その頭上に影が落ちる。

 薄紅色の瞳の人物は顔を上げた。そこには真っ白なフード付きのローブに身を包んだ人物が浮いていた。人影の乳白色の瞳を見止めた瞬間、薄紅色の瞳が狂喜に歪む。

「よう! 久し振りだな。ナナ!」

 真白な人物は一瞬頬を引きらせるが、ゆっくりと地面に着地する。

「久し振り。ゼン」

「遅かったねー。もう全部終わっちゃったよ?」

「大丈夫。上から全部見てた」

「ずるいなあ。みんなが大変だった時にひとりで高みの見物かよ。ナナ?」

「その呼ばれ方、嫌いなんだけど」

 薄紅色の瞳が弓なりに歪む。わざとらしく吹き出す。

「なんで? 君は俺達の中で一番弱い。俺達と同じ役割を与えられているにも拘らず、弱すぎて人間達の記録に残ることができない。名無しのナナ! 君にピッタリじゃないか。自信を持ちなよ」

 薄紅色の瞳の人物が真白な人物の肩を優しく叩く。

「石の調子はどう? 俺は必要ないって言ったのに。みんなが無理やり君に持たせた石。今でも俺は必要ないと思ってるんだ。石で力を増幅するなんて、君のアイデンティティが死んじゃうから。君の良いところは弱いところなんだから。ねえ。今からでも捨てない? それ。君も気に入らなかったからそんなに加工したんじゃないの? 最初と形が全然違う」

 ローブを止めるブローチに伸ばされた手を真白な人物は遮る。

「これは、みんなの優しさに、僕の無意識が干渉して少しずつ形が変わってこうなったんだ」

「そんなこと言って。無理しなくいいのに」

 真白な人物はため息をつく。

「君は相変わらずだね」

「そうさ。俺は変わらない。ずっと君の味方なんだよ。ねえ、ナナ」

「余計な世話だ」

「釣れないこと言うなよ。なあ、ナナ。ナーナ」

 上辺だけの笑顔で近付いてくる薄紅色を乳白色の瞳が睨み上げる。

「あ゛あ゛―――!」

 突如とつじょ響いたガラ付いた少し聞き辛い声に、薄紅色の瞳の人物も真白な人物もびくりと肩を震わせる。

 雑魚寝しているもの達から少し離れたところで放置されていた人物が起き上がる。

「げっ」

「ショウちゃん」

 起き上がった人物に薄紅色の瞳の人物は顔を顰め、真白な人物はパッと顔を輝かせた。

 項を抑え、首を左右に曲げ伸ばしながら飴色の瞳の人物はふたりに近付く。

「マシロじゃねえか。あー、クロの野郎。諸に食らわされた。くそ」

「手加減されたらされたで、ショウちゃん、舐められたって地の果てまで追って行くじゃないか」

「当然だろ。ん?」

「や、やあ。ショウ。もう起きたんだ。クロの一撃を食らったのに。さすがだねえ」

 飴色の瞳が座る。腰の引けている薄紅色の瞳を暫し見つめ、次の瞬間、飴色の瞳が獲物を見つけた猛獣のように獰猛どうもうきらめいた。

「俺、用事を思い出した! 行かなくちゃいけないところがあったんだった! 失礼するよ!」

 薄紅色の瞳の人物は飛ぶのも忘れてふたりに背を向け走り去る。

 飴色の瞳の人物が肩を竦める。

「疲れた」

 その様は上空でやり合っていた時の荒々しい雰囲気とは打って変わって、見るものに大人しい印象を与える。

「ショウちゃんも寝る? 僕が見張ってるから」

 飴色の瞳の人物は心底不愉快そうに顔を歪める。

「有り得ねえ。仲良しこよしなんて。分かってて聞いてんじゃねえぞ。マシロ」

「えへへ」

「笑ってんじゃねえ。俺に向かってへらへらしてんのお前ぐらいだぞ」

「ショウちゃんは僕には優しいから」

「勘違いすんなよ。いじり甲斐がねえんだよ。お前。我慢、我慢、我慢がお上手で。口癖は「大丈夫」と「何でもない」と来たもんだ。つまらねえ。俺は剝き出しの感情が見たいんだよ」

 真白な人物は俯く。

「うん」

「その点、イカリは良い。最高だ! ちょっと小突くだけで簡単に爆発する」

「そんなだから嫌われるんだよ?」

「望むところだ。感情が俺に向くということは、それを真正面から見れるってことだからな」

「まったくもう」

 真白な人物はブローチに手をかざす。岩がひとつ、空から降って来る。落ちる直前で減速した岩は音もなく地面に置かれる。

「なんだそれ? 持ってきたのか?」

「だってこの辺一帯、ショウちゃんとイカリンのドンパチで全部砂になっちゃったから」

 真白な人物は腰掛けるのに丁度良い大きさの岩に腰掛ける。

「……イカリン?」

「うん。そう呼ぶとイカリ、すごく嫌そうな顔するんだよね。それがすごく可愛かったから。顔を合わせた時はそう呼ぶことにしたんだ」

「お前。人のこと言えねえじゃねえか」

「え」

 乳白色の瞳が驚いたように見開かれる。飴色の瞳の人物は呆れ顔からため息をつく。

「じゃあな」

「あ、うん。みんなが目、覚ましたら先に行ったって伝えておくね」

「残るのか?」

「言ったでしょ。みんなが寝てる間の見張りぐらいは僕にもできるよ」

「ふん」

 一歩を踏み出すが飴色の人物は振り返る。自身の胸の辺りを指差す。

「いい形になったじゃねえか」

 一拍置いてから真白な人物は心の底から嬉しそうに笑う。

「ショウちゃん。またね」

 歩き去る背中は振り返ることなく、手だけが振り返された。

 すぐに見えなくなった背中を乳白色の瞳は見つめ続ける。

「最初は、嫌だったんだ。認めたくないけど、ゼンの言う通り。みんなの優しさが苦痛だった。後から補って同じになるのではなく。最初からみんなと一緒が良かった。だから、この石も貰った時、笑顔でお礼言ったけど、心から喜ぶことはできなかった。みんなの優しさを受け入れることができなかった。みんなは悪くない。悪いのは弱い僕。暫くは見るのも嫌だったなあ。みんなにも会いたくなくてさ。暫く逃げてたな。でも、時間が過ぎるだけでも考えって変わるものでさ。やっと、みんなの優しさを受け入れられるようになったんだ。割と最近だね。そうして久しぶりに見た石からは増幅率が著しく落ちていた。ショックはなかった。いや、あったかな? でも、理由は分からなかったけど原因は僕だと思ったから。それより、みんなに申し訳なくて、優しさに報いることができなかったから。やっと、受け入れられるようになったのに。せめて身に着けられるようにブローチにして。そうしたら少しずつ、形が変わって」

 真白な人物はブローチに手を触れる。金属の光沢を持ち、花のような意匠が浮かぶ。

「綺麗な形に落ち着いたんだよ。すごく気に入ってる」

 風が吹いて砂が舞い、真白な人物はブローチに手を翳す。吹いた風は意志を持つかのように寝る四人と真白な人物を避けて行く。真白な人物はひとり静かに暫くそうしていた。


   +++


 短い睫毛が震える。開かれた半眼の黒い瞳が二度三度と瞬きを繰り返す。上体を起こした黒髪の人物は地平線まで広がる砂の大地に首を傾げる。

「やっと起きた。みんなもう行っちゃったよ。クロちゃん」

 振り返れば腰掛けるのに丁度良い大きさの岩に、真っ白なフード付きのローブを着た人物が座っている。

「みんな?」

 辺りを見渡せば自分と真白な人物しかいない。

「……どこかで会ったことある?」

 真白な人物は困ったように笑う。

 その乳白色の瞳に黒髪の人物はポロリと言葉を溢す。

「おいしそう」

 乳白色の瞳が見開かれた。けれど、すぐに破顔する。

「クロちゃんは僕の目を見るといつもそう言うね。空腹の概念なんてもう僕達にはないのに」

「そうなんだ?」

「さて、みんなが起きるのも見届けたし。僕も行こうかな。久々にみんなに会えてよかったよ。僕達が一堂に会するなんて本当に滅多にないから。じゃあ、またね。クロちゃん」

 真白な人物はふわりと飛び上がる。宙で一度振り返り、黒髪の人物に手を振ると空の彼方へと消えた。

 風の音と風が転がす砂の音だけが聞こえてくる中、ひとり取り残された黒髪の人物は暫しぼんやりと座っていた。それから、ゆっくりと立ち上がる。

 艶やかな黒い髪から砂がパラパラと落ちる。服が砂まみれであることに気付いて黒髪の人物は砂を払い落とす。背筋を伸ばして細く息を吐き出す。

「どこに行こうかな?」

 黒髪の人物はひとり、地平線に向かって歩き出す。


                                  了

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『小休憩』19番目の物語 利糸(Yoriito) @091120_Yoriito

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