第19話 「僕はずっと」

「まぁ、司の事はしっかりと怒りましたけどね」

「一人でいなくなりましたからね。怒って当然かと」

「はい。ですが、まさかあそこで貴方達が出会う事になるなんて、思っていなかったので驚きました。運命だったのかもしれないですね」


 赤い口元に笑みを浮かべ、喜美は言った。

 そんな彼女を詩織は見て、同じく微笑んだ。その時、タイミングよく襖が開かれた。


「お待たせ、何を話してたの?」

「あ、せんぱっ―――え、着物? きも、の。え?」

「なに、その反応」

「先輩、顔がイケメンだから、着物は、だめですよ!!!」

「意味が分からない…………」


 詩織は頬を染め、司から目を離し一人で慌てている。そんな彼女に呆れる司は、なぜ彼女がそんな反応しているのかわからず、母親である喜美を見た。


「何を話してたの?」

「思い出話をしていただけですよ」

「ふーん。変な話してないよね?」

「変な話って何かしら?」

「…………なんでもない」

「そう、わかったわ」


 これ以上何かを言えば墓穴を掘ると思った司は、これ以上は追及せず口を閉ざした。


「それじゃ、詩織」

「え、なんですか?」

「僕の部屋に行くよ。ここは客間だから、僕の部屋の方が僕が落ち着く」

「あ、先輩が落ち着くのですね」

「僕が落ち着く、これ、大事」

「はい」


 言われたまま、詩織は立ち上がり廊下へと出て行った司の後ろを付いて行く。そんな二人に手を振り、送り出した喜美。

 微笑ましいそうに見ているその目は温かく、優し気だった。


「あの二人、早く素直になってほしいわね」


 ※


 廊下を歩き、司の部屋にだどり着いた。襖を開け、中に入る。

 詩織も同じく中に入ると、出入り口で立ち止まってしまった。


「落ち着くって、さっきの部屋と間取りとかまったく変わらないような気がするのですが……」

「なんか、雰囲気が違う」

「あ、はい」


 テーブルの周りに座布団を置き、詩織と司はお互い見合う形で座った。


「それにしても、思い出すの遅くない? なんでそんなに時間かかったの。本人の前で少年の話までしていたのに」

「それは言わないでください!! というか、先輩も気づいていたのなら、何で教えてくれないんですか!?」


 司からの言葉に、詩織は顔を赤面させ、誤魔化すように怒った。


「言おうかなとも思ったんだけど、無理に思い出させなくてもいいかなと思って最初は話さなかった」

「最初は?」

「うん、最初は。君から過去の話が出てきた時はさすがに驚いたのと、逆にばれてはいけないかもしれないという感情が芽生えた」

「な、な、なんでですか?」

「君、自分が言っていたこと覚えてる? 会いたいとか言っていたんだよ? その会いたい人は目の前にいるというのに。それを伝えるのって、なんとなく、こっぱずかしくない?」

「…………確かに」

「でしょ?」


(私はあの時、知らなかったとはいえ恥ずかしい事を先輩に言っていた。会いたいとか普通に言ってしまっていたし! なんで会いたいかの理由はさすがに言わなかったけど。今思うと、本当に言わなくて正解だったな……)


 息を吐き安堵する詩織を見て、何かを思い出した司は、にんまりと笑みを浮かべ彼女を見た。


「え、なんですか?」

「いや、そういえば聞けなかったことがあるなぁって思って」


(あの時聞けなかった事って、もしかして……)


 詩織が顔を青くし、苦笑いを浮かべ司を見た。

 その顔がおかしく、司は口に手を当て笑いを堪えた。


「いや、そんな顔をするな。そんな変なことは聞かないよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん、なんで僕に会いたいと言っていたのかを聞こうとしただけ」

「それが一番聞かれたくなかったのですが!?」


 司からの質問に、詩織は大きな声で否定。絶対に答えないという意思を強く見せた。


「なんで答えてくれないんだ?」

「なんでって、なんか、その。さっき先輩も言っていたじゃないですか。こっぱずかしいって。そんな感じです…………」


 顔を俯かせ、詩織は司に言った。すると、司はテーブルに肘をつき、顎を手に乗せる。


 目を細め、呟くようにぼそっと何か口にした。


「僕はずっと、会いたかったけどね」

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