過去からの約束

第18話 「安堵しました」

「わぁ、ここが先輩の家なんですね! すごい大きい……」

「君の家と形が違うだけで、大きさ的には変わらないと思うんだけど……」


 過去に自分を助けてくれた少年が、今目の前にいる司だと知った詩織は、いろんな話がしたいと提案。

 司が「なら」と言って自分の家を案内した。


 和風建築な建物を目の前に、詩織は目を丸くして見上げ、歓喜の声をあげた。


「早く中に入るよ」

「あ、はい」


 司を先頭に家の中に入ると、司の母親である氷鬼喜美ひょうききみが、青色の着物を綺麗に着こなし、広い廊下に立っていた。


「おかえりなさい、司。今回は大変だったみたいね」

「ただいま。確かに大変だったけど、どうにかなったし、成果もあったから結果オーライだったよ」

「そのようね」


 司の後ろにいる詩織を目にし、母親は優しく微笑み近づいた。


「こんにちは、詩織ちゃん。私の事は覚えていないかもしれないわね」

「そこは”覚えているかしら”って、聞くとこじゃないの?」

「私とは一回か二回、出会った程度。毎日のように会っていた貴方ですら忘れられていたのよ? 私を覚えているわけがないわ」


 母親の言う通り、詩織は喜美について覚えていなかった。でも、ここで正直に言うのも失礼な気がしている詩織は、口をパクパクとしている。


「大丈夫よ、覚えていないのも仕方がないわ。私とはもう十年以上は会っていない。覚えていないのも無理はないわ」

「す、すいません……」


 腰を折り、謝罪。そんな詩織を見て、母親はクスクスと笑った。


「さて、司は着換えてからお話などをしなさい。着換えている間は、私が詩織ちゃんを見ているわ」

「え? このままでもいいと思うんだけど」

「皺になるでしょう? 早く着換えて来なさい」

「…………はーい」


 言われた通り、司は廊下の奥へと姿を消した。


 残された詩織は、綺麗な姿で着物を着こなす喜美に戸惑っていた。


 何を話せばいいのか、そもそも自分から話していいのかわからず、忙しなく周りを見回していた。


「緊張しなくても大丈夫よ。昔のように、私に頭突きしてみなさい」

「え!? 昔の私、そんなことをしていたんですか!?」

「してないわ」


(…………なんだよ!!!!!)


 口に出せない分、心の中で鋭く突っ込み苦笑い。クスクスと笑う喜美を見た。


(むぅ…………先輩の母親かぁ。確かに髪色や雰囲気は似てるかも。目の色とかは違うけど。先輩の目の色は父親似なのかな)


 司の影が喜美と重なり、思わずジィっと見てしまった。

 

 彼女からの視線をクスクスと笑いながら、喜美が廊下の奥へと振り向き、歩き出してしまった。


「では、司が着換えるまで違う部屋で待っていましょうか」

「あ、はい」


 喜美に遅れを取らないように、詩織も後ろを付いて行く。



 廊下を歩き始め数分、何個か襖を通り抜け一つの部屋にたどり着いた。

 開けると、中は和室の一室。畳の臭いが鼻をくすぐった。


 喜美が座布団を、中心に置かれている丸テーブルの周りに二つ置き、そこへ座るように詩織に伝えた。


「失礼します」

「そんなにかしこまらないで。本当に、昔のように自由に話していいのよ」

「そんなに昔の私は自由でしたか?」

「…………そうねぇ。私は貴方を数回しか見ていないけれど。自由と言えば自由。でも、子供らしさはなかったわね」

「子供、らしさですか?」


 座り直した喜美は、膝に手を置き顔を俯かせ、過去を思い出しながら話し出した。


「私は、物心ついた頃からあやかしに好かれる体質だと、詩織ちゃんの両親に聞きました」


 柔らかく、でも先が気になる話の切り出しに、詩織は邪魔をしないように聞くことに集中した。


「司と出会う前、私が試しにあなたに接触してみようと思い、家族に一言お願いしたわ。すぐに頷いてくれ、両親と共に公園で遊んでいるあなたを見ていた時があったのです。その時、私は思いました。『あぁ、あの子は、あやかしのせいで、子供心を忘れてしまっている』と。無邪気な心がなく、周りからは距離が置かれている環境を受け入れてしまっている。両親も、そんなあなたを見るのが苦しそうでした」


(確かに。小さい頃は一人でいる事は多かった。周りからは心無い言葉を投げられ、小学校の時はいじめられていた。だから私は、一人でいる方が楽だと思っていた)


「そんなあなた達を、私はなぜか、ほっといてはいけないと思いました。助けたいと、思ってしまいました。ですが、子供の心を大人が理解するのは難しい。どうすればあなたを救う事が出来るのか、考えました。そのまま、その場は別れて家に帰りました。家には、父親と訓練をしている司の姿。狐面を付け、竹刀を手に父親に切り込んいる姿を見て、私は思わず頬がほころんでしまったのです」


(そうか。先輩は何もしないで今のような強さを手にしたわけじゃないんだ。小さい頃から修行して、頑張って。努力が花咲かせ、今の先輩を作りあげたんだ)


「私が二人の修行を見ていると、司の相手をしている父親が、私に気づいたのです。『どうした、何か暗い顔をしているぞ』と。いち早く私の変化に気づいてくれたのです。普段表情が動かない私の変化に気づいてくれたのがうれしかったのと同時に、司の姿が目に入り、良い案が思いついたのです」

「良い案、ですか?」

「はい。子供の心を大人がわからないのなら、子供の心は子供がわかるんじゃないかと。なので、司に話す前に父親に話したところ、笑顔で了承してくれました。私が司にあなたの事を話そうと、竹刀を握っていたはずの所を見た時、なぜか、司はいなくなっていたんです」

「…………え、いなくなってた!? どこかに行ってしまったんですか?」

「そもそも、一人での行動が多いあの子だったので、その時はまた、何か特別なものを見つけて、衝動的に走って行ってしまったんだろうと思っていました。ですが、外は危険がいっぱい。さすがにほっとくわけにもいかず、手分けして探す事になったのです」


(まさか、先輩がそこまでアグレッシブだったとは……。いや、でも。なんとなく自由な面はあるから、ある意味予想できるか)


「でも、いつもの場所を探してもおらず、だんだん焦り始めました。このまま見つからなかったらどうしよう、どこかで怖い目にあっていたらどうしよう。私は不安でいっぱいになり、涙が出そうになりました。そんな私を、夫は優しく慰めてくれました。その時、詩織ちゃんの両親が私の方に走ってきたのです。両親の後ろを見た私は、我慢していた涙が溢れ、止まらなくなってしまったのです」


(もしかして、後ろにいたのって)


「あなたの両親の後ろには、泣いている詩織ちゃんの手を握っている司の姿。二人は泥や草で汚れていましたが、怪我などはなく安心しました。二人を抱きしめ、私は心から安堵しました」

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