第17話 「ありがとう」

『なに!? ばかな! 人間が我の出した毒に耐えられるなどありえん! たとえ毒に耐性があったとしても、体は溶けるはず。何故無事なんだ!』

「僕、氷鬼家の天才だから』


 翼を動かし、司はカラス天狗に向かう。

 距離を取ろうとカラス天狗は後ろに後退するが、そこには雪女であるヒョウリがいた。

 後ろから手を回され、しゃくじょうを掴んでいる手を冷たい手で掴まれた。


 瞬間、カラス天狗の手は水色に変化、動かせなくなった。


『な、き、貴様……』


 動けなくなったカラス天狗は、目の前から近づいて来る司を恨みの込められた瞳で見る。


 手には刀を持っており、狐の面から見える水色の瞳は、獲物を狙うように鋭く光っていた。


『や、やめ―――』

「あと、これだけは教えてあげるよ、カラス天狗。人はな、守る人が居ればいるほど、強くなれるんだ。 そして、僕は詩織と約束した。最後まで、必ず守るって」


 刀が届く距離まで近づいて来た司に、カラス天狗は震えた。


 目先には刀の先、キランの光を放っている。


「詩織は、僕の初恋の相手で、今も大事な人。僕が、守ってあげるんだ。残念だったね、カラス天狗。僕がいる限り、詩織には指一本すら触れさせないよ。まぁ、今ここで切られるのだから、どうでもいいか」


 言うと、司は刀を振りかぶる。

 カラス天狗は刀を見上げ、逃げようと無理やり体を動かそうとするも、ヒョウリがそれを許さない。


「俺の大事な人を狙った罪、今ここで償え」

『きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!』



 ――――――――ザシュ



 カラス天狗の肩から横腹にかけて、司が刀を振るった。すると、黒い煙が斬られた個所から噴き出した。


 ヒョウリが手を離すと、カラス天狗は下へと落ちる。地面にぶつかる前に、黒いもやとなり、姿を消した。


 周りを埋め尽くしていた黒いもやも、どんどん薄れいく。


「終わった……の?」

「みたいね」


 司がゆっくりと地面に降りると、背中に生えていた氷の翼は弾けるように無くなった。

 詩織と涼香を守っていた結界も一緒に弾け、動けるようになった。


「司、お疲れ様」

「先輩! あの、怪我はありませんか?!」


 二人が狐面を付けている司に近付き問いかけた。すると、彼は狐面を取り、頭をガシガシと掻き二人を見た。


「僕は平気。君達に怪我はない? 気持ち的な物も、大丈夫?」


 心配そうに聞いた司の言葉に、涼香は隣にいる詩織を見る。


「怪我は大丈夫です。あの、守ってくださり、ありがとうごさいます」

「それが僕のやるべきことで、約束だから」



 ――――――――シャラン



 司が微笑みを浮かべながら詩織を見る。その瞬間、彼女の頭の中で綺麗な鈴の音と共に、過去の記憶がよみがえった。

 

 過去にいた少年と、同じ笑顔をうかべ、詩織を見る彼。


(今の笑顔、言葉。しかも、手に持っている狐面。私は知っている、この人を、知っている)


「ん? 僕を見てどうしたの、詩織」


 ジィっと見て来る詩織が気になり、司は狐面を涼香に渡しながら問いかけた。だが、詩織は何も答えず司を見続ける。


 胸元の服を強く掴み、眉を顰める詩織。司は、片眉を上げ彼女に近付いた。


「どうしたんだ、なにかあったか? まさか、今回のでどこか痛めたのか? それなら遠慮せずに言ってほしいんだけど」


 顔を俯かせている詩織が何を思っているのかわからず、司はどんどん焦り始める。

 何を言って、どうすればいいのかわからず、涼香に助けを求めるように見た。だが、肩を落とし、目を逸らされてしまい答えを得ることが出来なかった。


「ちょっ!」

「では、私はこれで失礼するわね。司、逃げないで最後まで守り抜くのよ? 体だけではなく、心もね!」


 そのまま、さらっと狐面を司から奪い取り、涼香は助けを求めている司に目もくれず歩き去ってしまった。

 残されたのは、顔を俯かせている詩織と、どうすればいいのかわからず慌てている司の二人。


「えっと、本当にどうしたの? やっぱり、どこか痛めちゃった?」

「いえ、私は特に何も。痛くもないし、あやかしに追いかけられるのは慣れているので問題はないです」

「それじゃ、なんで顔を上げてくれないの?」

「そ、それは…………」


(だって、だって!! 先輩、確実に過去、私を助けてくれた少年じゃないですか。忘れていたとはいえ、私は今まで恥ずかしいこと言っていたような気がする。なんか、会いたいとか、言っていたし!)


 どんなに質問をしても答えてくれない詩織。顔を俯かせているため、表情を見ることは出来ないが、彼女が纏っている雰囲気で司は何かを察したような顔を浮かべた。


「…………詩織、いや。…………しーちゃん?」

「っ、え、先輩? その呼び方…………」


 いきなり昔の呼び方をされ、詩織は思わず顔を上げ司を見上げた。

 その顔はほんのり赤く、茶色の瞳が揺れていた。


「…………氷鬼司。僕、昔名前が司で、ひょうきって呼びにくいからと、つっくんってある女の子に呼ばれていたんだよね」


(その呼び方、私が昔、ある少年に呼んでいた呼び方と一緒)


「その女の子はいつも一人で公園で遊んでいたり、一人で行動する事が多い印象だったんだ。なんでだろうと思いながらも家にいたら、頭に嫌な予感が走った。何も考えずに走ると、その女の子が走りながら森の中に入っていく姿を見た。その女の子の後ろには、おはぐろべったりがいた。さすがにまずいと思って追いかけたら、案の定。あと、もう少しで襲われそうになっていた。その子が僕の事をこう呼んでいたの。”つっくん”って」


 詩織の頬をなで、微笑みながら言った司の表情に、詩織は口を震わせ目からは大粒の涙をこぼした。


「な、なん、でも、先輩?」

「うん、僕が昔、君と約束した小さな男の子、つっくんだよ。しーちゃん」


 司が言い切るのと同時に、詩織は我慢できず地面を蹴り、思いっきり司に抱き着いた。


「守ってくれてありがとう、つっくん!!」

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