第16話 「俺も加勢しようか」

 司が叫ぶと同時に、カラス天狗から黒いもやのようなものが突如、勢いよく噴射された。


「何!?」


 詩織が驚きの声を上げると、司が口を手で押さえながら詩織と涼香を囲うように結界を張った。


けつ!!」


 黒いもやはたちまち司の姿を覆い隠す。二人は彼の出した結界により守られており平気だが、司の姿が見えなくなり、不安そうに眉を顰めた。


「何が起きたの…………」

「わからないわ。でも、さっきの司の表情からして、このもやは普通ではないことは確か。私達を守る事に必死で、自分の守りをおろそかにしていなければいいのだけれど――それは問題なさそうね」

「え、問題なさそうって…………」

「見てみなさい」


(見てみなさいと言われても、結界の外は黒いもや。見たくても、先輩の姿を確認することが出来ない)


 目を凝らし、詩織がもやの中を見ていると、微かに黒いもの以外の何かが見えた。

 それは結界とはまた違う、でも透明な箱。キラキラと上から降り注ぐ太陽光を反射している。


 ずっと見ていると、それが氷なのだと詩織はわかった。


(こお、り? 中にいるのって、先輩!?)


 氷を四角く作り出し、中で司がしゃがみこんでいた。隣には、手で口元を隠しているヒョウリの姿。冷たい青い瞳は、上空にいるカラス天狗を見ていた。


「このもやは、おそらく毒ガスと同じ成分を持つわ。人間である私達が少しでも吸っていたら、死んでいたかもしれないわね」

「え、そんな危険なものを……?」

「カラス天狗よ、相手。ここまでやるわ。主である大天狗の為なら喜んで命を捧げる者達だもの」


 もやに囲まれている司は身動きが取れない。氷で結界を張っているが、それもいつまでもつかわからない。


『ご主人様、大丈夫ですか?』

「咄嗟にお前が俺に氷の結界を張ってくれたおかげで無傷だ」

『それなら良かったです。ですが、あの者を凍らせるのは、少々難しくなったかと』

「確かにそうだね。さて、どうするか」


 司もヒョウリの目線を追うように上を向く。

 そこにいるのは、間違いなくカラス天狗。だが、見た目が変わっていた。


 今までは人間の姿が残っていたカラス天狗だが、今はもうそんな面影はない。

 足は鳥のように細く、三本指に。手は翼と一緒になり黒く、マスクだったはずの口は本物のくちばしになっていた。


「あれが、カラス天狗の本来の姿」

『そのようです。体も一回り大きくなっておりますね』


 ヒョウリが言うように、体も先ほどより大きいい。まるで、人間より大きなカラスが上空を飛び回っているような光景。


 詩織は口を大きく開け、涼香は眉間を顰め難しそうな顔でカラス天狗を見上げた。


『これが本来の我だ。残念だったな、人間よ。我にこの姿を出させたことは誉めてやろう。だがな、それだけだ。ぬしは今ここで死ぬ、我にこの姿を出させてしまった事によってな』


 勝ちを確信したような口ぶりに、司は舌打ちをこぼした。


「確かに、もう少し早く倒せばよかったと思っているよ。だが、これはこれで情報を手に入れられたとプラスに考えさせてもらおうか」

『情報? どうせここでぬしは死ぬというのに。情報を抜き取ったところで意味などないだろう』


 司とヒョウリはお互い目を合わせ、頷き合う。

 何かを企む二人だが、カラス天狗は気づかない。自分ならこんな人間など簡単に倒せる、そう過信していた。


 そこに、隙が生まれる。


 今まで、カラス天狗は今の姿になって負けた事がない。いつも一瞬で終わらせていた。

 そんな記憶が、今のカラス天狗を鈍らせる。


「あるよ、勝つのは僕だからね」

『なに?』

「ヒョウリを出して、俺は今まで負けた事がない。それだけ、こいつは強い。悪いが、負けるのはお前だ、カラス天狗」


 言うと、ヒョウリが上空にいるカラス天狗へと向かって行く。だが、それは好都合だと言うように、カラス天狗はしゃくじょうを振りかぶった。


『おろかな』


 ヒョウリが目の前まで来ると、カラス天狗がしゃくじょうを斜めに振り下ろす。だが、なぜかヒョウリの姿がしゃくじょうが当たるのと同時に消えた。


 次に姿を現したのはカラス天狗の後ろ、振り向くのと同時に切りつけた。だが、それすら交わされる。


『幻覚か?』

「さぁ、どうだろうな。氷は相手を歪んだ姿で映しだす。本物だと思っても、それは偽物。お前に本物を引き当てる事は可能かな?」


 ばかにするような口調に、カラス天狗の怒りがふつふつと湧き上がり、顔を赤くした。


『本物がわからぬのなら、全体へ攻撃すればよい』


 カラス天狗が右手を前に出すと、どこから黒いもや毒ガスを噴射。今より、辺りの空気が毒に侵される。


「―――なるほどな」


 司を守る氷が解け始めた。

 普通の氷ですら解けないはずの氷が解け始めた事に、カラス天狗はほくそ笑む。


「しょうがない。まぁ。毒には耐性がある。俺も加勢しようか」



 ――――――――パリーン



 司を守っていた結界が音を立て崩れた。同時に、彼の背中に、氷の綺麗な翼が作られた。

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