第15話 『背に腹は代えられん』
『これから何をしようと考えているかわからぬが、我の視界を晴れさせたのはそちらの落ち度だったな。これからは視野が広くなり、我も動きやすくなった。悪いが、こちらも全力でやらせてもらう』
「全力だろうとなかろうと、今の僕には関係ない。こっちは、僕が出せる全力で、お前を倒させてもらうよ」
カラス天狗は両手でしゃくじょうを構え、司はお札に力を込め始める。
「今からここは氷点下、せいぜい凍らないように気を付けるんだな。お前のような、見た目だけはいい男は、こいつの大好物だ―――来い、ヒョウリ」
お札から冷気が突如現れ、一つに集まり始める。風でなびく髪を抑えながら、司は涼香にアイコンタクト。すぐに何を言いたいのか察した涼香は、すぐに詩織の前に立った。
「あ、あの。先輩は大丈夫なの?」
「大丈夫よ、安心して。今の彼を止められるものなど、この場にいないわ。それがたとえ、カラス天狗だろうとね」
勝ち誇ったように言い切った涼香に、詩織は眉を下げながら司を見る。
司は準備が整い、口元に笑みが浮かべていた。
「準備は整ったぞ。さぁ、始めようか」
冷気は司の言葉と同時に弾け、中からは一人の美しい女性が姿を現した。
水色の腰まで長い髪、白い着物に水色の帯。つり目の青い瞳は、目の前にいるカラス天狗を見ていた。
『まさか、氷の妖の中でも上級者しか扱えない式神、雪女を所持していたとはな』
「僕、これでも小さい頃から天才と呼ばれて慕われていたから。力も抑えられないくらい強かったし、これくらい簡単だよ」
お札を握っていた司の手は水色に変色している。雪女を出した反動で、司の身体も冷たくなっていた。
『そう口では言っているが、長くはもたなそうだぞ。大丈夫か?』
「そんなことはないよ、余裕さ。それじゃ、そっちが来ないのなら、こっちが行かせてもらう。ヒョウリ、俺達を襲い、命を狙ったカラス天狗を凍らせろ」
御札を持っている水色に染った手をカラス天狗に向け、ヒョウリに言い放った。
『了解いたしました、我が主。確かに見た目は悪くありません、私のコレクションに加えさせていただくのも良いでしょう』
フフッとヒョウリが笑うと、冷気が辺りに広がり、司の後ろにいる涼香と詩織の身体を震わせた。
『こしゃくな。我を甘く見るでないぞ、こあっぱ』
シャラン
カラス天狗が大きく錫杖を振ると、ひときわ大きな音が鳴り響いた。瞬間、この場にいる全員が体にしびれるような感覚が走り、身を震わせる。
「な、何が!?」
「やってくれたわね。私がせっかく破壊したのに、また、自分有利な結界を張ったのね」
(え、結界? 結界って、私達を閉じ込めるだけの物じゃないの? それを今張ったところで、誰も逃げる訳もない。結界を張ったところで無意味なんじゃないの?)
司とヒョウリは何故か周りを警戒し始めた。
『主、周りをすべて凍らせ、おびき出しますか?』
「まぁ、待て。お前なら相手が動き出してからでも対処可能だろう。こちらが手の内をさらし過ぎてもまずい」
『信じていただけて光栄です。了解いたしました』
二人の会話など聞こえていないカラス天狗は、しゃくじょうを再度振る。
シャラン
綺麗な音が響くと、カラス天狗の影が司へと伸び始めた。そこから、カラス天狗と同じ形をしている影が数体、現れた。
「なるほど、影を操る空間か。確かにこれは、自分で結界を作り、太陽の光などを無効にしなければ成り立たないな、効力を最大限発揮するための結界という事か」
(結界で効力を最大限? 結界を張ったのは、空に浮かぶ太陽の光を遮る為。自分で太陽の光を調整し、影を操りやすくする為って事? 見た目は何も変わらない住宅街。でも、これも簡単にカラス天狗は変えられるという事なのか)
影が、黒いしゃくじょうのような形のものを持ち、一斉に司とヒョウリに襲い掛かった。
「ヒョウリ、凍らせろ」
『了解いたしました、ご主人様』
ヒョウリが司の言葉に答えるように、口元を抑えていた手を離し、青い唇を動かし口を開いた。
「ふぅ」
ヒョウリは白い息を口から吹く。
息は、影で作られたカラス天狗を包み込んだ。
『なっ、まさか……』
白い息に包まれた影達は、何もできないまま凍らされ、動かなくなった。
動こうともがいているのか、氷がピキピキと音を鳴らす。それでも、抜け出す事が出来ず、動かせない。
「雪女の氷は、普通の火でも溶かす事が出来ず、どんなに力がある者でも簡単には壊せない。そんな硬い氷を、お前は壊せるかな?」
勝ち誇ったように問いかける司に怒りが芽生え、しゃくじょうを握るカラス天狗の手に力が込められる。
『我をぐろうするか。よかろう、貴様も一緒に連れて行こうと思ったが、それはやめた。今、ここで、貴様を死なせてやろうぞ!!』
叫ぶと、氷に動きを封じ込められていた影達が、氷もろとも弾け粉々となった。
次に何が来るのか警戒していると、カラス天狗自らが上空に移動、上から下にいる者達を見下ろし始めた。
『これだけはどうしても出したくなかったが、仕方がない。背に腹は代えられん』
言うと、カラス天狗は自身の右目を覆い隠す。何が始まるのかと見ていた司だったが、いち早くカラス天狗の異変に気付き、詩織達に叫んだ。
「今すぐ、出来るだけ遠くに逃げろぉぉおお!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます