第10話 「僕に任せて」

 司と詩織は、出会ったその日からずっと一緒に登下校していた。


 最初は周りからの目線が気になり気まずい表情していた詩織だったが、今となっては慣れて気にならなくなった。


 司の性格にも慣れ、詩織は普通に話している。


 今も二人で話しながら下校していた。


「最近、僕といない時、あやかしには追いかけられたりする?」

「いえ、先輩からもらったお守りのおかげで、最近はあやかしに追いかけられていないです」

「そう、それなら良かった」


 詩織は、スマホにつけているお守りを手にし、安心したような笑みをうかべた。


「まさか、スマホのキーホルダーとしてお守りを持ち運ぶなんて思ってなかったけど」

「だって、このお守り、見た目もものすごく綺麗なんですもん。藍色地に水色の氷の結晶が散りばめられているこのデザイン、私好きなんです」


 ふふっと笑い、スマホを大事にポケットに入れる。そんな彼女を、司はなんとも言えないような表情を浮かべながら見ていた。

 頬をポリポリと掻き、何かを誤魔化すように空を見上げた。


「それにしても、本当にこのお守りってすごいですね。今まで一日に一回は必ず追いかけられていたのに、今はまったくと言っていいほど寄ってこなくなりました。これ、中には何が入っているんですか?」


 空を見上げる司に詩織が声をかけるも、目線は空を見上げたまま。

 司は、端的に答えようと口を開いた。


「あぁ、言っていなかったか。その中には―――」


 説明をしようとした司だったが、なぜか急に足を止めてしまった。

 一歩先を歩いていた詩織もつられるように足を止め、後ろを振り向いた。


「どうしたんですか? 空に何がっ―――」

「っ、逃げろ!!!!!」


 空を見上げていた司が急に叫び、詩織の背中を押し、前方に飛ばした。

 

 いきなり押されてしまい、何が起きたか理解できない彼女の目に入ったのは、上から降り注ぐ黒い羽根と、痛みで顔を歪める司の顔だった。



 ――――――――ザザザッ!!!



「先輩!!!!」

「ぐっ!」


 背中を押された勢いのまま、詩織は地面に転んでしまった。


「いたた……。っ、せんぱっ―――」

「立って、走って!!!」

「え、きゃ!」


 司が詩織の手を掴み立たせ、走り出した。


「先輩!? 怪我したんじゃないんですか?!何があったんですか!?」

「ただ掠っただけだから問題ない。ちょっと、厄介なあやかしに見つかったから、今は後ろを気にしないで、走ることに集中して」


 改めて彼を見ると、手や頬は確かに軽く切った程度で済んでいるのがわかった。


(厄介なあやかしって……。まさか、私が呼び寄せてしまったの……?)


 不安げに後ろを振り向こうとする詩織に、司は手を強く握り、自分に集中するように横目で見た。


「以前、紅井神社から電話はあったんだけど、やっぱり僕の氷は効かなかったみたい」

「え、氷?」

「君に渡したお守り、中には僕が作り出した氷が入っているの。僕の氷は魔を寄り付けさせないから、お守りには適しているんだよね。でも、さすがにあそこまで強いあやかしには効かないみたいだなぁ。やっぱり、もっと強力なお守りを作らないといけないか」


 詩織が司の説明を聞くと、後ろが気になりおそるおそる振り向く。そこには、大人の男性位の大きさはある人影が、こちらに向かってきていた。


 だが、こちらに向かってきている人影は、普通の人ではない。


 黒い翼が背中から生えており、口元にはくちばしのようなマスク。目元には黒い布、手には僧侶そうりょが握っているような杖、しゃくじょうが握られていた。


 見た目的には”変”と思うものの、怖いとは感じない。

 今追いかけてきているあやかしより、今まで追いかけてきていた、人の形をしていないあやかしの方が詩織にとっては怖かった。


「あの、あの人は一体……」

「見た目で判断したらだめだよ。あれは、人を捕まえると自分の主、大天狗に持って行って食料にしてしまうあやかし、カラス天狗。自由に空を飛び、上から人を狙いさらってしまう」

「え、それじゃ。今回私、捕まったら……」

「うん。確実に大天狗の食料にされてしまうよ」

「そ、そんな。そんなの、嫌です!!」


 説明を受けた詩織は顔を真っ青にし、助けを求めるように司に言う。すると、詩織の手を掴んでいる司の手に力が込められた。


「大丈夫、大丈夫だよ。必ず、僕が君を守るから。だから、安心して」


 少しだけ振り向いた彼の顔は笑っている。

 詩織は、そんな彼の表情に目を輝かせ、力強く頷いた。


「でも、さすがに僕一人では難しいと思うから、紅井神社に行って涼香に助けを求めよう。そこに置いてあるものを取りに行くついでに」

「え、なんで先輩、お姉ちゃんのこと知っているんですか? それに、置いてあるものって……?」

「それは後で説明するよ。今は逃げる事に集中して。あっちは飛んでいるから、時期に追いつかれる」


 後ろをもう一度振り向くと、さっきよりカラス天狗の姿が大きく映った。

 それはつまり、少しずつでも距離が縮まっているという事。


「ひっ!?」

「このまま走り続けて!! 神社に向かって!!」


 ――――――――バッ


 司は詩織の腕を引き、前へと送った。

 自分はその場で立ち止まり、一枚のお札を取り出した。


「先輩!!」

「足を止めるな!! 出ろ、ユキ!」


 一枚のお札をカラス天狗に向けて投げた。

 白い空気に囲まれ、白い着物を着ている小さな女の子、ユキが御札から現れた。


『ご主人しゃまにちかづくなぁぁああ!』


 両手を上に上げ、「ていや」と何かを落とすそぶりを見せた。


(まさか、先輩、私を逃がすためにおとりに? 一人では難しいって言っていたのに!!)


「先輩! まさかおとりになるつもりですか!?」

「っ、何でまだいるの!? ユキが足止めをしている時に早く行って!」

「でも!! 先輩を置いてなんていけません!!」


 ユキが上から降らしたのは、特大の氷。カラス天狗の上に振らせ、閉じ込めた。


 だが、今にも破壊されそうにガタガタと震えており、そう長く持ってはくれない様子。


「僕は大丈夫だから、早く神社に向かって!」

「本当に大丈夫と言い切れますか!? 絶対に神社に来てくれると、言い切れますか!?」

「言い切れっ―――」


 ”言い切れる”


 そう言おうとした司の言葉が、途中で止まる。


 司の目線の先にあるのは、詩織の不安げに揺れるまなざし。


 微かに揺れている瞳。何か間違えた言葉を言ってしまえば、詩織は崩れてしまう。そのように感じてしまう程もろく、不安定な瞳だ。


 もし、ここで司が”言い切れる”と言って詩織を安全な神社に向かわせ、司がカラス天狗に負けてしまったら。

 もう二度と、司と詩織が出会えない。そうなってしまったら。

 詩織は生きる事が叶ったとして、それは幸せなのか。


 司は開きかけた口を閉ざした。下唇を噛み、カラス天狗の方に顔を向けた。


「せんぱっ――」

「ここに居たいのなら、君は絶対に僕から離れないで」


 詩織の言葉にかぶせ、司が言い切った。


「安心して、君を死なせたりはしない。あとは、僕に任せて」



 ――――――――シャラン



(え、先輩? これって……)



 詩織の頭の中に、過去の映像が鈴の音と共に蘇る。その光景は、森の中であやかしに襲われていた時のもの。


 自分よりも背が小さそうな藍色の髪をしている、狐面の少年。その少年と、今詩織を守ろうとしている司が、彼女の頭の中で重なった。

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