第9話 「人を守るのは」

「お待たせ、これよ」


 数十分後に、部屋を出て行った母親が戻ってきた。その手には、所々が破れている古い本。

 表紙は黒ずんでおり、何が書いてあるのかわからない。

 

 そんな本を目にした司は、眉をひそめた。


「それ、めっちゃ古くない?」

「えぇ。ものすごく古くて、翻訳すらされていないからあなたは読めないわよ」

「まじか……」


 そう言われても中は気になるため、ひとまず本を受け取り中を見てみた。


「…………うわぁ、これは確かに読めない」


 中は今の漢字ではなく、昔に使われていた筆記体。文字も蛇のように繋がっており、今の司では全く読めないものだった。


「私も一苦労したわ。でも、これは読まなければならないと思ったの。必ず、私が欲しいと思う情報が書いていると、そう感じたから」


 司から返された本を大事に手で撫で、母親は微笑んだ。


「母さんって、昔から勘が鋭いの?」

「あら、そういえばそうね。あなたのお父さんとの出会いも、なんとなく私が向かったカフェだったもの」

「あ、そうなんだ。知らなかった」

「今は関係ないわよ。それより、この中に書かれている内容を話すわ。しっかりと記憶に刻みなさいね」

「ものすごく気になるところで切ったなぁ。まぁ、わかったよ」


 頷いた司を見て、母親は本を開き話し出した。


「この本は詳しく書かれていないのだけれど、もう何十年も前からあるみたいよ。ある巫女の日記。書かれているのは普段の日常なのだけれど、その中で気になる内容が多々たたあるわ。まず一つ目、この巫女も詩織ちゃんと同じ体質を持っていたみたい」


 司は聞き逃しがないように真剣に聞いていた。


「その体質について悩んでいたのは詩織ちゃんと同じらしいのよ。でも、どうすることもできないとも書かれているわ。その理由は、巫女さんの体に流れている血。その血にはあやかしの血が混ざっており、匂いに惹かれ他のあやかしが近寄ってきている。と、書かれているわ」

「なるほど。でも、それだけでなんであやかしは巫女を狙ったんだ?」

「その血は普通のあやかしではなく、日本三大妖怪に該当する一体、”鬼”だからよ」

「っ、まさか。その血が、詩織にも流れているというのか?」

「そうだと思うわ。この巫女さんも、どうすることも出来ないと諦めてしまったみたい」


 目を伏せ、母親はここで話を終わらせた。

 司は目を開き、母親から聞いた話を頭の中で何度も再生させる。


「鬼の血が混ざっている。だから、あやかしがよってくる。でも、鬼の血が混ざっているからって、なんであやかしに狙われないといけないの?」

「鬼の血は、他のあやかしからしたら喉から手が出るほど欲しいもののはずよ。あやかしの血は、あやかしを強くする。人間の血も、あやかしにとっては美味。その二つが一人を食べれば補えるとなったら、狙われてもおかしくないわ」

「あぁ、なるほど。確かにそれは、狙われてもおかしくはないか」


 顎に手を当て、考えている司。


 体質なのならどうにかできる可能性もあったが、体内に流れている血が原因なのなら、治すことは難しい。


 眉間にしわを寄せ、難しい顔を浮かべた。


「それは確かに、治すことができないかもしれない。嘘でしょ、これじゃ僕は、どうやって詩織を守ればいいの」


 危険にさらされている詩織の姿を頭の中で思い出し、司は顔を青くする。


 お守りを渡したからと言って、必ずしも安心とは限らない。効果も、司が近くにいることにより最大限発揮することができるだけで、離れてしまっていたら力は半減。


 不安が司の胸を占め、眉を下げてしまった。


「何を言っているの?」

「え、何って?」

「あなたはしっかり、今もあの子を守っているじゃない。今も、あの子について考え、守ろうとしている。それ以上に何をしなければならないの?」


 まっすぐと母親に見られ、司は何も言えなくなった。


「あの人がね、いつも言ってた言葉をあなたにも教えてあげるわ」

「な、なに?」

「”人を守るのは口で言うのは簡単だけれど、実際行動を起こすのは難しい”。これは他のことにも言えることよ。何かをしたいと口に出すのは簡単。けれど、行動を起こすのはとても難しいことよ。気力、体力、知識。そして、絶対にやり通すという強い心。これがすべて必要なの。今まであなたはそれすべてを使い、頑張って守ろうとしてきたわ。今できる最大限をしているの。それ以上のことをしようとすれば、今のあなたでは途中で倒れ、大事な時に駆け付けることが出来なくなるわよ」


 不安そうに顔を青くする司の頬をやさしく撫で、安心させるように言い切る。そんな母親の手にすり寄り、司はそっと目を閉じた


「確かに、そうかもしれないね。無理しすぎてまた倒れてしまえば、詩織が襲われた時、駆け付けることができない。それだけは絶対に避けないと」

「そうよ。体調管理、しっかりできるのでしょう? もう、中学三年生なんだからね」

「…………黙れ――いててててててて!!!!」

「あらぁ? 今、母親に言ってはいけない言葉が聞こえたような気がしたわ。気のせいかしら?」

「ごめんなさいごめんなさい!!」


 母親は司が”黙れ”と言った瞬間、彼の耳をつかみ引っ張った。

 涙目になりながら離すようにお願いするが、黒い笑みがそれを許さない。


 部屋の中には母親の黒い笑い声と、司の助けを求める声が響き渡った。

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