脅威 カラス天狗

第8話 「お似合いだと思うわよ」

 放課後、詩織を家に送った後、司は自身の家に帰り自室で本を読んでいた。


 司の家は木造の一軒家。庭があり、自然に囲まれた和風な家。

 部屋の中も、畳。普段の服は草色の着物。


 深い緑の羽織を肩にかけ、正座をしながら机に向き合っていた。


 手には分厚い本。表紙には何が書いているのかわからない文字。

 昔の人が書いてたような、すべての文字がつながっている蛇文字。


 そんな本を眼鏡をかけ、真剣に司は読んでいた。


「…………やっぱり、ヒントすらないか」


 本をパタンと閉じ、眼鏡をはずし外を眺める。


 彼のいる部屋から見える外は、緑と青空のみ。かすかに開いている窓からは気持ちの良い風が入り込み、司の藍色の髪をふわふわと揺らしていた。


「どうやったら、あいつの体質を治すことができるんだろうか」


 揺れる瞳で外を眺めながらぼそりとつぶやく。すると、襖の外から女性の声が聞こえた。


『司、入ってもいいかしら』

「いいよ」


 中に入ってきたのは、藍色の髪を右の耳下で緩く結び、青色の着物を着ている美しい女性。釣り目の黒い瞳を司に向け、近づいた。


「どうしたの、母さん」

「いえ、涼香ちゃんからのお電話がどうしても気になってしまってね。気持ちが落ち着かないのよ」

「あぁ、危険なあやかしがこの街に来ているって話?」

「そう。大丈夫かしら」

「その時が来たら対処するよ。それ以外、出来る事も特にないしさ」

「それもそうだけれどね…………」


 司の隣に腰を落とし、母さんと呼ばれた女性は眉を下げる。


「本当に大丈夫だよ。僕も普段から警戒しているし、安心して」

「まぁ、それも心配ではあるのだけれどね。もう一つ、心配要素があるのよ」

「なに?」

「あなた、学校から帰ると調べ物をすることが多くなったじゃない。昔のように」

「あぁ、まぁ、そうだね」

「また、無理をしていないか不安なのよ。あなたが中学校一年生の時なんて、あやかし退治と学校、調べ物で体を休めることはせず、ずっと動いていたから体を壊してしまったじゃない。学校から倒れたという電話が入ったときは、心臓が口から出そうになったわよ」


 やれやれと肩を落とし、息を吐く女性の名前は氷鬼喜美ひょうききみ。司の実の母親で、司が唯一怒らせてはいけないと思っている人物。だが、普段は優しいため、恐怖心はない。


「その時はごめん。でも、僕ももう中学三年だよ? さすがに体調管理くらいはできるよ」

「それでも心配になるのが親というものなの。あなたは”あの人”と同じで、一つのことにのめり込むと周りが見えなく傾向にある。私が気にしてあげなければ、あなたはまた倒れるわ」

「まさか言い切られるとは思わなかったなぁ。というか、父さんってそういうタイプだったの?」


 隣に座っている母親に体ごと向き直し、司は聞いた。


「えぇ、あの人が病で倒れる前は、本当に何事にも一生懸命――ではなかったけれど」

「なかったんかい」


 母親の言い回しに苦笑いを浮かべ、司はツッコミを入れる。


「でも、興味の持ったものに対しては本当に真剣で、まじめで、周りが見えなくなるくらい一生懸命に頑張る、素敵な方でしたよ」


 いつも無表情だった母親の優しげな笑顔。司は目を細め、視線を横にそらした。


「ふーん。母さんはそういうところのある父さんを好きだったんだ」

「そうね、好きよ。いまもね」

「なんか、いいなぁって思う」

「あら、あなたにもいるじゃない。そういう相手が」

「・・・・・・・待って?」


 司は母親からの言葉に一瞬頭がフリーズ。すぐに気を取り直し顔を真っ赤にした。


「な、なん、え?」

「詩織ちゃんでしょ? お似合いだと思うわよ」

「だから待って? 頭が追い付かない。僕、母さんにそんな話したことないよね?」


 身を乗り出す勢いで司は母親に聞く。そんな彼の様子がおかしく、母親は口元に手を持っていきクスクスと笑った。


「ふふっ、あなたは本当にあの人と同じでわかりやすいわね」

「はぁ…………?」


 顔を隠した手を放し、司は母親を見た。


「今回の調べ物も、詩織ちゃんの体質を治すためでしょう?」

「…………まぁ、そうだけど」

「それなのだけれどね。もしかしたら、体質の問題ではないかもしれないわよ」

「っ、それって、どういうこと?」


 確信したような母親の物言いに、司は目を開き驚いた。


「私も独自で調べていたのよ、あの子の体質について。あの子の両親からも頭を下げられてしまっていたからというのもあるけれどね」

「あ、そうだったんだ。それは知らなかったなぁ」

「あなたに言ってしまったら、あの時よりもっと無理をすると思ったから言わなかったのよ。それより、本題に戻るわよ」

「う、うん。なんで母さんは、詩織の今の現状を体質ではないと言い切れるの?」


 正座を直し、改めて司は母親に聞いた。すると、母親は顔を下げ、目線を落とした。


「詩織ちゃんのあやかしを寄せ付けてしまう体質、これは先祖が関わっている可能性があるわ」

「せ、先祖? それはまた、なんで?」

「調べていると、先祖について書かれている本を見つけることができたの。なんとなく気になってしまって、中を読んでいた時、気になることが書かれていたわ。今、その本を持ってくるから少し待っていてくれるかしら?」

「わかった」


 言うと、母親は立ち上がり司の部屋を後にした。

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