第7話 「会いたいです」

 司の困惑など気づかず、詩織は頬を染め、照れているような表情で話の続きを話す。


「その人とはね、私が黒い歯の化け物に追いかけられて、森の中で隠れていた時に出会ったの。あやかしに見つかって、逃げられないと諦めた時、風と一緒に現れてあやかしを倒してくれたの! そしてね、私を守ってくれるって言ってくれたんだよ!! それからは私と一緒に居てくれてね、あやかしに襲われた時は必ず倒してくれたの! 私、本当にその人には感謝の気持ちでいっぱいなんだ!」

「へ、へぇ…………」

「でもね、その人。目元を狐の面で隠してしまっていたから、素顔を知らないんだぁ。その人と私はずっと一緒に居るんだと、私は思っていたの。いや、一緒に居たいと、思っていたんだと思う」

「…………へー。それは何で?」


 頬をぽりぽりと掻きながら気まずそうに顔を逸らし、司は聞いた。


「うーん。私から離れていかなかったから、私の話を聞いてくれたから。私とずっと一緒にいてくれたから。理由はたくさんあるけど、一番は、約束を守ろうとしてくれた事かな」

「約束を?」

「うん。私を守るって約束。私が引っ越すまではずっと一緒に居てくれたし、絶対に守り通してくれたの。私が引っ越す、その日まで。いや、その日でも、私を守るため、ずっと一緒に居てくれた。だから、かもしれない」


 またうつむいてしまった詩織。司は横目で彼女を見るが、横髪によって表情が隠れてしまいどのような感情で話しているのかわからない。


 気になり、司は顔を覗き込む。すると、詩織と目が合った。


「あ」

「え、な、なんですか!!!」

「いや、どんな表情しているのか気になって」

「気にならないでください!」


 ぐいっと司を押し返し、顔を背けた。


(まったく、デリカシーがないんだから!)


 頬を膨らませて怒っている詩織をよそに、司は片手で口元を隠していた。目元は髪で隠れてしまい見えないが、頬が赤く染まっているのは確認できる。


「あ、そうだ」

「っ、え、な、なに?」

「そういえば、氷鬼先輩も氷であやかしを倒してましたよね?」

「そうだね、僕は基本氷の技しか使わないから」


 思い出したか。そう思い、期待の込めた目で司は詩織を見た。だが、その期待は見事に裏切られる。


「もしかしたら、あの男の子、氷鬼先輩の知り合いかもしれないです! 近くにいないですか!? 目元に狐面を付けていた人! 私、その人に会いたいです!」



 ――――――――ガクッ



 詩織の言葉に項垂れ、小さな声で「いねぇよ」と呟く。


「いない…………なら、氷鬼先輩の知り合いじゃないのか……。会いたかったなぁ」

「どうして、そんなに会いたいの?」

「え、そ、それは、その、あの…………」


 聞かれた質問に、すぐ答える事が出来ず、何故か詩織はもじもじし始めた。頬をかすかに染め、髪を指でくるくると回す。


(だって、なんか。恥ずかしいんだもん。小さい頃に会った人、私がつっくんと呼んでいた人。その人が、私にとっての初恋相手だったから何て。絶対、先輩に言ったら鼻で笑われるか馬鹿にされる!!)


 司からの視線に気づかないくらい必死に誤魔化そうとしている詩織。

 今何を聞いても答えてくれないだろうと瞬時に感じ取った司は、ため息を吐きながら再度青空を眺めた。


「…………目の前にいるんだけどなぁ」

「ん? 何か言った?」

「何にも」

「??」


 よくわからない顔を浮かべている詩織を無視して、司は立ち上がった。


「もう休み時間が終わる。教室戻るぞ」

「あ、はい」


 司が先に屋上から出てしまい、置いていかれないように駆け足で詩織もついて行く。



 ドアがパタンと閉まると、誰もいなくなった屋上に黒い影が空から降ってきた。

 背中には黒い翼、手にはしゃくじょう。口元にはくちばしのマスクを付けている。目は黒い布で隠されていて見る事が出来ない。


『あの女が、大天狗様が欲してい鬼の血が混ざっている人間か。あの人間を捉える事が出来れば、この世に存在するあやかしを統べる事など造作もない』


 クククッと喉を鳴らし、黒い霧がその人を包み込み、その場から姿を消した。

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