第6話 「あやかしに好かれるの」

 地面にしゃがみ、額を抑え痛みに耐える司を見下ろし、涼香は腰に手を当て仁王立ち。眉を吊り上げ、口をとがらせている。

 見るからに怒っている彼女に、司はなぜ怒っているのかわからず困惑するばかり。目を丸くし、見上げていた。


「目、覚めた?」

「え? 目が覚めたって、何が? 普通に痛かっただけなんだけど……」

「不安に思っていても仕方がないって事よ。今できる事を全力でやっているのでしょう? なら、それを続けなさい。貴方の実力なら、必ずあの子を守れるわ」


 優しい笑顔を向けて言い切る涼香に、司は一度顔を下げ目を逸らした。だが、すぐに立ち上がりいつもの無表情になる。

 涼香を見下ろす瞳には力が込められており、決意が見えた。


「悪かった。ありがとう」

「まったく、世話の焼ける弟ね」

「あんたの弟になった記憶ないんだけど」

「もう、小さい頃からずっと一緒に居たのだから、弟じゃない!」

「はいはい」


 仕方がないというように肩を落とし、ポケットに手を入れた。


「それじゃ、僕は行く」

「無理するんじゃないわよ」

「うん」


 そのまま司は鞄を持ち直し、神社から出て行く。その後ろ姿を涼香は見届け、ほうきで掃除をし始めた。


「まぁ、見た目とか雰囲気、結構変わったものねぇ、司。気づかないのも無理はないかぁ」


「ふふっ」と笑みを零し、楽しそうに言葉を零す。空を見上げ、太陽の光を手で遮った。


「あの二人のこれからは、どうなるのかしら。楽しみ楽しみ――――っ!」


 空を見上げていた涼香の瞳が突如、大きく見開かれた。彼女の視線の先には、青空に浮かぶ黒い影。


 人間の身体に黒い翼が背中に生えている。手にはしゃくじょうと呼ばれる棒。足元は下駄。笠をかぶっているナニカ。

 涼香は目を開き、ほうきをカランと落としてしまった。


「あれって、もしかして―――…………」


 慌てたように神社の中に入り、どこかに電話をした。そんな彼女の目線の先には、壁に引っかかっている目元だけを隠すように作られている狐面。


「あ、もしもし。少し……いえ、危険なあやかしが向かってきているわ。もしかしたら、大きな戦いが待っているかも──……」


 ※


 次の日、詩織はいつものように学校に行く準備をしていた。お守りを忘れないようにしっかりと持ったことを確認し準備完了。


 親に行ってきますを言って、玄関から出た。

 昨日までは外に出た瞬間に何かが襲ってきたり、視界に入ったりしていたが、今日はお守り効果なのか、何もいない。


(これ、本当に効果があるのかな。それか、今回たまたま何もいなかっただけ? 油断をするなと言われているし、警戒を解かないように今日も学校に行こう)


 周りを警戒しながらいつもの通学路を歩き出す。普通に歩いているように見えるが、目だけは周りに向けられていた。


(警戒は解かない、警戒は解かない)


 油断しないように同じ言葉を心の中で呟いていると、曲がり角で人影がある事に気づき足を止めた。


「っ!?」


 あやかしが襲ってきたのかと後退すると、曲がり角から現れた人は見知った青年だったため、すぐに警戒を解いた。


「警戒するのはいい事だが、疲れないか?」

「あ、氷鬼先輩!!」


 角から姿を現したのは、眉を下げ呆れた顔で詩織を見下ろす司だった。


「むっ、なんでここに居るんですか」

「君、本当に僕の話を聞いていないね……。いいけど……。これからは一人で行動は禁止、登下校は僕と一緒、わかった?」

「それ、本気だったのですね…………」

「当たり前。僕は嘘を言わないし、見栄も張らない。思った事、やるべきことしか言わないから、疑わないで」


 はぁ、とため息を吐く司に、詩織は目を離せない。

 見つめていると、過去に出会った一人の少年が頭を過り、詩織は一瞬目を開いた。


「ん? どうしたの?」

「っ、な、んでもありません」


 詩織の異変に気付き、司は声をかけるが笑顔で何でもないと言われてしまった。何も言葉を返す事はなく、司は小さく頷く。


「そっか、それならもう行こう。時間には余裕があるけど、何があるかわからないからね」

「あ、はい」


 先行して歩き出してしまった司の後ろを、詩織は慌てたように追いかける。その時、彼はなぜか空を見ており、何かを探すように目をさ迷わせていた。


 ☆


 学校生活を普通に送ろうとしていた詩織は、司の意外な行動に深いため息を付きながら、今は屋上でお昼ご飯を食べていた。

 隣には当たり前のように司がパンを咥え、青空をぼぉっと眺めている。


「あの、氷鬼先輩」

「なに?」

「どういうつもりですか?」

「何が?」

「何がって…………」


 自然と箸を掴む手に力が入る。司に顔を近づかせ、勢いのままに今日の出来事を振り返った。


「休み時間になる度私の教室に来て私を呼び、どこかに行こうとすればついてきて。周りからの視線がものすごく痛いんです!!」

「視線? そんなに視線あった? 僕は気にならなかったけど」


(あれで気づかないのは貴方だけでしょ!!)


 周りの人は、なぜ学校では他人に冷たく、氷の王子と呼ばれている司が今まで一切かかわりがなかった詩織に執着しているのかわからず。驚きのあまり、二人を見ていた。

 その視線に気づかず、司はずっと詩織と出来る限り一緒に居るように行動していたため、彼女は気まずさと恐怖で今日一日を過ごしていた。


「あの、一応学校内ではあまり私と話さない方がいいと思いますよ」

「なんで?」

「…………今までかかわってきていない人同士が関わっていたら不審に思うじゃないですか。周りが」

「それ、気にする必要ある?」

「あります!! 先輩も変に注目されるの嫌でしょ?」

「注目されてなかったからよくない?」

「注目されていました!!


(本当にこの人、自分がどれだけ有名人か理解してない。いや、そもそも、他人に興味が無いから気にならないのか)


 ため息を口からこぼし、最後の卵焼きを頬張る。


「ごちそうさまでした…………」

「おそまつさまでした」


 お弁当を風呂敷で包み、司と同じく青空を眺める。

 雲が風に乗り横へと流れ、太陽が二人のいる屋上を照らしていた。光り輝く青空、透き通っており、綺麗でずっと見ていられる。


 二人はお互い何も言わなくなり、静かな空間が進んでいた。その時、詩織は隣に座る司を横目で見る。


「あの」

「なに?」

「氷鬼先輩は、空が好きなんですか?」

「え、いきなり何で?」


 目を丸くし、司は詩織を見た。


「なんか、昨日も屋上でごはんを食べている時、空を眺めていたような気がしたんですが……」

「あぁ、なるほど。よく見てるね」

「まぁ、人の視線や行動は意識していますので……。昔から……」

「昔から?」


 司が再度問いかけると、詩織は顔を俯かせて小さく頷いた。地面に視線を落としたまま、小さな口を動かし話し出す。


「昔からなんです。私、化け物――あやかしに好かれるの」


 ゆっくりと話しだした詩織の邪魔をしないように、司は口を閉ざし彼女を見つめ聞く体勢になった。


「子供のころからあやかしに追いかけられていたから、ずっと逃げ回っていて。せっかく出来た友達と一緒に居る時でも関係ない。時間、タイミング、場所。すべてを無視して私にあやかしは向かってくる。向かってきたら、私はどうしても逃げないと殺されてしまう。周りの人は、一緒に遊んでいたり、話していた私が急に前ぶりもなく叫びながら逃げるもんだから、いつも離れてしまって一人ぼっち。誰も私に近付かなくなって、声すらかけてくれなくなり、近づくこともなかった。ずっと一人、家族は私の手を握ってくれているけど、それでもさみしくて、さみしくて。でも、一人でいる時より、なにより、一度友達だと信じた人が離れてしまう方がよっぽど怖くて、悲しい。だから、周りの人を見て、出来る限りかかわりを薄くし、一人で生活する事を選んだんです」


 お弁当を掴む手が強くなる。司はそんな彼女を見て、咄嗟に右手が動き彼女へと伸びた。

 彼女に司の手が触れる手前、急に勢いよく顔を上げたため、手がぴたっと止まった。


「でもね!!」

「お、おう」


 さっきまでの雰囲気とは違い、ワクワクしているような表情に、行き場のなくなった手を空中でさ迷わせ、司は目をパチパチさせた。


「一回だけ、私があやかしを見える事を知っても、離れてなかった人が居たの。それだけじゃなくてね! 私をあやかしから守ってくれたの!! 氷で!!!」

「――――――――ん?」


 思ってもいなかった話をされ、司は思わずきょとんとし、聞き返してしまった。

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