第5話 「勘弁して」

 詩織は、なんとか赤く染ってしまった頬を冷まし、再度司と歩き始めた。


 お互い、何も話すことなく無言のまま歩いていると、無事に詩織の家に到着。二階建ての白い壁に赤い屋根の大きな家にたどり着いた。


「ここが、君の家?」

「そうですよ」

「なら、これからは毎朝ここにお迎えに来ればいいだね」

「それだけはやめてください!」


 再度顔を赤くしてしまった詩織を、司は無表情のまま見て返事をしない。

 

「先輩!! それはやめてくださいよ?!」

「ほら、早く家の中に入らなくていいの? 僕が近くにいるからと言って、あやかしが寄ってこないなんて確証はないんだよ? 寄ってきたら普通に倒すけど」


 司が言うと、詩織はプルプルと身体を震わせながらも、これ以上は何を言っても流されるだけだと悟り、ガックリと肩を落とした。


「わかりましたよぉ……。今回はありがとうございました」


「ではっ」と、詩織は無言で頷いた司に言い残し、ドアノブを回し家の中へと入っていった。


 しっかりと家の中に入ったことを確認した司は、目の前に建っている詩織の家を見上げ、ボソリと呟いた。


「この家には結界が張られているみたい。安心だけど、僕がやりたかったな……」


 ふぅっと息を吐き、司はその場からやっと動きだした。


 歩き出した司は、ポケットから一台のスマホを取りだし、操作をし始める。

 他に持っているスマホの画面に映っているのは電話帳、”紅井涼香あかいすずか”と書かれている所をタップ。下の方に出てきた受話器のボタンを押すと、呼び出し音が鳴った。


 耳に当てると、何回か後に女性の声が聞こえた。


『もしもし、どうしたの司』

「涼香、これからそっちに行ってもいい?」

『別にいいけど、またお母さんと喧嘩をしたの?』

「してないよ。というか、それ何年前の話をしているのさ。そうじゃなくて、聞きたい事があるの」

『なぁに?』

「それはこれから行ったら話すよ。とりあえず、詩織についてとだけは言っておく」

『あぁ、なるほどね。わかったわ、待ってる』

「うん、今から行く」


 それだけを言うと、電話を切った。

 司は、そのまま家に帰ることはせず真っ直ぐ、詩織がよくお世話になっていると言っていた紅井神社へと向かう。


「まさか、同じ学校だったなんて。体質も、かわってなかった」


 下に向けられた水色の瞳が微かに揺らぎ、不安が滲み出ている。だが、すぐに拳を強く握り、真っすぐ前を見た。


「絶対に、今回も守り通す。僕が、しぃーちゃんを――………」


 ※


「こんにちは、なんだか久しぶりね」

「まぁ、ここに来ること事態少ないからね」

「仕事の話をする時しか来ないからゆっくりもしてくれないし、お姉ちゃんは悲しいぞ」

「はいはい」


 紅井神社にたどり着くと、巫女の姿をしている女性が出迎えた。

 お姉ちゃんと言い、わざとらしく悲しんでいる女性は、紅井神社の一人娘である紅井涼香あかいすずか

 明るい茶色の長い髪を後ろで一つに結っており、動くたび左右にゆらゆらと動いている。茶色の瞳を司に向け、ほうきを持ちながら近付いて行った。


「もしかして、やっと再会したの?」

「戻ってきていた事を知っていたのなら、何で教えてくれないの」

「同じ学校だったから、もう会っているのかと思ったんだもの。まさか、初めてだったなんて思わなかったわよ」

「それでも、一言くらいあっても良かったのに」

「私だって、悩んだのよ? ずっと一緒に居たのに、突然詩織ちゃんが親の都合で引っ越してしまったでしょ? またこちらへ戻ってきて、どんな顔をして出会えばいいのかわからないのかもしれないとか、色々考えていた結果、何いえなかったのよ」


 涼香の言葉に、司は唇を尖らせた。


「確かにそうかもしれないけど……。まぁ、今はいいや。それより、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」

「どうしたの?」

「涼香は、覚えられてた? 詩織に」

「んー? 最初はわからなかったみたいだけど、名前を言ったら思い出してくれたわよ?」

「そ、うなん……だ」


 さっきより肩を大きく落とし、項垂れる司に涼香は首を傾げた。


「どうしたの?」

「俺、完全に忘れられてた……。しかも、俺の事怖がっててさ。氷の王子様なんだって………」

「~~~~~ッ!!! わ、わら、笑わせっ、ないで~~~~!!」

「笑わせてないんだけど」


 お腹を抱えて笑う涼香に、顔を青くしながら文句を言う司。本気で落ち込んでおり、その場に蹲ってしまった。


「あらあら、そんなにショックだったの?」

「そりゃ、まぁ。完全に忘れているわけだし……。一緒に居た期間は一年と短いけど、出来る限り毎日一緒に居たんだよ? そりゃ、ショックだよ…………」

「それもそうよねぇ」


 自身の頬に手を添え、ほんのり顔を赤くする涼香に、司は首を傾げ顔を上げた。


「貴方の初恋相手ですもんね。忘れられていたらショックよねぇ」

「待って? なんで知っているの?」

「貴方、分かりやすいもの。昔からあやかし退治以外に興味を持つものってなかったじゃない。なのに、いきなり『しーちゃんは僕が守る!!』って宣言したのよ? 一目ぼれだったのかなぁって思うじゃない」

「うかつだった…………」

「子供の頃の話よ? でも、その反応するってことは、もしかして?」


 ニヤニヤする涼香に、ほんのり赤くなった顔を隠すように司は自分の顔を手で隠し「勘弁して…………」と呟く。

 彼の初々しい反応に、涼香は控えめに笑うとほうきを握り直した。


「それじゃ、これから男を見せないといけないわね。それで、今回も言ったの? これからは僕が守るとか」

「言った」

「あら、いいじゃない。どんな感じで伝えたの? そこはやっぱり、かっこよく伝えたんでしょうね?」

「かっこよくは知らないけど、僕なりな言い方で言ったよ」

「ふーん。いいじゃない」


 司の頭を撫でて、涼香は優しく微笑む。彼女の温かい手に目を細め、司は拳を握った。


「ねぇ、涼香」

「なぁに?」

「詩織の体質、治す事ってできないのかな」


 小さな声で呟く彼に、涼香は手を離し見上げる。少し考え、ゆっくりと首を横に振った。


「それは難しいわね。貴方が数年も調べていたじゃない。それでも、手がかりすらつかめていない。治すのは不可能だと思うわよ」

「だよね…………」


 悲し気に揺れる瞳は地面を写す。

 どうにか出来ないか、どうする事も出来ないのか。そればかりが頭の中を駆け回り、司は一度目を閉じた。


「まぁ、これからは僕がまた守ればいいか。口実は無理やり作ったし、何とかなるでしょ。お守りも渡したし」

「あら、渡したのね。あなたが作ったのなら、効果も期待できるのでしょ?」

「いや、それに関してはわからない」

「あら、それはなぜ?」


 司の言葉に目を丸くする詩織。彼を見上げ、問いかけた。


「あのお守りには、僕の氷が入っている。知っていると思うけど、僕が作り出す氷は魔除けになり、”魔”のモノを寄せ付けなくなる。だから、お守りとしては適しているんだけど……」

「だけど?」

「どこまでのあやかしに通用するかわからないし、僕から離れすぎると効力が薄くなるから、正直不安しかないよ」


 横に垂らしている手は強く握られ、水色の瞳には不安が滲み出ていた。


 守れなかったら、大事な人が怪我をしてしまったら。今の司の頭の中はそれで覆いつくされていた。


 そんな彼の額に、涼香は右手を添えた。親指で中指を弾くような形を作りながら。



 ――――――――バチンッ!!

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