第3話 「準備は出来た」

 帰り道、詩織は一人でスクール鞄を持って住宅街を歩いていた。


 周りの人達は詩織の姿を見ると眉を顰め、距離を置く。その様子に、彼女は浅くため息をいた。


(周りからの視線は慣れてる。あやかしに追いかけられるようになってから、ずっと冷たい視線を向けられていた)


 あやかしは普通の人からは見えない。

 見える詩織の方が珍しく、奇声を上げ何かから逃げている彼女は、周りから見たらただの変な人。


 それは、詩織もわかっている為、あえて何も言わず一人で歩いていた。


(なんで、私はあやかしに追いかけられなければならないの。なんで、こんな思いをしないといけないの、意味が分からない)


 肩にかけている、鞄の手持ち部分を強く掴み、歯を食いしばる詩織。一人で歩いていると、前方から何かが猛ダッシュで向かって来ているのが見えた。


「ん? な、なに、あれ……。ま、まさか……」


 嫌な予感が走り、冷や汗が額から流れ落ちる。目を細め、前から迫ってきているモノをよく見てみると、それは人ではないナニカという事がわかった。


「ひ、一つ目ぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!」


 目が一つの青年が、全力ダッシュで詩織に向かって走ってきていた。

 それだけでも恐怖だが、手には何故か傘が持たされており、手で持つ部分は足。普通の傘ではないことは明らか。


「いぃぃぃぃぃぃいやぁぁぁぁぁああ!!」


 また一人、悲鳴を上げ来た道を戻るように詩織は走り出す。


(なんで、なんで!! なんで私がこんな目に合わないといけないの!! ほんと、意味わかんない!)


 自分の体質に怒りがふつふつと芽生え、でもどこにもぶつけることが出来ず、ひたすら逃げる。 いつもの神社を求めて。


 そんな時――……


「おーやってんなぁ」



 ――――――――ガシッ



 気だるげが声と共に、急に曲がり角から人影が現れ、走っている詩織の腕を掴んだ。


「っ、あ、氷鬼先輩……」


 気だるげな声の正体は、あくびを零している氷鬼司だった。


 詩織は、司を見た瞬間助かったと安堵の息を漏らした。


「だから言ったのに。一人での行動は禁物、僕との約束は守って。今回は仕方がないと目を瞑るけどね」


 言いながら詩織を後ろに下がらせ、前に出る。大きな黒いパーカーから朝の時と同じように、一枚のお札を取り出した。


「一つ目なら、これで十分か」


 司は、取り出したお札に指先を添える。すると、お札はなぜか波打ち、そのまま中へと入る。

 手が全部入ると、何かを探すように動かし始めた。


 その間も、一つ目は詩織達に迫ってきている。


「よし、準備は出来た――お?」


 一つ目が司の隣を通り過ぎ、詩織に向けて手に持っていた傘を横一線に薙ぎ払おうとした。


「ひっ!?」

「おっと。ねぇ、僕と遊んでからその子を襲ってよ」


 今にも泣き出しそうな詩織とは裏腹に、余裕を崩さない司はお札から手を引き抜き、上に振り上げた。



 ザシュッ



 瞬間、一つ目の腕が宙を舞う。そのまま灰となり、空中で消えた。

 黒い霧が舞い上がる中、司は振り上げた手をゆっくりと下す。その手には、銀色に輝く刀が握られていた。


『なっ、な!?』

「驚くのも無理はないけど、僕を無視したんだから、これくらいは仕方がないよね」


 肩に刀を担ぎ、司は無表情で言いきった。


「僕のに手を出した罪は重いよ」


(っ、え、大事な人? それって、私?)


 詩織の困惑など気づかず、司は肩に担いだ刀を下ろし、剣先を一つ目に向けた。

 恐怖で顔を青くする一つ目は、逃げるため後退。だが、司が逃がすようなヘマをするはずもなく、一歩、また一歩と近付いて行く。


「さて、これで終わり」


 刀を自身の身体に引き寄せ、横一線に振り払った。辺りには一つ目の悲鳴が響き渡り、灰が風と共に流れ、空中で消えた。


 ※


 無事に一つ目を倒す事が出来た二人は、住宅街を歩いていた。


 司はあくびを零しながら歩いており、逆に詩織は落ち着きがない。顔を俯かせ、目線をいたるところにさ迷わせている。

 その理由は、先ほどの戦闘で放たれた司からの言葉。


(さっきの言葉は一体何だったのだろうか。大事な人って、言っていた気がするんだけど。でも、私は最近先輩と出会ったばかり、そこまでお互い知らない。なんで? さっきの事聞いてもいいのかな。いや、普通に気まずい)


 詩織が一人で悶々としていると、司がポケットから一つの青いお守りを出して、詩織の顔に近付けた。


「っ、これって?」

「屋上で言っていた物だよ。これを持ち続けていれば、あやかしは寄りにくくなるはず」

「あ、今すぐに渡せないと言っていた物ですか?」

「そう。放課後に渡そうと思っていたのに、君はすぐに帰ってしまったから、これを渡す事が出来なかったんだよ」

「スイマセンデシタ」


 いつもの癖で一人で帰ってしまった事に後悔しつつ、渡されたお守りを素直に受け取った。


「そのお守りはほんの少し効果はあるけど、完全にあやかしを寄せ付けないわけじゃない。油断だけはしないでね」

「え、そうなんですか……?」

「そのお守りは効力がそこまで高くないの。僕自身が作ったんだけど、簡易的な物なんだ。これから君にあった強力なお守りを作る予定ではあるんだけど、今の所目途が立っていないんだよね。だから、時間はかかる」

「え、それって、大変じゃないですか? 無理しなくても……」


 詩織は難しい顔を浮かべる彼に、心配そうに言った。

 彼女の言葉に返答はせず、司はなぜか足を止めてしまった。顔を少しだけ俯かせている為、目元が隠れてしまっている。


「氷鬼先輩?」


 足を止めてしまった司につられるように、詩織も足を止めた。


「無理は、しないと駄目なんだよ。しないと、君を守れない」

「あの、本当にそこまで背負わなくても。これは私の問題なので…………」

「約束を守るため、僕は必ずやりきるよ。君がなんと言おうとね」


 司が顔を上げた時、詩織は彼の表情に息を飲んだ。


 彼は、優しく微笑みながら詩織を見つめている。一瞬ドキッと心臓が波打ってしまった。

 赤くなる頬を手で押さえ、詩織は隠すように顔を逸らした。


(イケメンが微笑むと、ここまでの破壊力があるんだ。しかもあの人、自分のイケメン度を絶対に理解出来てない。一番タチが悪いよ! もう!!)

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