第11話 「昔からの」
司は、今にも壊されてしまいそうな氷を見て、次の一手を考えていた。
今の司は鞄の中に二枚のお札。一つは、ユキ以外の式神。もう一つは、一つ目小僧に襲われていた詩織を助ける時に使用した、刀を取り出す事ができるお札。
今はこの二つしか扱う事が出来ず、ユキ含め三つの手しか今の司は扱えない。その中でも、一番使い勝手のいい式神であるユキを軸に攻めていきたいと考えていた。
ユキが出来る事は、今のように大きな氷を作り、相手に振らせる事。あとは、つららを地面から突き出す事や、白い息を吹きかけ相手を凍らせる事など。しかし、自分より強い物を凍らせることは難しい。
「ユキ、あいつを凍らせることは可能か?」
『しゅこし、むじゅかしいかもしれないでしゅ。からしゅてんぐはちゅよいので、じかんがかかりましゅ』
「なるほどな。凍らせている時だけでも、あいつの動きを封じ切る事が出来ればこっちの勝ちという事か。結構難しいから違う手を考えるか」
氷から目を離さずユキと作戦を立てている司。その後ろでは、詩織が胸元に手を当て、何かできないか考えていた。
「私が狙いなのなら、私がおとりになればいいのかな。そうすれば―――」
「それはだめだ、危険すぎる」
「でも…………」
「君は、紅井神社の連絡先って知っている?」
「え、は、はい。紅井神社ではなく、お姉ちゃんの連絡先なら…………」
「連絡して現状と場所を伝えてほしい。あと、僕がちょっとばかり苦戦している事」
「え、なんでですか…………」
「勝つためには必要な事。お願い、僕を信じて」
一切詩織の方を向こうとしない司だが、真剣に言っているのは口調と声色でわかる。
詩織はこれ以上質問はせず、ポケットの中に入っているスマホを取り出し電話をかけた。
そんな時、カラス天狗を閉じ込めている氷が大きくひび割れ始めた。
「ユキ」
『はい!』
司が名前を呼ぶと、ユキは『ふぅう』と、白い息を吐き再度氷を凍らせる。だが、またしても壊されそうになり、司は舌打ちした。
「あれさえあれば…………」
愚痴るように零すと、後ろで電話をかけていた詩織が安心したような顔を浮かべた。
「お姉ちゃん! 私、詩織です!」
『あら、詩織ちゃん。また、あやかしに襲われているの?』
「はい! 今は氷鬼先輩も一緒なので大丈夫なのですが、相手が強くて…………」
『っ、わかったわ。司には”あれ”を持って行くと伝えてちょうだい』
「? あれ?」
(あれって何だろう。でも、多分、氷鬼先輩にとって大事なものなんだよね)
「わかりました。あの、場所はっ――」
――――――――ブツ
「っ、え、あの、もしもし! もしもし!!」
詩織が急に慌てて、何度も呼びかけている。だが、涼香の声は返ってこない。肩越しに司が振り向きどうなった確認した。
「電話、切れました……。スマホ、圏外になってる、なんで?」
「あぁ、結界を張られたみたいだね。外への連絡を遮断されたんだと思うよ」
「そんなっ! まだ、場所を伝えられてないですよ!」
「ここまで強い気配だ、さすがに涼香なら感じる事が出来るはず。涼香は何か言っていなかった?」
「え、あ。先輩に、あれを持って行くと伝えて、と言われました」
「あぁ、それならよかった。今の僕達が出来るのは、涼香が来るのを待つのみだね。あと、もうそろそろ動けるようにして。ユキも、もうあいつを封じ込み続けるのには限界になってきている」
見てみると、ユキが白い息を吹きかけすぎて体力がなくなり、肩で息をしていた。
『ご、ごしゅじんしゃま…………はぁ、はぁ』
「ありがとうユキ、少し休んでいいよ」
そんな話をしていると、氷にはひびが入り、カラス天狗が抜け出そうとしていた。
パキパキと、音を立て、氷が割られる。
司は詩織を守るため、前に一歩、踏み出した。すると、氷が大きな音を立て崩れ落ちた。
『ふぅ、ここまでユキワラシが強力な氷を出せるなど、考えていなかった。まぁ、よい』
氷から出てしまったカラス天狗は、余裕な顔を浮かべて二人を見た。
背中に生えている黒い翼を動かし、シャランとしゃくじょうを鳴らし上空へとゆっくり飛んだ。
『これ以上は時間をかける必要はない。今ここで、ぬしらを頂く』
「頂いて、どうするつもりだ」
『わかっているだろう。我らのぬし、大天狗様に捧げる』
「やっぱりか」と、司は眉間に皺を寄せ舌打ちを零した。
「なんで僕達なの。いや、僕ではないか。なぜこいつを狙う。やっぱり、鬼の血が狙いなの?」
(え、鬼の血? 何その話、私聞いていないんだけど)
『ほう、それは知っていたか。そうだ、鬼の血が混ざっているそのおなご、我らのぬしに捧げる事が出来れば、ぬしはもっと強くなる。今より、もっと。痛い思いをしたくなければ、そのおなごを、我に寄越せ』
右手を前に出し、詩織を渡すようにカラス天狗は誘う。
司は口を閉ざし、何も言わない。そんな彼の様子に、詩織は息をヒュッと浅く吸った。
(もしかして、私をささげた方がいいと思っているのかな。…………でも、そうだよね。私が近くにいれば先輩は危険な目に会う。私を差し出せば、先輩は助かる。それなら、選択肢は一つしかない。先輩が助かる選択肢は、一つしかない)
「せんぱっ―――」
詩織が前に出ようとした時、司は彼女を自身の後ろに回すように一歩前に出た。
「悪いが、こいつは渡せない。約束があるんでね」
上空を飛ぶカラス天狗を睨み、司は言い切った。
彼の言葉に驚いた詩織は、目を大きく開き司を見上げた。
「先輩…………」
(そんな、私なんて見捨てればいいのに。そうすれば、戦わなくていいのに。なんで、そこまで…………)
『……そうか、なら良い』
前に出した手を下げ、しゃくじょうを両手で掴む。
『貴様は死を選んだ。後悔するのなら、自身の選択肢を後悔するがいい』
「後悔? するわけないだろ。逆に、お前にこいつを差し出した方が、俺は一生後悔する。昔からの約束なんだ、こいつは、俺が必ず最後まで守り通す。だから、ここで死ぬのはお前だ!! カラス天狗!!!」
一枚のお札を取り出し、そこから一つの刀を取り出した。
「さぁ、俺を死なせてみろ!!」
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