第12話 親友にも運が向いてきたようだ(雅史side)
目の前のスライムに襲われている女ときたら、あまりにも声が小さい。これじゃ、川にいる勇気に声が届かない。ウゴウゴと動くスライムはべっとりと女の体を濡らしていく。艶めかしく、ツヤやかに、女の乳房も、四肢も、美しい顔も輪郭ばかりが濃くなって、うっかりぼうっと見入ってしまう。ここで、俺が出ていけば、彼女は俺を見てくれるか? 彼女の体にまとわりついた粘液を綺麗に洗って、暖かな感謝の言葉をもらえるか? そうしたら、そうしたら……勇気はどうなる?
俺の力で、勇気には勇者になってもらうのだ。その方が、面白い。
面白い?
いや、今は疑問を持っている場合ではない。
俺は移動して、両手を前に出す。勇気と彼女が一直線になるように調整。
「
風が一直線になって、勇気に届く。勢いの良い風が、彼女のか細い声を勇気に届けさせてくれるだろう。これで一仕事を終えた。ざわりざわりと、草の根をかき分けてくる音がした。多分、勇気だ。
待て、ここで俺が出るべきじゃないか? 「勇気、俺だ! 女の子が倒れていたぞ! 二人で助けよう!」
そう言ったら、二人の冒険が始まるんじゃないか? そうだ、今だ。今しかない。
だけど、俺はやっぱりいつも判断が遅いのだ。
勇気の手から放たれた、光の矢は、正確にスライムの核を撃ち抜いた。ゴロリと鉱石が落ちる。彼女がゆっくりと立ち上がる。突き抜けたような空の青を宿した双眸が、勇気をとらえる。粘液でヌメついた布が柔らかな体の輪郭をなぞる。彼女の暖かな感謝の言葉は、勇気に、投げかけられていた。
◇
俺は、ちょっと不貞腐れた。
そっと二人の後ろをついていきながら、彼らの会話を盗み聞きした。やってることはもうこれ、ストーカーである。
わかっている。ただ、勇気に声をかければいいのだ。「よお、元気? 勇気何してんの? えっかわいい誰それ?」
そうやって、声をかければいいのだ。でも、俺は、躊躇するのだ。
考えてみれば、初めて俺に声をかけてきたのは勇気だった。学校でぼっちだった俺を気にかけて、アニメの話をしてきたのは勇気だし、女子のわけわからん言葉を適当にいなして爆笑していたのは勇気だった。俺は口下手で、タイミングが悪い男だから、心の中がこんなに愉快なことになっているとは誰も知らないだろうし、俺も今まで気づいていなかったのだ。ここにきて、勇気に俺TUEEをお見舞いすると決めてから、こんなわけわからん感情の揺れと、タイミングの悪さをバカほど発揮している。運とか縁とか勘とか、そういうステータスを振ってもらってはいたものの、タイミングを逃すという俺の才能がこのステータスを生かしきれない要因なのだ。クソが。俺ってばなんなの?
俺はまだ不貞腐れる。
なんか、このままでいっか。勇気にもなんか声かけずらくなっちゃったし、勇気にもきっと運とかのステータスが振られ始めたのかもしれない。俺がこうやってああでもないこうでもないとやらなくても、勇気のことだから、持ち前の愛嬌でなんとかやってくれるでしょう。もう、いいや。ふんだ。
そこで、俺は思い出す。俺の力で、勇気には勇者になってもらう。その方が面白い。俺は、この状況を面白いと思っている。そのことを思い出す。
がばりと体を起こした。空は青い。さっきも青かった。でも、次々と言葉が連なって、俺の体をぐるぐると回る。
俺にとって、ここは現実で、遊びで、無責任な場所なのだ。俺にとってのこの物語の主人公は、俺ではなかった。勇気なのだ。
その主人公たる勇気が俺のサポートで、レベルを上げて、ヒロインに会って、チートジョブをもらって過ごしているのだ。ある種の万能感を覚える。俺のおかげで、勇気は、ここまで、きていると言っても過言ではない。それは、面白い。楽しい。そして、俺にはない勇気の愛嬌で、きっと勇気は勇者の階段を登る。その階段をつくってやるのが俺の役割ではないのか。必ずしも二人で冒険をして、友情パワーで魔王を倒すというルートだけが、正規ルートではない。俺が勇気の礎となり、サポートになり、支援者になることで、勇気に俺TUEEをお見舞いしてやれば、それは、きっととても楽しいことなのではないか。だから、俺は、この生涯をかけて勇気の土台になってやろう。そうだ、それが面白い。
目がぐるぐるしてきた。高揚感で、前頭葉が痛い。きっと、俺はテンションが高かったし、意味不明なことを考えていた。それでも、楽しい気持ちに抗えなくて、俺はこれからのこの世界での進路を決めた。
首を鳴らす。やることは山ほどある。軽く伸びをする。草むらからズゾゾとスライムが出てくる。
「
スライムめがけて、手をかざす。ピカピカと青白い光にスライムが包まれる。ひひひと声が漏れる。
倫理も道徳も全て捨てて、俺は楽しいことをしよう。
どうやら主人公のようですが 長月 @nagatsukikan
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