第2話 負け犬《アンダードッグ》と呼ばれる男 Vol.2
この世界の都市や村の構造は、ドーナツの形に似ている。
中心の穴が人の居住区。生地の部分が人の安全に行動できる範囲。生地の外側がマギア・マキナのうろつく危険地帯だ。
安全地帯と危険地帯の境界線。そこをどうやって決めるか。本当なら頑丈で大きな防壁でも築いて隔てたいが、人類にはそんな技術も資材も時間もない。
じゃあどうするのか?
答えは
マギア・マキナが――テスタ・マキナもそうだが、運用には
この考えは正しかった。奴らはマナが薄い場所――
居住地の周囲に、
ドーナツの生地と外の境目。目に見えない防壁が確かにそこにあった。
そして周囲の
白銀の装甲を着こんだ巨大な金属の獣、テスタ・マキナ。
古い昔話の怪物が蘇ったような錯覚を覚えるこの機体こそ、コウセイとエリシアにとっての最強の武器だった。
胴体の部分に内蔵された
ドライバーズシートにコウセイが、リアシートにはエリシアが収まっていた。
二人はガルムに搭載された
「見える範囲には何もいないな」
「レーダーにも反応はありません。少し先に小さな丘があります。そこに登ってみては?」
モニターに丘の位置を示すAR表示が出現する。エリシアの趣味に合ったデフォルメされた子猫が、前足を動かして行き先を教える。
「あそこか。分かった、移動する」
提案に乗りコウセイは、ガルムを丘へ向かわせた。
幹線道路跡。
交易に使われないこの街道は、整備がされていなかった。あちこち罅割れたアスファルトから雑草が顔を覗かす。道路脇には燃えて崩れ落ちた廃墟跡が、どこまでも続く。人の営みから切り離された風景はどこか寂しい。
見晴らしの良い廃墟をガルムが移動する。
花が一面を覆う丘を軽快に登る。道中に朽ちたベンチと壊れた街灯があった。巨大なガルムの足であれば頂上まで一瞬だった。
頂上からはかなりの範囲が一望できた。遠くにマギア・マキナの支配地域の森が見える。未だ人が足を踏み入れられぬ場所だ。あの森の奥にマギア・マキナの生産拠点があると言われている。あらゆる人間が決して近づくなと言い含められる場所だった。
「此処も見える範囲では敵影は無いな」
森の中は分からないが、そこに至るまでの均された廃墟に敵は見えない。
エリシアは
「こちらも反応はありませんね」
解析データを確認していたエリシアが告げた。周囲に大型の動体反応は無い。マギア・マキナの
村から離れている場所だが、後で報告をしておくことにする。
「静かでいいね」
「追加報酬は望み薄ですが」
「村に近寄られるよりはいいさ」
マギア・マキナがいなくて討伐報酬が無くなる方が、十年前の二の舞になるよりは良い。あんな事はもう無いように、コウセイは切に願った。
「マナイーターの再起動まであと三時間か」
マナイーター。
このマナイーターも稼働を停止しないといけない事がある。メンテナンスの時だ。その間、防壁の一部に穴が開く。このタイミングでマギア・マキナに内部へ入られると非常にまずい。だからライダーが複数人で見回り、近づくマギア・マキナを排除する。
今の二人が周囲を警戒しているのもその一環だった。
このまま何事も無く終わればいい。そうコウセイは思った。モニターの端に小さなポップアップ画面が浮かぶと、通知音が鳴った。通信が入った証だ。昔は声だけしか送れなかったそうだが、今は映像と声を同時に送れる。マナを介して通信する為、マナが無いところでは使用できないがそれを除けば重要なコミュニケーションツールだった。
エリシアがコンソールを操作し通信を繋げる。通信相手は同じ範囲を警戒している知り合いのライダーだった。名前をベイアー。熊の耳を頭に生やした獣人だ。
『よう!コウセイ。こっちはマギア・マキナの姿も形もないが、そっちの様子はどうだい?』
熊ゆえに野生的な顔立ちにしっかりと太い眉、濃い顔に人懐っこい笑顔の男だ。
「よう!こちらも反応無しだ。静かなもんだよ」
『そうかい、そっちもか。こんな暇な日があるとはなあ。珍しい事もあるもんだ!』
「なんだ、暇で話し相手が欲しかったのか?」
コウセイがからかうように声をかける。
『バカ言え!話し相手が欲しかったら綺麗な姉ちゃんにするよ!』
「あら、私ではご不満がおありで?」
『いやいや、エリシア相手だったら文句はないよ!』
後ろから飛んできたエリシアの声に相手のライダーは、誤魔化すように笑った。ひとしきり声を上げると、顔に浮かべる感情を真剣なものに切り替えて、話しかけて来た。
『聞いたぞ。今朝は災難だったな』
そういう彼は酷く同情的だ。コウセイに非が無い事を知っているからだった。
「大丈夫だ。大した事じゃない。偶々馬鹿に出会っただけさ」
彼は本当に気にしていない様子のコウセイを見て、納得した顔になる。そして次に難しそうな顔をして言った。
『お前が気にしていないなら良いよ。しかしあいつらも、もう少し大人しくして居られないもんかね。喧嘩を売っているのもコウセイだけじゃない。もう何人ものライダーとトラブルを起こしているぞ』
「そうなのか?」
『ああ、確か二週間くらい前に他の都市から移ってきて……、それからすぐに問題を起こし始めたはずだ』
「なるほど。どおりで顔に見覚えが無かったのか」
コウセイは絡んできた三人組の顔が、記憶になかった理由に納得した。だが別の疑問が浮かぶ。つい最近アドミスの街の周辺に来たライダーが、なぜコウセイに因縁をつけてくるのか。
「それで何でまた、最近来た奴らが俺に突っかかってくるのかね?」
『
「うん?」
「どういうことです?」
ベイアーが太い眉を上げ頭を掻く。考えを纏める様に少し思惑に耽ると、言葉を選んで話し始めた。
『アイツら三人組は依頼を失敗して――しかも最悪な事に依頼人を見捨てて逃げたらしい。まあ運よく依頼人は他のライダーに助けられて、無事に戻って来たらしいが。
「いや、馬鹿じゃないのか?」
「ほんとそうですねえ」
コウセイとエリシアは呆れた声を出す。なぜそんなことをして大丈夫だと思えたのだろうか。
『俺もそう思う。それでまあ仕事を受けようとしたらしいが……。
コウセイにとって非常に不愉快な話だった。
十年前も今も避難民や依頼人、守らなければならない人たちを見捨てた事は無い。
確かに奪われた街を取り戻せてはいないのは、いまだに大きな心残りになっている。だがそれはコウセイだけの力で出来るものでは無い。今は出来る事をやっていくしかないのだ。とは言えあのような輩と一緒にされるのは、実に腹立たしいものだった。
『少なくともお前らとアイツらは違うよ。
ベイアーの言葉には真摯さと優しさが込められていた。
それは十分にコウセイとエリシアに届いた。コウセイは腹立たしさに歪められていた顔を緩ませる。その後ろでもエリシアが微笑んでいた。
「すまんな。ベイアー」
コウセイはベイアーの気遣いに感謝する。
その言葉に返されたのは言葉ではなく笑顔だった。ベイアーは明るい表情のまま何度か頷く。コウセイ達の気が晴れたのを実感していた。
「待ってください」
エリシアから緊迫した声が漏れた。
『エリシアには納得してもらえなかったか?』
「違います。
「チクショウ!何であいつらだけが優遇される」
深い森の中。コウセイに絡んでいた三人組のリーダー格の男が、ボロボロになった乗騎を進ませる。機体の反応がおかしい。修理機能が働かない。直そうにも、金がないから材料を買うことも出来なかった。
型式名称デュラハン。スモールクラス――、小型のテスタ・マキナの中では上位の性能を持っている。人型のフレームを持ち装甲が厚く、出力も高い。機動力が低いのが難点だが、人気のある機体だ。
本来なら大剣と大盾を携えた甲冑騎士然とした容貌であるはずなのに、頭部と盾は無く、剣は折れ鎧もひしゃげている。
殆どスクラップ寸前だった。
「チクショウ!」
もう一度悪態が漏れる。なぜ自分達だけがこうなる。逃げたのが悪いのか。だから後ろ指をさされるのか。なら同じように逃げたアイツらはどうして後ろ指をさされない。
男の中には怒りと嫉妬、それに自分達以外への不満だけが渦巻いている。何処までも身勝手なその思いは、時が経つにつれて大きく膨れ上がる。感情の赴くままに不平を口に出し、また不満を募らせる。悪循環に陥っていた。
『見つけたぞ』
男の仲間から通信が入る。探していたものが見つかった。
マギア・マキナ――デュリハス。
男達の乗騎デュラハンの原型となる機体。このマギア・マキナさえあれば男達のデュラハンも修理できる。元は同じ機体なのだ。
兜をかぶった丸い球体が空を飛んで戻って来た。仲間のデュラハンの頭部だ。何とか頭部を残した機体があったのは、運が良かった。無駄に移動をしないで済んだ。あとは倒して材料を奪うだけだ。
「どの方向だ。今戻ってきた方向か?」
『ああ、そっちで合っている』
『さっさと行こうぜ!』
「よし、準備は良いな。行くぞ!」
男達の勢いが強くなる。
彼らは自分達に不都合な事実を忘れ去っていた。
機体さえ修理が終われば
村から離れ、周囲を探したがデュリハスは見当たらなかった。ならば確実にいる場所へ行けばいい。
そうしてマギア・マキナの拠点とされる森へ探しに来た。自分達の実力ならば、ここでも生き残れると考えて。
何処までも傲慢な考えのまま、彼らは進む。明るい未来を妄想して。
彼らは知らない。
ライダーとしての責任と義務を放棄した彼らを
そして何よりも彼らは、本当の意味で自分達の居る場所を理解していなかった。マギア・マキナの生産拠点があると言われる森。それがどれほど恐ろしいかを理解していなかった。
そこに存在する数が、他の場所で見かけるような、少数の集団である訳が無いのに。人類を追い詰めた物量。それを本当の意味で理解していなかった。
向かう先に未来は無かった。口を開けて待っていたのは絶望的な終わりだった。
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