第3話 負け犬《アンダードッグ》と呼ばれる男 Vol.3

「エリシア。サブモニタ―に表示してくれ」

「はい……。出します」

「ありがとう。……何だ、この数は」

 

 信じられない光景を目にしたコウセイは、呻き声を上げる。魔導機器マギオニクスが捉えた魔力エーテルファーネス反応の数が異常だ。全部で三十近くある。通常現れるマギア・マキナの集団の数が、多くても二桁まで達しない事から考えると、この数は異常としか言いようがなかった。

 

『すまん、こっちにも中継してくれ』


 ベイアーの要請であちらにも情報を共有する。コウセイと同じものを見た彼の口から、驚愕の声が上がる。


「こっちに向ってきているな。しかしなんだ?先頭の魔力エーテルファーネス識別がテスタ・マキナだと?魔導機器マギオニクスの故障か?」

 

 あそこで検出されるはずの無い反応がある。

 組合ユニオン所属のライダーであれば今の時間は何か依頼を受けて仕事をしているはずだ。それに森へ近づくのは禁止されている。

 村付きのライダーであれば尚の事、わざわざ村が危険に晒される行動などとらないだろう。

 余りにも不可解な反応だった。

 コウセイの凝視するモニターに表示されていたテスタ・マキナの識別が、一つ消えた。マギア・マキナを表す表示の一部が、その地点で止まる。残りは変わらずこちらへ向かってくる。

 

『どうしてこんな動きをする?』

 

 ベイアーが顎を指で擦りながら疑問を口にする。

 確かにおかしな動きだ。テスタ・マキナの反応が消えた場所で何故止まったのか。何処かへ侵攻する目的があるというよりも、何かを追っているように見える。

 またテスタ・マキナの反応が消える。マギア・マキナの反応の一部もまたそこで止まった。

 コウセイの――まともなライダーの常識ではあの森に入るはずが無い。どれだけの敵がいるかも分から無い場所へ入るのは、自殺行為でしかないからだ。

 しかし、そんなことも理解できない馬鹿がいたとしたら?

 森へ侵入し、あまりの戦力差に逃げ出したのなら?

 あのテスタ・マキナの反応が本物で、村へ逃げ込もうとしているのだとすれば?


「まずい、森に入った馬鹿がいる。マギア・マキナを引き連れてくるぞ」

 

 コウセイは閃きを口にする。自分で言った言葉に背筋が凍る。もうすぐ森の外縁まで反応が辿り着く。そのまま真っ直ぐこちらへ来られたら。

 コウセイはガルムを動かし、反応がある方向へ向かわせる。考えが纏まるよりも早く、体が動いていた。高速で丘を駆け降りるガルムが、障害物を蹴り飛ばす。

 

「どうしました、コウセイさん?」

『いったいどうした?』

「マナイーターが停止している今、ここを突破されたら大惨事になるぞ」


 エリシアが息を呑み、ベイアーが盛大に顔を歪めた。

 マナイーターで作った壁の無い防壁。その内側にある土地は、それなりの面積がある。それでもテスタ・マキナに乗っていれば、決して広いとは言えなかった。そこに侵入でもされれば、マギア・マキナは村まで容易に辿り着いてしまう。

 エリシアとベイアーにもそれが簡単に想像出来たのか、即座に行動にでる。

 エリシアは組合ユニオン陸上空母グランドシップへ連絡を取り、ベイアーは自分のパーティーに指示を出した。

 

組合ユニオン陸上空母グランドシップに報告を入れました。村の防備は自警団が固めてくれるそうです。組合ユニオンは少数ですが、待機していたライダーをこちらへ送りだしてくれました」

『おう!今そっちに向って居る。周りのパーティーにも声をかけた。こっちも少ないが救援を出してくれるそうだ』

「ありがたい」


 コウセイは二人の言葉に喜ぶ。

 あとはじきに森から出てくるマギア・マキナをどう足止めするかだ。森の中に残った魔力エーテルファーネス反応の光点の数は十三。残り十五の反応がこちらへ向かってくる。出せる速度の問題なのか、長い紐状に反応がバラけている。幸いと言っていいのか、すべてを一度に相手取ることは無いようだ。

 

「マギア・マキナは俺達が囮になって引き付ける。着いたら援護を頼む」

『任せろ!コウセイ、お前なら大丈夫だと思うが気を付けろよ』

「ああ」


 ベイアーとの通信が一度途切れた。

 人の痕跡が破壊し尽くされた街や街道だった地帯。マギア・マキナと植物が支配する、人類の居住圏の限界を遥かに超えた先。森の中からテスタ・マキナが飛び出して来る。


「デュラハンですか。それにしても酷い状態ですね」


 エリシアの言う通り、飛び出してきたデュラハンの状態は酷いものだった。頭部と片腕が根元から無い。残った腕も肘の辺りでなくなっている。装甲の殆どを失ってはいるが、その分軽くなったのかデュラハンとは思えない速度で走っている。

 コウセイ達のガルムは、まだ森から遠い位置を疾走している。全力で走らせているが、それでも簡単に距離は縮まらない。

 森の中から追手のマギア・マキナが現れる。馬をそのまま大きくした機体だ。

 型式名称アドイルス。ミドルクラスのマギア・マキナで、体高十mもある金属製の馬だ。攻撃方法はその速度と質量を活かした突進からの踏みつぶし。そして水属性の魔法弾。高圧縮した大型の水球を撃ち出して来る。

 アドイルスの後にもしばらく時間をおいて、背から鎖を生やした犬型のマギア・マキナが、五体ほど飛び出して来た。それ以外の後続は、まだここまでたどり着いていないらしい。

 

「こっちだ!右の丘へ向かえ!」


 コウセイはデュラハンのライダーへ外部スピーカーを使い指示を出す。真っ直ぐに村へ向かわせないよう注意を惹き意識を逸らす。

 向こうもコウセイに気が付いたのか、進行方向を変える。助かる為にガルムへ向け走り始めた。

 だが現実は無常だった。

 障害物の多い森の中。そこであれば機動力の低いデュラハンであっても、アドイルスから逃れることは出来た。アドイルスの強みである速度を活かせなかったから。だがそこから出てしまった今、開けた場所では逃げ切れなかった。

 デュラハンは必死に逃げるが、またたく間に追いつかれる。

 

「助けてくれぇ!」

 

 デュラハンのライダーは悲鳴を上げた。

 後方から追ってくる大質量が響かせる音に、恐怖を覚える。歯の根が合わずガチガチと鳴る。他のライダーから通信が入っている事に、気が付かない程の恐慌状態だった。

 デュラハンが避けて通る小さな瓦礫を、アドイルスは平然と吹き飛ばし突き進む。

 避けなければならない障害物の有無。森の中での両者の立場と逆転していた。


 コウセイ達の乗るガルムが身に纏う魔力エーテルを増大させる。金の魔素マナから派生した雷属性の魔力エーテルが、世界を侵食し巨大な魔法陣を描き出す。術式が周り、現実を改変し、現象を顕現させた。雷撃砲サンダーキャノン。高エネルギーの塊が雷球となって、デュラハンより頭二つ分高いアドイルスの顔へ向け飛んでいく。

 アドイルスを容易に消し飛ばせる威力の攻撃は、途中で水の塊に阻まれる。

 遠方からの攻撃を察知したアドイルスが、放った水撃砲ウォーターキャノンに、雷球は迎撃された。アドイルスの前に現れた水球が守る。お互いの術式が侵食し合う。侵食し合った部分の魔力エーテル魔素マナへ帰っていく。

 数舜のせめぎ合いを制したのは雷撃砲サンダーキャノンだった。威力を半分まで落としながらも飛んで行く。

 魔法弾同士のせめぎ合いの間にアドイルスは回避行動を取っていた。雷撃砲サンダーキャノンは空を切る。そのまま遥か遠くで爆発した。

 

「距離があると、マギア・マキナの迎撃精度が煩わしいですね」

 

 エリシアが拗ねたように言う。距離さえ開いていなければ、簡単に撃墜できるといった口ぶりだ。こちらの術式が展開された時点で、迎撃用の術式を用意されてしまう。マギア・マキナとの遠距離戦での勝敗は、この問題をどう解決するかで決まる。

 今のは術式同士の干渉中に避ける暇が出来てしまった。威力はこちらが上回っているとはいえ、当たらなければ意味が無い。

 

「単発だと厳しいか」

「そうですね。では、やり方を変えましょう」


 他のガルムには搭載されていない兵装が起動する。コウセイとエリシア。二人が乗る、この機体にしか搭載されていない武装。本来なら四本しか搭載されていないはずの鎖が、コウセイ達のガルムには八本あった。先端に魔法兵装マギウェポンを付けた四本の鎖が追加されていた。

 魔法兵装マギウェポン。刻まれた術式付与エンチャント魔力エーテルを供給することで魔法の演算を肩代わりさせる兵装。かつては魔道具と呼ばれたものを、魔力エーテルファーネスの出力に耐えられるまで強化さしたものだ。

 二つの術式を二本ずつ展開する。炎撃砲フレイムキャノン水撃砲ウォーターキャノン、それにエリシア自身が展開する雷撃砲サンダーキャノン。先に撃った雷撃砲サンダーキャノンの半分の威力で生成された魔法弾が、五つ連続で飛んでいく。

 アドイルスは一発目を迎撃するが、続いて飛んでくる魔法弾は迎撃できなかった。逃げ惑うように回避行動を取る。炎と水の魔法弾を全て回避した時点で、最後の雷撃砲サンダーキャノンの直撃を受ける。撃墜まではいかないが、かなりの損傷を受け転倒する。地面を削りながら滑っていった。

 

「よし、脚が止まった。追撃頼む」

「ええ」


 雷撃砲サンダーキャノンが再度放たれた。最初に撃った一撃よりも遥かに高威力のそれが、横転したままのアドイルスを貫く。胴体—――魔力エーテルファーネス付近に命中した一撃は、確実に敵の息の根を止めた。

 

「アドイルスの魔力エーテルファーネス反応停止しました」

「さすがだな。さて後はあのデュラハンのライダーか」

「通信要請を送っていますが……」

「ああ、出ないな」


 通信装置の故障か、他の要因か。デュラハンのライダーから応答はなかった。

 あの機体に勝手に動かれては、コウセイ達が囮になることも出来ない。コウセイはお互い向かい合って走っているのだから、その内合流できるだろうと思っていた。合流してから逃がせばいい、と。

 デュラハンのライダーはコウセイの呑気な考えをあざ笑うかのように、あっさりと裏切った。

 

「止まるな!走り続け続けろ!」


 見えた光景に、おもわずコウセイは外部スピーカーを通して大声を上げる。視線の先では、機体の速度を緩めるデュラハンの姿があった。

 

「馬鹿なマギア・マキナめ!ザマーミロ!」

 

 デュラハンのライダーは機体を立ち止ませる。そのまま後ろへ戻りアドイルスに近づくと、残った足でアドイルスを蹴り始めた。長いストレスに押しつぶされた彼は、恐慌状態になり周囲の状況を認識していなかった。最も近い脅威が取り除かれた事で、安全になったと思い込んでいた。その後ろから次の脅威が追いかけてきていると、想像もしないで。 

 

『バーンゲイズが来ている!動き続けろ!』

 

 コウセイが再度大声を上げる。後続の敵について注意を促す。

 バーンゲイズが走ってくる。牽制しようにもデュラハンとアドイルスが邪魔だ。迂回して射線を取ろうとすると、遠回りになる。

 コウセイに出来るのは危険を知らせる事だけだった。

 

『黙れよ負け犬アンダードッグ。お前如きに命令されるいわれはねぇ!』

 

 ここに来て彼は、コウセイの事を認識できる程度には冷静になった。通信要請にも気が付く。通信を繋ぎ聞こえたコウセイの言葉に無意味な反発する。それは彼の中に残った、もはやハリボテですらない虚勢の表れだった。

 

『今朝の奴か!早く機体を動かせ。逃げろ!』

『うるさい!黙れ!俺に指図するな!』

 

 コウセイが何を言おうとも、デュラハンのライダーは聞く耳を持たなかった。不毛なやり取りが交わされて時間を浪費した。その結果。

 地獄からの黒い猟犬が追い付いた。

 アドイルスに続いて森から出てきていた、犬型のマギア・マキナ。五体のバーンゲイズがデュラハンに殺到する。ガルムと同じ神金合金オリハルコンの爪と牙が、装甲を失ったデュラハンを蹂躙する。同じ金属とは思えない程、簡単に機体を切り刻む。

 

『—――――――――!』

 

 通信から声にならない悲鳴が聞こえる。金属がすり潰される音と湿った音が、ガルムのコックピットへ響いた。先に地獄に落ちた二人の元へ、彼もまた引きずり込まれた。

 

「馬鹿が」

「コウセイさんの所為ではありませんよ」

 

 無念さを込めた言葉がコウセイの口から洩れると、エリシアが慰めた。

 森に入った事とその後の行動。それに――今朝の振る舞い。エリシアはデュラハンのライダーのあまりにも愚かしい振る舞いに、この結果は自業自得だと考えた。十年前のあの日から残る、コウセイのトラウマ。エリシアの父の命令を守ったあの時から、どんな人間でもマギア・マキナから守ろうとする悪癖。それでコウセイが傷つくことをエリシアは良しとしない。

 コウセイは溜息を一つつくと、意識を切り替える。余計な考えを持って戦うのは危険だ。

 

「正面からやるとなると、五体はちょっとキツイか?」

「先ほどと同じことをやろうにも、向こうも魔法兵装マギウェポンが五つありますしねぇ」


 双方の間にまだ距離は空いているが、バーンゲイズはコウセイ達を敵と認識した。デュラハンをその場に残しガルムへ向かい始める。


「森から追加のマギア・マキナが現れました」

 

 残り九体のマギア・マキナが現れた。デュリハスが五体とトゥーロスが四体。すべてスモールクラスに分類される人型の足が遅い機体だ。

 バーンゲイズがこちらへ向かってくる。

 バーンゲイズの頭部に搭載された魔法兵装マギウェポン魔力エーテルが供給され、術式が展開する。口に炎が宿る。

 

「一旦引くぞ」


 コウセイはガルムを高速で反転させ、来た道を戻る。

 魔法陣を展開したバーンゲイズが後を追う。

 ガルムはバーンゲイズを素体として改造される。装甲の強化や各部魔力エーテルの伝達率の改善、効率化でガルムはバーンゲイズより若干の性能向上を果たしている。

またライダーの魔力エーテルを機体の運用に使用することで、無人のマギア・マキナよりも出力が向上していた。

一対一であれば早々負けはしないが、複数体相手では分が悪い。それにここで戦っていては後ろの九体にも囲まれる可能性がある。

レーダーを確認すると、丘の近くまで味方のテスタ・マキナが接近してきていた。

 

「正面から戦わなければ良い。確かいい場所があったな。エリシア、炎撃砲フレイムキャノンの迎撃を任せていいか?」

「それは大丈夫ですが。何をするつもりです?」

「ベイアー達にデュリハスを任せる」

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