第1話 負け犬《アンダードッグ》と呼ばれる男 Vol.1

 一体の巨人が大地に倒れ伏していた。

 巨人の体は無残にも切り裂かれ、潰され、そして食いちぎられていた。損傷部から内部の骨格が剥き出しになっている。流れ出る潤滑魔法薬がまるで血の様だ。

 人類の駆る魔導兵器テスタ・マキナ。 強力な兵器であるはずの巨人は敗北した。

 人類を狩る魔導兵器マギア・マキナによって。倒れた巨人を蹂躙する敵機。その内の一体の胴体がはじけ飛ぶ。遠距離からの狙撃だった。

 遠くから風の様に接近する巨大な狼。銀の装甲を全身に纏ったそれが、高速で接近してきている。

 マギア・マキナは攻撃対象を切り替える。接近する狼へ向け走り出した。

 

「見つけた!行方不明になった自警団の機体だな。エリシア、ライダーの安否は分かるか?」

操縦席コックピットが破損しています。残念ですが操縦者はもう……」

「くそ!」

「マギア・マキナ接近。クラス判定はミドルが二、スモールが四。結構な数がいますけど、どうします?」

「小さいのを魔法で牽制してくれ。先にデカい方を潰す」

「分かりました。壁を作って足止めし、出てきたところを撃ちます。それでいいですかコウセイさん」

「ああ、それでいい。やるぞ、エリシア」

 

 それは一方的な戦いだった。

 先行する機体と後続を岩の壁が切り離す。先行する二体の犬型マギア・マキナが狼へ襲い掛かる。

 狼の背から伸びる四本の鎖が、踊るように振るわれ何度も打ち付ける、大きな音と共にマギア・マキナが破壊される。

 壁を迂回した機体が出てくる。

 動いていなかった残り四本の鎖の先に魔法陣が浮かび上がると、大きな炎と水と雷が球になり飛んでいく。触れたものは爆発に巻き込まれ動きを止めた。

 戦闘は短時間で終わった。


「追われてここまで逃げて来たのか。悪かったな。見つけるのが遅くなって」


 潰された操縦席コックピットに向けて謝罪の言葉を告げる。

 せめて村へ連れ帰るだけでも、と残っている胴体を浮遊板フロートボードの魔法で作った力場の上に乗せた。

 

 緊急で受けた行方不明者の捜索依頼。

 村から離れた場所で機体を発見。戦闘になったと思われるマギア・マキナを撃墜。遺体と遺留品を回収し村へ移送した。

 行方不明になって時間がたっており、生存が絶望視されていたとはいえ苦い終わりだった。




 小さな村の傍、街道の外れにある大きな広場に、互助組織組合ユニオン所属の陸上空母グランドシップが停泊していた。この船は交易商トレーダーを引き連れ辺境の村を訪れていた。もちろん護衛のテスタ・マキナ乗りライダーも連れて。

 全長数十メートルもある船は数多くの物資や人材を運ぶだけではなく、ライダーへ食事や休憩場所の提供も行う。小さな村では賄いきれないインフラを提供する為の設備だからだ。

 休憩所の一室で、装備を付けたままの男が、ベッドに座り眠っていた。年の頃は3三十程か。精悍な顔立ちに短く刈り込んだ黒髪、鍛えこまれた筋肉を纏う中肉中背の男だ。

 そこは殺風景な部屋だった。簡素なベッドと机。あとは装備を入れるワードローブが一つ。小さな窓から入る太陽の光が、部屋の中を照らしている。

 日光が男の顔を照らすと、瞼越しに目に入ったのか眉が歪んだ。

 外から扉を叩く音がする。続いて涼やかな声が聞こえる。

 

「コウセイさん、起きて下さい。朝ですよ」

 

 何度かノックと呼びかけが交互にされると、男もさすがに起きる。赤い目が瞼の下から現れる。何度か頭を振り、目を覚ます。扉の前まで行き鍵を開けると、声の主を招き入れた。

 

「入ってくれ。エリシア」

「おはようございます、コウセイさん。起きていましたか」


 エリシアと呼ばれた女性は、少し小柄な体格の、恐ろしく美しい女性だった。繊細な美貌を持ち、その肢体は華奢ながらも芸術的な曲線を描いている。腰まである長いプラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳。整い過ぎた彫刻のような顔立ちは、酷く怜悧な印象を抱かせる。二十代後半の女性で、青い流線形の装甲を持った強化服を着ていた。

 彼女はコウセイの姿を見て、起きていたものだと勘違いをした。彼がすでに白い装甲強化服を着こんでいたからだ。戦闘杖ワンドは机の上だが、すぐに仕事へ出る準備は出来ていた。


「いや、起きて準備をしたが時間が余ってな。座って二度寝をしていた」

 

 気怠そうに答えると、コウセイはあくびをかみ殺して体を伸ばした。

 

「よくその格好で眠れますね」

 

 エリシアは呆れたように、ため息をついた。硬い装甲の付いた服の寝心地は決して良いものでは無い。自分はやりたくなかった。


「まあ、いいです。それより朝食を取って仕事へ行きましょう」

 

 時間は有限だ。まだ朝早いといえど今日の仕事が始まるまで、悠長に遊んでいる時間はない。それに陸上空母グランドシップの食堂はさほど大きくは無い。早めに行かないと席が埋まってしまう。

 エリシアはコウセイの背を急かす様に押すと、食堂へ向かった。




 二人が食堂へ着いた時点で、席の半分が埋まっていた。

 カウンターで支払いを済ませ二人分の注文をすると、直ぐにトレーに乗った料理が出てくる。

 何十人と居る搭乗者の数か、それとも材料の問題か。基本的にメニューはお任せの一種類だ。大きな調理器具でまとめて作っている。それでもライダーの腹事情に配慮してくれているのか、量は多い。保存器具に保温の術式付与エンチャントが刻まれているから、料理はいつでも暖かい。これは本当にありがたい。

 半分に切ったサンドイッチが四切れ。暖かいスープに新鮮な野菜。良くあるメニューだ。

 厚いベーコン、卵とチーズにトマトが挟まるサンドイッチと、トマトスープにトマトサラダ。


「トマト多すぎないか?」


 すべての料理にトマトが入っていた。サンドイッチ以外がトマトだけだ。サラダなんてトマト丸ごとだった。追加料金を支払い、二人前のトレーを受け取っているエリシアを尻目に、コウセイは背の高い青い肌のおっちゃんに尋ねた。


「なんでも彷徨うワンダリング野菜ベジタブルの群生地が近くにあったみたいでな。駆除の依頼があったらしい。ある程度は村の方で引き取ったらしいが、数が数だってことで、かなりの量がこっちに回って来たって訳よ。夜明け前に取ったやつだから新鮮だぞ」

「あいつらって群生できるのかよ……」

 

 彷徨うワンダリング野菜ベジタブル

 科学や技術が発展していない大昔。まだ魔法のみが発展していた時代。

 農作物の収穫高が安定しない時期に作られた人工魔法植物だ。

 とある頭のおかしい魔導士が、人が育てるのではなく、勝手に増えていく作物を生み出し、野に放った結果があれらしい。

 まったく昔の魔導士は碌な事をしない。

 似たような事例で、畜肉の取れる量を増やそうとして豚を大型化させた物を生み出したが、逃げ出し野生化した結果、危険生物として町の外を闊歩しているボアがいる。

 効率的に成長させる為に、ご飯を食べる頭を二つに増やしました?馬鹿か。二メートル近い、鋭い牙を持った双頭のイノシシとか危険すぎるわ!

 本当に昔の魔導士は碌な事をしない。

 ちなみに前者と後者は同じ血筋だ。

 イタイダ家。

 他にも世界に色々な被害をもたらした家系だ。歴史的の本を読むと度々出てくる名前でもある。

 今も世界のどこかに存在していて、何かやらかしているんじゃないかと言う恐怖の噂のある奴らだ。


 おかしな野菜を思い出して、コウセイはげんなりとした顔をする。

 アイツらときたら野菜の癖に動き回るし、攻撃してくるのだ。敵と認識すると、自分に実った果実を投げつけてくる。縄張り意識でもあるのか、野菜同士でも投げ合う。トマトやイチゴ等の小さな実なら汚れるだけでいいが、一度遭遇したスイカの時は装甲服越しに凄まじい衝撃を感じた。あれはもうれっきとした凶器だった。

 あと農家には嫌われている。

 畑に侵入しては、植えてある作物を引っこ抜いて、代わりに自分を植える。端正に育てた作物を台無しにされる。そんな事をされれば誰だって怒るだろう。

 日光さえ浴びていなければ動かないから、夜中に誰かが駆除しに行ったのか。

 

「新鮮な野菜を取ってきてくれた奴に感謝だな」

 

 眠かっただろうに、夜中に収穫した誰かに感謝する。

 

「ははは!そうだな!残さず食べてやれよ!」

 

 食堂のおっちゃんが豪快に笑った。

 コウセイとおっちゃんは手を振って別れた。何時までもあそこにいては仕事の邪魔になる。

 自分の分のトレーを持って、先に席についていたエリシアの前に座る。おっちゃんと話していた時間はそんなに長くないはずなのに、エリシアの二つあるトレーの一つがすでに空だった。

 コウセイは一度目をこすって見直したが、見える光景は変わらなかった。小さくため息をつくと、大急ぎで食事を終わらせることにした。

 

 

 

 陸上空母グランドシップの周りは駐機場になっている。船内で休むライダーが置いていった、大小様々な種類のテスタ・マキナが並んでいる。

 その中でも目立つ、銀色の装甲を纏った狼型のテスタ・マキナ。コウセイとエリシアが所有する機体。型式名称ガルム。ミドルクラス――中型のマギア・マキナ【バーンゲイズ】から改造され製造されるものだ。十年前エリシアの父から受け付いた機体だった。通常の同型機よりも装甲と武装を追加されたこの機体は良く目を引いた。

 コウセイとエリシアが地面に伏して待機するガルムに近づくと、自動的に操縦席コックピットが開く。

 機体に乗り込もうとした二人へ不躾な輩が声をかける

 

「おいおい。一人じゃ依頼も受けられないのかよ」

「やめてやれよ。一人じゃ怖くて乗れないんだろ」

「情けないなあ。負け犬アンダードッグ

 

 エリシアが舌打ちをする。さっきまでおいしく朝食を食べてご機嫌だったはずが、一瞬で冷え切った空気を纏わりつかせている。

 コウセイとエリシアは、十年前にそう言った呼び名が付けられたことを知っている。実際に侮蔑と一緒に呼ばれたこともある。だがそれも最初の頃だけだった。すぐに表立ってその名を呼ぶ人間はいなくなった。調子に乗った犯罪者がすり潰されてからは、表立って呼ぶ人間はいなくなった。よほどの馬鹿でもない限りは。

 コウセイはまったくどこの馬鹿か、と怪訝な顔で振り返る。

 見た事の無い三人組だった。

 少なくともここ十年拠点にしているアドミスで見かけたことは無い。三人とも薄汚れて、装甲強化服が何処かしら破損していた。

 コウセイやエリシアも着ている、これら装甲強化服も元はマギア・マキナだ。マギア・マキナの一部だったと言うべきか。歩兵の代わりとして運用された自動人形用の装備だった。中の人形さえ破壊してしまえば人間にも装着出来るものであった為、若干の改造を施され人の装備として利用されている。便宜上、エクストラスモールクラスのテスタ・マキナに分類される。

 実はこれも自己修復ヒール機能を有しているのだが、損傷の修復には材料が別に必要になる。彼らの破損したままの姿は、修理する金すらないと周囲に知らしめていた。


「やあ、良い朝だな。何の様だい?」

 

 コウセイは面倒くさい態度を隠すこともせず、適当な言葉で尋ねる。続けて。

 

「ああ、知り合いでもないから金は貸さないぞ?」

「ええ、見た所返せるような実力もないようですし」

 

 コウセイとエリシアの二人から皮肉が放たれた。特にエリシアは受けた侮蔑のお返しとばかりに刺々しい言葉を口に出す

 

「ほら、うちの相棒もこう言っているし、こっちは用が無いんで失礼するよ」


 コウセイはさっさと会話を打ち切りガルムの操縦席コックピットへ向かう。さりげなくエリシアを引き寄せる。男達の方へ進もうとするのを肩に手を回し抑える。彼女から魔力エーテルが立ち上っている。いつの間にか手に持っていたロッドに強化魔法がかけられていた。小声で「それで殴ると、骨折じゃすまないからやめてやんな」と声をかけ連れて行った。


「ふざけるなよ!負け犬アンダードッグ!負けて逃げて来た野郎が、調子に乗るんじゃねぇ!」」


 中央にいるリーダー格だろう男が激高した。コウセイへ向ける視線に混じる想いは、嫉妬と憎悪。残りの二人の視線にも混じる感情だ。

 手を振り去っていくコウセイの背中に三人の男達は、いつまでも罵声を浴びせ続けた。

 コウセイは思う。一体何がしたいのか。あそこで喚く時間があるのならば、何か依頼を受けてくれば良いものを。まったくもって無駄な時間だった。

 エリシアと共に操縦席コックピットに収まったコセウイは、ガルムを起動させた。起動用の指輪――これも十年前に受け継いだ――から魔力エーテルを流し込む。コウセイの魔力エーテルを火種にして魔力エーテルファーネスが稼働し始める。個人認証が終了しシステムが立ち上げる。操縦席コックピットハッチが閉まると、周囲の壁がモニターになり外の映像が表示される。

 あちこちで他のライダーも機体に火を入れ始めていた。魔力エーテルファーネスの始動時に出る独特な甲高い音が、広場を満たした。

 魔力エーテルファーネス魔素マナから変換した魔力エーテルを受け取り、体高がゆうに十mもあるガルムが震えて立ち上がる。


「さて仕事へ行きますか」

「今日はNNE-3エリアでのお仕事ですね」

「NNE-3ね。了解。」


 周囲に気を配りテスタ・マキナの集団を抜けると、コウセイはガルムの速度を上げる。ライダーの意思に従い魔力エーテルファーネスが歌を奏でる。莫大なエネルギーを得た機体が、大地を力強く踏みしめる。背中から八本の鎖を躍らせる巨大な鉄の塊が風のように走り出した。


「方向が逆ですね」

「あ、はい。すいません」

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