テスタマキナサルタティオ

アジの干物@ディープニャン

プロローグ

 魔法と科学が混在する世界。

 この世界は魔素マナがすべてを形作っていた。

 人類は魔素マナから魔力エーテルを生み出し、魔法を行使する術を得た。

 次に人類は知識と技術を蓄え、科学を発展させた。

 最後に魔法と科学を掛け合わせ兵器を生み出した。

 魔導兵器【マギア・マキナ】。

 魔力エーテルファーネスを搭載し、人類よりも強力な魔法を行使する兵器。

 人が駆る兵器だったものは、効率化の為に無人化された。生産すらも完全に自動化された。炉が停止しない限り、自らを生産修復し、戦い続ける人形。

 人類同士の戦争に使用されたそれらは、いつしか暴走を始めた。

 一方的に襲いかかるマギア・マキナに人類は抗った。

 マギア・マキナとは別の戦闘兵器を開発して抵抗したのだ。

 その結果一部の生産拠点を破壊して見せる戦果を挙げる。

 

 後に崩壊戦争と呼ばれる戦いから六十年。

 人類は生存圏を狭めつつも、懸命に生きている。マギア・マキナすらも利用して。

 人類は制御装置を外したマギア・マキナを改造し、有人機として使用したのだ。

 この機体はマギア・マキナと区別するため【テスタ・マキナ】と呼称された。

 

 いまだ満足に戦力の供給が出来ない中、それでも人類は抵抗を続ける。

 

 敵のテスタを纏って。






「此処は、お前達の居ていい場所じゃねえだろうが」


 半壊したテスタ・マキナの操縦席コックピットでコウセイ・ミョウガは吐き捨てた。まだ若い、辛うじて歳が二十に届く位の青年だ。

 転倒した拍子に口の中を切ったのか、血の味がする。それが目の前の光景と合わさって不快感をもたらす。

 炎が照らしだす夜空。街が燃えている。焼ける建物の中をうごめく影。

 炎に照らされた大きな影が、街の中を走り回る。

 四足歩行の獣が、巨大な体で建物を壊しながら縦横無尽に駆け回る。道はめくれ上がり、悲惨にも逃げ遅れた人の証がいたる所に撒き散らされた。

 遠くでは何体もの巨人騎士が、建物に腕を叩きつけている。何か――暖房用の燃料か食用油か、に引火したのか巨人の周りに新しい火の手が上がった。

 暴れまわる巨人騎士を止めようと味方が立ち向かう。巨大な兵器同士の衝突の余波で周囲の建物が崩れた。

 ほんの数時間前まで、当たり前の平和な時間が流れていた。

 それがどうだ。今はもう、ここは地獄だ。

 暴走した魔導兵器マギア・マキナ。

 突然出現した大量の暴走兵器が、都市を絶望の淵へ叩き落とした。

 都市の守備隊は奮戦したが、多くの機体が撃墜されてしまった。


「クソ!まだ直らないのか!」


 機体状況を確認する。自己修復ヒール機能は働いているが、修復に必要な材料が足りないのか遅々として進まない。修復に費やされる魔力エーテルよりも、素材を呼び寄せアポートする術式に魔力エーテルが食われている。

 モニターはすでに半分以上が死んでいる。制御システムが大量のエラーを吐く。機体の不調を示すログが、止まることなくスクロールしていく。大半が赤く染まったランプと、鳴りやまぬ警告音が状況を示している。

 動かすことは出来ても、戦闘への復帰は不可能だった。

 悲鳴はもうしない。

 自分達で切り開いて何年もかけて作った街の、顔見知りの住人が死んでいった。

 

「チクショウ!」

 

 アームレストにコブシを打ち付ける。何も出来ない自分が恨めしい。コブシを握りしめ俯くその耳に、自分を呼ぶ声が聞こえる。

 モニターでは声の主を見つけられない。青年は操縦席コックピットを開け外へ出た。

 声の主は横転した機体の傍に立っていた。顔を煤で汚したプラチナブロンドの小柄な少女だ。身体能力を補助する装甲強化服を着ている。周囲に魔法で作り出した水の膜を張り、火事の熱から逃れている。

 青年の姿を目にした少女は駆け寄ってきて叫ぶ。

 

「大丈夫ですか!」

「俺は大丈夫だ、エリシア。君は何だってそんな軽装でこんなところに……」

「避難誘導をしていました。それで私も避難しようとしたら、道が塞がってしまって」

「分かった。こっちへ!」

 

 青年は少女を操縦席コックピット内へ招き入れた。それなりの広さを持った操縦席コックピットも、小柄とはいえ人が一人増えれば手狭になる。

 

「それで他に人は……」

「最後の人は避難が終わりました。後は……」

 

 少女は涙を浮かべ首を振る。強化服を纏ってなお華奢な体が震える。

 

「そうか。よくやった」

 

 青年はそう言うと少女を抱きしめた。普段気丈な少女の涙ぐむ姿に、青年は彼女がどんな景色を見たのか察した。

 少女のすすり泣く中、唐突にその音を掻き消すアラートが鳴る。近くに敵がいる。

 機体の修復率は七割。モニターも全てではないが外の状況を映し始めている。映像の中に動く影があった。

 女性――いや黒い鎧を着こんだ女神か。黒く美しい機体が倒れている。本来であれば二つある目は片側のみ残り、顔の半分が吹き飛び、内部をさらけ出している。片方の腕が肩からもぎ取られ、人であれば心臓に当たる部分が先ほどの戦闘で破壊されていた。その惨状でもドレスにも似たゆったりした装甲も相まって、芸術品の如き美しさがあった。


「倒しきれなかったのか!?」


 仲間が危険も顧みず囮となって作り出した隙と、自分の機体の武装全てを費やして撃破した。こちらも味方がやられ、機体が半壊するまで追い詰められたが、撃破できたはずだった。動力部を潰したはずが――なぜ?

 黒い女神が体を起こそうとする。なぜ再起動したのか。疑問は機体の胸元も見て氷解した。装甲のはがれた胸元。そこには動力炉が二つあった。他の機体とは違い動力炉は左右に一つずつ存在していた。青年が破壊していたのは左側の動力炉だけだった。

 黒い機体が起き上がる前にせめてと、こちらの機体を立ち上がらせる。駆動系の損傷は問題ない。だが――。

 

「まいったな。まともに使える武装が無い」

 

 中距離で使える武装までは修復が追い付いていない。出来るとすれば四肢を使った接近戦だけだ。

 腕の中の少女が震える。モニターの映像を見る目が大きく開く。涙に濡れる奇麗な目の中に黒い影が浮かび上がる。

 今となって少女を乗せた事を後悔した。このままでは二人揃って終わりを迎える。せめて彼女だけでも助かる方法を探す。

 だが無情にも何の策も浮かばなかった。味方もいない。完全な手詰まり。ならばイチかバチか接近戦を仕掛ける。そう考え操縦桿を握りしめた。

 遂に黒い機体が立ち上がる。厚みのある長い剣を振り上げる。何の感情もなくその剣が振り上げられて。


『何をしている!』

 

 声が響いた。鋼鉄の騎士。暴れている敵ではなく味方の機体が、敵の破損し露出した動力炉を破壊する。銀色の装甲の厚い鎧を纏った機体が、青年と少女を守るように立ちふさがった。機体の乗り手、声の主は――。

 

「隊長!」

「お父様!」


 二人の声が重なる。

 青年の上司にして少女の父親は叫ぶ。


『エリー?なぜそこに。いやそれはいい。コウセイ、機体は動かせるか!?』

「はい!すぐに援護に……」

『違う。逃げろ!』

「はっ?」


 青年は何を言われたのか理解が追い付かなかった。逃げる?ここまでやられて?

 少女も目を丸くして驚いている。

 隊長の機体が手に持つ槍を使い、敵を地面に縫い付ける。此処に来るまで無茶をしたのか、装甲のあちこちが欠け歪んでいる。それでも機体は十分にその力を発揮し敵を地面へ押し付けた。


『この機体は上位個体ハイランクのランパデスだ。こいつは周囲のマギア・マキナを呼び寄せてしまう。すでにかなりの数が押し寄せてきている。街はもうだめだ。生き残った人間を連れ南門から脱出する。お前たちも行け!』

「しかし!」

『武装もまともに無い機体で何ができる!』

 

 隊長の言葉に青年は呻き声をあげた。本当は自分でもわかっていた。この機体の状況では何の役にも立たない事を。


『バーナードに陸上空母グランドシップを任せた。若い連中にアドミスまで避難民の護衛を任せる。お前も合流しろ!』

「お父様は?」


 少女が震える声で尋ねる。尋ねるまでもなく、自分の父が何をしようとしているかわかっていた。それでも訪ねずにはいられなかった。


『エリー。父さんはここで奴らを足止めする役目がある。わかるね?』

「無茶です!」


 涙声で少女は叫んだ。モニターに映る敵だけではない。周囲にはまだ多くの敵がいる。ただでさえ味方が撃墜され少なくなっている。その上避難民の護衛に戦力を割けば残る者達は……。

 父は優しい目で娘を見つめていた。いつもは厳つい顔がやけに穏やかだった。

 

『それでもやらなければならない。』

「どうして、お父様」

『コウセイ、エリーを頼む。それと南門に行ったら機体を乗り換えろ。私の予備機のガルムが置いてある。それを使え。さあ、もう行きなさい』

「……はい。バーナード副隊長に合流します」


 しばしの逡巡。その間に青年は無理やり自分に言い聞かせ、隊長の命令に従う。

 少女が涙を流す。

 青年は機体を反転させた。

 その背中に声がかかる。


『エリー。お前にもいつか分かる時が来る。そしてお前たちも私と同じようにする時が来る……』


 それが最後に聞いた彼の言葉だった。

 

 南門へ向かう間、何機もの味方とすれ違った。

 敵と比べ圧倒的に少ない数で、テスタ・マキナ乗りライダーは絶望的な戦場へ立ち向かおうとしている。

 すれ違いざま、口々に明るい声をかけて来たのは、彼らの優しさかそれとも祈りだったのか。

 

 彼らの願いは果たされた。

 城塞都市ダクアからの避難民は、誰一人欠ける事無くアドミスの街へ辿り着いた。


 数えきれない人の体と心に傷を残した事件から十年後。

 コウセイとエリシアの前に悪夢が再度現れる。

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