【読切】黄金フェンサー
騎士山ツルギ
黄金フェンサー
草木が生い茂る山道を、一人の青年が歩いていく。白のワイシャツに濃紺のスラックスを着用した、線の細い長身を覆ってしまう黒いロングコート。左腰には薄汚れた金の鞘が携えられ、どれだけの間持ち主と共にあったかを物語っているようであった。銀髪は顔の右側へと流れ、紫色の瞳の片方を隠している。しかし彼の眼差しはさながら刃のように鋭く、そして真っすぐであった。彼の名はレピーダ・キャバルリー。世界中を旅してまわる、さすらいの剣士である。
「……む?」
山道の脇から、一人の女性が飛び出してくる。マゼンタのダウンジャケットに、ベージュの長ズボンを履き、白いリュックサックを背負っている。茶髪のポニーテールに赤い縁取りのメガネが特徴的だ。登山でもしていそうな恰好だが、ひどくおびえているような様子だ。気になって声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「ひっ!? あ、いえ、あの、その……」
混乱している彼女をいぶかしんでいると、背後の茂みがガサガサと揺れる。振り返るとそこから、奇怪な恰好の二人組が現れた。迷彩服の上からプロテクターや防弾チョッキをまとい、ガスマスクを装着した男たち。そのような姿をした者たちを知っているレピーダは、
「貴様ら、なぜここに!」
「お、お前はレピーダ・キャバルリー! クソっ、こんなところで!」
ヤケを起こした男たちはナイフを取り出し、レピーダに襲い掛かる。しかし彼は全く動じず、的確なパンチの一撃で男たちを地面に転がす。なんとか立ち上がった男たちは、一目散に逃げて行った。
「怪我はないか?」
「あ、ありがとうございます……あの、あなたは? 私ミオって言います」
「偶然通りかかっただけだ、名乗るほどの者ではない。それより、なぜさっきの奴らに?」
「それが、最近私たちの村の辺りをうろついていて。なんだか怪しくて後をつけていたら、気づかれてしまって……」
「そうか。それで、その村というのは?」
「ここです」
山道を上り、レピーダとミオはとある村に到着した。雑草が生い茂り、いくつか建っている木造の家屋はどこも汚れてボロボロになっている。畑もその痕跡をかろうじて確認できるほどに荒れ果て、人の気配が感じられない。不気味なほど静かな村を進んでいくと、比較的整備された区画にたどり着いた。どうやら目的地はここらしい。
「あ、ミオお姉ちゃんだ!」
「お姉ちゃん!」
外で遊んでいた子供たちがミオの周りに集まる。ミオはかがんで、子供たちと明るく接する。
「……慕われているんだな、お前」
子供たちと笑顔で触れ合う様子を見ていたレピーダが、姿勢よく直立したままミオに話しかける。
「ええ。若い人はみんな村の外に出て行ってしまって、もう子供とおじいちゃんおばあちゃんだけなんです。だから、私が頑張ってみんなを支えるんです」
「そうか。立派だな」
「いえいえ、あなたほどでは」
それからレピーダは、村長の家に案内された。村長いわく、何もないこの村を飛び出し、若者が次々と都市へと移住してしまった結果、村としての機能はすでにほとんど失われているという。そんな中でミオの存在はとてもありがたく、とりわけ今回やってきたレピーダのような青年は貴重な存在であった。村に住んでいる数人の老人たちは、こぞって彼に仕事の手伝いを求めたが、ミオの提案でまずは村を見て周ることとなった。とはいえ山の中の集落、それほど印象に残るものはない。しかしその村の祠には、ある不思議なものが祀られていた。それは緑色にぼんやりと光る、短剣のような形をしているものだ。
「これは?」
「御神体です。これのおかげで、ここでも農作物が採れるんです。私の家族は、ずっとこれを守ってきてるんですよ」
「ほう、御神体か。それは不思議だな」
そんな彼らの様子を、陰から見つめている者たちがいた。ガスマスクを付けた二人組は、御神体を確認すると、
「ブツはここにあったか」
「よし、将軍に報告しよう」
そう言って、その場を後にした。
その後レピーダは、数日間村に滞在し、村の人たちの頼みで色々な手伝いをした。小さな畑のジャガイモを収穫したり、山でタケノコを掘ったり、薪割りを手伝ったり。そのどれもを彼はいともたやすくこなし、その度に感謝された。しかし彼は顔色ひとつ変えずに、
「いえ、それほどのことではありません。あなたの教え方が分かりやすいだけです」
と謙遜するだけであった。ある日の夜、村の外から来たレピーダを歓迎する会合が、村長の家で行われていた。酔った老人たちが、そろって彼を賞賛している。それでも彼は、
「いえ、できることをしたまでです。それに、外から来た俺にこれほどのもてなしをしていただいて、こちらこそありがたいです」
と、態度を変えることはなかった。酔った老人たちがひっきりなしに絡んでくるが、苦笑交じりに受け答えするミオと違い、レピーダは酒も飲まずに表情ひとつ崩さない。その様子を見かねたミオが、彼に耳打ちする。
「もしかして、こういうことって苦手だったりします?」
「ああ。こういった経験はあまりないからな」
「そういえば、ご職業はどんなことを? 見たところ、なんでもできるようですが」
「いや、俺は所詮旅人だ。ひとりだけで生きている、寂しい男さ」
「ひとり……ご家族は?」
「俺は生まれてから家族というものを知らない。俺が生きている意味を知りたい、だから旅をしている」
「そうでしたか……辛いことをお聞きして、ごめんなさい」
「いや、それほどでもない」
ここで村長が、レピーダにある依頼をしてきた。まともに働ける彼に、ここにずっと住んでほしいというものだ。その様子に合わせて、ほかの村人たちも頭を下げる。ここまで人に頼りにされたことのないレピーダは、内心困惑していた。酒に酔った老人たちの無理強いとも思えたし、それに彼は特に居場所を求めているわけでもない。だが、これほどまでに他人から頼りにされるのも、存外悪い気分ではない。しばらく考えても、彼には答えを出すことができなかった。そこで彼は、とりあえずこのような返答をした。
「ひとまず、この場ですぐにお答えすることはできません。一晩考えてから、お答えしたいと思います」
村人たちはいささか反応に困ったようであったが、それでも彼の考えを受け入れてくれた。床に就きながら、彼はここに住むべきか考えていた。温かく受け入れてくれ、こんな俺でも必要としてくれる人々。あるいはここを安息の地とするのも悪くないかもしれないと、彼は思い始めていた。気が付けば、彼は眠ってしまった。
翌日。朝早くから村人たちの世話をし、慣れないながらも子供たちの遊び相手になっている頃だった。突如として、不気味な集団が大挙して村にやってきたのだ。迷彩服の上からプロテクターや防弾チョッキをまとい、ガスマスクを装着した戦闘員たち。そしてその隊列の先頭を歩くのは、銀色の鎧に身を包み、金色のブーツとグローブ、そして赤いマントと角の生えたヘルメットが目立つ幹部の男、地獄将軍だ。
「あいつら!」
彼らの姿を目撃したレピーダは、周りの子供たちの存在も忘れ、一行の後をつける。彼ら秘密結社の戦闘部隊は、まっすぐに村を進み、やがて祠の辺りに到着した。
「ここに目的のものがあるのか。よし、回収するぞ」
「貴様ら、なぜここへ来た!」
後をつけていたレピーダは隊列の前に姿を現し、将軍をにらみつける。
「ほう、これは驚きだな。まさか反逆者のお前までここにいたとは」
「こんなところへ大挙してやってくるとは。貴様らの目的はなんだ?」
「我々ヒドラの科学力をもってすれば、デルタ結晶のエネルギーを利用した、超高性能爆弾を作り出すこともたやすい。そのためには、この地に眠る結晶が必要不可欠なのだ」
「結晶だと?」
「そうだ。この祠に祀られている御神体、それこそ高密度のエネルギーを秘めたデルタ結晶だ。そしてそのエネルギーを使って作られた爆弾を、世界中にばらまいてやる。世界征服のため、そしてお前を倒すため!」
その将軍の言葉を合図に、草むらから大きな影が飛び出してくる。その陰の正体は、全身が茶色の毛皮で覆われ、おぞましい形相を浮かべた熊の怪人であった。
「行けっ、クマ怪人! 邪魔者を始末しろ!」
「了解です、将軍。お任せください。グルルルァァァァァァ!」
命令を下した将軍は、戦闘員たちを引き連れて祠の方へ向かっていった。
「待て!」
「待つのはお前だ。ここで俺様が引導を渡してやる!」
クマ怪人が巨体を広げ、レピーダの前に立ちはだかる。レピーダも拳を構え、怪人に戦いを挑む。しかしクマ怪人は屈強な肉体を持ち、どれだけ殴りつけても効かない。そのうえ、怪人の凄まじいパワーから繰り出される強烈なパンチやキックを防ぎきれず、体制を崩していく。さらに肋骨が軋むほどの凄まじい力で身体を掴まれ、そのまま勢いよく投げ飛ばされる。地面に激突した衝撃をもろに受けた彼は、全身を襲う痛みに耐えながらもなんとか立ち上がろうとする。
「どうした。お前の力はそんなものか!」
「くそ……ならば!」
「動くな、レピーダ・キャバルリー。人質がどうなってもいいのか?」
クマ怪人のパワーに押され気味だったレピーダは、眼前の光景に目を奪われた。巫女服を着たミオが、将軍に拘束されている。
「ミオ!」
「少しでも抵抗すれば、この女の命はない。おとなしく降参しろ!」
「貴様ら……!」
怒りに震える間もなく、クマ怪人の激しい攻撃にさらされる。人質がいる以上、反撃することもできない。このままではやられてしまう、どうすれば……。
「貴様も所詮は人間、ヒドラには逆らえぬ哀れな存在。我々ヒドラが、世界に君臨するのだ! ハッハッハッハッハッハッ!!」
勝利を確信し、高笑いする将軍。だが、ミオも反撃の機会をうかがっていた。油断した将軍の手にかみつき、拘束から逃れる。そして近くに落ちていた箒を拾い上げ、御神体を持っていた戦闘員を思い切り殴打する。すかさず御神体を拾い上げ、レピーダに駆け寄る。
「レピーダさん、これを!」
「ふん、よくやったな。やはりお前は立派だ」
「おのれ、小娘が……! それを渡せ!」
「黙れ! 貴様らのような悪魔の軍団は、この俺が許さん!」
「何を!」
襲い掛かるクマ怪人に対し、鞘から抜いた勢いそのままに剣を大きく振り払い、相手の突進を止める。怪人がとっさに後方へ跳躍したことで、双方の間には数メートルの間合いができた。ミオに安全な場所に隠れるよう促し、怪人を見据えながら、剣を天高く掲げ叫ぶ。
「フェンサー、鎧装!」
その瞬間、剣からまばゆい黄金の光が放たれ、レピーダを包み込む。光が収まると、そこには金色の鎧をまとい、長剣を携えた一人の戦士がいた。その名は、黄金フェンサー。木の陰からその様子を見ていたミオも、思わず声を漏らす。
「うそ……!」
「出たな、黄金フェンサー! おい、戦闘員ども!」
クマ怪人の指示で、数十人の戦闘員たちが周囲に集まる。そこから各々がナイフやロッドなどの武器を振りかざし、黄金フェンサーめがけて一斉に突撃する。しかし黄金フェンサーは全くひるむことなく、次々と現れる戦闘員たちを瞬く間に切り伏せる。ナイフで切り付けられようとも、どれだけロッドを叩きつけられようとも、その黄金の鎧は傷ひとつつかない。あっという間に戦闘員の群れは消え、残っているのはクマ怪人だけになった。
「行くぞ、クマ怪人! とぁっ!」
剣を構えながら、勢いよくクマ怪人に突っ込む。相手も攻撃の瞬間を見計らっているが、それよりも早く懐に飛び込み、剣をふるう。重く鋭い刃が、クマ怪人にダメージを与えていく。猛攻撃を加える黄金フェンサーだが、相手も黙ってはいない。大きく振りかぶった一撃を、片手で受け止めた。動から静へ、力比べが始まる。パワーであればクマ怪人が強く、少しずつ剣を押し返していく。しかし、黄金フェンサーの方が一枚上手であった。空いた脇めがけて、渾身の蹴りを入れる。体制を大きく崩したところへ、さらにもう一度蹴り飛ばす。たまらずクマ怪人は地面を転がり、ダウンする。
「貴様らの悪事も、ここで終わりだ! 必殺!」
剣を掲げ、円を描くように大きくゆっくりと振り回す。それに合わせて、刀身に青白い光が集まっていく。そしてひときわ強く発光し始めた剣を両手で保持し、必殺の構えに入る。
「フェンサー・雷光斬りぃぃぃぃ!!」
輝きを放つその剣はクマ怪人をたやすく両断し、太刀筋の光が袈裟懸けに走る。
「お、おのれ黄金フェンサー……! グルルルルルルルァァァァァァァ!!!」
断末魔と共にクマ怪人は倒れこみ、その身体は大爆発に呑みこまれた。戦闘を終え、黄金フェンサーはもとのレピーダに戻る。ふうっ、と一息ついた彼のもとへ、ミオが歩み寄る。
「あの、レピーダさんでしたっけ? あなたは一体……?」
「……このことは秘密にしておけ。お前の身のためにも」
そう言い残して、レピーダ村を去った。それからミオは、彼について話そうとしなくなった。彼が旅をする理由も、あの黄金の姿も。
「レピーダさん、どうしてるのかな……」
レピーダが村を後にして数か月ほどが経った。ミオは変わらず村に残り続けた。子供たちや老人の生活に寄り添い、支えるためでもあるが、それだけではない。誰にも何も言わず、たったひとりで戦い続けるあの青年が、またここに戻ってくることがあるかもしれない。そんな気がして、彼を待っているのだ。
そんな彼は変わらずに旅を続けていた。一か所に留まっていれば、周りの誰かを危険なことに巻き込んでしまうかもしれない。だからこそ、俺はひとりでいなければならない。そんな思いをひた隠しながら、彼は世界中をさすらう。多くの人々を苦しめ、その命を奪うヒドラを叩くために。
(了 計五五三二文字)
【読切】黄金フェンサー 騎士山ツルギ @Tsurugi_Kishiyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます