思春期少年と妖魔と縁談

結剣

第1話 読み切り 思春期少年と妖魔と縁談

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■登場人物

 折月遥斗(十七) 退魔の一族。和解賛成派。 身長一七〇センチ。

 リオ(年齢不詳) 遥斗と契約を結んだ妖魔。和解賛成派。身長一六〇センチ。スタイルがいい。

 ゼオル(二十五) 遥斗とリオを襲う妖魔。和解反対派。身長一八〇センチ。

 友人 遥斗の友人。悠斗と同じく退魔の一族。身長一六五センチ。

 退魔の重鎮 和服の年寄りたち

 妖魔の重鎮 和服の年寄りたち 角が伸びていたり牙が生えていたりする。


〇日本家屋・和室(夜)

   日本家屋の和室、和服に身を包んだ退魔の重鎮と妖魔の重鎮が向かい合って正座している。

   上座にそれぞれの代表がいて、下座に学生服姿の折月遥斗(十七)と裾の短い和服に羽織を羽織ったリオ(年齢不詳)が正座している。

   遥斗のバストアップ。

遥斗「退魔と妖魔の重鎮が揃い踏みで、どういう集まりなんです?」

退魔の重鎮「そう怪訝な顔をするな、遥斗。これは和解についての会談だ」

遥斗「会談? 退魔と妖魔が和解するのは結構ですけど、どうして俺がここに?」

   隣に座るリオを一瞥する遥斗。

   リオも遥斗を一瞥し、肩をすくめる。

遥斗「それにコイツ……妖魔の姫でしょ?」

退魔の重鎮「実はな、和解の口実が欲しいのだ」

妖魔の重鎮「長年いがみ合って来た我々だが、ただ疲れたという理由で和解するのはな」

   リオがきょとんとした表情で首を傾げる。

リオ「で? それ私たちがどう関わるの?」

妖魔の重鎮「早い話が、お前たちには和解の柱になってもらう」

退魔の重鎮「お前たちには契約を結んでもらい、婚姻してもらうのだ」

   遥斗とリオは目を瞬かせ、同時に目を見開いて身を乗り出す。

遥斗「婚姻!?」

リオ「婚姻!?」

   遥斗とリオは互いを指差す。

遥斗「コイツと!?」

リオ「彼と!?」

   重々しく頷く退魔と妖魔の重鎮。

   退魔と妖魔の重鎮は一枚ずつ御札を取り出し、異能を発動する。

退魔の重鎮「そうだ。……それでは、契約を提示する」

   退魔と妖魔の重鎮の持つ御札が発光し、光が遥斗とリオを包む。

遥斗「待て待て! 契約を提示されたら俺たちは……!」

退魔の重鎮「未熟なお前には解除できないし、抵抗もできない」

遥斗「呼び出したのはそのためかよ!?」

妖魔の重鎮「すまぬな、若人よ。年々若者が減っていて、適任がお前たちしかいないのだ」

遥斗「こんなパワハラみたいなことしてるから増えないんだよ!」

リオ「はぁ……仕方ないわね。それで和解が成立するなら、まぁいいんじゃない?」

遥斗「もうちょい抵抗しろよお前! って……!」

   リオの体が完全に光に包まれ、遥斗の体と一体化する。

遥斗M「この、感覚は……っ!?」

   遥斗の意識が途絶える。


〇湊川高校・外観(朝)

   「湊川高校」の門標。

    どこにでもある公立校。


〇同・教室前廊下(朝)

   扉の上に二年二組のプレート。


〇同・教室(朝)

   黒板の日付は五月二十二日になっている。

   教室内には数名の生徒がいる。

   教室の一番後ろの席に座る学生服姿の遥斗。その横から友人が声をかけてくる。

友人「よ、おはようさん。聞いたぜ、退魔と妖魔の和解」

   友人は遥斗の前の座席に座り、首を傾げる。

友人「なんだ、不機嫌そうな顔して」

遥斗「和解の話聞いたなら、大体予想つくだろ」

友人「ああ……。お前が妖魔から嫁さん貰った話か?」

   友人は遥斗に顔を近づけて耳打ちする。

友人「それなりに強い妖魔の姫さんなんだろ? どんな奴なんだよ。可愛いのか?」

遥斗「節操ねぇな」

リオの声「なになに? ハルトの友達?」

   突然聞こえた声に驚いて身を退く友人。

   遥斗が溜息を吐くと、遥斗の背中から生えるように笑顔のリオが姿を表す。

リオ「初めまして! 私はリオ!」

   押され気味の友人。困惑気味に汗を流している。

友人「おお……お? なんだか元気が良いな……?」

   耳を押さえて顔を顰める遥斗。

   横目にリオを見ている。

遥斗「耳元で騒ぐな鬱陶しい……」

   頭をかいて苦笑するリオ。

リオ「え? あ、ごめんなさい? ついつい」

   ニヤニヤ笑いながら遥斗を肘で叩く友人。

友人「この娘凄い可愛いじゃん。どうして不機嫌な顔してたんだよ」

   遥斗は不満そうに顔を顰め、溜息を吐く。

遥斗「昨日からうるさいんだよ、コイツ」

   リオに顔を向ける遥斗。

遥斗「精神体で出てこれるからって所かまわず顔出しやがって」

   遥斗の物言いに不満なリオ。頬を膨らませて腰に手を当てる。

リオ「何よ、その言い方。私たちは契約を結んだのよ?」

   腰から腕を移動し、胸の前で腕を組むリオ。

   リオの大きな胸が強調される。

リオ「なら親しくしようって思うのが普通じゃないの?」

   僅かに頬を赤らめて目をそらす遥斗。

   遥斗はリオの方を向くのを止め、窓の外に顔を向ける。

遥斗「そうは言うが、四六時中監視されるのは気に入らないな」

リオ「仕方ないじゃない」

   両手の平を上に向け、肩を上下させるリオ。

リオ「私、あなたの体に封じ込められてるようなものなんだから」

遥斗「実体化できるだろ。今みたいに中途半端じゃなくて、体全部」

リオ「あなたの近く十メートルまでしか移動できないんだから、こうしてお話してた方が建設的でしょ?」

   リオは遥斗の背後から移動し、遥斗と友人の隣に並ぶ。

   教室内を見回すリオ。

   他の生徒たちは思い思いに談笑したりスマホを見たりしていて、遥斗やリオたちにまったく関心を示していない。

リオ「それに私、あんまり外に出たことないんだよねー。だから楽しくって」

友人「外に? ああ、箱入り娘ってこと?」

リオ「そんな感じ。私、燃費悪くてさー。力を使うとすぐ疲れちゃうの」

友人「なるほどね。お前たちが一体化してるのは、そういう理由もあるわけだ」

   遥斗は溜息を吐き、頷く。

遥斗「コイツが疲れてるところを殺そうとすると、俺も巻き添えで死ぬ。逆もしかり」

遥斗「俺たちが死ねば、それは退魔と妖魔を同時に敵に回すことになる」

リオ「袋叩きに遭いたくなかったら和解に従えって、そういう旗印なんだって」

   リオは不満げに遥斗に顔を近づける。リオと遥斗のアップ。

リオ「あなたも和解には賛成なんでしょう?」

リオ「なら、私たちがどれだけ重要な役割かも分かっているはずよ」

遥斗「まぁ、な」

リオ「じゃあどうして私を邪険に扱うの?」

リオ「自分でいうのも何だけど、私、結構見た目に自信あるわよ?」

   ファッションショーのモデルのように体をくるりと回転させるリオ。

   友人がその様子を見て頷いている。

遥斗「そういう問題じゃない。ただ……」

   さらに顔を近づけるリオ。

リオ「ただ?」

   リオから顔を背け、吐き捨てるように言う遥斗。

遥斗「……とにかくうざったいんだよ! 人の近くで騒ぎ立てやがって!」

   遥斗の言葉にリオは目を見開き、柳眉を吊り上げる。

リオ「──もう! 何よその言い方!」

   両手を腰に当てて怒るリオ。

リオ「どうせ拒否なんかできないし、それなら仲良くしようって思ったのに!」

友人「おいおい……」

リオ「ハルトのバカ! もう知らない!」

   精神体を引っ込め、遥斗の体内に戻るリオ。

   溜息を吐いた直後、目を見開いて体を震わせる遥斗。

遥斗「はぁ……ッ!?」

友人「……どうした?」

遥斗「アイツ……! 知らないって言うなら、干渉するんじゃねぇ……!」

   苦しそうに呻く遥斗。

   遥斗は立ち上がり、よろよろとした足取りで教室を後にする。

遥斗「くっそ……! ここでやらせるかよ……!」

   友人も立ち上がり、遥斗を追う形で教室を後にする。

   廊下に顔を出すと、遥斗が階段に足を向けたところが目に入る。

   遥斗は階段を昇って行く。

   屋上の扉を蹴破って外へ飛び出る遥斗。

   遥斗は屋上の塔屋に背を預け、肩で息をする。

遥斗「やばっ……ッ!」

   友人が屋上に姿を表す。

友人「遥斗!?」

   遥斗の体の主導権がリオに切り替わり、遥斗は笑顔で大きく伸びをする。

遥斗(リオ)「あー……やーっと出てこれた!」

   口調と雰囲気の違う遥斗に困惑する友人。

   遥斗は自分の体を見下ろしてニヤリと笑う。

遥斗(リオ)「燃費が悪くても私の方が強いってこと、忘れないでほしいなー」

   友人は遥斗を指差して目を見開く。

友人「まさか、体を……!」

   友人の言葉を受け、遥斗は両手を腰に当てて胸を張るようにする。

遥斗(リオ)「そのとーり! ふふん、妖魔は元々人を支配することに長けてた種族だもん」

   遥斗は体をくるりと回してポーズを取る。

遥斗(リオ)「そういうのは私得意じゃないけど、体が一体化してれば造作もないわ!」

友人「いや、えー……どうすればいいんだ、俺……?」

友人「止めさせ──……」

   ニヤリと笑う友人。

友人「いやでも面白そうだな」

遥斗の声「ふざけんな! 止めろって!」

   わざとらしく上体を退く友人。

友人「おっと、意識はあるのか」

友人「でもなー。俺じゃこの娘には敵わなそうだしなー」

   両手を頭の後ろに組んで、わざとらしい笑顔で言う友人。

友人「遥斗の体を傷付けたくないしなー」

遥斗の声「はぁ……。なら俺が直接やるだけだ!」

   遥斗の体が大きく震え、直後に学生服のポケットが発光する。

遥斗(リオ)「ちょっ、何よこれ!」

遥斗の声「お前がこういうことをしたときに止めるための備えだ!」

   遥斗が震える手でポケットに手を突っ込み、その中にあった御札を取り出す。

   目を見開く遥斗。

遥斗(リオ)「退魔の御札!? でも私を引き剥がすことなんて……!」

遥斗の声「一瞬でも意識が持っていければそれでいいんだよ!」

遥斗(リオ)「きゃっ……!?」

   一際大きく体を振るわせた後、遥斗は額から汗を流して大きく口を開ける。

遥斗「ふざけやがって、アイツ……!」

友人「おっ、戻ってきた」

   塔屋の壁に寄りかかり、大きく息を吐く遥斗。

遥斗「奪いきれないと分かったら、大人しく引っ込みやがった」

遥斗「今度は完全に俺の中に沈んだみたいだ。気配を感じねぇ」

   面白がるように笑う友人。

友人「新婚だってのにもう破局かー?」

   遥斗は友人の額を小突く。

遥斗「うるせぇ」

遥斗M「ったく、どいつもこいつも勝手なことばかり……」

   

〇住宅街(夕)

   住宅街の分かれ道、遥斗とは違う道に歩いていき、手を振る友人。

友人「じゃあな遥斗。いい加減、嫁さんと仲直りしろよー」

   振り返らず、手だけを振り返す遥斗。

遥斗「じゃあな。余計なこと言うんじゃねぇ」

   ブロック塀の隣を歩く遥斗。スマホに目を落とす。

   スマホの画面には十七時と表示されていて、その下に五月二十九日と日付が表示されている。

   スマホをポケットにしまい、顔を上げる遥斗。すると眼前に一振りの日本刀が迫っている。

目を見開く遥斗。遥斗の目元のアップ。

遥斗「なっ……ッ!?」

大きく後ろに跳び、攻撃を避ける遥斗。顔を向けた先に、角を生やして襤褸切れを羽織った男(ガルム 二十五歳)が立っている。

遥斗「お前……妖魔か」

ガルム「そうだ。そういうお前は、折月遥斗だな?」

   溜息を吐きながら制服の内ポケットに手を入れる遥斗。

遥斗「普通斬りかかる前に聞くもんじゃないのか?」

ガルム「違ったとしても人間が一人死ぬだけだ」

遥斗「だけ、ね……」

遥斗「どうして俺を襲う?」

   日本刀の切っ先を遥斗に向けるガルム。

ガルム「決まってるだろう。妖魔と退魔の……人間の和解が許せないからだ」

ガルム「ついこの間まで敵対し、命のやりとりをしていた連中とこれからは仲良くしろだと?」

ガルム「笑わせるな!」

   内ポケットから手を出す遥斗。手には一枚の御札が握られている。

遥斗「もう争う必要はないって、それが分からないのか?」

ガルム「面子の問題ということだ! そもそも、和解の旗印であるお前もそうだ!」

ガルム「婚姻だの言っておきながら、妖魔を人間の体内に封じる主従契約ではないか!」

   一瞬固まり、目を見開く遥斗。

   その隙を逃さず、地を蹴るガルム。

   ガルムの突きを、遥斗はサイドステップで避ける。

遥斗「その契約を決めたのも、実行したのも俺じゃない」

   ガルムは大上段に振りかぶり、遥斗は御札に異能の力を流し、御札を硬化させる。

   振り下ろされた日本刀を、遥斗は御札で受け止める。

遥斗「文句があるなら、退魔と妖魔の重鎮にでも直訴してこい!」

両腕に力を込め、御札で日本刀を押し返す遥斗。

硬貨を解除させた御札に異能の力を流し、ガルムに突き出す遥斗。

遥斗の周囲に沢山の短剣が出現し、ガルム目掛けて飛翔する。

ガルム「当然そうするさ!」

   ガルムが日本刀を振るい、短剣と衝突。激しい爆発が起こり、粉塵が舞う。

   粉塵の中でガルムが日本刀を振るい、粉塵が払われ、ガルムが突っ込んでくる。

ガルム「お前を倒した後でな!」

   顔を顰めながら内ポケットに手を突っ込み、追加で御札を取り出す遥斗。

   空中で扇状に御札を並べ、半透明の障壁を展開する。

遥斗「んの野郎……!」

   半透明の障壁と日本刀が衝突し、激しく火花が散る。

   拮抗したのは数秒で、遥斗は弾き飛ばされてしまう。

遥斗「やるな……!」

遥斗M「ここじゃ戦いにくい……!」

   再び御札を突き出し、短剣を投射する遥斗。

   ガルムが日本刀を振るうと、またしても爆発が発生する。

   ガルムが粉塵を払った後、遥斗は既に走り去った後だった。

ガルム「逃がすものか……!」


〇山・麓の森(夜)

   木々が生い茂る山の麓。緩やかな斜面を遥斗は駆け抜けている。

   遥斗の背後からガルムが迫り、遥斗は振り返らずに御札を振るって短剣を投射する。

遥斗「しつこいっての……! おいリオ! ……リオ!」

遥斗「アイツ、拗ねやがって……! リオ! 手を貸してくれ!」

   殺気を感じ取り振り返る遥斗。御札で障壁を生み出し、ガルムの攻撃を受け止める。

ガルム「なんだ、出てこないな」

   空中を睨みつける遥斗。

遥斗「おいおい……! 俺が死ぬと、お前も消滅するだろうが!」

リオの声「ふんっ。私は強いもの。依り代であるあなたが死んでも、消滅する前に元の体に辿り着けるわ」

   ガルムが力を込め、障壁にひびが入る。

遥斗「こいつが逃がすと思うか? 依り代がなくなって弱体化したお前なんて瞬殺だぞ!」

リオの声「そもそもハルトが負けなきゃいいだけでしょ?」

遥斗「今の状況見てよくそんなこと言えるな……っ!」

障壁のひびが大きくなり、遥斗は舌打ちしながらバックジャンプする。

障壁が音を立てて崩れ、日本刀が空を切る。

遥斗は再び御札を振るい、短剣を連続投射する。

ガルムはその全てを叩き落とし、斬り払う。

遥斗「俺だけじゃアイツを倒せない! だから……!」

リオの声「どうして私にあんな酷いこと言う人に手を貸さなきゃいけないの?」

リオの声「私、すっごい傷ついたんだけどなぁー。悲しかったんだけどなぁー」

遥斗「それは……!」

   ガルムが短剣の雨を防ぎきり、瞬間移動するように低く飛ぶ。

   御札を振るい、今度は今までより大きな剣を実体化して手に取る。

   体の前で剣を構えると、日本刀が衝突して火花が散る。

遥斗「俺が……!」

   遥斗は腕を捻って剣を受け流し、ガルムを蹴って距離を稼ぐ。

   距離を取った遥斗は脇構えを取りながら口を開く。

遥斗「俺が悪かったよ! ……恥ずかしかったんだ」

リオの声「恥ずかしい?」

   顔を赤らめて捲し立てる遥斗。

遥斗「ああそうだよ! いきなり婚姻を結べなんて言われて!」

遥斗「お前みたいな奴が四六時中一緒なんだぞ!? 男ならみんな恥ずかしがるか、そわそわするかのどっちかだ!」

リオの声「……ん? それじゃあ私を邪険に扱ったのは……照れてたから?」

遥斗「さっきからそう言ってるだろ!」

リオの声「ふーん……。えへへ、そっか」

ガルム「茶番もいい加減にしろ!」

   業を煮やして突っ込んでくるガルム。

   遥斗は障壁で受け止めようとするも、すぐに自分の体に起こった変化に気がついて動きを止める。

ガルム「シィッ!」

   ガルムが日本刀を振るい、衝撃波が周囲に広がり、木々を叩き、葉を揺らす。

   目を見開くガルムのアップ。

ガルム「なっ……!」

ガルムが振り下ろした日本刀を、完全に実体化したリオが掴んで止めている。

   リオの顔のアップ。満面の笑みだが、瞳が強く輝いている。

リオ「そういうことなら……私、本気出しちゃおっかな!」

   日本刀を掴む腕に力を込めるリオ。

   日本刀にひびが走り、次の瞬間砕ける。

   リオの手と日本刀のアップ。

   後ろに跳ねて距離を取ろうとするガルム。

ガルム「こいつ……!」

   力を貯めるように身を屈めるリオ。

リオ「さーて……」

   兎のように飛び跳ね、空中で身を捻ってガルムに飛びかかる。

リオ「逃がさないんだから!」

   ガルムはバックステップで飛び込んできたリオを避け、襤褸切れの中から脇差のような刀を取り出す。

ガルム「死ね!」

   ガルムが刀を突き出すも、リオは刀身の腹を叩いて刃を砕く。

ガルム「なっ……!?」

リオ「無駄だよ!」

   左腕を伸ばしてガルムを掴み、右腕を畳むリオ。

リオ「せぇーのッ!」

   リオが畳んだ腕を目にも止まらぬ速さで突き出し、ガルムは勢いよくぶっ飛ばされ、巨木の幹に体を打ち付ける。

ガルム「がはっ……! 今更出てきて何を……!」

   リオは腰に手を当て、小首を傾げて笑う。

リオ「気が変わったの。あなたは私が──……ううん」

   遥斗の方に振り返り、満面の笑みを浮かべるリオ。

リオ「私たちが倒すわ!」

   リオの言葉を受け、御札を構える遥斗。

   ガルムは起き上がると二人を睨みつける。

ガルム「チッ……。だがいい。元々二人まとめて殺すつもりだったのだからな!」

   走り出すガルム。手を開くと、そこに黒い靄が生まれ、それが日本刀を形作って実体化する。

   ドスンと地面を踏み込み、切っ先を引きずるような構えから日本刀を振り上げるガルム。

ガルム「シッ!」

   斜め下から襲い掛かる日本刀を蹴り、破壊するリオ。

リオ「無駄だって言ったでしょ!」

   日本刀を破壊されたガルム目掛けて、短剣の雨が降りかかる。

   再び爆発が起こり粉塵が舞う。

   粉塵を払い、またしても日本刀を実体化させたガルムが飛び出してくる。

ガルム「お前の攻撃は効かんッ!」

   右手で御札を構え、左手でガルムを指出す遥斗。

遥斗「今度はどうだッ!」

   今度はガルムを囲むように短剣が実体化し、連続で投射される。

   ガルムはそれを弾こうともせずに突っ込んでくるが、短剣は爆発せず、ガルムの体を刺し貫く。

   ガルムは大きく跳ねて身を退き、体を見下ろして驚愕する。

ガルム「何故だ……!?」

遥斗「発動する術を変えたんだ。狙いをつける余裕がなかったから、さっきまでは使ってなかったけど──」

   ガルムの横合いから襲い掛かるリオ。

   ガルムが跳んで避けると、直前まで真後ろにあった木にリオの蹴りが直撃し、音を立てて木が倒れる。

   御札を構え、左手でガルムを指差す遥斗。

遥斗「お前が防戦一方の今なら!」

   短剣が実体化し、風切り音と共にガルムに飛翔する。

   ガルムは日本刀で短剣を弾くも、弾き切れなかった一本がガルムの足を穿つ。

   止まりこそしないが、速度を落とすガルム。

ガルム「がっ……!」

   木の幹を足場に跳躍し、空中で横回転を加えた蹴りを繰り出すリオ。

リオ「これでおしまいッ!」

   リオの蹴りがガルムの体に直撃し、風穴を開ける。

   吹き飛んで地面に落下したガルムは、何もできずに塵になって消滅していく。

   振り返ったリオが満面の笑みを浮かべてピースサインを突き出す。

リオ「えっへへー! 大勝利!」

   遥斗はピースサインを出そうとして直前でやめ、親指を立てる。

遥斗「ああ。……ありがとう、リオ」


〇湊川高校・外観(昼)

   「湊川高校」の門標。


〇同・屋上(昼)

   周囲を金網のフェンスに囲まれた屋上。塔屋の上に遥斗とリオ、友人が座っている。

   遥斗は弁当箱を手にしていて、友人は総菜パンを食べている。

リオ「ねぇハルト、今日のお昼は主導権あなたなんだから、夜は私よね?」

リオ「私、隣町のラーメン屋に行きたいんだけど」

遥斗「ダメだ」

   遥斗の言葉に頬を膨らませるリオ。

リオ「なんでよ。朝は固定だけど、昼と夜は交互にって決めたじゃない」

   遥斗は横目にリオを見て口を開く。

遥斗「交互はいいけど、ラーメンはやめろ。お前、隣町でラーメン屋って、あのすっげぇこっ  

   てりしてて体に悪そうなやつだろ?」

友人は考えるように顔を上げた後、ポンと手を叩く。

友人「あー。あの食べる不健康って感じの店か」

リオ「さぁ? クラスの男の子が美味しいって言ってたのを聞いただけだもの。どういうものが出てくるのかは知らないわ」

   遥斗は溜息を吐く。

遥斗「なんでお前、俺の中にいて俺が聞いてないようなことを把握してるんだよ……」

遥斗「じゃなくて、あそこはすっげぇ不健康になるようなものを出すんだ」

   溜息を吐いて肩を落とす遥斗。

遥斗「ただでさえお前後先考えずに好き勝手食うんだから、たまには自制しろ」

   遥斗が言うと、リオは両手を腰に当てる。

リオ「いいじゃない! どれだけ食べてもあなた体壊さないんだから! 頑丈な体の使いどころだと思わない?」

遥斗「思わないね。人の体だからって好き勝手しやがって」

リオ「今は私の体でもあるのよ? ならいいじゃない」

   遥斗は首を横に振り、残りの弁当をかきこむように食べる。

   リオは抗議の視線を遥斗に送り、それから考えを閃いて顔を輝かせる。

リオ「(楽しそうに)じゃあ実体化させてよ! そうすれば私も好きなもの食べられるもの!」

   弁当を食べ終えた遥斗が顔を顰めて首を振る。

遥斗「お前の実体化はあり得ない程疲れるんだよ! お前は好きなもの食べて満足かもしれないがな、俺はすっげぇ大変な目に遭うんだからな!」

   遥斗の言葉にまたしても頬を膨らませ、そっぽを向くリオ。

リオ「むー……!」

   友人も総菜パンを食べ終え、ごみを小さくしてレジ袋にしまう。

友人「ごちそうさまでしたっと。……ああ、パンに対してな。二人の痴話げんかにじゃないぞ犬も食わないって言うしな」

遥斗「いちいちいらんこと言うな。大体、犬も食わないのは夫婦喧嘩だろ」

友人「同じようなもんじゃんか。婚姻を結んでるんだから」

遥斗「そりゃそうかもしれないがな……!」

   スマホの画面を見て、わざとらしく両手を上げる友人。

友人「おっと、五限目は移動教室だったなー。食い終わったんだし、早めに行こうぜ?」

友人「時間に余裕を持つのは大切だからなー」

   軽々と塔屋から降り、階段へ消える友人。

   遥斗はそれを見て溜息を吐き、弁当箱をしまって続く。

   精神体のリオもそれに続き、ふわふわと浮かびながら遥斗の後に続く。

リオ「ねぇ、結局どうなの? いいの? ダメなの?」

遥斗「だめだっ──」

   遥斗の言葉に被せる形でリオが口を開く。

リオ「まぁ、ダメって言ったら無理やり体の主導権奪っちゃおうかと思ってたけど」

遥斗「なっ、てめっ……! 止めろよ! 絶対止めろよ! ……フリじゃねぇぞ!」

   階段を降りていく遥斗とリオ。踊り場からそれを眺める視点で完結。

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