竜胆会のメイク担当になりました。

鍵宮ファング

読み切り

○石護学園・外観(昼)

   「石護学園高校」の門標の架けられた校門。

   その奥には、三階建ての校舎の上に、台形型の屋根の乗った形をしている校舎   

   がある。


○石護高校・教室(2―B)(昼)

   何列にも分けて均等に机が並べられ、そこで生徒達が授業を受けている。

   眼鏡をかけた初老の教師は、生徒達の前で小難しい数式などを教える。背後の   

   黒板には三角形やSin、Cos、Tan、そしてそれらの計算方法がびっし

   りと書かれている。

教師「――で、あるからして。SinとCosはこのように表すのです」

   黒板の公式を書き移す生徒達。今田翔一(17)は怯えた様子でペンを握りし  

   める。表情は青ざめている。

   翔一の手はガタガタと震えている。

翔一M「ボクの名前は今田翔一、高校二年生」

翔一M「見ての通り、恋愛とは程遠い所謂モブキャラだ。彼女もいないし、妹もいな 

 い」

   恐る恐る視線を後ろの方に持っていく翔一。

   翔一の後ろの席に座る竜胆瀬名(17)は鬼のように目を鋭く尖らせ、じっと

   翔一の方を睨んでいる。瀬名の目元には影がかかり、目が光っている。

   瀬名の背後には、「ゴゴゴゴゴ……」と力強いオーラが漂っている。

   瀬名と目が合った気がした翔一は慌てて視線を前に戻し、考えるように天井を

   向く。

翔一M「そんなボクは今、命の危機に直面しています」

   波のような涙を流しながら、「ううう」と唸る翔一。

   まるで親の仇かのように翔一を睨む瀬名。

翔一M「彼女は竜胆瀬名さん」

翔一M「目つきも鋭く、スカートも長く、地元のヤが付く組織の娘さん。らしい。所 

 謂スケバンだ」

   翔一は机に両肘を付き、両手で頭を押さえる。

翔一M「これといって彼女を怒らせるようなことをした記憶はない。誰か教えてくだ

 さい」

翔一M「ボクが一体、何をしたと言うんですか!」


○タイトル「竜胆会のメイク担当になりました」


○石護高校・学食

   生徒達で賑わう学食には、長机が6台均等に並べられている。生徒達は人それ

   ぞれに散らばって、友人達と談笑している。

   翔一は野菜スティックと水入りコップを机の前に置き、スマホを見ている。

翔一「お、バズってるバズってる」

   翔一のスマホ画面が見える。その中には、ピンクの長袖ロリィタのワンピース

   を纏ったツインテール、所謂地雷系の少女「しょうてゃん」が写っている。

   「いいね」の数は4000。コメントも「可愛い!」といったコメントが無数  

   に付いている。

翔一の爪に、光沢がある(ネイルの跡)

翔一M「ボクには、誰にも言えない趣味がある」

   口角を上げニヤリと笑う翔一の背後に、写真の少女(しょうてゃん)が現れ  

   る。マスクで顔は隠れているものの、目元や輪郭から翔一の面影が見える。

   翔一の目には、少しキラキラしたものが付いている(ラメ)

翔一M「それはこのボクこそ、今を生きる『バズリーダー』しょうてゃんだというこ

 と」

   横アングル。翔一はポチポチとスマホを操作しながら片手で野菜スティックを

   食べる。

翔一M「最初はただの趣味で始めたが、気付けばファンが付くほどの人気になった」

   翔一の視線の向こうで、ブレザー制服を着た生徒が女友達と話している。翔一

   はじっと彼女達を見据える。

翔一M「とはいえ、恋愛対象は女の子。この活動も、メイクやファッションに憧れて 

 始めたもの」

   ふう、と一息つき、翔一はアプリのタスクを切り、過去の写真を開く。そこに 

   は衣装こそ違えど、ツインテールの少女の写真がずらりと並んでいる。

   翔一は女装した自分の姿を見つめながらまた一人笑う。

翔一M「これこそが本当のボク。どんなに嫌なことがあっても、ファンにチヤホヤさ

 れたらそんな悩みもオサラバ――」

瀬名「おい、そこ空いてるか?」

   声が聞こえて、慌てて視線を上げる翔一。その先には、牛丼の乗ったトレイを 

   持つ瀬名が立っている。

翔一「ひゃあっ! あ、空いてます!」

   周囲を見渡しても空席はない。翔一は驚いた拍子に答え、瀬名はどっしりと翔

   一の向かい側に座る。

   今もなお背後には「ゴゴゴゴゴ……」と圧を背負っている。

   一触即発の空気の中、翔一は野菜に備え付けのソースを付けて食べる。一方、

   瀬名の方も考え事をしているように、顔を顰めながら牛丼を頬張る。

翔一M「ヤバいって、一体ボクが何したってんだ⁉︎」

   生まれたての子鹿のようにプルプルと震える翔一。平静を装うため、口元に水

   コップを持ってくる。

   すると瀬名、ゆっくりと顔を近付け、翔一の耳元で囁くように訊く。

瀬名「もしかして今田、メイク好きだろ」

   次の瞬間、翔一の顔の前で爆発が起こる(水飛沫)。

翔一「エ、ナ、ナンデソンナコトヲ?」

   驚きのあまり、目を丸くして片言になる翔一。顔中水びたしで、手がわなわな

   と動いている。

瀬名「いや、気のせいならいい。ただその瞼」

   翔一の瞼がフォーカスされる。よく見ると翔一の瞼には、キラキラとした何か

   が付いている(ラメ)

瀬名「ラメ付いてっからさ」

   ギクリと体を反応させる翔一。顔の水が汗のようになって垂れる。

翔一M「そうだった。昨日の夜、メイクも落とさずに寝たんだった」

   翔一の顔がフォーカスされる。その横に、女装したまま眠りにつくしょうてゃ

   んの姿(イメージ)が映る。

   コトン、とコップを机に戻し、翔一は深呼吸をする。

翔一M「とにかく誤魔化さないと。でないとボクの学園生活は、終わる」

   すると翔一は、とぼけたように目を擦り出す。そして、手についたラメを見て

   びっくりする(棒読み)

翔一「あ、あれ? 嫌だな、これ科学の時に使った塩じゃないですか」

   瀬名、左上を見上げながら、科学の授業のことを思い出す。

瀬名「そういや再結晶に使ったな。でも、目に付くか普通?」

   瀬名の純粋な答えに、銃で撃たれたようなリアクションを取る翔一。

   苦悶の表情を浮かべたまま、翔一の顔がフォーカスされる。

翔一M「そうじゃん、瞼に塩付かないよ普通。てか目に入ったら痛くてそれどころじ

 ゃない」

   瀬名側の視点。今度は、翔一のわなわなと動く指に注目が行く。

   瀬名は翔一の指を指し、翔一の爪について指摘する。

瀬名「思ったけどその爪、ちょっとテカってないか? 何か赤いし」

   翔一側の視点。自分の爪を見た翔一は、驚いた拍子に思わず指を広げて硬直す

   る。

翔一M「確かに……」

翔一M「我ながら、男子にしては綺麗な爪だ。それにネイルも落ちきってない」

   翔一は再び、トボけた顔で右手の指を抑え、痛がる演技をする。

翔一「えと、これは昨日家でぶつけちゃって。血が――」

瀬名「いや、それなら赤黒くないか? よく見るけど、そんな綺麗にはならんだろ」

   ほぼ即答。完全に論破された翔一は、負けを認めたようにガクリと項垂れ、髪

   まで真っ白に燃え尽きる。

翔一M「そうだよ、血なら黒ずむじゃん。てか、よく見てたまるかそんなもの」

   完全に魂が抜けた翔一に、不思議そうな表情を向ける瀬名。

瀬名「ま、いいや。今田、後でいいか?」

翔一「あい……」

   瀬名はガツガツと牛丼を掻き込み、翔一はじっと椅子に座り続けている。

翔一M「終わった。お母さん、楽しい人生だったよ……」


○石護高校・屋上

   約4メートルほどの柵に囲まれた屋上。そこから住宅街を見渡せる。告白には   

   うってつけの場所だろう。

   そこに出っ張るように建った小さい出入り口。中央に着いた扉から、瀬名が顔  

   を出す。

瀬名「よし、誰もいないな」

   確認した瀬名は翔一を引っ張り出し、柵の前に座るよう促す。

翔一「あ、あの……ボクをどうするつもりで――」

   すると瀬名は、俯きながらボソボソと呟く。

瀬名「……くれ」

翔一「え?」

瀬名「アタシに、メイクを教えてくれ!」

   再び俯いたまま、腹の底から叫ぶ瀬名。

翔一「へ? ふぇえええええ⁉︎」

   続けて、驚いて叫び声を上げる翔一。その声は学園中に響き渡るほど大きなも

   の。


○石護高校・屋上

瀬名「驚かせたのは、悪かった。しょうてゃんの使ってるラメと似てたからついな」

   屋上の柵に背中をもたれさせる瀬名と翔一。瀬名は胡座をかきながら、スマホ

   を操作する。

翔一「しょうてゃん?」

瀬名「ああ、この子のことだ。実はアタシ、しょうてゃんのファンでさ」

   言うと瀬名は、翔一にスマホの画面を見せる。そこには、昨日翔一が投稿した

   しょうてゃんの姿が映っている。

   翔一はおお、と声を漏らしながら苦笑いを浮かべる。

翔一M「知らないわけがない。ボクなんだから」

   瀬名は一旦スマホを取り下げ、胡座をかいた膝に手をついて空を見上げる。

瀬名「ほら、アタシって噂とかそうだし、ナリもこれだから、クラスから浮いてるだ

 ろ?」

瀬名「で、もし今田がしょうてゃんだったら、可愛くなれる秘訣とか知れると思った 

 んだが、そう都合よく同じ学校に通ってる訳ねえよな」

   そう言うと瀬名は再び唸る。翔一は顎に手を当てながら考える。

翔一「分かりました。放課後、瀬名さんの家でやらせてください」

   まさかの答えに、瀬名は胡座を崩し、ぐっと翔一に顔を近付ける。

瀬名「ホ、ホントか⁉︎ てか、持ってるのか?」

翔一「ま、まあ。母親のをこっそりと」

   汗を掻きつつ、翔一は首を縦に振る。

瀬名「ほぉん。じゃ、放課後頼むな」

   悪そうにニヤリと笑う瀬名。

翔一M「自信を持てしょうてゃん。いつものようにやれば、どうにかなる」


○竜胆邸・外観(夕)

   街頭に彩られた閑静な住宅街。その中にポツンと建つ和風な門の横には、『竜

   胆会』と達筆で書かれた札がかけられている。その奥に見える屋根は瓦に覆わ

   れ、まさに日本のお城のよう印象が漂ってくる。

   翔一はその外観に口をあんぐりと開けて驚く。

翔一「やっぱり、噂は本当だったのか……」

   瀬名から貰った地図を片手に、門の前に立ち尽くす翔一。その脚は弱々しく震

   えている。

翔一「でも、これも瀬名さんのためだ」

   大きく深呼吸をして、覚悟を決めた翔一は門のノッカーを叩く。


○竜胆邸・広間

   障子や畳、竜胆家の家紋らしき模様にくり抜かれた灯籠の置かれた和風な部

   屋。

   翔一の背後には、サングラスを掛けた黒スーツの男達と、高価そうな和服に身

   を包んだ老人が正座をしながら翔一を睨んでいる。

瀬名「気にすんな。とりあえず、頼む」

翔一「はい、それじゃあ早速。始めますね」

   椅子にかけた瀬名は言い、静かに目を瞑る。翔一は早速下地を手に取り、瀬名

   の顔に馴染ませていく。

翔一「えと下地の次は、ファンデーションですね」

   パフにファンデーションを付け、瀬名の顔を優しく叩く。

瀬名「な、なあ。そんな軽くやって落ちねえのか?」

翔一「ダメです。強すぎたらムラができちゃいます」

   言って、次にポーチからアイシャドウパレットを取り出す。

翔一M「にしても、まさかこのラメからこんなことになるとは」

瀬名「何笑ってんだ?」

翔一「いや、何でもないですよ」

   翔一は口角を上げながら、瀬名の目にアイシャドウを塗っていく。


○竜胆邸・広間(夜)

N「数分後」

翔一「完成しましたよ」

   リップをしまい、翔一は言いながら手鏡を見せる。

   そこに映る瀬名は目元パッチリ、マスカラでまつ毛は上がり、強面だった顔か

   ら一変して可愛らしい顔に変身している。

瀬名「これが、アタシ? べ、別人みたいだ……」

翔一「瀬名さんですよ。メイク乗りのいい肌でしたよ」

   思わず頬に手を当てて、鏡に映るのが自分だと再確認する瀬名。翔一はニッコ

   リとしながら言う。

黒服「おおお……」

黒服「お嬢様……お可愛い……」

   その背後で、黒服達は声を漏らす。そして着物の老人も、口をあんぐりと開け

   て驚く。

瀬名「にしてもこんなの、どこで学んだんだ?」

翔一「見様見真似ですけど、お母さんのメイクを見て盗みました」

   言いながら、翔一は照れて頭を掻く。

瀬名「見様見真似でこれって、天才か⁉︎」

   瀬名は目をキラキラと輝かせて、翔一を褒める。

翔一M「ふう。これで、何とか――」

   その時、翔一の手が当たってポーチが倒れる。

   中からメイク道具が散乱し、アイシャドウパレットが顔を出す。

翔一「あっ」

   慌ててメイク道具に手を伸ばす翔一。しかし、翔一が取る前に、アイシャドウ

   パレットに瀬名の手がかかる。

瀬名「おい。このパレットって、アタシがしょうてゃんにプレゼントした……」

   瀬名の顔に影がかかる。

瀬名「まさかしょうてゃんって……」

   瀬名は立ち上がり、後ろから「ゴゴゴ……」と上がる。

翔一M「まずいッ!」

   次の瞬間、瀬名は顔を上げて叫ぶように言う。

瀬名「翔一の妹だったんだな!」

瀬名「いやあ、家族揃ってメイク好きたぁ、いい趣味じゃあねえか!」

翔一「そ、そう! 実はメイクを教えたいって言ったら貸してくれて……」

   翔一は言って、胡麻をするように両手を結ぶ。


○竜胆邸・外観

瀬名「今日はありがとな。おかげで自信が持てたわ」

   和風の大きな門の前で、瀬名は言う。その顔はメイクをしたままで、愛らしい

   印象がある。

翔一「いえいえ、お礼を言うのはボクの方ですよ」

   照れた翔一は、再びエヘヘと頭を掻く。

   対する瀬名も、頬を赤らめ、言いにくそうに下を向く。

瀬名「あのさ、折り入って話があるんだけど」

   覚悟を決め、瀬名は翔一に面と向き合って言う。

瀬名「今後もアタシにメイク教えにきてくれないか?」

   翔一はニッコリと笑いながら、首を縦に振る。

翔一「はい。ボクも、妹から教えてもらいます!」

瀬名「ああ。じゃ、今後もよろしくな!」

   瀬名は竜胆邸から立ち去る翔一の背中に大きく手を振る。

翔一M「こうして、ボクは竜胆会のメイク担当になった」

翔一M「これは、ボクが瀬名さんを学園1の美女にするまでの物語である」

   翔一の姿が見えなくなった瀬名は、ふと思い出して頬を手で触る。

瀬名「……あれ?」

   夜空に浮かぶ月を見上げ、瀬名は呟く。竜胆邸と月の見える引きカット。

瀬名「翔一って、妹居たっけ?」

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竜胆会のメイク担当になりました。 鍵宮ファング @Kagimiya_2019

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