他のお客様のご迷惑になりますので店内ではどうかお静かに

 コーヒーショップに女子大生が三人。

 注文を終えて商品を待つ間、賑やかに話の花は咲く。


「薊ちゃん。好きな人できたでしょ」

「そんなのいないってば」


 恋愛の話を振られた車田薊は淡々と答えた。

 しかし東海林愛梨しょうじあいり彩陶綾さいとうあやは真に受けず、二人で勝手に話を続ける。


「おっと、食い気味に否定してきましたよ。どう思われますか、解説の東海林さん」

「ええ、実に怪しい反応ですね。クロで間違いないでしょう」

「変なノリ止めてよ」


 呆れ顔の薊は二人へ冷たい視線を向けた。この話題への嫌悪すら感じられる。

 それでも愛梨はめげずに詰め寄っていった。


「だって最近、たまに恋する乙女の目でスマホ見てるでしょ」

「そんな目で見てないって」

「まあ自分じゃ気付けないよね。でもあれは確実に恋する乙女だったよ?」

「えー。またテキトーな事言ってぇ……」


 二人でグイグイと迫る友達にも薊は動じない。誤解だとの態度を崩さず、静かに乗り切ろうとしている。


「正直に言いなよ。相手は誰? やっぱり兄さん?」

「やっぱりって何。悪いけどあーいう人苦手だから……」

「二人でご飯行ってたのに?」

「しつこくて断りきれなかっただけだって」

「じゃあ榊君でしょ」

「ただのサークル仲間だってば」

「仲良く一緒に帰ってるのに?」

「あくまで友達として仲良いだけだから」

「それなら、コータさんだっけ? 例のお隣さん」

「それこそお隣さん以上の関係じゃないし」

「好きでもない男の人の部屋には行かないんじゃない?」

「なんでそこまで知って……」

「この前自分で言ってたじゃん」

「うぐっ」


 終わらない追及。執拗な質問責めが止む気配はない。ワクワクした表情からは元気と勢いが溢れんばかり。

 恋愛の話題で盛り上がる女子は無敵だった。


 そんな中、とうとう薊は爆発したかのように両手を振って抗議する。


「もー! そんなに恋バナしたいならナツさんとしなよ!」

「いやぁほら、なっちゃんの惚気話は別腹というか、ねえ?」

「付き合う前の好きかな? 好きじゃないかな? っていう微妙な時期の恋心を応援したいんだよ」

「だからそんなのないんだって! あーあ! こんな事ならカコさんと遊べば良かったなー!」

「華子ちゃんも最近男嫌いが薄れてきたよね?」

「恋バナに乗ってくるようになったもんね?」

「えぇー……最後の砦が……」


 仲間だったはずの友達の変化に絶望した顔となる。孤立した状況に助けは来ない。


 そこで薊は矛先を直接相手に向けた。


「そこまで言うなら自分達の話でもしてよ。ワタシばっかりじゃなく。ほら、二人とも最近良い感じなんでしょ?」

「うん。大分打ち解けてきたかな。ブレードからの印象も悪くないと思う」

「未来君とは順調だよ。昭一さんの事も受け入れられたし」


 しばらく追及を止め、二人はそれぞれに惚気る。恋する乙女の見本を示すように。

 しかしその内容が少々一般から外れていたので、薊は胡乱な目を向ける。


「……二人とも大丈夫? 入り込み過ぎのコスプレイヤーと二重人格者でしょ? もっとマトモな人にすれば?」

「ブレードは本物の騎士なのに」

「二重人格じゃなくて守護霊の昭一さんなんだけどなあ」

「ホラ、二人までおかしくなってる」


 薊の不審な目付きはまるで信じていないと物語っていた。

 友達思いではあるのだろうが、失礼な態度なのは変わらない。


「人の好きな人を悪く言うなんて薊ちゃんは酷いなあ。くすん」

「悪い子にはおしおきが必要だよね。こっちも辛いけど仕方ない」

「え、なに?」


 軽く怯える薊。失言を後悔しても既に遅い。

 愛梨と綾は揃って薊の肩を強く掴んだ。


「さあ早く誰が好きか白状して!」

「吐くまで帰らせないからね!」

「さっきと変わんないじゃん!」


 元通りの追及へ。その熱意は先程以上。

 もう他人へ話題は逸らせない。

 薊はいよいよ追いつめられていく。


「モテモテな薊ちゃんはあの三人の誰を選んだのかなー?」

「ワタシなんて選ぶとかそんな偉い立場じゃないし」

「モテる女は違いますなあ」

「だから変なノリ止めてよ」

「まさか三人同時!?」

「そんなのするわけないじゃん! 神崎こころじゃあるまいし」

「また友達を悪く言う! 照れ隠しだからって良くないよ!」


 叱る愛梨と曇る薊。

 話が脱線しかけたところ、綾が静かに呟いた。


「あれ? つまり今のって本命が一人いるって意味じゃ……」


 それを聞いた途端、薊の顔が赤く染まる。


「違う違う! ただの揚げ足取りじゃん! 本命なんていないし。別にアイツ、は……」

「ほら、意識してる人がいる!」

「いい加減白状しなよ!」


 墓穴を掘った薊に、ここぞとばかりに二人は詰め寄る。

 それでも薊は悔しげに歯噛みしつつ必死に耐え、沈黙を保っていた。


 そこに。

 お待たせしました、と店員が呼び出す。


「あ、あれワタシのだ! とってこなきゃ!」

「逃げた!」

「逃がさないよ!」


 はしゃぎながら移動していく三人。


 薊は追いつかれる前に店員からカップを受け取り、そして……不意打ちを受けた。


「がふっ……!」

「え、撃たれた?」


 不審な反応をした薊を気にして、愛梨は穏やかに近寄る。

 それに対し、慌てている薊はカップを必死に抱えていた。


「なんでもない、なんでもないから!」

「カップのラクガキ? 隠さないでよ」

「何が書いてあったのー?」

「ちょっ、止めっ、あ!」


 奮闘虚しく、二人がかりでカップを奪われる。

 そこには、こう書いてあった。


『あまじょっぱくてオイシイこえ コイしてるんだねっ もっとききたい!』


 妙なメッセージ。そしてたくさんのハートに囲まれた簡単な薊の似顔絵と、もう一人のシルエット。

 カウンターでは牙のような歯を見せて笑う店員が手を振っている。不思議な印象の彼女のラクガキはSNSでも有名だ。なんでも愛情の籠った声を美味しいと表現しているらしい。


 愛梨はニンマリと笑う。


「ほらあ、やっぱり恋してる!」

「こんなのあの人が勝手に書いただけだし!」

「でもその反応は正解なんじゃない?」

「や、ちが……」


 綾に言われ、言葉に詰まる薊。

 どう言い訳しても無理筋だと自分でも理解していた。


 そうして友達が期待して見守る中、薊は観念した。


「……分かったよぉ……言う。言うから……」

「本当に?」

「遂に認めるの?」


 半信半疑の二人。今度は優しく促すように語りかける。

 すっかりしおらしくなった薊は、熱の籠った声で囁いた。


「うん……好きになった人、いる……」


 真っ赤な顔を隠すようにニット帽を引っ張り、軽く俯く。

 照れた表情は強い恋心の表れ。


 愛梨と綾は黄色い声をあげて友達を応援するのだった。




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お借りしたキャラクターと作成者様

東海林 愛梨  東海林 悠也/ 森陰五十鈴様

彩陶 綾 / こむぎこ様

榊 雪彦 / さらさらしるな様

市村 洸太  如月 華子/ ニノハラ リョウ様

川崎 奈都美 / 秋月蓮華様

ブレード・グランドゥール  天城 未来/天城 昭一/ 板野かも様

神崎 こころ / 南雲 皋様

ユリストフ・メェメェ (店員)/ 鳥辺野九様

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匿名コン短編集 右中桂示 @miginaka

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