32話 裏切り者



 私は人間でありながら、魔物だった。


 聖騎士シャルティアという名を得たのも、つい最近の話だ。

 所属は魔王軍側であり、故郷も家族も、普通の人間のソレとは異なっている。


 捨てられた幼子である自分を育ててくれた、魔物の父に報いるために、スパイとして聖導国家エドアールの騎士団に潜入したのが、二年ほど前の話だ。


 受けた命令は、勇者と呼ばれる異世界人の監視。

 必要であれば、彼らの暗殺──それが主な任である。


 ……だったのだが、ここ数ヵ月の私は、魔王軍の一員としての自覚が、少々薄れていた気がする。


 勇者は事故で命を落としたり、四天王に討伐されたりで、私自らが手を下したことは一度としてなく。


 その状況を憂いて、もっと間近で監視するために勇者パーティへ加入したにもかかわらず、彼らとの日々が思いのほか楽しくて、とうとうタイガが勇者になってから、無事に半年が経過してしまった。


 ダメだ、これでは。

 父に合わせる顔がない。

 

 というわけで、勇者討伐の実績が一番高い幹部である、四天王のロモディンに、本日勇者が単独行動をする旨の情報を流した。


 これでいい。

 私は魔物。体は人間だが、心は人間ではないのだ。


 タイガたちと過ごす時間は、一時の夢に過ぎなかった。


 こうして裏切り、もう物理的に戻れない状況に自分を追い込んでしまえば、未練も躊躇も消え去ってくれるはずだ。


 聡明な彼のことだから、勇者墓地へ向かう情報を流した犯人が私だということには、既に気がついていることだろう。


 エレナは人類至上主義を掲げる大賢者の弟子にして、勇者パーティの最古参。

 アイリスは魔物が立ち入れない聖教会出身の聖女──と、ここまで来ればあとは、不自然なタイミングでパーティ入りした私しかいない。


 ので、もう覚悟は決まっている。

 次にタイガと相対するとき──私たちは命の奪い合いをすることになるだろう。


 既に騎士団は抜けてきた。

 私を慕ってくれていた、見習い騎士の少年にだけは別れを告げ、聖騎士の証である鎧と剣も置いてきた。


 このエドアールで、少なからず得た人間らしさというものを全て捨ててきたのだ。

 ここまですればきっと、タイガが相手でも戸惑うことはなくなるはずだ。



「さらばだ、私の友人、私の勇者──」



 居住区にある一軒家。


 現在、タイガとアイリスが休憩場所として使っている住居。

 そこへ、大爆発を引き起こす火球を放った。

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