30話 遠ざかるチャンス
再び目を覚ました時、目の前にアイリスがいたことで俺は少々の不安が脳裏に過っていた。
アイリスの回復魔法自体は一級品だ。
術式無し道具無しで即座に行える回復魔法の効力の高さで言えば、聖都で最も優れているといっても過言ではない。
だが、強力すぎるがゆえの欠点というものもいくつか存在している。
一つ目は行動不可になる点だ。
回復魔法を受けている本人と発動しているアイリス本人はその場から動けなくなるため、これは他のメンバーがカバーしてもらうことで補っている。
もう一つは、回復しすぎてしまう点である。
体力、つまり生命力の回復とは精力の増加ということでもある。
言葉を選ばずに言うのならアイリスの回復魔法を受けた後は、元気過ぎてめちゃくちゃムラムラする状態になってしまうということだ。
いつもは携帯している冷水で顔を洗ったり気分を落ち着かせる鎮静薬を飲むことで対処しているわけだが、もともとパーティと行動する予定がなかった今この状況に至ってはそれを一つも持っていない。
こまった。
とてもムラムラする。
本来であれば性欲の権化みたいな時期の年齢という初期値から既に高い俺の性欲が、アイリスの魔法によって倍々に増えていったらどうなるのか。
それはもう端的に言って地獄である。
クールキャラなんぞ演じるんじゃなかったと、後悔ばかりが湧いてくる。
「……アイリス。ここにいた俺の仲間はどこに行ったんだ?」
ベッドから体を起こすと、看病するように傍らで座っていたアイリスが窓の外を見ながら返事をする。
「エレナさんは外に出てすぐのところで、騎士団と情報共有をしています」
「もう二人いなかったか」
「あ、旅人のお二人のことですね。ドネルケバブ様とさやえんどう様」
あの二人偽名使うにしても他にもう少し候補なかったのか。こっそり隠れて生活しないとなのに印象に残りやすすぎるだろ、ドネルケバブ。
「先を急ぐとのことで既に出立されました」
やはりというか、二人の姿はなかった。
アイリスからすれば他人同然で事情を共有していないはずのエレナからしても引き留める理由はない。
一度目を覚ました時に三人で何か話していた気がするが、困憊となにかしらの衝撃で二度寝した俺には詳しい状況はわからない。
とにかく無事に逃げられたのならそれでいい──とは、思いつつも。
……結局、八代目はキっ、き、きッ……キス、してくれなかった。
何だあの人、からかい上手の八代目じゃねえか。
寝落ちした俺も悪いけどなにかしら伝言を残してあとでどこかで合流して……とか、いろいろあったんじゃないかなといろいろ考えてしまう立場なんだよ、こっちは。
くそう、せっかくのチャンスが。
アホみたいにムラムラしている現状ではあの提案をしてくれた先輩があまりにも魅力的に思えてしまう。
──ちゅー、したかった……。
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