第5話 言行

 知ることこそ、近道なのか


七帝龍王しちていりゅうおうことわりについては聞いたか?」

 ゴンドウさんが差し出した水を一口飲むと、そう聞かれた。

「空を飛ぶと撃墜されるって話ですか」

 俺の問いに、ゴンドウさんは首を振る。

「そうじゃないんだ、ある高さから急に上昇できなくなる」

 そこまで言って、カウンターに置かれたからのグラスを受け取ると新しい酒を代わりに客に差し出す。その間にシチューをいただく。何の肉なのかはわからないが、デミグラスソースの濃い色のシチューだ。自覚はなかったがすごく腹が減っていたらしい。何口か口に運んだところで、ゴンドウさんはこちらに向き直って話を続けた。

「まるで透明な天井があるみたいだって機手ライダーが言っていたな。それを突破しようと無理して噴かすと反動で地面に押し戻されるらしい」

「そうだったんですね、ここに村があるって教えてくれた機手は七帝龍王を四人倒せば帰ることができるって聞いたんですけど」

 俺の言葉にゴンドウさんは顔をしかめる。

「らしいな。俺は見たことはないが、実際何人かは帰ったらしいが、最後に聞いたのは二十年以上前だな」

 その言葉に少しだけほっとする。帰れる方法はあるのだ。それが確定したというだけでも俺には十分だった。ただ、ゴンドウさんの表情を見るに相当に難しいことなのだろう。

「『龍王は竜機の分だけ存在する』って言葉があるんだが」

 どういった意味なのか、その言葉に俺は全く反応できなかった。

「意味が判らんだろう、俺も正しく理解はできていない。ただ、昔からあるおとぎ話みたいなもんだと思ってくれ」

「おとぎ話、ですか、そんなに昔からここはあるんですね」

 そうだな、とゴンドウさんは肯定してから話を続けた。

「昔、国王と騎士団がまとめて地獄ゲヘナに堕とされたらしい。そのころから理は飛行をはばんでいたとか。その国王と騎士団はそれぞれ優秀な竜機兵ドラグーンだった」

「国王と共に龍王を倒した騎士団の団長だけ帰ったって話かい?」

 横からホリィさんが空いたジョッキをカウンターに乗せる。ゴンドウさんは替わり酒をだしながら、まぁ待てとホリィさんに言うと、ホリィさんはそのままカウンターに座ってビールを飲み始めた。

「国王と騎士団が一人目の龍王を倒すとき、騎士団長が最後の一撃を与えた。しかし国王の目の前で龍王は立ち上がり無傷の状態に戻っていた。いや、騎士団長以外の全員の目にはそう映っていた」

 その話を聞いて少しだけ判った気がした。

「騎士団長は周囲の狼狽ろうばいを見て察した。とどめを刺した自らだけが次へ行けるのだと。騎士団長は自分だけが倒せたという事実を隠しながら二人目、三人目、そして四人目のとどめだけを刺した」

「で、自分だけが理を突破して地上に帰りましたって話。簡単に言えば団体さんお断りってこったね」

 ホリィさんがざっくりとまとめる。俺はなるほどと呟くと、ゴンドウさんが続けた。

「とはいえ、龍王が倒されているという事実は事実だ。一ヶ月は他人から見ても支配力が弱くなるらしい。城下町の連中からは恨まれるだろうよ」

「城下町って、城があるんですか?」

だからな。挑まれたら必ず受けなければならないらしいから、城攻めの準備はいらないらしいぞ」

 少し苦笑いをしながらゴンドウさんが言う。

「七帝龍王に挑むつもりなら、一番近い街でも一週間はかかる。まずは路銀を稼ぐことを考えた方が良いと思うぞ」

「どんな仕事があるんですか? 地元は田舎で、学生は実家の手伝いくらいしかなくて」

 俺の言葉にゴンドウさんは顎に手を当てて考える。

「実家の手伝いっていうのは竜機モータードラゴン関連か? でなきゃその若さでここに堕ちてはこないだろうが」

 俺がええまあとあやふやに答えると、ゴンドウさんは一旦謝ってから話を続けた。

「すまん。他人の過去を詮索せんさくするのはいかんな。ともかく、竜機を操れるなら魔獣退治をするのが一番実入りの良い仕事だが野良の竜機に絡まれるのはやっかいだ」

 ゴンドウさんは手を拭いて棚から一冊のノートを取り出すと、ページとページの間に挟まっていた紙を三枚こちらに差し出す。

「簡単な依頼なら荷運びもあるが、日銭を稼ぐ程度でここから旅立つほどには稼げん。このあたりの中からまずは一つこなしてみろ。これが達成できるなら今後はもっと条件の良いのも紹介してやれるだろう」

 魔獣の中では巨体を持つ、トロル、グリフォン、二角獣バイコーン。トロルは人型で移動は遅いが力が強く、グリフォンは翼があり飛行ができるが力が弱い、そして二角獣は四脚型で素早いが小回りがきかない。と、それぞれタイプが異なるのでどれを選ぶかは重要だ。ただ、今は地獄ゲヘナでの戦闘に慣れなければいけない。特に飛行能力を持つ竜機モータードラゴンとの戦闘を想定してグリフォンを選んでゴンドウさんに他の二枚を返す。

「あくまで竜機との戦闘を練習するか。その紙は割り符として使うから無くさないようにしてくれ。飯を食ったら休むと良い、夜になったら討伐に出かけることになる」

 そう言うとゴンドウさんは後ろのキーボックスから鍵を出してこちらに渡す。鍵に付いているタグには204と数字が書かれていた。二階が宿になっているとホリィさんが言っていたので4号室ということだろう。

「ありがとうございます。ところで、今何時なんですか? あと、夜って何時ごろからなんでしょうか?」

 俺の質問にゴンドウさんはしまったという風に自らのスキンヘッドをぺしりと片手でたたく。

「そうだったな、今は朝9時。一階は入り口の扉の上、二階は各部屋につけてある。夜は6時からだな」

 わかりましたと返事をしてシチューを食べる。思ったより会話の間も食べていたのですぐに食べ終わってしまい、皿をゴンドウさんに返すと、カウンター横にある階段を親指で指さされるのでその階段を上った。

 二階の廊下を進むと一番奥で鍵の番号の部屋をみつける。扉を開けるとベッドと机、椅子があるだけの部屋だ。鍵を閉めると、窓の上に時計があるのを確認する。窓からは竜機モータードラゴンの格納庫が見える。

 テュフォンゼクスはいったいどういう機体なんだろう。他の竜機と何か違うのか。特殊な王武オーブだったのは確かだ。炎や氷を撃ち出したり、土や風の壁を作り出す、四属性を操るのではなく、爆発をおこす。俺はまだまだ竜機に詳しくないからじいちゃんや父さんたちが驚いていたのが何故なのか不思議だった。

 考えても、結局判らない。俺は窓から外を見るのをやめてベッドに倒れ込む。思ったよりも疲れていたのか、すぐに眠ってしまった。

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暗転竜機テュフォンゼクス 秋月竜胆 @syuugetsurindou

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