第4話 進行

 歩みを進めることこそが、戻ることなのか


 暗い山道を登る。吐息ブレスを使用しながら歩むと、しばらくして山の頂上にさしかかる。

「テュフォンゼクス、そういえば何故お前は狙われていたんだ? 心当たりは?」

 ふとそんなことを問うテュフォンゼクスはしばらくしてから答える。

『ヤツの黄金の巨人こそ神罰機ディヴィニパニッシャーと呼ばれる機械の神』

「機械の神?」

『左様、我のように意思をもつ竜機モータードラゴンはまれに現れるが、神罰機に関しての知識が何故あるのか、それは我にもわからぬ』

 そう言って再び沈黙し、数秒後に続けた。

『或いは、神罰機ディヴィニパニッシャーという存在そのものを隠匿いんとくしたいのやもしれん』

 あれだけ派手に襲撃したというのに存在を隠したいだなんてことあるのだろうか。しばらく考えていたがそのあたりに関しては今考えても判ることではないだろう。俺はテュフォンゼクスに先に進もうと促してからペダルを踏み込む。

 一歩目を踏み出した瞬間だった。地平線から薄明かりが差す。この地の底にも朝はくるということか。しかし、ぼんやりとした明かりが周囲を照らす程度で青空を見せることはない。空には天井があり、遥か遠くに紫色の夜明け前のような空だけが見えている。その光景を見て、大きく息を吐く。

『ダンよ、余裕を持て。ヤツを打倒するためにはヤツよりも長生きせねばならぬ』

「そうだな。まずは生きて地獄ここから出ないと」

 山のふもとへと降りると、上からでは発見できなかった街を発見した。話にあった村というのがあの場所なのだろうか。上から灯りが見えないように谷の向こう側、崖の側面に作られた街は何機か竜機モータードラゴンが格納されているのが見える。桟橋さんばしのように突き出した発着所を一機の竜機が飛び立つところだった。

「飛べそうか?」

『うむ、翼に損傷は無いようだ。上空へとでなければ問題なかろう』

 あの男の言っていた、七帝龍王のことわりというやつか。どこまで信じていいのかはわからないが、それも含めて情報は収集しなければ。

 発着所から飛び立った竜機はこちらの頭上を飛び越えていったが、つま先がこちらをかするかと思うくらいの低空だった。とりあえずはあの高さを越えなければ大丈夫だろう。

 空へと飛び立つために、左手レバーの小指のボタンを押し込む。テュフォンゼクスに意思をくんでもらって飛ぶこともできるが、声を出したり返事をするなど会話をはさむことになる。戦闘中などでも咄嗟にできなければ舌を噛むことになる。

 ふわりと機体が浮き上がる。ペダルを後ろと踏み込むと機体が前傾して前へと進む。歩くときとは逆の動きで、少し操作感が違っているので少し戸惑うが慣れるしかないだろう。

 谷の上へと移動すると、下方向が見えて少しぞっとする。この薄暗闇の世界で朝であるにも関わらず全くといっていいほど底が見えない。ごくりと唾を呑み込んで、前方にのみ意識を集中する。特に障害があるわけではないが、高度を合わせるのを間違えると発着所にぶつかりかねない。

 ペダルを前に倒して上昇させたりと調整しながらよろよろと発着所に着地すると、テュフォンゼクスに立て膝をつかせてその場に待機する。竜機の調整に来ていた竜機兵ドラグーン――竜機の操縦士が言っていたルールに従ってみたが、ここでも同じかどうかはわからない。様子を見ていると、誘導灯を持った人間が現れる。

 指示に従って立ち上がり、格納庫へと進入する。玉座コックピット内の緩衝液を排水する。整備台に立たせると逆鱗ハッチを開放して整備用のキャットウォークに降りる。

 誘導灯を持った誘導員が下からはしごを登ってくる。ライトの付いたヘルメットとつなぎの作業服を着た大柄な女性だった。

「見ない顔だね、この竜機モータードラゴンも初めて見るよ」

 大柄な女性はそう言ってこちらに寄ってくる。

「はじめまして、ダンっていいます。こいつはテュフォンゼクス。地獄ゲヘナにきたばかりで右も左も判らないんですが、できれば仕事とか宿とか教えてもらえませんか」

 極めて丁寧にとりつくろって俺が聞くと、女性が大笑いする。息を整えてから、女性はこたえた。

「敬語はいらないよ、あたしはホリィ。ここの誘導と竜機の整備をやってるの」

 にっこりと笑って、ホリィさんは指でキャットウォークの先へと移動を促す。それに従って、俺はホリィさんの後ろについていく。

地獄ゲヘナって呼び名を知ってるのと、ここを知ってる割には本当に何も知らないみたいだねぇ」

「行きずりの竜機兵ドラグーンに聞いたんだけど、野良竜機が襲ってきて、俺だけ逃げられたんだ」

 簡潔にそう伝えると、再びホリィさんは笑う。

竜機兵ドラグーンか、久々に聞いたよ! ここじゃそうは呼んでないね。単に機手ライダーって呼んでるよ」

 そう言ってホリィさんが格納庫の扉を開ける。その場所は街で一番高い位置で、対岸から見えていた街を見渡すことができた。石造りの家々にはオレンジ色の灯りがともっていて、色々な場所で鍛冶仕事の音がしている。鍛冶といっても、竜機のための巨大なモノだ。

「この村は鍛冶屋くらいしかないし、機手ライダーがメンテナンスに寄るくらいでね。宿は一カ所、飲み屋の二階部分さ」

 少し歩くと坂の上に一軒の酒場が見える。

「崖っぷちに作ってるとはいえ、魔物が襲ってくるから仕事はまあまああると思うけど、荒事が苦手なら荷運びだけでも御飯おまんまくらいは喰える」

 俺はそれを聞いてテュフォンゼクスとの会話を思い出す。まずは生きて、そしてここから出ること。

 坂を登り切ると、ホリィさんが酒場の扉を開ける。中は結構賑わっているようだ。

「ご新規さんだよ、ゴンドウ」

 ホリィさんはヘルメットを脱いでそう声をかけると、カウンターの奥でグラスを磨いていたスキンヘッドの男性がその声に反応する。

機手ライダーか、若いな」

 がやがやと会話のある中で、低く静かな声が入り口まで届く。スキンヘッドの男性はゴンドウと呼ばれているらしい。そちらへと俺を伴いホリィさんが近寄る。

「右も左も判らないって、色々と世話してやってよ」

 カウンター前までくると、ホリィさんは俺の方を親指で示して、ニッと笑う。

「ダンです、よろしくおねがいします」

「ゴンドウだ、見ての通り酒場でな、未成年には水か料理しか出せないが勘弁してくれ」

 ゴンドウさんは磨いていたグラスを置くと、挨拶をして握手をうながす。

「じゃ、あたしは仕事あがるから、ビールとシチューね、よろしく!」

 その握手が終わってすぐにホリィさんはそう言うと知り合いなのか、テーブルの男性に話しかけてそちらへと行ってしまった。

「さて、何から話すか。まぁ座ってくれ。仕事しながらで悪いが地獄ここについて説明できるかぎりは教えよう」

 ゴンドウさんはそう言うと、水とシチューをカウンターに置く。

「ホリィのおごりだ。食え」

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