第10話 ギャップ

 早いことでもう5月。

 ピンク色に咲き誇った桜はもう散り、緑色の葉っぱが生えている。

 

 小野さんが喫茶店に来てから約1ヶ月。

 俺がバイトを入れてない日まで喫茶店に通ってるらしく、柴先輩や他の常連客たちと顔なじみになったらしい。 


 らしい、というのは最近バイトを入れてないからだ。

 別に小野さんを避けてるわけじゃなく、勉強のために時間を使いたかっただけ。

 毎回毎回する小テストが難しすぎて……。

 って、こんな話どうでもいいか。


 まぁそんなこんなで俺は最近、王子様の姿で小野さんと会ってない。

 

 なので休日の今日、久しぶりに王子様になったのだが……。


「あの、柴先輩。俺なんか悪いことしちゃいました?」


「知らなぁーい」


 角の席に座る小野さんが俺のことを鋭い目で見てきてる。


「昨日来たときは佳樹くんが明日来るって知って大喜びしてたけど……。二人って裏で接点あったりする?」


「ないって言ったら嘘になるんですけど、それは王子様じゃなくて佳樹の方なので」


「へぇ。じゃあ正体バレたんじゃない?」


「そんなわけないじゃないですか。そんな、わけ……」


 思い返せば小野さんを怖い人から救ったあの日から、様子がおかしかった。


 話しかけても素っ気ない返事で、話しかけてきたと思ったら急に「私には心を決めた人がいるのぉ〜」と言われ、失恋気分にさせられ。

 

「ま、とりあえず求めてるのは王子様みたいだから行ってあげなよ。今日は不機嫌そうだけど、最近はしょんぼりしてたんだからしっかり慰めてあげてねっ」


「慰める方法はまだ習ってないですよ……」


「がんば」


 俺は気合を入れ直し、小野さんがいる席へ行った。


「ねぇ、お、王子さん」  


「はいなんでしょうかお客様」


「……もう絵里香姫って呼んでくれないんですか?」


「絵里香姫」


「ひゃい!」


 不機嫌そうに見えたけど、なんらいつもの小野さんと変わらない。


 このままいつも通り接客してもいいんだけど……。   

 小野さんは王子様のことを求めて、俺がバイトじゃない日も毎日欠かさず来てくれてたんだろうし。

 その王子様への気持を無下にするほど、俺はそこまで冷たい男じゃない。

 というか、そういう人はもっと虜にしろと店長から言われてる。


「絵里香姫。しばらく会わなくてわかったけど、俺には君という存在が不可欠のようだ。心にぽっかり穴が空いてしまっていた……」

 

「わ、わ、わ、私も王子さんがいないと心にぽっかり穴が空いちゃう! だから……その、また近いうちに会えるかな?」


「もちろん。さっき言ったでしょ? 俺には君という存在が不可欠のなんだ」


「わかりゅましゅたっ!」


 前々から思ってるんだけど。

 学校での社交的な小野さんと、喫茶店でのデレデレな小野さんのギャップがすごい。

 もしこの2つが合わさったらどんな事が起きるんだろう……。

 想像するだけで鳥肌が立つ。


「では絵里香姫。ご注文はお決まりですか?」


 その後、『恥ずかしそうに萌え萌えきゅんする王子様が見れるオムライス』を頼まれ。

 数台の赤く点灯したスマホの前でめちゃくちゃ恥ずかしい思いをした。



 ⬜⬜



「そういえば佳樹くんがバイト全然入れてなかったのってなんでだったの?」


 小野さんが美味しそうにオムライスを食べているのを遠目で見ていたら、柴先輩が小声で喋りかけてきた。


「小テストが難しすぎて、その勉強してました」


「ほほう。勉強なら私が教えてあげようか?」


「俺、柴先輩のバックから中学生向けのワークが落ちてきたところを見たことあるんですけど」


「よし。あんまり人いないから休憩してこようかな」


 あの中学生向けワーク、本当に柴先輩のだったのか。

 ……世の中知らないほうがいいことってあるんだな。


「すんません」


「いやー近くに執事喫茶ができたから、顔なじみだった人たちみんなそっち行っちゃって悲しいなぁー」

 

 いや話題の逸らし方すごいな。


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とある喫茶店で『王子様』と呼ばれている店員は、普段は陰キャな俺。〜暴漢から助けた同じクラスの美少女は喫茶店に入り浸っている〜 でずな @Dezuna

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