0話

@captainorima

第1話

 特に主張したいことも無かった。何を投げ捨てでもやり遂げたいことも無かった。それでも何かをやらなきゃいけないという曖昧模糊とした不安だけが、毎日毎日、チクチクと胸を刺した。僕はどこか空中に吊り下げられていて、下からライターの小さな火で少しづつ炙られ続けていた。自己愛に浸って、酔っているだけだと、今の境遇をどこかはかない美しいものとしてとらえていて、自己憐憫という毒のある甘い蜜をおいしくすすっていて、何者でも無い自分を、例えば、厭世的な昭和の文豪に重ねて悦に浸っているだけだと、お叱りと嘲りの、誰が言った訳でもない言葉がよく脳内で暴れるが、でもそういう訳でもなく、ここから抜け出せるなら何をものも差し出した。

 

 SNSで流れて来る華やかなリールは焦りの気持ちを増長させた。

 何をやればよいのだろう。何をやりたいのだろう。自分という歪なピースにぴったりと合う場所を毎日探していたが、薄々そんなものは無く、自己の変化が必要だと気付いていた。でもその変化を実現化させる体力も気力も失っていた。溜まりに溜まった膿のような脂肪や、負け続けた記憶が、はっきりと心身を弱らせていた。生き物として弱っていた。潮の香りがする、有機的な力を取り戻すために運動が必要だったが、その気力も湧かなかった。仮に体力や気力を取り戻したとしても、何も無い自分というスタートラインに立てるだけで、成功者との差は縮む訳ではないという思いが更に運動への気力を削いだ。死にたいというのが口癖になった。別に死にたい訳ではなかった。でも、何かわからない暗澹たる苦しさから解放されたくて、その言葉をよく口にした。何か美しい物語を作りたいと思った。自分の現実を見なくてよいように、自分の現在の境遇から成功に近づくために、他の世界の美しい物語を作り、認められ、金を得たいと思った。自分にその才能があるだろうか。何かを成し遂げるには努力が必要なのだろうか。疲れた。努力はもうしたくなかった。油の刺さっていないギアを努力でゴリゴリと動かし、耳に触る金属音を鳴らせるようなことはもうしたくなかった。


 今日は疲れたから寝ることにした。美しい物語を読みたいと思った。今日もどこかで美しい物語から飛び出して来た美しい人たちがどこかのリールでストーリーを紡いでのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

0話 @captainorima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る