シャドウズ外伝 Episode of Toma

saji

第1話 

 

「今日からお世話になります。齋藤当眞さいとうとうまです」


「はい、伺っております。 少々お待ちください」


 待っている間、受付カウンターから寄宿舎きしゅくしゃの中をぐるりと見回す。


 白を基調きちょうとした清潔感のある内装。

 受付前、中央にある丸椅子に囲まれるように、大きな植物が飾られている。

 右と左には広く、長い通路――その両側にはいくつものドアが綺麗に並んでいるのが見えた。


「お待たせしました。 こちらがお部屋の鍵です」


 戻ってきた女性の受付人から、部屋の鍵を受け取る。鍵を見ると、部屋の番号らしきものが付属してあった長方形のキーホルダーに彫ってあった。


「お部屋までご案内しましょうか?」


「あ、はい! お願いします」


 受付が済み、右の通路へと案内する受付人の後を付いて行く。


「寄宿舎はいくつかありますが、ここは一号棟なので、食堂、談話スペース、ミーティングルームはもちろん、他の棟にはないトレーニングルームと医務室があるんですよ」


「へぇ~、めっちゃ凄いですね」


 訓練学校での過程がほぼ修了した俺は、対シャドウ軍事機関――『ラディウス』の兵士になるための試練を受けようとしている。高等部であれば、一回生から受けられるという話もあった。だが、俺は実力をしっかりつけてから挑むと決めていたので、三回生として学びと訓練を積んだ今、万全を期して試練へ臨む。


「やっぱりこの時期って、俺みたいな人、多いんですか?」


「そうですね……はい。 毎年、試練期間から入ってくる訓練生さんは、けっこう多いですね。 立場上、挨拶とかで顔を合わせる機会が多くて、積極的に話しかけてくれる方もいます。 あっ、ここのエレベーターに乗りましょう」


 ボタンを押してもらい、少しの間エレベーターを待つ。


「でも……帰ってこれなかった人たちもたくさん見てきました。 なかなか辛いんです。 この仕事……」


 と彼女は言った。


「それは……」


 言葉が続けられなかった。



 突如として、人類の前に現れた謎のクリーチャー『シャドウ』――

 奴らは主に日の沈んだ夜に出現し、人の影を食らう。

 人類のこれまで使っていた武器・兵器は一切効かず、脅威的な生命力と力は、人類を滅亡寸前まで、追い詰めたーーと授業では学んだ。

 ただ、判明している最大の弱点は太陽。ラディウスは、ルミナという太陽に近いエネルギーを生み出す技術を開発し、それを武器・兵器へ組み込むことで、シャドウと対等……まではいかないが、戦うことができた。

 そして――なんとか人類は戦争に勝利したけど、未だこの世界には多くのシャドウが、闇に潜んでいる。


 そう……奴らとの戦いは、決して楽勝なものじゃないことは、歴史を見るに明らか。

 兵士であるパージストたちが集まる場所であれば、受付の女性が言うような環境になっても、何もおかしくはないんだよな……。


 俺も――無事に試練を乗り越えられるか分からない。


 そして、乗り越えてパージストになった後も、シャドウとの戦いの中で、いつか――


「ご、ごめんなさい! こんな暗い話、止めましょう!」


「っ……!! 」


 やべ、俺もつられて良くない思考をしてしまっていた。

 言葉返してないままだったじゃん。


「そ、そうですね! 止めましょ止めましょ! あっ! エレベーター来ましたよ!」


 暗い空気でド気まずくなる前に、エレベーターが到着してくれて良かった――

 そう安堵しながら、エレベーターへと乗り込んだ。



 ■



 二人でエレベーターに乗り、三階へと昇る。

 三階へ着き、広く長い廊下をまた少し歩いたところで足を止めた。


「こちらが齋藤様のお部屋です。 事前に送っていただいた荷物は、すでに運んでありますので」


「はい、ありがとうございました」


「では、私はこれで失礼いたします。 これから頑張ってくださいね」


 そう言うと、彼女は一礼をし、再びエレベーターの中へと消えていった。



「ふぅー……よしっ!」


 話によると、どうやらルームメイトが二人いるらしい。

 どんなやつらなんだろう。仲良くできるか不安だが、ちょっと楽しみだ。


(一応、ノックをしてっ……と)


 ノックをした後、俺はドアの取っ手をしっかりと握り、これから寝食を共にする仲間がいるであろう、輝かしい青春と出会いの扉を開け――


「サ!ユ!キ!! サ!ユ!キ!! フォォォォぉぉぉぉー!!」


「……あ……あの~」


「今日も可愛さ太陽レベルぅ! 闇夜を照らして希望を灯すぅ!」


「ちょっ……聞いて――」


「サァ! ユゥ! キィ! サァ! ユゥ! キ――」


「たいがぁぁ!! うるせぇぞ!! 新しい同居人来たんだから、いい加減やめろ!」


 テレビの前で叫んでいた男が、もう一人の男にげんこつをくらわされた。


「いっ……てぇなぁ!! なんだよ!? 『夜は11時まで騒いでもいい』っていう話じゃんか! まだ8時だぜ!?」


「だからぁあ! 新しい同居人だって!!」


 叩かれた頭をさすりながら、男がこちらに振り向いた。


「あっ! そういや、今日だったな! わりぃわりぃ」


 どうやら耳栓をつけていたようで、ノックの音、それとドアを開けた音に気付かなかったようだ。いや、あれだけ騒いでいれば、耳栓してなくても聞こえないか。


「ったく……あー、驚かせてすまないな。 さ、遠慮なく入ってくれ」


「あ、あぁ……」



 最初っから度肝どぎもを抜かれた感じだが、彼らが悪い奴らではなさそうだと俺は直感した。



 ■



 部屋は思っていたよりも広く、二段ベッドが2つ、テレビ、たんす、冷蔵庫、机などの家具や電化製品がそろっていても、あまり窮屈きゅうくつさを感じない作りになっていた。


 俺は、入浴時間や食堂・購買の開店時間、トレーニングルームの予約の取り方など、寄宿舎の利用等について説明を受けながら、先に届けていた荷物の荷ほどきを二人に手伝ってもらった。



「よしっ、こんなもんか?」


「あぁ。 悪いな、手伝ってもらって」


「いいってことよ! これからルームメイトになるんだしな!」


 荷ほどきを終え、部屋にあった椅子に俺たちは腰掛けた。


「改めて、ようこそ! そして、これからよろしくな」


 彼の名はキース・アーノルド・レオ、高等部三年18歳。「レオ」って呼んでいいらしい。おしゃれ好きな性格で、壁に掛けてある服や、机の上の香水などを見ても、それがうかがえる。

 剣の道に厳しい家柄生まれであったため、高等部に上がるまでは、自由におしゃれができなかった。しかし、寮生活となって、今は好き放題楽しんでおり、耳にもピアスが付けられている。



「なぁなぁ! お前アイドルとか興味ある? 朝菜咲幸ってアイドル、めっちゃおすすめだぜ!」


 彼は多田大我。レオと同じ高等部三年生――っていうか二人はもともと高等部一年生からの古い付き合いで、二年ぐらい前からこの部屋を利用していたそうだ。

 アイドルが大好きなようで、さっき見ていたのはそのライブの録画だったらしい。


 今の時代、ライブなどの収録・イベント事は、夜に活動が活発化するシャドウを危惧し、基本的に室内で、朝や昼の時間帯に行っている。

 チケットがなかなか取れず、いつかその――あさなさゆき……とかいうアイドルの生のライブを見るのが、彼の夢なのだとか。



「まぁ、明日は午前中に入隊試練の説明会があるし、ここの案内とかは明日にするか」


 自己紹介を済ませた俺たちは、明日の朝早くにある説明会に備え、早めに就寝することにした。



「あれ? 大我は寝ないの?」


 俺とレオは、ベッドで横になろうとしていたが、おもむろにテレビをつけた大我を見て、不思議に思った。


「昨日の朝に、色んなアイドルのライブがあったからな。 録ってたんだよ。 さゆきちゃんのライバルも多いし、彼女の大ファンとして、やつらがライバルに見合うかどうか品定めをしないと」


「いや……それ、もっと朝とか昼の時間にやれよ」


「当眞、気にするな。 あいつはいつも昼過ぎまで寝てるんだ。生粋の夜行性なんだよ。学校でも遅刻常習犯だった。」


「マジで?」


「安心しろ、あいつもテレビにイヤフォン繋げて見るし、俺たちも耳栓する。 ほらっ」


 レオから投げられた物をキャッチする。


「耳栓か? でもなんで俺らも耳栓する必要あんの? テレビはイヤフォン繋げて見るんだろ?」


「すぐに分かる」


 と言うと、レオは耳栓をつけ、布団を身体にかけた。


「じゃあ当眞」

「ん?」

「おやすみ」


 なんだか、その一言がとても嬉しかった。


「あぁ、おやすみ」


 厳しい試練を共に乗り越える仲間――彼らがこれから、そんな大切な存在になるだろうと感じていた。


 ――この二人とは上手くやっていけそうな気がする。


 そう思いながら、俺は耳栓をして静かに目を閉じた。

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