19.氷の花と胸の熾火《おきび》(2)

 俺を指す魔術師の指先を見る。

 目を逸らす。彼女の話が意味することを考える。


 今、彼女が話してくれた話を要約すると、

「姫の出自を疑う理由となりえる噂がある。政治的利点がなくなってしまった婚姻を残念に思っている人々がいる。そんな中、国王も思うところがあるだろう」

 ということか。

 そしてそれらはあくまでも噂や憶測に過ぎない、と。


 そこまでは理解した。結局国王の真意はわからないが、「呪いを掛けるほど強い想いを抱いた男が存在した」という「事実」を知り、もともとあった后への疑念ややりきれない想いが、なぜか姫に向かってしまった、といったところだろう。


 当然、納得はできない。理不尽だと思う。でも、国王の顔を見た時から抱いていた、どうしようもない心の乱れは少しだけ整理できた気がする。


 で。

 何故、今、魔術師は俺を指さしているのだ。


 ――引き離されてもなお心の中で熾火おきびのように静かに燃える想いもあるでしょう


「そう……ですね」


 まるで自分の心の内を見透かされたようで、魔術師と目を合わせられない。彼女の方をちらりと見ると、その目はまだ、まっすぐに俺を見ていた。


「私が国王陛下とお后様の噂で知っているのは以上です。さて、では、少し話題を変えましょうか。まずは自分語りからさせてもらいます」


 唐突にそう言われ、つい視線を魔術師に戻してしまう。うっかり目が合うと、彼女はそっと微笑んだ。


「先ほど私の顔を見て、『なんだ、年下の女か』と思ったでしょう」

「あ、え、ええと」

「いいですよ。私の素顔を見た人は大抵驚きます。ああ、歳は若いですが『三番町の魔術師』としての知識や技術は、先代からちゃんと全部引き継いでいます。ほら、この白髪は知識を詰め込んだ代償です」


 そう言って髪を摘まんでピンピンと引っ張る。

 よく見ると所々に茶色の髪が混じっている。おそらくそれが本来の髪色だったのだろう。

 魔術師は両手を胸の前に置いた。


「代償は髪色だけではありません。『三番町の魔術師』の名を引き継いだ時、全ての人を平等に愛して治療を施すことに生涯をかけるため、恋慕の情を断つ魔術を掛けました」


 淡々とした口調で話す魔術師の言葉が胸にのしかかる。

 返す言葉が見つからない。そんな俺に向かって彼女は言葉を続けた。


「ですから私は恋がどういうものかを実感することができません。ですが、だからこそなのか、人が抱く熱い想いや苦しい想いは痛いほど感じ取れるのです」


 胸に置いた両手を強く握る。


「たとえその人が、想いを固く秘めていても」


 俺の瞳の奥を見つめる。

 瞳の奥の心の底で、密かに燃える熾火を見透かすように。


「魔術師、様、あの、俺は」

「ところでケン、イスー様は八年の間、病に臥せっていらっしゃいますが、今でも本をお読みになれたりするのですよね」


 物凄くいきなり話が変わる。唐突の連続になんとか食らいつこうと、一生懸命頭を切り替えた。


「はい。ですが少しずつ動くのが難しくなっているようで」

「でも、前に『発病から八年経っているのに、あれだけの体調を維持しているのは奇跡に近い』と、お伝えしていますよね。ケン、イスー様はどうして八年もの間、胸に氷の花を抱いたまま命を繋ぐことができたのか、わかりますか」

「それはやはり、鍛錬の賜物だと思います」

「そうですね。それも大きな理由です。ですが、私はそれだけではないとみています」

 

 白く小さな手で、机の上に置かれた薬瓶を取り上げる。


「魔術では薬以外に呪文も用います。これは声の波動で患者のエーテル体を整えるためです。だから患者の目の前で唱えないと意味がない。しかし『呪い』の呪文は遠く離れた人にも届き、何もない所にやまいを作ります。我々の考えでは、これは本来ありえない現象なのです」


 「エーテル体」とは体内にある活力のようなもの、だった気がする。多分。

 それはともかく、彼女の言うことはもっともで、俺も疑問に思っていた点だ。

 

「でも、呪いは届きました。声の波動よりもっと強い何かがある、ということですよね。それ、何なのでしょう」

「まだ証明はできていませんが、私はそれが人を呪う強い『想い』なのだと思います。相手の髪の毛とかそういうものは、あくまでも想いを増幅させるための補助なのでしょう」

「想い、ですか」


 なんだそれ、と思った直後に理解し、手足がすっと冷たくなる。

 距離も魔術の理解も超えるほど強い「想い」が、健康な姫の体に氷の花を咲かせている。

 氷の花は、誰かの恨みが凝り固まって形を成したものなのか。


「暗く冷たい想いを溶かすのは、熱く輝く想いです。たとえばそれは親子愛、友情、そして恋い慕う想い」


 俺の瞳の奥を覗く。


「もし、その熱い想いを、愛しい人からも絶えず注がれれば、呪いを超える力となりましょう。たとえその想いに、互いが気づいていなくとも」

 

 俺の瞳を覗き込む魔術師の眼光が強くなる。

 だが、俺の考えが浮かび上がる前に、「きゃっ」と叫んで部屋の隅にある時計に目を向けた。

 俺も思わず声を上げる。

 時は恐ろしいほどに過ぎていた。


「ご、ごめんなさい私、いつも話が長くなってしまう」


 魔術師はあたふたと立ち上がり、よろめきながら俺の前に跪いた。


「ケン。最後にこれだけは、どうか」


 膝に置いた俺の手を強く握る。


「必ず生きて帰ってきてください。そしてイスー様のおそばで寄り添ってください」


 声が微かに震えている。


「イスー様にとって一番必要なのは、火焔の実よりも、あなたそのものなのですから」

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