15.苦い朗報
「ちょ、おそれいります」
無礼を知りつつ言葉を遮る。額に手を当て、頭を回転させる。
このまま大人しく聞いているには話が大きすぎる。一旦質問したい。でもまずは何から訊いたらいいのだ。
「えっと、以前に魔術師様から『特効薬に必要な果実の入手が非常に困難』と聞きました。それがその『
俺の問いに魔術師が中級家臣の方を見てから答える。
「はい」
「では、火焔の実さえあればイスー様の病は絶対に治るのでしょうか」
「病に絶対はありません。ですが、薬の調合自体は難しくありませんし、今のイスー様の体調でしたら、治癒の可能性が高いです」
一瞬、「さっき家臣は『間に合う』と言ったじゃないか」と思いかけたが、違う。これは俺の質問の仕方が悪かった。魔術師や薬師は「絶対治る」「絶対無理」と言うことを避けがちなのだ。
そう考えると、この言い回しなら「治る」と捉えてもよさそうだ。
姫の病が治るかもしれない。
胸の中から温かい光が膨れ上がる。
だが。
「わかりました。では火焔の実を採ってまいります。ただ……お差支えなければ教えていただきたいのですが」
家臣の方を向く。彼は俺の顔を見て、困ったような表情を浮かべた。
「そんな、そんな方法があって、治すことができるのでしたら」
姫の姿を思い浮かべる。冷気を纏い、髪や瞳が変色し、少しずつ、少しづつ弱っていった姫の姿を。
「なぜ、病に伏せてから八年が経った今、治療することをお命じになったのでしょうか」
治せるのであれば病に罹ってすぐに治療していれば。姫の苦しみに満ちた八年間は一体。そう言おうとした時、家臣は小さく息を吐いた。
「ここで『イスー様の出生に関する疑いが晴れたから』と言えればよかったんだが」
彼は言葉を切り、部屋の外を窺った後、丁寧に戸を閉めなおした。
俺に身を寄せ、声を落とす。
「残念ながら、そうではない。理由は、言葉を選ばず一言で言えば、金、だ」
考えてもいなかった答えが飛び出し、つい眉根を寄せてしまう。その表情を見たためか、家臣は軽く咳ばらいをした。
「そんな顔するんじゃない。あのな、言っただろ。これは朗報なんだ。朗報、っていうのは病を治すことだけじゃない。元気になってもあの塔に閉じ込められたままでは仕方がないだろう」
俺が曖昧に頷くと、彼は言葉を続けた。
「理由の前に、まずは国の状況の話からだ。ここ数年、王室に対する国民の不満が表出化しているのは知っているだろう」
「はい」
「それが実は結構深刻な状態になってきていてな。初めはただ不満を叫んでいるだけだったんだが、最近では過激な一派が台頭してきたんだ。例えば、王室を倒して自分たちが政治を行おう、とか」
それは、なんとなく聞いたことがある。だが到底現実的な考えとは思えない。そう素直に伝えたが、家臣の表情は硬いままだった。
「それは私も同じ考えだ。だが問題なのは、そんな考えを通りで堂々と口にしても、抑えることも捕えることもできないくらい、この国は弱体化している、ということなんだ」
それはそうかもしれない。一応、兵士がなんとか集会を抑えようとしているみたいだが、効果があるようには見えない。
王太子が姫の城で遊んでいる間に、王室の足元はゆっくりと
「ただでさえ
「え、ええ、俺、ですか」
話を聞きながらも頭のどこかで「国の情勢より早く姫の話を」と考えていたので、急に問われて狼狽える。だが家臣は別に俺に意見を求めているわけではなかったらしく、言葉を続けた。
「国を一気に立て直すような金は無理でも、当面の金なら援助してくれる所があるかもしれない。そしてその援助先が、王室とかかわりが深く、国の不満を口にしたことがない所ならなお良い。そして」
俺の目を覗き込む。
「ウィンジョウのような大国との繋がりがあり、莫大な資産を有していながら、身分上逆らうことのできない平民なら最高だ」
胸に何かが落ち、理解する。家臣が次になんと言おうとしているのか。
続くであろう言葉を俺の口から発する。
「ウィー様に援助を要請したのですね」
家臣が黙って頷いた。
「え、でもそんな、八年前にイスー様との婚約を破棄したのは王室側だったのでしょう。今になってそんなことを要請するなんて、なんて勝手な」
「ちょっと待て。それ以上のことを言っても俺は立場上頷けんのだ。で、その援助、平たく言うと『金をくれ』というものだから、さすがのウィーさんもただ首を縦に振るということはなく、条件を出してきた」
難しい表情をして話し続けていた家臣が、ここでふっと顔をほころばせた。
「私はね、驚いたよ。その条件が『自分の商売に便宜を図れ』とかじゃなかったんだ」
声が大きくなる。
「『イスー様の病を治し、自分との結婚を認めること』だったんだ。どうだ、凄いだろう。国を支えるほどの資金援助だぞ。それをだぞ。もう、これこそ愛だと思ったね」
うんうん、と頷く。
湿った空気の中、香草の匂いが漂っている。
家臣の言葉が俺の耳を震わせる。
「なんという素晴らしい条件。姫を救い、幸せにするためにここまでのことをするなんて、さすがウィー様」
と家臣に言わねば、と思う。
それなのに、どうして俺の口はなんの言葉も発することができないのだろう。
魔術師が俺を見上げ、壺を椅子に置いて立ち上がる。そして俺の右手を小さな手で包み込み、ぎゅっと強く握った。
無言の時間が過ぎる。家臣の怪訝な表情に気づき、ようやく口を開いた。
「それは、素晴らしいですね。さすがウィー様です」
なんとかそれだけは滑らかに言えた。その言葉は正直な思いだ。
家臣はもう一度うんうんと頷いた後、ふっと顔を曇らせた。
「だがな、問題はその『火焔の実』だ」
言葉を切り、魔術師に目を向ける。魔術師は俺から手を離し、座りなおした。
「では私からお話します。ケン、フェイオー島、という島を知っていますか」
「いえ。……いや、ええと、思い出しました」
昔読んだウィンジョウ語の本にあったことわざを思い出す。
「
「そうです。ウィンジョウ語、わかるんですね。火焔の実は、そのウィンジョウの小さな島、フェイオー島に一本だけ生えている『火焔の木』の実です」
香草の入った壺を床に置く。
ごとり、という低い音が響く。
「フェイオー島は火を糧として育つ大きな岩でできています。そこは激しい火の雨が降り注ぎ、火焔の木以外の動植物は生息することができない場所です。そしてその木は島の体の一部。その実をもぎ取り持ち帰るのですから、この命令は」
言葉に詰まり、俯き、顔を上げる。
「命を賭す覚悟が必要なのです」
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