第3話 令和② あの夏をなぞる道を選んだ

 銀色の車体に黒い顔面が近未来的な印象さえ与えるJRの電車は、結構なスピードで鹿児島本線を突っ走っていたが、やがて滑らかに減速しながら伊集院の駅に到着した。

 豊の記憶にある伊集院駅の建物はコンクリートむき出しの平屋造りだったが、今は大都市郊外の私鉄駅のような、垢抜けた橋上駅になっている。


 階段を下りて駅前に出ると日差しが強く、バス乗り場のアスファルトの路面からの照り返しも激しく、全身が焼かれてしまいそうだった。

 久々に出会った南九州の太陽の、全てを焼き尽くそうとするかのような強烈さには、正直なところ目眩さえした。

 結婚してからは鹿児島に帰省する事もなくなり、母方の祖父母も鬼籍に入ってしまったので、だいぶ長く経験しなかった、故郷の鹿児島の夏だった。

 大きく変わってしまった伊集院駅に対して、駅前の様子は、ひとつひとつの建物こそあか抜けてはいるが全体的な雰囲気としては40年の時を経ても大きく変わっていないように思えた。

 しかし、小学校5年生の時のおぼろげな記憶だ。当てにはならない。

 枕崎行きのバスを待ちながら、豊は深い息を吐いた。それはため息と言うよりも、緊張が解けた安堵の息だった。


 やっと鹿児島に帰ってきた……。


 開業以来初めて乗った九州新幹線は、わずか4時間で新大阪から鹿児島中央まで豊を運んだ。

 それでも思えば思うほど、遠くに来てしまったと感じた。

 感慨深く待つうちに、加世田経由・枕崎行きのバスが来た。


 新幹線の中でネットで調べたところでは、鹿児島市内から加世田に行くには、鹿児島中央駅の近くでレンタカーでも借りて、指宿スカイラインの谷山インターから大坂経由の南薩横断道を行けば、あっという間のはずだった。

 豊と父が加世田に行ったあの当時ですら、鹿児島市内からはマイカーか特急バスに乗った方が時間的にも早く、そして冷房付きで快適だったはずだ。

 しかし父親はなぜか、当時の西鹿児島駅から南薩線のディーゼルカーに豊を伴って乗り込み、加世田に向かった。


 そして今。

 豊もまた、あの遠い夏の日の思い出をなぞるように、今はない南薩線に沿うようなルートを選んだ。

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