第5話 爛熟の吐息

 時は少しさかのぼる。


 青く冷たい月の下、尖塔そびえる王都は冴えざえとした光に照らされて、未だ眠ることを覚えずにいた。


 人々は明日の来るのを恐れるかのように今をたのしみ、しがみつくように反芻はんすうしている。


 かつて繁栄の極みにあった大都はしかし、爛熟らんじゅくした果実となって地に落ちるのを待つかのようだった。


 そんな王都の奥の奥。

 人々の刹那の歓楽と喧騒から幾層もの石壁と空間で途絶された深い深い場所に、その部屋はあった。


「……つまり」


 さすがに、緊張で声がかすれた。


「アラン王子を殺せ、と?」


 ひざまずいたまま顔を上げずに尋ねると、長椅子に身を横たえた男は静かに答えた。


「つまり、そういうことだな」


 男は、蜜酒で満たされた盃をゆっくりと傾ける。


「私の命令だ。疑われず旅の仲間に加わることは造作ぞうさもないだろう。……あとは、頃合いを見て。よいな?」


「はい」


 男は満足そうに頷くと、「失敗は許されんぞ」と念押しした。

 

 言われずとも理解した。

 王子を暗殺しようと言うのだ。

 失敗すれば、口封じと証拠隠滅のために自分が殺される。


 男は、口元をゆがめて笑った。


「ギルスタイン。ローグレッグ。奴らも所詮しょせん、ただの駒に過ぎんのだ」


 男はそう言うと盃をあおった。

 蜜酒が胃を焼き、身を焦がすようではあった。


 男は爛熟らんじゅくした吐息を漏らした。



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