第4話 旅の仲間

 次の日。

 アランとセレオスは三人に引き合わされた。

 ともに竜討伐に向かう三人である。


 部屋に運ばれた朝食を食べ終えた二人が召使に案内され通されたのは、中庭を囲んで造られた回廊だった。


 回廊からは、緑の芝生が広がる中庭、そして青い空がよく見えた。

 中庭と回廊を隔てるのは規則正しく並ぶ柱のみで、柱と柱が天井でアーチを描いてつながっている下は、大きな開口部となっているためだ。


 回廊の中ほどに、代官とその従者たち、そしてその前にひざまずく三人の姿があった。


 アランとセレオスが近づくと、代官は二人に気づき、大仰おおぎょうに挨拶をする。

「おお、おはようございます、殿下。昨夜はよくお眠りになられましたでしょうか」


 適当に返事をしながら、アランの興味は当然、ひざまずいたままの三人へ向かった。


 右から順に、長身のっぽ、骨太、長髪。

 目についた特徴は、そんなところだった。


 王子に向かってひとしきり愛想をし終えた代官は、

「それでは、早速ご紹介いたします」と言って、三人のほうに手を向けた。


「まずは、魔術士団より抜擢されました、ヤルナーク」


 代官が紹介すると、アランが「長身」と形容した男が短く返事をして、顔を上げた。

「ヤルナークと申します。なにとぞ、よろしくお願いいたします」


 男はアラン達よりだいぶ年配で、三十代後半ほどに見えた。

 面長で、細い顎をした男だった。

 布巻帽ターバンを被り、黒々とした口髭の上に大きな鉤鼻が突き出ている。

 話し方、そして目尻の下がり方が、よく言えば温和そうな、悪く言えば頼りなさげな印象を与えた。


 アランが彼に何か声をかけるよりも早く、代官は「つぎに、近衛兵より抜擢の、ムグルク」と続けた。


 今度は「骨太」が大きな声で返事をして顔を上げた。

「ムグルクです。よろしくお願いいたします」


 若い男だった。おそらくアラン、セレオスと同じくらい、二十歳そこそこといったところ。

 よく日焼けしている。

 上背はそれほどないようだが、胸板が厚く、腕も足も丸太のように太い。


 黒く太い眉。同じく黒く大きな目。

 がっしりとした顎で、薄い唇を固く結んだ様子は頑健そのものという印象だった。


「そして」

 代官はここで少し言葉を切り、もったいをつけて言った。

「近衛剣士団より、レルシア」


「近衛剣士団」

 アランが思わず呟いた。

飛竜ひりゅう隻腕せきわんか?」


「さようでございます」

 代官は得意げに笑っているが、別に代官が凄いわけではなかろうに。セレオスは内心で毒づく。


「レルシアと申します。よろしくお願いいたします」

 顔を上げたのは、女だった。


 近衛剣士団。

 別名、「飛竜の隻腕」。


 畏敬いけいをもってそう呼ばれるこの剣士団は、王の直属の部隊である。


 剣士団という名ではあるが、もちろん剣以外も使う。


 王命を帯びて様々な任務に就く部隊で、その任務は特殊なものが多い。

 戦においてはここぞという時の切り札。

 平時にあっても特に危険な魔獣の討伐などを行い、密命で動くことも多い。

 まさに精鋭中の精鋭である。

 

 女の戦士というのは決して珍しくはないが、女の身で飛竜の隻腕に身を置くというのは、驚嘆に値する。

 この剣士団に入るためには、まず、単純に戦闘に強くなければならないからだ。


 目の前の女は、女性にしては背が高くがっしりしているが、屈強な男性と比べれば及ぶべくもない。

 年も若く、ムグルク同様、アラン、セレオスと同じくらい。

 顔などはむしろ、端正で美しいほうである。

 これで並みの兵士より強いと言われても、にわかには信じがたい。


 ただ、凛とした声で名乗った後、一重で切れ長の目を涼やかに伏せ、厚めの唇を静かに結ぶ顔つきは、気負うでもなく、かといってゆるむでもなく、堂々たるものだ。

 燃えるように赤い髪を、背中で一つにくくっている。


「以上の三名がお供いたします」

 代官が言った。


 アランはうなずいてから、少し三人を見て、そして言った。


「第一王子のアランだ。こちらは私の従者、セレオス」


 セレオスが黙って軽く頭を下げた。


「聞いていると思うが、我らは君達とともに、陛下より竜討伐を命ぜられた。身に余る大任だが、必ずや成し遂げねばならない。皆の力を貸してほしい」


「は、お供させていただきます」


 ヤルナークがそう答えたのを合図にして、三人は再び頭を下げた。


 こうして、旅の仲間は二人から五人へとなった。



 その後、それぞれが準備のために動こうとしている中、アランは立ち去ろうとする代官を引き留めた。


「代官殿、ひとつ、よいだろうか」


「はい」

 代官はにこにこと振り向く。


「この度のご歓待、ご苦労だった。おかげで昨日の旅の疲れも癒えた。今日からの旅もはかどる」


「もったいないお言葉。痛み入ります」


「出立前に、ひとつ話があるのだが」

 アランは言葉を選びながら言った。

「昨日、この街の民から、税が重いという訴えを聞いた。税の払えなかった者から、商売道具を取り上げたという話も聞いた。本当か」


 代官は表情を変えずに少し黙っていたが、ややあって、言った。


「おそらく本当でしょう。少なくとも、税は、軽くはありませんな」


「民はきゅうしているようだ。少し軽くしてはやれないのか」


「……難しゅうございますな」


「なぜ」

 アランが問い詰めるように言う。


「国庫が窮しているためです」

 代官はやはり笑顔のまま、しかし声音は鋭かった。


「戦に飢饉、災害と、悪いことばかりが続いております。兵を動かすにも金が必要、飢える民に施すにも金が必要、災害にった民を救うにも金が必要なのです。苦しむ民を救う方法は、負担できる者に負担させるよりございませぬ。厳しいようですが、それが現実なのです」


 代官はきっぱりと言い切り、アランは言葉に詰まった。


「……しかし、やり方はどうか。職人から商売道具を取り上げては、その後、税を払うすべなどないではないか」

 ようやく、それだけ問うた。


 だが、代官はすぐに答えた。

「恐れながら、そうせぬと、他の者にしめしがつきませぬ」


「しめし?」


「さようでございます。民は皆、苦しい中で、頑張って税を納めているのです。もしも納めぬ者に寛大な処置をとれば、正直に納めた者が馬鹿を見ることになります。我々は為政者いせいしゃとして、そのようなことをするわけにはまいりませぬ」


「しかし」

 アランは力なげにそう言ったものの、後を続けることができなかった。


 セレオスは後ろに控えながら、その様子を険しい目で見ていた。


 これが民の立場ならば、代官に対して反論は山ほどもあろう。


 戦などするから金がかかるのだ。


 王族の贅沢な暮らしを改めろ。


 だが、それを王子が代官に向かって言うのは筋違いであることくらいは、さすがにアランもわきまえていた。


 彼に言えることはもう、何もなかった。


 そしてセレオスは内心、代官の人物を見直していた。


 彼は、税が重いことも、取り立てが厳しいことも、理を以て弁明した。

 王命だから仕方がない、と片付けなかった。

 そうしようと思えば、できたにも関わらず。

 王にも職務にも、そしてアランに対しても、誠実な態度だった。


 セレオスは、アランの肩にそっと手を置いた。

 黙って唇を噛むアランを、代官はしばらく見ていたが、やがて、口を開いた。


「もうお分かりでしょうが、私には税を減らすことはできません。できるのは……」


 アランはぽつりと言った。

「王か」


 代官はうなずいた。


「王におなりくださいませ、殿下」

 そう言うと、代官は深々と一礼し、従者を連れて奥へと歩み去っていった。



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