第3話 二人の宿命

「兵は最終的に精鋭を五十人ほどそろえると聞いております。ですが、参集の場所はここではありません」


「なに?」


「ここには、すぐに駆けつけることのできた者が三名。残りはケルニの街に集合する手はずになっております」


 代官がすまし顔で答え、セレオスの顔が曇った。

「聞いた話と違います」


「急なことゆえ、行き違いが生じたのかもしれません」

 代官は笑いながら弁解した。


「しかし、騎士団は現在、任務で王都から離れている者も多く、ここを集合場所とするよりも、目的地の近く、ケルニの街に集合する方が都合がよいのです」


「ならばそうと、最初から……」

 抗議の声を上げるセレオスを、アランがとどめた。


「しかたがないことだ、セレオス」

「しかし」


 食い下がろうとしたセレオスだったが、アランは代官に言った。


「わかった。まずはその三人を仲間に加え、ケルニの街を目指すということだな」


「はい、恐れながら殿下、その通りでございます」


 代官は笑いながら頭を下げると、自ら先に立って二人を奥へと案内するそぶりを見せた。


「さあさ、まずは旅塵りょじんをお流しください。熱い湯は、旅の疲れも流してくれます。それから食事にいたしましょう」


 セレオスは憮然ぶぜんとして代官をにらんでいたが、やがて諦め、二人の後を追って歩き出した。




 湯で体を流してさっぱりした後、豪華な食事で饗応きょうおうを受けた二人は、あてがわれた部屋に引き上げた。


「あの代官、信用ができません」

 扉を閉めるなりセレオスが言った。

「笑い方が気に入りません。はらで何を考えているかわからない奴です」


「そうかもな」

 アランは寝台の端に腰を掛けながら答えた。


 そう広くはない部屋だったが、床には上等な絨毯が敷かれ、寝台が二つのほかにソファとテーブルが置かれ、居心地は良かった。


「はじめはソリンで討伐団と合流しろと言い、来てみればケルニだと。これでは、たらい回しです」

 セレオスはシャツを脱ぎ、自分のベットに投げつけた。

 鍛え上げられた肉体があらわになる。


「そう言うな、セレオス」

「馬鹿にされているんですよ」

「馬鹿にしているのはギルスタインさ」


 セレオスはため息をつき、アランの隣に並んで腰かけた。わらの詰められたベッドが沈む。

「ただでさえ、貧乏くじを引かされたというのに」


「私にとってはそうではない」

 アランは苦笑した。


「竜討伐は私の名を上げる。たとえ倒せずとも、立ち向かい生還したというだけで、王位は確実になる」


「生還できれば、です。私がなら、刺客を送ってあなたを殺します」


 セレオスがぴしゃりと言うと、アランは前を向いて呟いた。

「やるかな、義母上ははうえは」


「やりますよ。そういう人です。ギルスタインがあなたを馬鹿にするのも、あなたが死ぬと予想しているからでしょう」


「あの人は前からだ。ああいう人なのさ」


 そう言うと、アランは急に居住まいを改め、セレオスを見た。

 そして熱を込めて言う。

「それでも私は竜を倒し、王になる。王にならなければ、この国を変えられない」


 セレオスは、アランの美しい鳶色の目を見つめ返す。

 アランは続けた。


「戦は尽きず、病は去らず、人々は飢えている。生きる者は生に倦み、産まれる子はますます少ない。まさしく黄昏の王国だが、私の愛する国だ」


 もう何度も聞いたアランの決意だ。

 だがそれでも、聞くたびにセレオスは胸を打たれる。

 悲壮とも言える王子の覚悟に。


「私は王になり、この国を救わなければならない。私の宿命だ」


 セレオスは微笑んだ。そして、低く、ゆっくりとした声で言った。

「私が必ずお守りします」


 しかしアランはつと目を伏せ、セレオスの裸の腹に目をやった。

「あの時のようにか?」


 そこには、胸から腹にかけて大きな傷跡がひきつれになっていた。


 セレオスが「はい」と答えると、アランは黙って傷跡を指で撫でた。

 指の腹が、わずかに触れるほどに。


「それが私の宿命ですから」

 セレオスはやはり低い声で言った。


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