第2話 若きアランの憂(うれ)い
迫りくる牙を盾で受け、アランは剣を振った。
にぶい手ごたえを残して
アランは魔狼に対して一気に間合いを詰め、剣を突き出した。
弱っていた魔狼は避けることができない。
剣は魔狼の首元に深々と刺さり、魔狼は絶命した。
後ろを振り返ると、セレオスがもう一頭の魔狼に槍を突き立て、止めを刺しているところだった。
「昼間から、こんなところにまで
魔狼から槍を引き抜いたセレオスは兜を脱ぎ、汗をぬぐいながら近づいてきた。額には美しい金髪が貼りついている。
セレオスの金髪は透き通るような美しい金髪で、アランはいつもそれをうらやましく思う。アランの髪は黒く、まさに対照的だった。
「
アランは剣を腰に
「大丈夫でしたか。お怪我はされてませんか」
「ああ。魔狼二頭くらい、どうってことないさ。何せ私たちは、竜を倒しに行くんだからな」
アランは笑って答えた。
セレオスも無理に笑顔をつくり返した。内心は笑えない。アランが明るく振舞おうとする様子は痛々しい。
ここは、王都と地方の都市を結ぶ街道である。
二、三十年ほど前までは、街道は安心して旅ができたという。
しかし今では警備する兵の数も減り質も落ち、魔物が現れることが珍しくない。
セレオスは槍の血を
栗毛の馬がセレオスの、黒毛の馬がアランの馬だ。
彼らが戦っている間、よく訓練された二頭はおとなしく待っていた。
魔狼のような相手と戦うときは、馬をおりて戦わなければならない。
人を相手にする時と違い、騎乗したままだと、高さによる優位よりも馬を襲われる危険性のほうが大きいのだ。
アランは愛馬の首を
竜を討伐せよ。
その命令を受けたのは昨日のことだった。
広間で王に
背の高いこの老人を、彼はあまり好きではなかった。
ギルスタイン卿は見え透いたようにへりくだりながら、王国の辺境に竜が現れたこと、今回の討伐は少数精鋭でなされること、そのため討伐団の長には王子であるアランが選ばれたこと、などを話した。
「討伐団は、ソリンの街に参集させております。恐れながら殿下もそこに
「ソリンに?
いぶかしむアランに、ギルスタイン卿は過剰な笑顔を浮かべて「はい、恐れながら」とだけ言った。
説明する気はないらしい。そのための笑顔だ。
子ども扱いされている。アランはいらいらする自分を抑えながら、そうか、と答え話を終わらせた。
日が西に傾いていく。
かつては石畳で
街道といっても人通りは少ない。何度か、乗合馬車を追い抜いたりすれ違ったりしたほかは、伝令と思しき騎兵が二、三騎ほど駆けていっただけだった。
乗合馬車はどれも、武装した護衛を乗せていた。
途中で追い越した馬車は、王都とソリンを結ぶ
商人風の男や農民風の男、子連れの女など様々な人を乗せ、ごとごとと揺れながらゆっくり進む。道が荒れているせいで、速度を上げると、衝撃で車軸が折れてしまうのだ。
その乗合馬車には護衛が三人乗っていて、三人とも槍を持ち、鎧を着込んでいた。
アランとセレオスが馬車を追い抜いていくとき、三人は兜の
旅人が気をつけなければならないのは魔物だけではない。
最近の野盗は昼でもかまわず人を襲う。
まもなく日が暮れようという頃、二人はソリンの街に到着した。
街の城門で警備の兵士に名前と身分を尋ねられたので、セレオスが王子と従者であると答えると、兵士は上官を呼びにいった。
現れたのは痩せた老人で、城門の守備隊長のテオと名乗った。
彼は二人を代官のところへ案内すると言った。
ソリンは王領で、王から任じられた代官が治めている。
「王子がお見えになったら、お連れするよう言われておりましたので」
彼は王子の馬のくつわを取り、自ら先導して歩き始めた。
夕暮れ時の街は人々がせわしなく行き交うが、誰もが忙しそうで、そして疲れているように見えた。
石造りの建物のあいだをいくつか抜け、角を曲がった時だった。
道端で、壁にもたれて眠っている中年の男がいた。
酔い潰れているらしい。
男は空の酒瓶を抱えていた。
男を見つけるとテオは舌打ちし、二人に「ちょっと失礼」と断り、男のところへ駆け寄った。
「おい、ガレスじゃねえか、しっかりしろ」
テオが男を揺すると、男は眠そうに目をこすった。
「こんなところで寝るんじゃない。ほら、立て」
テオは男を立たせると、家に帰るよう
男は空の酒瓶を持ったまま、ふらふらと歩き去っていった。
テオがため息をつきながら戻ってきて、再びアランの馬の
「すみませんでした」
「いや。……知り合いか?」
アランが尋ねると、テオはうなずいた。
「近所に住んでいるガレスって男なんですがね」
「ずいぶん酔っていた」
「あれでも本当は腕のいい職人なんですが……」
テオはちらちらとアランの方を見た。
言いあぐねるような様子だったが、やがてぽつりと言った。
「商売道具を取り上げられちまいましてね」
「商売道具を。誰にだ?」
アランは純粋に疑問を口にする。
だが後ろを行くセレオスはテオの様子からおおよその事情を察し、顔を曇らせた。
「……この街の役人にでさあ」
テオは前を向いたまま言った。
「役人に?なぜ?」
「税金が払えなかったんです」
「税金を?それで商売道具を没収されたのか?」
アランは驚いて言った。
テオは返事をしなかった。
「商売道具を没収されたら、ますます税金など払えないじゃないか」
テオはやはり返事をしない。
後ろをついていくセレオスは、静かにため息をついた。
少しして、テオがとても小さな声で、ぽつりと言った。
「
アランはすぐに返事をした。
「わかった。私から代官に言おう」
後ろで聞いているセレオスは、顔を
アランは純粋すぎる。
外の世界を知らなすぎる。
セレオスはそれを
いち守備隊長にすぎないテオが、王子であるアランにここまでいうというのは、大変な覚悟のいることだ。
アランの性格によっては、この場で切り捨てられる可能性だってあるのだ。
彼はそれを覚悟してなお、言わずにはいられなかったのだ。
彼の積もりに積もった思いは、察するに余りある。
そしてそれは、つまり、この街の人々の不満の蓄積でもある。
アランの返答は、その重みを受け取ってのものであるのかどうか。
馬は、ぽくぽくと歩を進め、やがて三人は代官の居館に到着した。
案内を乞い、
家宰に案内された先にいた代官は、愛想よく二人を出迎えた。
「ようこそおいでくださいました。さぞやお疲れでございましょう」
代官は両手を広げ歓迎の意を表する。
「もうすぐお食事の用意が整います。まずはお着替えをお持ちいたしますので、その前に湯をお使いください」
「お気遣い、感謝いたします。しかし」
彼の言葉をさえぎり、アランが尋ねた。
「まずは、状況が知りたいのです。我々の討伐団はどこに集合していますか。兵数はどのくらいですか?」
代官は笑顔のまま、一瞬の間をおいた。
帰ってきた返答は意外なものだった。
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