第6話 多頭の大蛇

 ヤルナークの杖から火球が飛ぶ。

 ぬめぬめと光る巨大な胴体に当たってぜる。

 だが、大して効いたようには見えない。


 ムグルクが戦斧を胴体に叩きつけると、鱗が割れて赤い肉が見えた。

 しかし、見る間に周囲の桃色の肉が盛り上がり傷をふさいでいく。


 白い牙をいて噛みつこうとする頭をレルシアの剣がね飛ばしたが、直後に別の頭が襲ってくる。

 彼女は素早く身を屈めてそれを避けると、その首も切り落とした。


「凄いな」


 その鮮やかな動きにセレオスがため息混じりの賛辞を送り、次の瞬間、彼の槍も首を一つ切り落としていた。


 しかし。


 頭を失った赤い断面は、すぐにぼこぼこと盛り上がり、やがて再び頭を形造っていく。

 それも、ひとつの首から、二つ。


 レルシアが落とした首からも二つずつ再生し、切り落とした三つの頭は六つの頭となって、再び動き始めた。


「やっぱりだめなのか!」


 アランは叫びながら剣を振るう。切り飛ばした首からは、やはり二本の頭が再生してきた。


「まずいですよ、何とかしないと!」ムグルクの悲痛な叫びが聞こえ、アランは「わかってる!」と叫び返したが、どうすればいいのかはわからなかった。


 彼らが戦っている相手は、巨大な蛇だった。


 それも、胴体は一つながら、そこから樹木のように首が枝分かれして十ほどの頭が生えている蛇だった。

 もっとも、今や出くわした時よりさらに七つか八つ、切り飛ばした分だけ増えているのだが。


 首をもたげた蛇の高さは彼らの身長を優に超え、彼らの頭上で十数本の首はうねうねと波うちながら動きを止めず、たえず互いに場所を入れ替わりながらうごめいている。

 

 素早く噛みついてくる頭もあれば、赤い舌をちろちろと出し入れして様子をうかがう頭があり、口を広げて威嚇してくる頭があり、常に全体に注意して戦う必要があるのだが、この大蛇の最もやっかいな点は再生能力だった。


 先ほどから、胴を傷つけてもすぐに再生し、首を切ろうものなら一本の首が二本になって生えてくるのだ。

 手の付けようがなかった。


「なんなんだよ、こいつ!」

 ムグルクが思わず叫び声をあげた。


 アランも叫びたい気持ちだった。こんな化け物、戦いようがない。


 逃げるしかない。


 アランの頭にその考えが浮かんだ時、反応が一瞬遅れた。

 右から噛みつこうとする蛇の頭に、対応ができなかった。


 やられる。


 しかし次の瞬間、刃が一閃し、その頭は切り飛ばされていた。


「ぼおっとしないで!」レルシアだった。


 だがその直後、今度は彼女に一瞬の隙が生じ、がら空きになったその脇腹に蛇が噛みついた。

 苦痛にレルシアの顔が歪む。

 しかし彼女は即座に剣を返し、その頭も切り飛ばした。


「大丈夫か!」

 アランは叫んだが、状況は最悪だった。


 レルシアは負傷し、しかし頭はさらに二つ増えた。

 

 この状況ではやはり、逃げるより他ない。

 だが、この化物は動きも早い。

 逃げられるかどうかわからない。


 ……自分が一人で戦って、その間に皆を逃すよりない。


 アランがそう覚悟を固めた時だった。

 

 突然、声がした。

「火だ、傷口を焼くんだ!」


 誰の声かはわからなかったが、全員がそれに反応し、レルシアはヤルナークを見た。


 ヤルナークは頷いて、杖を構えた。


 レルシアが剣を振って首を切り落とす。


 そこへヤルナークの杖から火球が飛ぶ。


 鱗に覆われた胴体には効果のなかった火だったが、火球が首の切断面で爆ぜると、桃色の肉は黒く焼け爛れ、固着した。


 頭は、生えてこなかった。


「ようし、そういうことかよ!」

 ムグルクは、投げ捨てていた背負い袋から松明を取り出し、アランとレルシアに投げて渡した。

 ヤルナークが魔法でそれに火をつけてやる。


 ムグルクはさらにセレオスにも松明を投げてよこそうとするが、しかし彼は「いや、私はいい」と言って断ると、槍の穂先に右手をかざし、何かを呟いた。

 突如、槍の穂先が炎に包まれた。


「お前、魔法が使えるのかよ!」

 驚くムグルクを尻目に、セレオスは燃える槍を振り回しながら、蛇に近づいていく。


 形勢は完全に逆転した。


 ムグルクが最後の首を切り落とすと、頭を全て失った蛇の胴体は一瞬の硬直のあと、力無く崩れ落ちた。


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