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    連続更新お疲れ様です。

    信長公も経験を積むために一馬の代行をしてもいいとおもうんですけどね。
    相手は関東管領二人ですし、片方は気心が知れている氏康さんなので、いい経験になると思うんですよね。
    そして三国同盟と関東三国同盟の要人が集まって会談ですか。
    義氏さんは身分が足りないので、一馬が出ますか。
    上様が大政奉還をすることはともかく、東国を統一して日ノ本を纏めるのは隠せない段階ですからね。

    関東管領の両家のおかげで八屋形が騒ぐことを防げたんですから、まずはお礼を言う必要がありますよね。
    関東の乱れは遡ればどこまでも遡れますからね。
    故に上杉さんは考えるのをやめ、久遠ほどではないですが明日を見るようにしましたが。
    確かに故事は重要ですが、それだけでは先人を越えられませんからね。
    掘り下げてしまうと東国新皇、平将門公対朝廷の問題まで発展しかねませんし。

    確かに惜しむべくは時ですよね。
    時間は有限ですからね。
    そして上杉家も北条家も東国の為に尽力を新たにする。
    北条家が上杉家をフォローするのは本当に助かってますよね。
    そしてこれからですが、関東を統一に尽力し、織田の政を参考に領地を縮小廃止をし、俸禄制にする。
    一大事業ですから、東国を統一し西国と戦えるまで5年~10年はかかるでしょうね。
    問題は北条氏康さんの寿命ですね。
    1571年に卒中と思われる病状で倒れて死んでしまいますからね。
    ナノマシンで何とかインチキできんのか?

    懸念となる寺社については関東で権威のある鹿島神宮が関係が良好で塚原先生のおかげで友好的で最恩恵国であるのが幸いですね。
    織田領のように寺社の統廃合が進んでくれればいいんですが、あれは寺社が進めている事で、公儀が命じている事ではないですからね。
    寺社が多すぎるので、寺社奉行が一緒に話し合いをしているんですけどね。

    あとは長尾家の本国の越後も難しい土地ですよね。
    三年一作ですし。
    景虎さんも今回の婚礼の立役者ですから、褒美になる物が必要ですよね。
    例えば開発資金とか、久遠家の開発技術とかの供与ですかね?
    今の新潟県の県庁所在地は新潟津の新潟市ですが、当時の府中(11世紀以降)は上越市直江津地区で春日山あたりでした。
    だから川中島の高梨氏は親族で婚姻戦略を結んでいたのは、安全保障上の問題だったから、武田と川中島を6回もやったんですよね。
    川中島が米所でなければ、武田は緩衝地帯として残せたんでしょうが、現実はそうではなかったんですよね。
    武田の動きを見ると、少しでも食料が手に入るところを攻め取っていた感じですよね。

    でも上手くすれば17世紀中に越後は米所にできるかもしれないですね。
    やはり軍神ですから有能ですが、上杉憲政さんを助けている家宰の様な立場ですからね。
    実際の関東管領の家宰は下野足利の足利長尾家の長尾但馬守当長(まさなが)なんですが、上杉憲政さんの越後落ちと同時に関東管領家宰職も事実上消滅しました。
    もしかしたら有能で関東管領を補佐する長尾景虎さんに対して長尾但馬守当長はあまりいい感情を抱いていないのかもしれませんね。

    話を戻しますが、だから景虎さんは関東にリソースを割いていて、越後を本格的に大規模な治水開墾鉱山開発が出来ないんですよね。
    青苧と金銀と直江津の中間交易で食糧を買っている状態ですし。

    阿賀野川以北の揚北衆は春日山から遠すぎるから目が行き届かない上に、名族意識が高く独立性が高いから、彼らを納得させて俸禄制にするのは骨が折れると思いますが、やるしかないですよね。
    私が東国で一番難しいと思っている物の一つが名族で独立性の高い揚北衆の俸禄化だとおもうんですよね。
    次点で加賀一向一揆の制圧ですね。
    しかし揚北衆は鎌倉時代以来の武蔵の秩父氏、相模の三浦氏、近江の佐々木氏、伊豆の大見氏ですから六角義賢さんと三浦氏員さんが味方にいてくれて本当によかったですよね。
    でなければ話の取っ掛かりすらないでしょうし。

    越中にまだ滝川益氏さんがいたんですか。
    もう何年もいる気がしますね。
    なんだか益氏さんは長期の越中出張で倦んでそうな気がしますが大丈夫でしょうかね?
    益氏さんがいるから越中は今のところ何とかなっていますが、長尾家の本国である越後は三国同盟と関東三国同盟で何とか助けないといけないですよね。
    しかし幻庵老は年の功なのか中々いいタイミングで話を振ってくれますね。
    確かに三国同盟と関東三国同盟は近江以東の統一を目指すことが重要ですからね。

    確かに関東が関東以外の東国に手を出していい顔されないですが、そろそろ東国全体の為に動く事を考えて欲しいですね。
    伊達氏は天文洞の乱で晴宗派についたことで守護不入権を始めとする特権や莫大な恩賞を受けた中野宗時が伊達家中の中枢として家中を壟断していますし、葛西氏は晴信が頑張っていますが、国人たちへの求心力がなくまとまりがないですからね。
    葛西氏は浜田氏がよく兵乱を起こしますからね。
    当代の浜田氏は浜田大膳大夫広綱で、歴代浜田氏の例にもれず浜田兵乱(1587~1588)を起こしますね。

    加賀、西越中の一向衆は本山の石山本願寺でも手に負えないと困っていますからね。
    あの地をどうするか決まっていないんですか。
    越中側を少し削ったとはいえ、一向衆の持つ加賀と西越中は合計すれば30万石(限界まで開墾すれば40万強)は固いですからね。
    正規軍の動員兵力は1万は行きますから馬鹿には出来ませんよ。
    かといって根切りにするのは悪手ですし。
    狂信者と一般門徒を切り離して弱体化させるのが一番なんですよね。

    具体的に言えばありきたりですが、奥羽や関東で開墾させるできるように食糧を与えて数年免税などで勧誘したりとか。
    食えないから死ねば極楽に行けるとかいう宗教に走るんですから。
    難しい問題は割り算するのが一番ですし。

    能登の能登畠山ですが1566年の永禄9年の政変が起こる前に臣従させたいですね。
    果たして歴史の修正力があるかどうか分かりませんが、何となく守護大名たちの権威が失墜した史実で起った将軍殺しの永禄8年の政変の影響がなくても、能登で政変が起こる気がします。

    起る前に臣従すれば畠山義慶(義有?)・義隆兄弟が毒殺されたり、義隆の子の春王丸が疫病で死ぬ可能性は無くなりますし、遊佐続光や長続連の裏切りがないし、加賀に亡命してしていた温井景隆・三宅長盛兄弟(父親が温井続宗)がしれっと能登に帰って重臣になったりしませんし。

    逆を言えば、畠山義慶(義有?)・義隆兄弟は1574年まで殺されないし、遊佐続光は坂井大膳定尚と同じタイプなので、わざと謀反を起こさせて七尾城を大砲や投石機で落して遊佐・温井・三宅・長を処刑・追放するのが一番スマートな勝ち方だとおもうんですよね。
    すぐに裏切ろうとする遊佐続光は正直要らないし、獅子身中の虫を飼う気はないですし、これを機に切りたいですね。
    第二次ランテマリオの二の舞は御免ですよ。
    輪島漆器の技術と平安時代から600年続く輪島の朝市の利権、日本海航路の寄港地として輪島湊は欲しいですし。

    ひとまず皆さんには情勢を理解してもらって足場を固めつつ、安易な戦は無益と言う事を理解してもらわなければなりませんが、この時代やった者勝ちの時代ですからね。
    当主を引きずり降ろして押し込めにしたり、今までの形を変える事を拒む者が出るのは必然ですからね。
    一馬の考えが先進しすぎているところがありますし、急に今までのやり方を変えろと言われて反発しない者は少ないですからね。

    一馬達から世の中の情報が虫型偵察機で筒抜けですが、これを大っぴらに使うわけにはいかないし、アリバイ作りに忍び衆や伝書鳩を使ったりしていますし、全てに目を光らせる事は不可能ですからね。
    どうしても誰かの手を借りる事になりますし、一馬達は撤退しせざる得ませんからね。
    チェック項目を増やして不正や裏切り、謀反を防ぐ必要がありますね。

    だからそろそろ一馬達が関与しない形で、新体制に変える必要がありますからね。
    一馬や嫁を関東に常駐させると、冗談抜きで久遠領になってしまい日本を二分化してしまいますからね。
    関東三国同盟に関しても、まずはやってみる必要がありますからね。
    奥羽の様子は一馬達が本国の尾張で相談に乗って現地の織田家家臣を助けるとなんとかなりそうではありますね。

    今回は東西足利の婚礼による東西和解と関東三国同盟成立で十分すぎる成果ですね。
    足利将軍家と関東公方家の対立という東国の最大の懸念が消えましたから、これからしばらく時が稼げますね。
    少なくとも上様や義氏さんが生きていている間で、藤氏さんと義氏さんが仲違いをしなければですが。

    次は来年の花火大会か今年の武芸大会に招いて、もう一度皆で集まって話をしてそれまでに発生した問題点の洗い出してみるべきでしょうね。
    誰かが孤立しないように上手く繋ぎつつやっていきたいですね。
    人間は孤立しては生きていけませんからね。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 更新ありがとうございます。

  • そろそろ関東でも花火大会を開催していい頃。

  • 更新ありがとうございます。

    ここに爆弾放られたら、という豪華すぎる集まり。まあフォースフィールドを張るだけですけど。

    過去を考える…気象周期とエリート過剰生産も…

  • 更新ありがとうございます。

  • 更新お疲れさまです次回も楽しみです


  • 編集済

    第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    関東管領を明確に誅殺した足利成氏は足利晴氏さんの高祖父ではなく曾祖父ですよ。
    藤氏さんと義氏さんの高祖父ではありますが。
    >ああいう男は誰もが思いもせぬことで失うて「い」まいかねぬ。
    ですが
    >ああいう男は誰もが思いもせぬことで失うてしまいかねぬ。
    かと思われます。

    そういえばそろそろ武芸大会でしたね。
    奥羽衆や三好長慶さんは武芸大会を見に行きますか。
    関東で出来る事は関東にいる時にやるしかないですからね。
    武芸大会を見た奥羽衆は驚くでしょうし、三好長慶さんの悩み=4兄弟が無事なのでおそらく息子の義興の件でしょうね。
    義興さんの死因は黄疸ですから肝機能障害=おそらく大酒飲みかと思いますし。
    伊達と葛西の件を晴具さんは片を付けたがっていましたからね。
    確かに葛西の中でも織田領に接している国人を寝返らせようとしましたが上手く行きませんでしたか。
    一度でも離反を許すと第二第三の離反が起こり得ますし、天文洞の乱の元凶になった伊達稙宗も完全に隠居状態ですが、1565年6月19日までまだ生きていますから、担ごうとする馬鹿が沸いて出る可能性があるんですよね。

    一馬の言う通り、敵は身内で特に伊達家は天文洞の乱で晴宗派筆頭だった中野宗時が壟断していますからね。
    しかも晴宗は1565年に家督を輝宗に渡して隠居しても実権を手放さないし。
    実権を取り戻したのは1570年に中野親子を追放してからですよ。

    伊達家は南北朝時代南朝だったので、北畠の仲介はありがたいですが無い袖は振れませんからね。
    それもこれもすべて各種特権や守護使不入の特権を持つ中野宗時達の所為なんですが。
    伊達と葛西の上層部は織田と一戦することを避けられないと考えていますし、時間を稼げば三国同盟は内部対立したり、畿内と戦って自分達にチャンスがあるとか愚かにも思っているんでしょうね。

    確かに三好長慶さんの父親の元長さんは優秀過ぎて、些細な諫言を切欠に溝が出来て、最終的に修復不可能になり細川晴元に粛清されましたが、それが三国同盟内で起るとは考えにくいんですよね。
    とはいえ、戦う姿勢を見せなければ家中を纏められないのは仕方がないとは言え、外に敵を求めて国を纏めるって末期王朝を想起させますね。
    政宗が好き勝手に動けるようになったのは、輝宗が中野親子を追放して、二本松義継に輝宗が人質に取られた時、二本松義継を父親の輝宗ごと殺したからですよね。

    エルが言う様に関東と奥羽を統一を急がなければなりませんよね。
    幸い足利晴氏さんが思い切った手を打ってくれたので、それで助かっていますし。
    まさか伊達や葛西、八屋形が不埒な真似をしたら挙兵するというのは抑止力になっていますから、関東の泥沼化の可能性がかなり減りましたね。
    なるべく穏当に済ませたいですが、家中も纏められない家ではどうしようもないですからね。
    伊達や葛西が動くのが遅れても困らないというのは流石は三国同盟ですね。
    むしろ動くのが遅れてくれて、バラバラになれば各個撃破が出来ますからね。

    下の息子たちと言うと藤政さんと輝氏さんですね。
    関東に残す声がありましたが、すでに上様に仕えている身ですから今更戻す事はありませんよね。
    自分が死した後も考えるとは晴氏さんは万全の体制を整えているわけですね。
    晴氏さんはケティが長時間の宴会の出席も控えた方がいいと言っていましたし、あと何年生きられるか分かりませんが、船を使っても関東への旅は決して楽ではなかったので、おそらくこれが最後の関東入りになるでしょうね。

    そして最後に義氏さんと藤氏さんに、二人が争う愚を説き、争わないようにしましたか。
    とは言っても気休め程度でしょうし、親が言って止まるんでしたら一馬が止めてますからね。
    しかし高祖父の持氏は上杉禅秀らを自害させ、曾祖父の成氏は上杉憲忠を誅殺していますからね。
    関東管領を明確に誅殺した成氏は高祖父ではなく曾祖父ですよ。
    しかし、東西対立がようやく終わりましたが、藤氏さんと義氏さんが戦争をしたら今までの努力が水泡に帰してしまいますからね。
    そうなったらと古河足利は宗家の足利将軍家と一緒に終わるかもしれない可能性が極めて大ですから、言っておきますか。

    突き詰めると東国と畿内の争いであり、本当の敵は朝廷ですからね。
    晴氏さんがそこまで思い詰めていたとは…
    晴氏さんに「貴方は精一杯やりましたよ」と言ってあげたいですね。
    真実の敵が朝廷と言う事が言う事が出来ないとはなんとももどかしいですね。
    でもそれを言ってしまったら東西対立して泥沼化となり、一馬であっても止められなくなりますからね。

    晴氏さんが言うように足利家が将軍にならずに、下野足利郡足利荘に産まれて僅かな土地を耕していれば、喧嘩の一つもしたでしょうが、確かに天下の一大事になることは無かったでしょうし、土地を皆で耕して国人や地頭、御家人のように生きていればある意味幸せだったのかもしれませんね。
    晴氏さん達は余所者の北条(伊勢)憎しで連合してまで戦いましたが、完膚なきまで負けた後、牧場村で農作業を手伝って、毒気が抜けた感じですか。
    しかしまさか関東公方にならなければよかったとは、ずいぶん思い切った事を言いますね。

    そして藤氏さんと義氏さんに行動の指針を言いましたか。
    確かに一馬は誠実な人間が困った時誠実に頭を下げてお願いしますと頼めば助けてくれるし、絶対に汚してはならない存在ですからね。
    万が一誰かと争っても一馬を頼れば元の道に戻れますか。
    一馬は基本正論で正しい事しか言いませんが一つだけ間違った事を言っているとは。
    それが一馬の変わりは二度と現れない、一馬が自分の代わりがいるというのは信じてはならないという事ですよね。
    確かに目からうろこでしたね。

    一馬は自分の能力や価値に無頓着だし、自分を軽く見る癖がありますからね。
    それを直さないと、万が一のことがあった場合、足利どころか朝廷が消えうせるのは決して誇張ではありませんからね。
    一馬が命は等価値と思っていますが、一馬の命は天下万民のもので比べられず替えが効かないですからね。
    上様を筆頭に皆が守っていますが、人間死ぬときはあっさり死にますからね。

    晴氏さんは一人で話してばかりで、藤氏さんと義氏さんとの会話が出来ていないので、会話を促しましたか。
    確かに親と子が短い時間ながら余人を交えず親子水入らずで会話するのは珍しいですからね。
    そうですね。
    あと晴氏さんが10年若ければもっと頑張れるんですが。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    全開よりは多少は短く出来たと思いますが、それでも長いですよね。
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

    作者からの返信

    ご指摘ありがとうございます。
    修正しました。

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    そりゃまぁそんな機会なんてなかっただろうしなぁw

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    一馬のそれは自身が生まれた元の時代なら自分の代わりはいくらでもいるだからなぁ……

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    一馬の言う通り、いつか人類は一馬の倫理観に到達するのですが
    それは秀吉が武力で纏めた後に徳川幕府が400年平和を保って、
    その間に欧米が人権や教育などの啓蒙思想を熟成させ、
    それを受容したからこそ今の価値観があるのであって…

    この時代で一馬を失えば、消え去るんだよなぁ

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    「天下を惑わす久遠、覚悟ーッ!(バーン)」とかあるからね

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

    間違っていることがある、は大笑いしました。
    今誰かに襲われて殺されたら、の恐怖…本能寺を思うと。

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    どの時代の優れた人物の代りが居ないのは、その人が亡くなってから証明される事が多いと思う

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    もう少し若ければと……。

    あえて空気を読むまい!!

    ナノちゃん「呼んだ?」

    一馬「スティ」

    親孝行、返す時には親は居ず。の逆版かな?

  • 第3061話・旅立ちの前にへの応援コメント

    更新お疲れさまです次回も楽しみです

  • 第3060話・平和への一歩への応援コメント

    そういえば伊達とかどうなったんだ?慶事ならなおさら使者ぐらいは来ていそうだが。


  • 編集済

    第3060話・平和への一歩への応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    関東府の前身の鎌倉公方もまともに機能していたのは3代目満兼の代までで、4代目持氏が爆発した感じですからね。
    享徳の乱も始まりは鎌倉公方の足利成氏が関東管領の上杉憲忠、上杉氏家宰の長尾実景・憲景父子を誅殺したことからすべてが始まり、上杉持朝や長尾景仲、太田道真が主君の上杉憲忠ら22人を誅殺されて黙っているはずがなく、戦を挑みますが相模の島河原で扇谷上杉の持朝に勝利すると1454年から28年間断続的に続く、応仁の乱以前から始まった関東戦国時代に突入しましたからね。
    その時、長尾景春が乱をおこしますが長くなるのでこの辺りにしておきます。

    とにかく100年経っているし、当時の者は皆寿命で死んでいるから責任の取らせようがないし、誰がやっても上手く行かないでしょうね。
    関東府に表立って逆らう愚か者はいませんが、積み重ねた因縁を解きほぐすのは一筋縄ではいきませんからね。
    でないと火種が残り大乱にならないとはいえ戦乱の時代が終わりませんからね。

    今回は関東府を皆で支え、戦をしない方針にするわけですか。
    戦をする場合は関東府に言えば、関東府の仲介や調停を期待できますからね。
    確かに一馬の言う通り、八屋形の当主が奏者として一堂に集まるというのは誅殺を恐れてなかなか実現しませんからね。
    近くは太田道灌、源平では足利義朝(頼朝公の父)も持て成されたふりをされて風呂場で殺されていますからね。
    今回は誅殺の恐れのない、義氏さんの結婚式だから集まれましたが、次はいつ集まるんでしょうね。

    当主が戦をしたくなくても発言権のある重臣や一族、例えば真里谷武田のように当主が正室との間に子供が恵まれず嫡子に定めた庶長子の信隆か、信隆が嫡子に定められた後とは言え当主の正室が産んだ嫡流の信応を当主にするかの派閥争いで戦争や内紛が起こったり弱体化しますからね。
    他にも真里谷一族の一部が里見義堯による稲村の変で北条家の力を借りて義堯が義豊から当主職を簒奪する件に関わっていたのが、真里谷弱体化の遠因にもなるんですが。
    戦を終わらせる事は始めるより難しいとベトナム戦争のベトコンの司令官のボー・グエン・ザップ(武元甲)が言ってましたね。
    晩年はボケちまいましたが。

    豊臣政権は身内が少ないから、絶大な権力の割には綱渡り政権でしたから、奥州仕置とか九戸政実の乱とか起こったと思うんですよね。
    そして一馬は北条水軍を織田海軍に編入して、北畠家のように海上の安全保障を織田に一任すると公言したわけですね。
    事前に根回ししておいたおかげですね。
    となると、海軍の拠点が志摩半島だと答志島のように関東だと伊豆大島・館山あたりが海軍拠点になるんでしょうかね?
    神津島は立地がよく整備されていますがこれから拡大化する海軍の泊地としては規模が小さいですし。
    里見が滅んで斯波織田久遠に借りがある佐竹はどうなるか少しハラハラしましたが、藤氏さんの件で了解を得ましたか。
    それは良かったです。
    これで関東で大手の水軍は全て織田海軍の制圧下で安全保障を確保できましたね。

    関東の海沿いで大きいところは、佐竹家、塚原家の本家筋にあたる大掾家、鹿島家、北条の同盟相手(と言っても当主や重臣が親北条で固めているので従属に近い)である千葉家(海上家)ですが水戸の江戸氏も結構大手ですよ。
    ただあの家は江戸通政が病弱すぎて手の施しようがないですからいくらでもやりようがありますよね。
    だから廃嫡されて孫の重通を嫡子(嫡孫)にして祖父の忠通が後見していましたが、1564年に他界してしまい、重通もまだ数え9才と言う事もあり、成人するまでという条件で当主に復帰するも30才で他界。
    その治世は3年と短く、江戸重通が辛うじて元服できる12才までしか生きられませんでした。
    最終的に水戸重通は秀吉から常陸一国の支配のお墨付きをもらった佐竹義重には抵抗できず、水戸城を追い出されるという屈辱を味わっていますね。
    そして結城晴朝のところに亡命して43才で他界します。

    しかしやはり利害調整がやりやすいのは海ですよね。
    千葉家、大掾家、鹿島家は北条家と同じ条件だったら異論はないと言うんですからうまくまとまりそうですね。
    なんと言っても制空権の無い時代で制海権を握っていれば相手は文句は言えないわけですし。

    太平洋航路は現代の海図でも房総半島の洲崎沖は激潮流注意の地点ですから、里見は結果的に操船技術が鍛えられ、房総半島特有の地形である谷津とよばれる細い山道を延々と移動しないといけないので、里見のゲリラ戦で北条家は互角に渡り合い、海賊行為で北条家を苦しめましたからね。

    話を戻しますが、洲崎沖を大型船で乗り越えるか、それとも迂回するか出来るのは大型帆船の恵比寿船や大鯨船でもないかぎり無理でしょうね。
    だから織田と久遠が太平洋航路のシェアを独占していますが、今の法律だったら、独占禁止法で織田や久遠は分割させられているでしょうね。
    でもこの時代はやったもの勝ちですし、志摩から関東まで織田海軍で安全保障の統一されるとそこで生み出される利権や水運・海運が活発になり雇用を大量に生み出す好循環になる感じがしますね。
    未曽有の特需景気が発生しそうな気がします。

    補給と商売で交流があり、最恩恵国の一つである鹿島神宮ですが、操船技術や造船技術は格差があるのは誰が見ても明らかですからね。
    意地を張らず素直に織田に臣従して、久遠船の建造方法や操船技術を学んだ方がいいですよね。

    そういえば雪村さんは佐竹の一族で、嫡男だったのに継げなかったから、恨みはなくても率先して働こうという気はないでしょうね。
    近況を報告する書状を出す位で。
    僧侶は俗世から離れているから、殺される危険は武士よりは少なく雪斎禅師のように家庭教師兼大名の顧問を務めていたり、陣僧として交渉する僧侶がいましたが、近年実家と政治から離れる者が増えて、陣僧が減ってきているんですね。
    僧侶としての立場、一族の血を受け継ぐ者としての立場は別物だという考えが広がっている為ですか。
    寺社内での意識改革の一環でいい意味で変わっていますね。
    数少ない知識層なだけあって、立場の使い分けからやろうとしているのが、評判がいいんですか。
    それはいい傾向ですね。

    一馬の言葉を上杉さんの言葉で締めくくって、上手く纏めましたね。
    上杉さんが筆頭管領として権威を使い、次席管領として北条さんが実務を担当して上杉さんの顔を立てる事で面目を施すというのは意外と平仄が合うので、良いコンビになるかもしれませんね。
    他の八屋形は一馬が怖いから従っているようですが、利益も回しているし一馬の為人を知ればそれも次第に消えて行くでしょうね。

    上杉憲政さんは八屋形が奏者として従うのにあれこれ理由をつけて引き伸ばししましたからね。
    それやられたらウンザリしますよね。
    八屋形は古河公方家、上杉家、北条家だけでは従わないので、従うとしたら尻に火がついて畿内や三国同盟と戦う時くらいだから、織田にくれてやるとは思い切りましたね。

    上杉さんは内陸国の上野が本領なので海の事については門外漢ですが、海を乱す者は関東府や上杉も兵を挙げると明言しましたから、心強いですし、この場で上杉は北条と織田と共に動くと決めると考えるとは思い切りましたね。
    海上戦力だけでは全て制圧できないので、陸上戦力は必要不可欠ですからありがたいですね。

    上杉さんは一馬の為人を理解したようですね。
    言葉に出さなければ人間は自分に都合よく解釈しますからね。
    それを防ぐ為にも言葉を交わす必要があると一馬は常々言っていますからね。
    一馬は前古河公方の晴氏さんから関東譲り状を貰っていますが、関東に係りきりになるわけにはいきませんから、古河公方家、上杉家、北条家を信頼して一任するという形にしましたか。
    これで三国同盟と関東三国同盟は一馬を介して一つになりましたから、六ヶ国同盟といっても過言ではないかも。

    軍神長尾景虎さんとは違いますが、一馬も一廉の為政者になりましたからね。
    上杉さんが越後落ちしたのは無駄ではありませんでしたね。
    信頼関係の構築が一馬を動かす原動力ですし、関東府、両管領がいると言う事は権威と実働部隊がいるという事ですから関東が地獄になりませんよね。

    未来の電子辞書キタ━(゚∀゚)━!

    要は北条水軍を織田海軍に編入して、北畠同様に海上の安全保障を織田に一任するという事ですよね。
    しかし、北条家が織田に臣従を考えていた件が明確になったのがごく最近であり、それまで断片的な情報はあってもおくびに出さなかったのは流石と言う所でしょうか?
    噴火を起こした伊豆諸島は久遠諸島への航路上にあるので、流刑以外に使い道のない伊豆諸島をそっくり貰うとか土地が武士の命だった時代では考えられない事ですが、臣従を考えていればそれもありですよね。
    そしてその成果が実りましたか。

    一馬の存在により北条家は関東統一を諦めて、三代続いているのに未だに余所者呼ばわりされているので、安全保障が欲しい事はわかりますね。
    この少し前に一馬の仲介で関東三国同盟が成立して海では織田家との同盟を結ぶことになり、北条家はようやく安堵したとは本当に北条家は孤立していたんですね。
    味方が千葉(海上)家くらいですし。

    その先代当主の千葉親胤は氏康さんの娘(円妙院?)を嫁がせても千葉親胤は反北条派だったのですが、親北条派の原胤清・胤貞親子に実権を握られていたので古河公方と組んで抵抗しますが氏康さんの命で、叔父の海上胤富に幽閉され、暗殺されたとも原一族の抗争に巻き込まれて死んだとも伝わります。

    関東には独立勢力として佐竹などが海沿いに存在していましたが、両三国同盟の敵ではないので従う他なく、一馬と対立してまで争うことは出来ずに関東府としてこの同盟が承認していますか。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    短く出来たらいいんですけどね。
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 第3060話・平和への一歩への応援コメント

    更新ありがとうございます。

    つなぎ止められてしまっていますが…

    権威、というものが何なのかも考えさせられます。


  • 編集済

    第3060話・平和への一歩への応援コメント

    実際問題、難所の遠州灘と鹿島灘をスムーズに航海できるのはチート無くして無理ですからね
    船もしょぼいしそこまで発展していない鹿島灘以北に、積み荷を運ぶメリットも今までなかったわけで

    佐竹領で鉱物資源が取れれば当然海の輸送ルートも増えるけど、将来的にはできれば資源はまだ残したいところ

  • 第3060話・平和への一歩への応援コメント

     北条領、伊豆諸島、安房まで織田水軍&海軍で統一されると、一気に関東周辺の水運が活発になりそう。

  • 第3060話・平和への一歩への応援コメント

    相変わらず一度いじけた人ほど、存在感がマシマシになりますな
    いじけるって事は、自分の力量と立場を理解して、未来をある程度見通せて、そこに「今の」自分には居場所も役割も無い、と理解できる力があるからこそ、ですからねー

    自分の力量と未来が分かってる人材を、見逃すはずもなくw

  • 第3060話・平和への一歩への応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3060話・平和への一歩への応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3060話・平和への一歩への応援コメント

    更新お疲れさまです次回も楽しみです


  • 編集済

    第3059話・根回しへの応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    何で佐竹家がと思ったら、北条と千葉(海上)は織田海軍に編入されることが内定し、里見水軍が滅んだので大手で残っている水軍は佐竹家くらいでしたね。
    あとは小規模の零細水軍くらいですからね。
    常陸佐竹家は甲斐武田家と同じ新羅三郎義光の末裔ですからね。
    関東の名門である八屋形の中でも特に名門ですよね。
    関東三国同盟と三国同盟を繋ぐには「海の道」が必要不可欠ですからね。
    織田海軍と北条水軍を統合するために八屋形や近隣の水軍に話を通して筋を通す事は重要な事ですよね。
    それをやらないと火種が残りますからね。

    そういえば霞ヶ浦に水軍持っている江戸崎土岐氏の扱いはどうなるんでしょうか?
    やはり織田海軍に編入されるんでしょうか?
    土岐頼芸の弟で土岐兄弟の中では最も優秀な土岐治頼が跡を継いでいましたが1557年に亡くなっていますから、跡を息子の大膳大夫治英が継いでいますが彼が賢明な判断をしてくれることを祈るだけですね。

    佐竹義昭が思わずつぶやいたのは失言に近いですね。
    それについて太田さんは佐竹相手に堂々と渡り合って、すぐに頭を下げて利を差し出すわけがないと思っていますし。
    口では他家他領の海に手を出すことは無いが、久遠家に助けを求めてくるし、一馬は怒らせなければ助けを求める者達を見捨てる事はないという事実を言いましたか。
    まさしくそれは事実で、斎藤道三さんをはじめ、信濃の小笠原氏や木曽氏や村上氏、甲斐武田氏や駿河今川氏も臣従しましたからね。
    臣従するなら早い方がいいですからね。
    遅くなればなるほど不利な条件が増えていきますし。

    常陸の鹿島神宮と久遠家は昵懇ですから、気にするなと言うのは無理がありますし、言葉が過ぎた(失言だった)とすぐに引いたところから太田さんは揺さぶりと判断しましたか。
    佐竹義昭さんが言う様に、北条と水軍を共にすると言う事は千葉家も従うとありますが、沿岸で穀倉地帯の椎津城を保有する真里谷武田も北条の従属下にあるので史実通りなら真里谷恕鑑の血筋で生き残っている真里谷武田信応の子で真里谷武田信高と真里谷武田信政の子の真里谷武田信光も従うでしょうね。
    真里谷恕鑑の代では江戸湾の制海権を掌握し、鎌倉まで進出し28万石の広大な領地を獲得していたかつての見る影もありませんが、それでもしょぼいですが水軍はあるにはあるし、こういった零細水軍も織田海軍に組み込むんでしょうね。

    鹿島神宮にも内情はありますが、塚原先生がいる限りおかしな事にはならないし、水軍の件はまだ決まっていないですが、北条家が動けば鹿島神宮も動かざる得ないでしょうね。
    鹿島神宮が三国同盟レベルに厚遇されている、最恩恵国の一つとして遇されているのは塚原先生がいるからですから、それを逃すとは思えないのが一般の考えですよね。

    ちょっと太田さん黒いですね(笑)
    一馬や嫁に毒されましたかね?
    水軍を保って独自に生きるか共に生きるか佐竹家に選択肢を与えていますが、そんなこと一択に決まってますよ(笑)
    斯波織田久遠は佐竹に借りがあるどころか、藤氏さんを持て余していた佐竹家を助けていますから、むしろ貸しがありますよね。
    曲がりなりにも一時は古河公方の嫡子だった足利藤氏さんに頭を下げて古河に戻ってもらえるように模索していただけで、和解や和睦を探っていたわけではないし、佐竹家の顔を立てたのは一馬ですからね。

    感謝には慣れて恨みは忘れない人間は欲深いですから、配慮を求めすぎますからね。
    だから織田家も難儀しているんですが…
    佐竹家は配慮を受けている分くらいは助けなければならないと考えられるだけ、まだ欲深い方ではないですね。
    信長公は欲深いものを特に嫌いますからね。

    海で助け合う、いい響きですしそういう体裁なら海で従う事に抵抗感はないでしょうね。
    ただ佐竹家も領内の水軍を一存で決められないのは水軍の独立性が強いですからね。
    水軍って海賊ですからはっきり言って無法者でヤクザですよ。
    武士の方がまだ甘い所があると思います。

    北条(と千葉)は水軍を織田海軍に編入させるつもりですが、佐竹家どうなるかは不明ですが、それほど変わらないでしょうね。
    あとは零細水軍も完全に織田海軍の正規軍に組み込んで海の関銭を取らず、俸禄をもらって海運や漁業や戦闘、探索や測量をする感じになるんでしょうね。
    佐竹家はどこまでやるというより、どこまでできるかですが、とにかく話し合いの場を設ける事には異存はないですから、一歩前進ですね。

    北条家は伊豆・相模・武蔵の三ヶ国を保有していますが三国同盟最大勢力の織田は九ヶ国は持っていますからね。
    ちょっとでも領地を持っているのを計算に入れれば、12ヶ国に及ぶので、山名宗全のような六分の一殿ですよ。
    その織田家と正面切って戦っても勝てないので、織田に臣従しますか。
    賢明な判断ですし、面目が保てるうちに従って動くしかないですからね。
    佐竹家としては鹿島神宮が斯波織田久遠と繋がりが深いので、南常陸に手を出せなくなりましたね。
    となると息子の義重がやった大掾一族の大粛清で南常陸の併合と常陸統一が出来なくなったわけですよね。
    大掾一族が大粛清を免れてよかったです。

    佐竹義重は小田原征伐と奥州仕置に参加したので秀吉の常陸54万石の支配権のお墨付きを得て、水戸城を攻めて江戸重通を追い出し、常陸府中城を攻めて大掾清幹を自害させ大掾氏嫡流を滅ぼし、南方三十三館主と呼ばれた鹿島・行方郡の大掾氏枝族と常陸武田氏の武田信房ら国人領主達を太田城に呼び出して粛清しましたからね。
    ほかにも額田の小野崎昭通を攻めて、秀吉の退去勧告を突きつけるというかなり強引な手段で常陸を統一しましたからね。

    その佐竹義重は1547年生まれなので今年で数え16才ですね。
    佐竹家は当主の早死にが連続したので義重が15才の時家督を譲られているんですよね。
    ちなみに早熟の天才だったらしく、10才の時には既に政務に関わってたそうです。
    ですから期待できますね。

    塚原先生がキーマンとなっているとは佐竹義昭からしたら痛烈な皮肉ですよね。
    武芸者であり、武を極めようとしていただけの男が将軍の師となり、その武名から各大名に厚遇されて、結果的に繋いで東国の光明の一馬と昵懇の間柄になっているんですから。
    今回の婚儀でも大きく名を上げましたからね。
    地位や名誉、所領にこだわる先生ではありませんが、その分鹿島神宮に手を出せば周囲が許すことは無いでしょうね。
    なんと言っても伊勢神宮が失態して大きく名を落したので相対的に鹿島神宮が名を上げましたからね。

    佐竹義昭さんは35で亡くなっているので息子の義重や孫の義宣に比べて事蹟が少ないですが、常陸統一を目指せるだけの才覚があったので、有能なんですよね。
    だから藤氏さんの件には一馬に借りがあると分かっているし、不義理を働かないようにしつつ自分がやっていた、家臣を通して藤氏さんに頭を下げるように説得していた事を一馬が見抜いて佐竹家を立ててくれたと理解しましたか。
    一流は一流を知るというところでしょうね。

    重臣は今までのようにはいかないと渋い顔をしていますが、それはこの話以前に無理な事ですからね。
    関東の事は関東の者でと猶予が与えられている時に、誰かが関東を纏め上げられれば話は変わっていたでしょうが、関東は泥沼でそれが出来る状況ではないですからね。
    現実的ではないし、斯波織田久遠に関東に手を出して欲しく無ければ助けや配慮を求めてはいけませんが、従ってでも必ず求める者が出る事は火を見るより明らかですからね。

    それに準同盟国であった北条が臣従の道を選んだんですから、北条に勝てない勢力が選べる選択肢はないですからね。
    強いて言えば玉砕して西国大名の為に時間を稼ぐ事くらいですが、そこまで人間は利他的になれませんよ。
    佐竹義昭さんの言っている事は最もですね。
    意地を張ってもその先はないし、鹿島神宮とその周辺は織田に従うから栄えるだけですし。

    領民や国人領主達が自ら主を選べるならば、仏の弾正忠の方がいいと思うのは当然ですからね。
    山背で飢饉になりがちで餓死者がすぐに出る奥羽ですら織田の領国は飢えないように尽くしていると評判ですからね。
    それと比較すれば新羅三郎の末裔と常陸守護の佐竹の名でついてくる者は少ないでしょうね。
    勿論このまま斯波織田久遠の世が続くならですが。
    何かがきっかけに織田と久遠が争うなどすれば、世は再び乱れて佐竹が天下を狙うのにワンチャンですがそれはありえませんからね。

    どちらにせよ制海権を取ろうと思えば取れる時点で海上戦力で負けているので争うのは無理ですからね。
    佐竹の領海には手を出さないと言いますが、鹿島にだけ荷を運んでいる今の形が続くと人材も経済も流出しかねないので困りますよね。
    従うかは改めて考えるとはまだ考えが甘く感じますが、一戦もせず降れるかという考えではないのでまだ物が見えていますね。
    海で争わない形はいると考えられるだけ、佐竹義昭さんは優秀ですね。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    粘着しているつもりは微塵もないんですが、どうしても書きたくなる事や言っておきたい余談を書くとつい長くなってしまうんですよね。
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 第3059話・根回しへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

    次々と詰みを悟る人が増えていく…年月の力か、人のネットワークの力か、・・・

  • 第3059話・根回しへの応援コメント

    率先して臣従した道三が凄いのだけど、争うことなく次々と臣従している訳で。
    この段階で臣従以外の道があるだろうか?
    早いか遅いかなら早い方が良い。

  • 第3059話・根回しへの応援コメント

    佐竹殿、長子殿の恩もあるし素直に従った方がいいのでは…?
    多分、尾張へ帰還後に「関東見聞録」みたいな報告書が作られて、民衆とか後世に知れ渡るよ
    恩を貰ってのにごねると印象が…

  • 第3059話・根回しへの応援コメント

    更新ありがとうございます。


  • 編集済

    第3059話・根回しへの応援コメント

    雪村さん、実家に自分のこと知らせてないのかな
    縁を切っているとは思えないし

  • 第3059話・根回しへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3059話・根回しへの応援コメント

    更新お疲れさまです次回も楽しみです

  • 第3058話・里見家再興への応援コメント

    粘着質が裏返ると良いね

  • 第3058話・里見家再興への応援コメント

    更新ありがとうございます。

    価値観が違う人へのアダプターとなる、というのが印象的。


  • 編集済

    第3058話・里見家再興への応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    婚礼が無事終わってよかったですよね。
    里見家の再興ですか。
    関東府の許可を得て再興するから文句は言わせませんが、連座制度の時代ですから、余程の人選をしないと駄目でしょうね。
    しかし関東管領の上杉さんと北条さんの二人、関東公方の義氏さん、その兄の藤氏さんに関東八屋形が奏者として勢揃いしていますから、よく考えると凄い陣容ですよね。
    ちなみに一馬達の席次は上の方ですか。
    正職の役職に就いていないので当然でしょうね。

    里見家を再興するのは子供で、義氏さんの許可を得て元服して跡を継ぎますか。
    となると里見義頼の可能性はないですね。
    里見義堯の関東府・関東管領への偽降伏による騙し討ちは流石に見苦しいでしょうし、弁護のしようがありませんからね。
    里見義堯の最後の騙し討ちの時、義舜(義弘)は切腹して、義頼が切腹した描写はないので、日ノ本に残る事すら許されず流刑にされたようですね。
    てっきり義堯の次男の里見義頼が再興させるものばかりだと思ってましたが、私は里見義堯の罪を軽く見過ぎていたようです。

    確かに里見義堯の血筋に再興させることは難しく、義堯の血を引いていない者に継がせて再興させる事を条件に話を纏めましたか。
    確かに先例として加賀富樫氏も政親・幸千代親子が断絶したので遡って分派した一族を継がせたケースがありますから、今回もそのケースを採用しましたか。
    現代人の一馬の感覚からすればそこまでして里見家を復興させるより別の家名に変えて存続させた方がいいと考えるのが普通ですよね。
    でも名は命より重いという当時の考えも勘案しなければなりませんからね。

    今後、残された女子供達だけで地に落ちた里見の家名を立て直さなければならなくなったのでまさに茨の道ですね。
    里見家の重臣である正木時茂さんは善意の奔走でしたが、時としてそれが毒となる事もあるんですよね。
    1534年に稲村の変で殺された義豊には武家家伝では義員と貞通という子供がいましたから、そっちの前期里見氏の里見義豊の系統に戻った感じになるんでしょうか?
    だとしたら歴史の皮肉を感じますね。
    子供だと言いますから年齢からおそらく義員の息子の義宗になると思いますね。

    正木さんは主家というか同盟者である里見家の再興を願って形にしましたが、考えようによっては無理に再興させなかった方がよかったかもしれませんね。
    どう考えても再興した里見家の当主は先代の義堯の悪事を連座制度で厳しい目で見られるんですから、そんな火中の栗を拾いたい奴がいますかね?
    幸いにも?北条家の庇護下に置かれるようですが、再興した里見家関係者は針の上の筵でしょうね。
    でも名は命より重く、家の存続を第一に考えていた時代ですから、だから一馬も里見家の被害者なのに里見家再興に協力したんですよね。
    一馬は氏康さんに里見家当人たちが憂い無く生きて行けるように頼み、里見の騙し討ちが忘れられるころには、里見以外の家名を名乗れるように根回ししていますか。
    それでも難しいのなら、一馬が受け入れる事を視野に入れていますが、いきなり受け入れるのは流石にないですよね。
    感情が先だって、恩を仇で返させて暗殺されかねませんし。
    確かに関東は余所者に厳しく、北条家も3代続いても未だ伊勢呼ばわりされていましたからね。

    北条家家臣に付き添われて現れた里見家再興の新当主は里見義堯の子孫から除外していますから、里見義通の末裔でしょうね。
    協力させられたとも思われる義員では成人していますので、里見の夜討ちに加担されおそらく里見義堯に付いたでしょうから、寺などに逃がした幼いと思われる里見義宗あたりが妥当でしょうね。
    一馬は里見の子供の新当主のが背負う重さを理解しているのかという問いについては何とも言えませんね。

    確かに一馬の言う様に関東は根本的に変えるしかないでしょうね。
    その為に、晴氏さんが一馬に関東譲り状を与え、挙兵の選択肢を与えたのは10年かけて少しづつ変えるしかないからでしょうね。
    残りの里見一族や分家と武衛様、信秀公、一馬でお茶を飲むことになっていますか。
    ケティ誘拐未遂事件や南蛮船襲撃事件の被害者である久遠家側が和解して遺恨がない事をアピールしないといけませんからね。
    やりすぎかもしれませんが、そこまでやらなければ中途半端で面倒な事になるので、里見義堯は死んでも迷惑をかける輩でしたね。

    正木時茂さんは里見家の復興が出来て一安心と思いきや、新たな難局を迎えていますね。
    主君の様子が芳しくないですか。
    北条家中では正木さんは勝手をし過ぎているという声もあるんですか。
    それは確かに辛いですね。
    でも一馬はそんなことより、里見を継いだ子達が憂い無く生きれる事を念頭に置いてますからね。
    何と言っても里見義堯だけの前科が酷いのに、里見家を継がせることになってしまった子達に十字架を背負わせる形になってしまいましたからね。
    汚名と罪を背負ってまで生きることは無いと一馬は考えていますから、再興してもやりづらい時は家名変更をしてすることも御所様の許可も得ていますからね。

    かの宗滴老に国主でないのに槍大膳と呼ばれて評価されましたからね。
    有能の筈ですから、気付けるはずですよね。
    名は命より重い時代の人間ですから、言われるまで気付かなかったですが、言われれば気付けるんですから流石ですね。
    でも考えもしなかったとは、正木時茂さんも優秀でも良くも悪くもこの時代の武士なんでしょうね。

    確かに正木さんは知りませんが、一馬は数多くの捨て子や育てられなかった子を引き取って孤児院で育てていますからね。
    だから現代人の観点で「大人は子供を守る者」という概念があるんでしょうね。
    中学生の時両親を事故で無くしているので、その生い立ちも関係しているでしょうし。
    正木さんは当時の観点からすれば武士の鏡の様な行動には一点の曇りもないですし、間違った行動を取ったことは無いはずです。
    でも一馬は残された者は家の再興より穏やかな暮らしを望み、里見義堯に対する怒りよりも、同じ里見氏で悪事に加担していなかった幼い子らを案じますからね。
    21世紀の人間ですから連座制度はないですからね。
    カエルの子はカエル、カエルの兄弟もカエル、カエルの親もカエルという考えはあったとしてもです。
    21世紀の法律では連座を法で捌くことは出来ませんからね。

    槍大膳とまで評価された正木時茂さんでも分かりませんから謝罪のしようがないですが、北条さんに謝罪などせず、最後まで幼年の当主、幼君をまもってやって欲しいというのは誰もが思う事ですし、守ってやれるものは少しでも多いものがいいですからね。
    光明とはてっきり天下統一への希望や世の中の安定だけではなく、自分と因縁のある子らまで案じて助ける事も含めますか。

    槍大膳の正木時茂さんと東国の光明である一馬と比べるだけでも畏れ多いですが、なんと浅ましいのかと正木時茂さんは思いましたか。
    面目、意地、因縁、争いと言った武士に当然の行為が一馬にはたまらなく思うんですよね。
    だから北条家中はそれを感じ取って、これ以上迷惑をかけたくないですからね。
    それを考えれば、里見家と正木家は10年以上何と愚かな事を続けていたのかと思いましたか。
    難しいでしょうが、この失態は働いて返すしかありませんね。

    未来の電子辞書キタ━(゚∀゚)━!

    婚礼後に古河御所で一度は安房で滅ぼされ、織田が坂東武者となった切欠の戦ですが、里見家の再興を許されましたか。
    里見分国といった半独立領主の正木時茂さんが北条氏康さんに自身の命と引き換えに里見家の再興を願い出たのであれば、氏康さんもその想いに答えなければなりませんからね。

    ただ、薬師の方こと久遠ケティの誘拐未遂事件、特に関わりのなかった織田を狙い久遠の船を奪おうとした鎌倉沖海戦、鎌倉府軍として出陣した足利義氏に降伏を偽っての騙し討ちなど、里見義尭の罪状はあまりに重かったですからね。
    関東管領となった上杉憲政さんや北条氏康さんですら再興の形と整えることが難しいですからね。
    久遠一馬の命を受けた今川家家臣で平安以来の駿河三浦氏の三浦氏員さんが動いた事と駿河三浦氏と同族の同じく平安以来の名門である相模三浦氏の三浦道寸の次男の家系(とされている)の正木時茂さんが重臣として交渉してでなんとか間に合わせていますからね。

    ただ、この件に関して一馬は、里見家の再興より自らの意志と関わりない形で里見家を継ぐ事になった、子供たちの身を案じていたという逸話が北条家の資料に残っているんですか。
    一馬の温厚さを示す一次史料でしょうね。
    氏康さんにも子供たちが憂いなく生きていけるようにして欲しいと頼み、それが難しい場合は家名を変えることや一馬が預かることも考えていたとは一馬らしいですね。
    正木時茂さんはその話を聞いて、己の浅はかさを恥じたとありますが、当時言われても理解できた人間が果たして何人いるか分かりませんから、正木時茂さんは十分立派ですよ。

    分別で一番いいのは、言われてしっくりくる。
    次にいいのは言われて理解しても心のどこかで納得していない。
    一番下なのは言われても理解も納得しないですね。
    おっと論外、言われても笑って一切身にもつかないタイプが最悪ですね。

    名や家や一族に拘る当時の武士と21世紀?に生きた一馬の価値観の違いが、この頃もまだ乖離していた事が大きい逸話として現代では知られているとは、まだこの頃は戦国時代に染まっていなかったんですね。
    無理かもしれませんが一馬には最後まで高潔であって欲しいですね。
    産業革命、大政奉還による維新、近代化による議会政治の導入などやるべきことはいくらでもありますからね。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    色々書くとつい長くなってしまうんですよね。
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 第3058話・里見家再興への応援コメント

    この顛末を見ると、土岐家の生き残りは結構うまいこと軟着陸したんだなと

    しかし先代がカスの三倍役満+周囲が蔑みと負い目で固められた環境で、果たして子供がまっとうに育つのか
    グレるかひねくれる未来しか見えんなぁ

  • 第3058話・里見家再興への応援コメント

    まー当時の感覚だと家は一つの企業みたいなもんだもんな
    潰したくないって気持ちもわからんでもない

    それで苦労する人が居るのも事実なんだけどね

  • 第3058話・里見家再興への応援コメント

    更新ありがとうございます、先代がやらかしたせいとはいえ茨の道を進むしかない里見家当主、一馬の願い通り安らかに生きてほしいですね。


  • 編集済

    第3058話・里見家再興への応援コメント

    ちょっと未来を考えれば、里見家再興はいばらの道なのよね
    悪行は知れ渡ってるからどこにいってもつらいのを
    子供や子孫に背負わせるから・・・正木もむごいことをしたものだ
    後の世に忠臣蔵の松之廊下フラグが発生しそうだなぁ

  • 第3058話・里見家再興への応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3058話・里見家再興への応援コメント

    更新お疲れさまです次回も楽しみです


  • 編集済

    第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    長野業正さんは物を的確に見ていますが、辛辣ですね。
    確かに関東の事は関東の者で治めるは筋が通っていますね。
    しかし越後落ちの事をまだ言っていますね。
    しかし北条家の娘を養女ということは足利長尾家の憲長(当長)の娘、成田甲斐の母ではなかった事に安堵しています。
    そうでない某戦国無双で北条氏康さんに「成田のせがれ」と呼ばれる成田甲斐ちゃんが産まれてきませんからね。

    漆塗りの椀に白焼きの皿というのは織田が製造したものでしょうね。
    蒲鉾とはんぺんですか。
    蒲鉾と言えば小田原の名物。
    はんぺんと言えばおでんの具材で、醤油とうまみ成分をたっぷり含んだ魚介の出汁が沁み込んだふわっとした食感でお酒が進みますからね。
    ちなみに初期の蒲鉾は今の板に盛って蒸した白い蒸し蒲鉾ではなく、天ぷらの様な揚げ蒲鉾や愛媛のじゃこ天に近いものだったようですね。

    それを正確に伝える長野業正さんの食レポも夕食を食っていても、一杯ひっさげに行きたくなりますね。
    これを聞くと、蕎麦で蕎麦前で冷酒で板わさ、出汁巻き卵、海苔でキレのある日本酒=剣菱とかで蕎麦が出てくるまで待って、蕎麦が出てきたら今度は残った冷酒でやりながら、飲み切ったら蕎麦を本格的に手繰るのがいいですね。
    高給寿司や鰻でマウント取ってくる成金(バカ)と違って、「粋」ってものを理解しないとね。
    とにかく美味い肴に美味い酒!これに限りますよ。
    「蒲鉾」は歯ごたえと魚の味が分かるというからやはりじゃこ天や揚げ蒲鉾に近いんでしょうね。
    あまり食べられないニベや鮫の肉を使っているでしょうし。

    かつての鮫漁はフカヒレを取ったら残りはヒレの無い状態で生きたまま海に捨ててしまう残酷な漁法だったので10年くらい前に法改正されて船一隻に狩猟できる頭数が一匹に定められましたからね。
    鮫の食文化はモウカザメの心臓のモウカの星とか食べられたり、今は疎遠となっている伊勢神宮では鮫は神の使いの一つであり、捧げられた後、醤油や味醂に漬けて鮫の垂れ(液体のタレではなく直垂のような薄切りの長い帯の様なもの)にして食べたりとか鮫はアンモニアを体内に含んでいるから腐りにくいので山奥の食べられたりとかいろいろ工夫されていたようですね。
    愛媛の松山駅でじゃこ天の立ち食いうどん頼んだら、讃岐うどんの隣の県なので麺は讃岐うどんでじゃこ天入ってましたね。

    話を戻しますが、長野さんが見渡す心から喜ぶ者、祝いの席故に気を使う者。心から喜ばない者の様子など様々いるのが分かりますか。
    長野業正さんはもう齢ですが、跡継ぎの三男の業盛さんに学ばせるために連れて来ていないんですかね?
    最も喜ぶべき古河家臣団は、婚礼前に愚かにも騒ぎを起こしたので面目を失いましたからね。
    古河家臣団だから見過ごされるとでも思っていたんでしょうかね?
    確かに長野さんの言うように愚か者を見ながら飲む酒は不味いですからね。
    と言っても兵を挙げろというのは戦巧者の長野さんだから出る考えであってほとんどが団栗の背比べに近い軍事能力でやってもすぐに決着がつかず泥沼ですからね。

    鮒の甘露煮ですか。
    鮒と言えば琵琶湖のニゴロブナの鮒ずしですが醤油と味醂と砂糖をふんだんに使った甘露煮は贅沢品ですからね。
    しかし砂糖を甘さと言っているので砂糖の概念知らないんでしょうね。
    織田家には薄口しょうゆはありますが、濃口醤油は今の所ないのでそのうち出来るんでしょうね。
    上野は内陸国ですから、鮒はよく食べますが、この調理法だったら食べなれても受け入れてもらえるでしょうね。
    面倒な手を使わずに武威で従えればいいというのは武断派の長野さんらしい考えですが、天下を取った者は武威で全てを圧倒するのではなく、有力者、実力者を懐柔出来る者ですからね。
    仮に全てを圧倒しても、いずれ取って代わられるのは歴史が証明していますし。
    愚か者を従える価値はないと考えているのは関東三国同盟の本音なんでしょうね。

    宴会は和やかですか。
    確かに偉すぎる雲上人の上様や関白様がいると緊張して楽しめませんからね。
    上様にも参加を促しましたが、上様は関東の面目と立場を考慮して遠慮しましたか。
    一馬は古河の新たな名物になるように鮒の甘露煮を考案したんですね。
    他にも蒲鉾とはんぺんですか。
    前にも言いましたが蒲鉾は小田原名物ですからね。
    三田弾正さんの作品で知りました(笑)
    普段食べない鮫とかを使って作るんですよね。
    名物になるといいですね。

    他にも黄金焼きのハンバーグがありますか。
    本膳料理に肉類は入っていない事は言われてみればそうですよね。
    でもセルフィーユが考えた肉料理が入っているというのはうれしいでしょうね。
    武士は肉を食べていましたし、公家や坊主も薬食いと称してこっそり食べていましたからね。
    五畜の禁を真面目に守っていたのは院と主上と東宮を始めとする一部の皇族くらいではないでしょうか?
    実際、同じ皇族でも叡山座主も戒律を破っていたようですし。

    江戸時代でももんじ屋という肉を食べられる店があって猪を山鯨と言って食していましたからね。
    そして彦根藩だけは鎧作りに使われる牛革を取るために牛の屠殺を許可されていたので、残った肉を味噌漬けにして幕府への献上品にされていたそうです。
    それに朝廷や寺社の権威がどん底から少し持ち直している程度ですからね。
    史実と違い正親町天皇はすぐに即位できましたが、院の後奈良上皇は即位に10年かかりましたからね。
    このまま朝廷に上手く話しを持って行って、五畜の禁を解禁できたらいいんですが。
    それに寺社が率先して戒律を破っている事が、織田領や東国の寺社が各地で暴露していますからね。
    結果的に畿内の名のある寺社の権威が落ちた事で、武士は寺社所縁の戒律や習慣を変えている人が多いというのは皮肉以外の何者でもないですね。

    さらに久遠家は医学・栄養学の観点から動物性蛋白質を摂取するのに指導していますからね。
    東国では本膳料理に肉を出すのは問題ないというのは栄養学的にはいいんですけどね。
    確かに関東は京から遠く、大宰府の様な出向機関もないので目が届きにくいですよね。
    だから平将門公のような反逆者や奥州藤原氏のような独自の勢力が出現したんですが。
    そうですね。
    将門公が許されたのは江戸時代からで戦国時代では未だに朝敵ですからね。

    晴氏さん、一馬達の恩を忘れたら関東管領でも関東公方でも構わず滅ぼしてしまえとは覚悟ガンギマリですね。
    そして晴氏さんが一馬を頼ったばかりに一馬と三国同盟を巻き込んでしまったので巨大な借りを作ってしまいましたからね。
    晴氏さんが長生きできても借りを返せるとは思えないので、せめて一馬が兵を挙げる時は晴氏さんの名前を使い、戦争を終わらせろとは大盤振る舞いですね。
    自分の代理人としての地位を関東諸将の前で宣言したんですから。
    関東三国同盟の義氏さん、氏康さん、憲政さんの三家の当主は言いたいことは分かっているようですね。
    藤氏さんはそうではなかったですが。

    誤解が産まれたのは病室で古河公方家と関東を任せると言ったからですからね。
    だから関東諸将の前で言う事にしましたか。
    これだったら確かに聞き違うことは無いでしょうね。
    こんな場所で言われたら従うしかないですから、晴氏さん以外と策士ですね。
    泰平の時代だったら有能な政治家として名を遺したかもしれませんね。
    それに一馬は関東を滅ぼす事はまずありませんからね。
    しかし、その甘さに付け込んだ馬鹿が出た事を重く受け止めて、今後の為に一馬へ新たな武器を与えましたか。

    そしてこれは戒めでもありますか。
    たとえ実の息子であっても乱を起こすような不届き者は許すなとは覚悟ガンギマリですね。
    親子兄弟が殺し合う戦国時代ですから、親子であっても警戒しなければならないとは世知辛いですね。
    でも晴氏さんの宣言で争わず関東統一への道が開けた事は確かですね。

    そして東西足利の婚礼の一環で、関東三国同盟締結でもありますか。
    上様の妹を迎えるだけでなく、関東管領同士の結束を高める為の婚礼でしたか。
    しかし上様が出席できるほど関係は修復されておらず、あくまで古河公方家と上杉家と北条家の婚礼として行われたんですね。
    バラバラな関東を纏められるのは一馬くらいですよね。
    自分の死後も考えて、晴氏は自分の名を使って最悪の場合、関東を終わらせろといっているので平時なら政治家として上手く立ち回ったでしょうね。
    しかし既に一馬には関東譲り状を出していて、今回はさらに踏み込んだものになっているとは、それだけ本気と言う事ですね。

    晴氏さんの配慮はありがたいですね。
    関東の伝統と歴史に苦しまないように一馬に挙兵の大義名分を与えましたか。
    確かに戦を一馬は嫌いますから、そこを利用されることを防ぐ為の晴氏さん最後の策ですね。
    晴氏さんの権威は関東を離れる前よりもはるかに高まっていて、それをそっくり一馬に譲ったとは…
    一馬はとても頼りにされていますね。
    関東譲り状と今回の下命で一馬は関東に対して名実ともに大きな権勢を振う事が出来る様になったとはこれで一馬を阻む者はいなくなったという事ですか。
    一馬は自由に動く事になったという事ですね。
    これで関東静謐に一歩前進ですね。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    色々書いてしまうんですよね。
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    畜生…。

    今日夜食買ってねぇ。

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

    はんぺんと蒲鉾、これもどんなにありがたい食品か。

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    長野さんは考え方が本当に武士だねぇ。


  • 編集済

    第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    もうないと思ったら飯テロきちゃったよ。
    昼めし食ってなかったら危なかったw
    カマボコとはんぺんかぁ。いいですねぇ。
    カマボコはわさびをちょっと乗せて醤油で食べるのが美味いんだ。
    そこに冷酒をキュッと……たまらん!
    はんぺんはうどん出汁で煮込むとおでんみたいになるから醤油とみりんで味付けするといいかも。

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    関東には、安房、伊豆諸島がありますし、久遠は関東の国人でもありますから。

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    長野さん、生真面目というか神経質というか…悪い人ではないんだろうけど
    個人で完結するタイプの裏方仕事を任せると凄い活躍してくれそう

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    奥羽:久遠勢が主力になって統治してる
    関東:久遠が武力介入する大義名分が出来た
    これに挟まれてる伊達はいよいよ後が無くなったか?

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    忘れた頃にやってくる飯テロ。はんぺんが食べたくなった。

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3057話・晴氏の残すものへの応援コメント

    更新お疲れさまです次回も楽しみです


  • 編集済

    第3056話・関東三国同盟への応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    確かに側室の婚礼で白いケーキが運ばれてくるとは思わなかったでしょうね。
    それに上杉家中と長野親子はともかく、それ以外の煮え切らない態度を取っていた国人衆が参加を許されるとは思わなかったでしょうね。
    確かに正室だけでなく側室の婚礼も祝ってやりたいというのは、一馬らしいですよね。
    確かに婚礼は生涯に一度が普通ですからね。
    義氏さんが許したのは久遠家への理解が高まったからでしょうね。

    一馬が嫁と揃って婚礼に参加するのは尾張でも多くはないですからね。
    関東や奥羽で絶大の権勢を示す一馬や嫁達ですが、一馬も嫁も東国と将軍家を繋ぎ、発展させる事以外の事はしていませんからね。
    自分達が撤退した後の事も考えているんですよね。
    尾張はもっと新しい事をすると思いきや、婚礼に関しては急遽参加した藤氏さんの事以外には特に何もしていないのが意外でしたね。

    ケーキは新食感と甘味の塊で、この時代の人間からしたら未体験そのものですからね。
    縁起物としてとらえれば確かにそう見えますよね。
    憲政さんの食レポは的確ですね。
    隠れた食レポ会ですね(笑)
    甘く、柔らかく包むような存在は確かに一馬みたいですね。
    そのケーキですが、イチゴソースで陰陽を書いて白と赤で源平和睦のケーキに出来そうですね(笑)
    文句を言う輩には、これは陰陽も意味しているから朝廷を侮辱するのかと言えますし。
    もちろん朝廷に許可を取ってからですが。

    一馬は力で押さえつける事を好みませんからね。
    関東管領はその職柄、常に争いの渦中にいましたからね。
    最後の最盛期を現出させた憲実公も10才で当主になり、14才で小栗氏の乱を平定していますからね。
    そんな秀才ですら足利宗家と関東公方の間で苦しみながらも励んでいましたからね。
    確かに憲実公がいれば一馬に苦労を掛けないどころか、北条家の台頭も扇谷の台頭も防げたでしょうね。
    以前、上杉家を調べた時、憲政さんの曾祖父の憲実公は上杉氏の居城を上野平井に移し、4ヶ国保有して10才で当主と関東管領に就任、14才で小栗氏の乱を平定というアンサイクロペディアでも嘘を書けないような超優秀な関東管領がいたので、それを例に挙げましたが、採用してくれてありがとうございます。

    料理の格を下げると言う事はしていませんか。
    差配したのはセルフィーユだし、食べ物の恨みは恐ろしいですからね。
    見届け人の一馬も塚原先生も楽しそうで何よりですね。
    宴会の前には上様から祝いの言葉を頂戴しましたか。
    上様も宴会に参加したがっていましたが、幾ら将軍でも関東の慶事に部外者である足利宗家の者が出るわけにはいきませんからね。
    出席されても問題はないと思いますが、僅かでも懸念になる事は避けた方がいいですから出ない方がいいでしょうね。

    今は塚原先生と一馬が居るからいいですが、将来古河公方家と上杉家、北条家の新たな血縁を上様の命で結んだとされると厄介ですからね。
    配慮は必要ですよね。
    上杉も北条に負けているので、今は同じ関東管領ですが内輪でも敵対することは破滅を意味しますからね。
    こちらが格上と考えない方がいいですよ。
    それに忘れがちですが、関東管領は元は上杉の家職ではなく初期では斯波や畠山、高が管領職を務めたことがありましたからね。

    憲政さんは北条と戦って、自分は乱世で生きていけないと身を持って知っていますからね。
    おまけに家来の妻鹿田新助に息子の龍若丸を売られて北条に処刑されていますからね。
    おそらくですが北条を許す気になったのは、妻鹿田新助が自分を騙して北条に売った事、時間の経過により怒りと憎しみがある程度癒えた事、憲藤、憲重(1561年生まれ)と言った新たに子供を授かった事により、龍若丸を失った悲しみがある程度癒えたからでしょうね。
    そして慶事と祝い事、血を流さない戦争である政略で進める一馬に従った方がいいと、悟りましたか。

    氏康さんも、今まで当たり前と思っていた事を考えるようになりましたか。
    一馬は政略結婚を好みませんからね。
    政で家と家を繋ぐ事を第一としていますからね。
    それを斯波家と織田家は習っていますから、義統さんと信秀公は話が分かる方で良かったです、
    斯波家が養女に出して縁を持ったのは、三国同盟内でも養子先の北畠家だけですからね。

    北畠家は三代揃って関東入りしていますからね。
    北畠家に万が一があっても、出家しているとはいえ具教さんの弟の具親さんと次男の具藤君がいるから全滅は免れますが、ずいぶん思い切りましたよね。
    必要な事だとしても。
    そして南朝の大将軍を務め、東国の庇護者とまで言われる北畠家が目立たず陰ながら諸勢力に会い、婚礼を成功させるために努めている姿に氏康さんは感銘を受けましたか。

    そのおかげか、幻庵老の言う様に良い婚礼になりましたね。
    一馬は政だけでなく、上杉の養女を案じ、限られた時間で久遠流の茶の湯を教えていたりとケアしていたんですね。
    北条は一馬だからこそ共にあるとは一馬にちょっと依存していますね。
    関東が織田と戦争をすることは無いと思いますが、それでも東国の重鎮として北条が役に立たなければならないし、三国同盟が畿内と全面戦争した時、後背地である関東が揺れる事があってはなりませんからね。

    頼朝公という一人の英雄が現れて、一馬が現れるまで数百年かかりましたし、これを逃せば次がある保証はどこにもありませんからね。
    といっても神道の長である主上を中心とした朝廷や寺社には信仰がありますから人類が存続している限り、余程の事がない限り信仰が無くなることは無いですよね。
    ゆえに失態を重ねても必ず残り、いつか力を取り戻して関東を制して、久遠家からすべてを奪う日が来ると言うのは決して氏康さんの妄想ではないですし、それだけは許されない事ですからね。

    楠木正成公のように後醍醐天皇の為に誠心し、結果朝敵になっても働きましたからね。
    その働きが認められて、明治維新以降では天皇家の礎になった忠臣中の忠臣の大楠公と呼ばれていますからね。
    ちなみに史実では1558年、作中では1555年に朝敵解除されて川俣姓から晴れて楠木姓を名乗る事が出来た牛頭馬頭殿こと楠木正具さんが懸命に働くのは織田家への恩返しの面も大きいと思うんですよね。
    氏康さんの今回の婚礼は東国が生まれ変わりやり直す機会ですよね。

    一馬は甘いだけではなく武衛様は一馬の事をそう思っていたんですか。
    しかし一馬は汚れる事を恐れず働き、結果信を得る。
    そして朝廷や寺社はそれを求める。
    理解はしますが、強欲だなって思いますね。
    一馬の信を得て大きくなるのが早すぎますか。
    斯波家の権威で守り切れなくなるくらいには。
    しかし、東国も完全に統一出来ていないので、これ以上の遅滞は許されないのがジレンマですね。

    北畠も六角も同盟を越えて個人的に借りが増えていますからね。
    問題なのは一馬本人が貸しを作っていると自覚していない事なんですよね。
    だから少しでも借りを返そうと家も立場も越えて一馬を守ろうとしているんですよね。
    将軍の後ろ盾の六角と南朝の大将軍の北畠が協力者に居なければ、確かに斯波織田久遠は朝敵にされていてもおかしくはなかったでしょうね。

    信秀公はもう52ですが、この分だとあと2~30年は生きそうですね(笑)
    信念を汚してはならないという言葉には深みがありますね。
    今の寺社に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですよ。
    信秀公は戦上手で政治上手、父信定から受け継いだ東海の中枢と言っても過言ではない経済都市の津島を保有していたので貨幣経済を理解し、戦を終わらせることが得意な器用の仁でしたからね。
    仏の弾正忠としての素質はあったと思いますが、一馬と出会った時は第二次加納口合戦前で人生の成功者だから、他者の言葉を聞かないかと思いきや話の分かる親父でしたから、大敗北を回避出来て仏の弾正忠に覚醒できたんでしょうね。

    争いのない国にする。
    一見すると簡単に見えますが、天下泰平は一種の魔物ですからね。
    武威で従えて常に見張っていれば何とかなるかもしれませんが、それは個人の能力頼りですし一馬の目指す戦を起させない仕組みとは相反するものですからね。
    かといって徳川の幕藩体制は領邦国家の一種で、五人組などの相互監視による管理社会とは一馬の目指す天下とは違うと思うんですね。
    確かにチェック項目を増やす事は不正を無くすために必要だとおもいますが。

    一馬以外で天下を統一出来るとすれば武力による統一でしょうが、一時の平和でしょうね。
    一馬は二度と荒れない国造りと仕組みを考えていて、同じことができる者がいるとは思えないんですよね。
    そこまで考えると武衛様ももっと力を付けなければなりませんよね。
    天下統一はまだ半分も行ってませんからね。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    しかし相変わらず深いお話ですよね。
    ちなみに最後の最盛期を現出させた上杉憲実公を出して頂いてありがとうございます。
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    義輝は六角、斯波、北畠の三国同盟と組んで畿内から関東東北までの戦乱を鎮め、足利幕府の権威を応仁の乱以前のレベルまで回復させた名君という対外評価になるんだよね。
    本人は斯波と織田に後事を託して引退する気満々だけど、今の情勢だとその望みは簡単にはかないそうにないかな。足利の権威が回復したので今のままで良いのではという声が大きいだろうし。
    実力的には飛び抜けている斯波・織田のタッグが将軍家を立てているから成立する際どいバランスの平穏で、将軍の代替わりで斯波・織田を敵視し始めたりすると即破綻するけれど。

  • 第3056話・関東三国同盟への応援コメント

    源氏のケーキか……
    なら赤と白のミルクレープ(ミルフィーユケーキ)なら源平、長じて因縁あるもの同士の融和のケーキに出来そうね

  • 第3056話・関東三国同盟への応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3056話・関東三国同盟への応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3056話・関東三国同盟への応援コメント

    更新ありがとうございます。

    複数の見方から、よく立体的に浮かびます。
    カンストで重くなっている北条、先の先まで考えてしまっている斯波…

    残り半分をどうするか、どこから崩すか考えてしまいます。

  • 第3056話・関東三国同盟への応援コメント

    更新お疲れさまです次回も楽しみです


  • 編集済

    第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    まあ、関東管領の養女は将軍家の妹に比べれば格が落ちますからね。
    とはいえ一馬の言う様に身内でのお祝いくらいはすべきだとはおもいますがね。
    確かにこの時代の女性の扱いは男尊女卑そのもので、女性には名前すら伝わっていない事も多いですからね。
    だから非公式でお祝いする事にしましたか。
    それなら信長公や若武衛様も出席できますね。
    それにしても誰なんでしょうね?
    上杉の養女を女傑の赤井輝子=妙印尼の次男の長尾顕景の娘にしてしまうと、成田氏長+長尾顕景の娘で成田甲斐姫が産まれて来なくなってしまうんですよね。

    それに上杉の家宰職は1562年時点で下野足利の足利長尾氏の長尾景長が務めていたので、できればそこから養女を取りたいんですが、1556年生まれの成田氏長の正室と姉妹の広田直繁の正室くらいしか適任がいませんが、広田直繁は1520年頃?~1570?の人物なので既に結婚していますよね。
    上杉の養女にするんですから関東三長尾の白井・惣社・足利のどこからか血縁者を取りたいんですけどね。

    となると、いっその成田甲斐が産まれて来る事を諦めて、1569年に足利長尾家の景長(1561年12月以前は当長)の婿養子になった長尾顕景の娘(成田甲斐の母)を上杉の養女にするか、千葉親胤の未亡人になった北条氏康さんの娘で円妙院とされている娘の尾崎殿(千葉親胤が1541年生まれなので義氏さんと年がほぼ同じはず)を養女にするのも悪くないですね。
    尾崎殿が10代半ばで出家はあまりにも可哀想ですし。
    父親が違っても(むしろ成田氏長より足利義氏の方が血筋がいい)女傑の甲斐姫が産まれて来る可能性がありますね。
    あの男勝りの性格と戦の才能と美貌は祖母で女傑の妙印尼の血筋と存在が大きいかと思います。

    21世紀でもお金のかかる結婚式はやらない所が多いですからね。
    婚姻届け出しておしまいって友人もいましたし。
    一馬と塚原先生が仲人をやっているので上杉家の養女についてもやってあげたいですからね。
    ケーキで驚かせるってやはりいたずら心というか稚気がありますね。
    それが一馬の魅力なんですが。

    関東を離れる為に遅くまで仕事をしていますか。
    世知辛いですね。
    確かに上様の言う様に朝廷の権威は残っておらず、地方では精々統治の正当性を裏付けてくれればいい程度の存在なんでしょうね。
    摂家筆頭の近衛晴嗣さんが来ているから、皆相応に歓迎してありがたがっていますが、上様の面目を潰さないようにしている感じですか。
    確かに統治の正当性の為に官位のシステムを使用していますが、平将門公のような反逆者が英雄視されている以上、畿内にとって潜在的な仮想敵と言っても過言ではないですからね。

    しかしまさか摂家筆頭の近衛晴嗣さんに誰も取り入らないのは、驚きましたね。
    史実の前久と同じで得る者は何もなかったですが、最悪の事態は免れましたか。
    足利将軍は山城を拠点にしていましたから、足利家は関東からすれば元は執権・北条高時の臣下で坂東武者だったのに、いつの間にか畿内武士になっている裏切り者という目で見られていたといってもおかしくないですからね。

    三関封じと院の極﨟殿の件はそこまでの意味を持っていましたか。
    そしてここまで尾を引いていましたか。
    上様と一馬がいるから大人の対応をしただけで、この時点で朝廷と関東の解決の糸口すら掴めていないのは厄介ですね。
    やはり畿内が東国を長年にわたって虐げてきた事実は簡単には解決できそうにありませんか。
    反乱軍である平将門公が東国新皇と呼ばれていますし。

    東国を繋ぐのは将軍家の足利と南朝大将軍の北畠で繋ぎますか。
    確かに関係改善は日ノ本統一後でもいい気がしますね。
    所領を廃して俸禄制にし、裁判権・警察権・軍権を当主に集め中央集権化を進める三国同盟と旧態依然の所領=荘園を認める朝廷。
    その朝廷とやり方は同じでも肩入れしない東国と言う不思議な状況にはただ驚愕するしかないですね。
    勿論朝廷には権威はありますが、武力はないですからね。
    北面武士や滝口の武者などの護衛程度はいますが。
    そういえば林崎甚助さんの父親の浅野数馬は北面武士でしたね。
    林崎甚助さんの母親の菅野さんもそろそろ尾張に来る頃ですね。

    坂東武者も関東管領のような大動員できる権威と軍神クラスの武威がなければ無理ですからね。
    最初なんで蝦夷地を取るのはともかく東国から、それも北陸奥の南部や安東から制圧していくのか疑問でしたが、今となっては正解でしたね。
    ただ政治的匙加減がどんどん難しくなっていきますね。
    目に見える懸念の無い畿内との交流が武芸大会での主上と院の和歌ですね。
    主上と院にはご迷惑をかけると思いますが、日ノ本統一の為に協力して頂くしかないですね。

    上様と北畠晴具さんの言うように、日ノ本が割れる事は避けられましたが、纏まらなかった東国を一馬が纏めた事により東国軽視の風潮から東国の光明と呼ばれる一馬を信じ依存してしまうとは、空いたニッチを埋めるかのようですね。
    これを何とかしないと一馬は日ノ本からの撤退が出来ないから、依存前提を変えるしかないですね。
    政治って難しいですね。
    万人が納得できる政治があるんだったらとっくに誰かがやっていますからね。

    里見義堯はケティ誘拐未遂事件と鎌倉沖海戦だけでなく、関東府と関東管領を騙して偽降伏からの騙し討ちをしようとしたので、里見家は絶家になってもおかしくはなかったのに、一馬はそれを許し里見家の生き残り=おそらく里見義頼を当主にして再興させるなんて仏の所業ですからね。
    余談ですが、里見義舜(里見義弘)と小弓公方の足利義明の娘の青岳院が駆け落ちに近い結婚をしましたが、子供が出来ないまま青岳院は死去。
    継室に足利晴氏の娘を娶って里見義重が産まれましたが、1578年に里見義弘が亡くなり里見義頼と里見義重の政治闘争で義頼が勝って義重を強引に出家させ義頼の系統に変わったので、この世界線では熾烈な政治闘争がなく里見義頼の系統に変わったので、その点だけは皮肉にも利点でしたね。
    北条家は元は伊勢氏で幕府の政所出身でしかも分家ですから権威が足りず、結果平安以来の名門の相模三浦氏の同族の駿河三浦氏の氏員さんを動かして形を整えましたからね。
    三浦道寸義同の次男とされている正木通綱(時綱)は三浦家の人間ではなく、既に安房正木氏の人間ですし、実情は相模三浦家庶流の一人が勝手に名乗り出したのが真相のようなので、論外ですからね。
    一馬は氏員さんが上手くやってくれたと謙遜していますが、東国の光明である一馬が居なければ握りつぶされていたか有耶無耶にされていたでしょうね。

    里見の再興を見て、関東八屋形が頼るようになってきたというのは皮肉以外の何者でもないですね。
    晴具さんの言うように、上様がいる限り一馬が困ることは無いですが、同時に一馬を守るために将軍職を辞められない事、権勢を維持しなければならない事を意味しますから、皮肉ですよね。
    上様は信秀公に天下の禅譲も考えていますか。
    明確に禅譲を表現されたのは今回が初めてかもしれませんね。

    北朝の足利と南朝の北畠が協力するのは、ここまで来ると最早天命でしょうね。
    それにしても南北朝の和解をしてよかったですよね。
    この状況で南北の因縁を持ち出されたら収拾がつきませんよ。
    そうなったら、一馬にまた依存してしまう要因になってしまう所でしたね。
    織田が関東を平定できても、足利の二の舞は嫌ですからね。

    朝廷は絶対不可侵とまではいいませんが、神話の時代(神代)から繋がる神聖なものですからね。
    汚すなんてとんでもない事ですし。
    本来の強大な権威を早く取り戻して欲しいですね。
    とはいえ祖母が生前言っていた「上官殿の命令は天皇陛下の命令と言ったんだよ」と言った戦前ほどではありませんが、明治維新時くらいの権威が丁度いいと思うんですよね。
    神聖視や現人神ではなく皇族や華族が率先して軍務につくべしという高貴なる責務あたりが丁度いいかと。
    そうでないと居場所を失いかねませんから、いい形に変わって欲しいですね。

    今回も楽しめました。
    今回は前よりは少し短く出来たと思います。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    寺社と神仏が違うように朝廷と帝も別ってなりそうだなぁ。
    正直、今のままだと朝廷が残る未来が想像できないな

  • 第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    まだこれで中国、九州地方も全然手が着いてないんだからいやもうほんとに途方も無い…

  • 第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

    朝廷をどうするか、まさに今地獄門が開いているので他人事ではないにも…


  • 編集済

    第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    そこそこ改革が進んでる武家、一部から改革と妥協が始まってる寺社と比べると、主に畿内外、特に地下家くらいしか改革進んでない朝廷はねぇ。どうしても影薄いよね。

  • 第3055話・お祝いの前にへの応援コメント

    更新お疲れさまです次回も楽しみです


  • 編集済

    第3054話・難題山積みへの応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    足利宗家と古河公方家が血縁を結びなおしたから、関東諸将は注目していますよね。
    新時代の開闢の為に初代尊氏公以来の形を変えるから、既存の概念を壊す行為ですからね。
    関東には火種が幾らでも転がっていますからね。
    かと言って一から十まで解決するわけにはいきませんが、お家騒動などの揉め事は御免ですからね。
    とは言え外交ルートはあるし、血縁を利用した交渉の窓口はありますからね。

    織田の政と体制について理解してもらうために、まずは対話から試みる必要がありますよね。
    調停の仕事は本来交渉官の仕事で、主筋がやる仕事ではないですからね。
    本来は調停は当事者同士で決着つけて欲しいものですからね。
    それに関東だけに係り切りになるわけにもいかず、奥羽でも葛西、大崎、伊達、蘆名あたりの比較的大きい勢力も残っていますからね。
    懸念は尽きませんね。
    八屋形だけでも那須氏は特に内輪もめが酷くて那須七騎と呼ばれて、離散集合を繰り返していますから、これだけでも厄介ですよ。
    数少ない明るい材料は佐竹義昭と千葉(海上)胤富が友好的だったり北条の傘下で親北条である事ですか。

    北条と言えば具房君の言う様に、北条水軍を織田の命令系統や指揮下に組み込めるかどうかですが、伊豆諸島を貰ったり十年以上の信頼関係があるし合意しているから可能でしょうね。
    北条は下田を拠点として、伊豆諸島も含めて莫大な利益がありますから否は無いでしょうね。
    紀伊の水軍も北条水軍も戦ったところですぐに負ける事は分かり切っているので、北畠同様に海上の安全保障を織田に一任する事への抵抗も少ないでしょうね。

    頼朝公以来の名門が面目を保ったまま助けてくれと言うのは随分と虫がいい要求ですよね。
    従うきっかけですか、それが一番難しいでしょうね。
    関東三国同盟については、身軽に動ける信長公に任せるしかないでしょうね。
    一馬が出張るよりずっといいでしょうし。
    あとは手分けして関東諸将に織田の政を理解させ納得させ慰撫する事ですか。
    そうしないと、西国と対峙する時、謀反を起こされて背中から刺されかねませんし。
    銀英伝の第二次ランテマリオの二の舞は嫌ですからね。
    それに織田の政を理解して納得させなければ、一戦交えて武士の意地を見せるという既に旧弊な悪癖を是正しなければなりませんからね。
    関東は鎌倉以来や平安以来の名門揃いですから、守護代上がりの織田家に降るのは容易ではないでしょうね。
    しかも斯波の陪臣扱いですから。

    一馬が関東府を差配している状況ですが、他に出来る者がいないのが欠点ですね。
    一馬は一人しかいないし。
    それに上野も油断なりませんか。
    上野は関東管領で守護の上杉憲政さんと長野業正・業盛親子、長尾景虎さんが家宰ではありませんが家宰のように頑張っていますが、それ以外は煮え切らないとは賢人と呼ばれた長尾景仲を始めとして三代続けて上杉家の家宰を出した白井長尾家も今は見る影もないですね。
    惣社長尾家や上野沼田家も桐生家も横瀬家も小幡家も吾妻斎藤家もそうでしょうね。
    安中家は長野家と従属関係ですから長野家の意向に従うでしょうが。
    ちなみに97で亡くなった祖父は帝国軍人でしたが、やる事が無いのでおにぎり一つ持たされて桐生で木を切っていたそうです。
    松根油=松脂でも集めていたんでしょうかね?
    松根油は大戦末期にガソリンの代用燃料として集められましたが、進駐軍の米軍が無茶な使用に耐えられるように作られたジープでも使用して三日も経たずに壊れたそうなので、片道切符の特攻機には使えていたんでしょうね。
    特攻は生きた人間ではなく、今のロシアウクライナ戦争でAIによる自爆ドローン用だったら有効的な戦術なので運営方針は間違ってはいなかったと思います。
    そう考えれば特攻は肯定する気はありませんが時代が早すぎた戦術だったのかもしれませんね。

    話を戻しますが上杉家は越後落ちしたことを未だに陰口をたたかれていますが、長野に従うのと上杉に従うのは違うというのは、立場を上手く利用して言い抜けしようとしているようにしか思えませんね。
    分かりやすく言えば悪役令嬢物の王太子を寝取ったビット男爵家のサリーみたいに。

    上野の西隣の信濃は難所の碓氷峠などを越えなければ来れませんが、隣接国なのでおかしな真似はしないだけの知恵はあるようですが、油断は出来ませんね。
    伊達も立場をはっきりしないというより、出来ないに近いと思うんですよね。
    天文洞の乱で晴宗は稙宗に勝つために、恩賞手形を乱発したので結果、中野宗時親子の専横を許す形になってしまい、結果伊達家に実権が戻ったのは中野親子が謀反を企んでいると中野宗時の家臣の遠藤基信の密告で追放されて野垂れ死にしてからですからね。
    実権を取り戻したのは伊達輝宗の代ですから晴宗統治の後半は中野親子に専横されていたと言っても過言ではないかも。

    稙宗も根っからの悪ではなく、12男14女を秩序の構築の為に養子縁組や婚姻戦略で結果的に胤をばら撒いてどこかで血が繋がって東北プロレスになって政宗の代になるまで殲滅戦が出来なくしたり、上杉定実の養子に実子の実元に家臣を100人つけて入嗣させようとしたり、民法刑法が入り混じっていますが、要は武家の棟梁の特権である警察権と裁判権と軍権を掌握しようとした塵芥集=中央集権化を施行しようとして反対派が晴宗を担いだのが天文洞の乱の真相のようですし。

    残りの関東八屋形も南奥羽(伊達、蘆名、相馬、岩城、田村、石川、二階堂など)は一馬に頼りたいですが、プライドが邪魔してそれが出来ないですか。
    弱まらせてプライドを叩き折るには何年もかかりますからね。
    今川も臣従するまで7年かかりましたからね。
    何年もかけていられませんよ。
    寿命は限られているんですから。
    それに関東諸将は一部を除いて名門同士で同格なので纏める特権のある関東管領を除いてトップを決められず一つの纏まれず離散集合して泥仕合をしている有様ですから、味方につけても役に立たない気がしますね。
    佐竹義重のような出来人もいないことも無いのですが。
    北条家と上杉家は関東府に所属していますから、それ以外の残党が集まったところで…例えば過去の結城合戦などで関東管領職に色気を出していた結城家でも纏める事は不可能でしょうね。
    結城政朝や晴朝は優秀ですが、残った関東八屋形を糾合するのは不可能でしょうね。

    一馬は関東の面倒を見る必要はないのを皆が気付いているのは救いですね。
    一馬は21世紀?の人間ですから、民主主義とか自由とか平等とか博愛とか人権とかそういった現代人にとって普通の感性、弱肉強食の戦国時代では甘い感性を持っていますからね。
    それが一馬の美徳であり、欠点であるんですよね。
    昭和と平成を50年生きた朽木の若みたいに相手の気持ちを利用して、利用しつくそうという梟雄な一面が乏しいですからね。
    だから冷酷でも冷徹でもなく温厚で温情あると逆に皆に慕われるんですが、舐められている原因にもなるので、一概に両者を否定も出来ないんですよね。

    とはいえ、評定衆を発展させた議会政治はともかく、民主主義を戦国時代にぶっこむのは無理がありますが。
    一馬が生きている間に産業革命と議会の二院制=大名や上級公家(羽林以上)からなる貴族院(参議院)と民意や手柄により抜擢されたり選挙=入札からなる民衆(流石に一介の町民は無理でしょうから庄屋や町の顔役など)や下級武士、下級公家(地下人や名家以下)からなる衆議院の制度が出来れば御の字と思うんですよね。
    勿論、衆議院には過半数の合意があれば参議院の予算案や法律の施行の拒否権がある制度にする優先制度があれば更に良いのですが。
    そこまで意識改革をするのはフランス革命や明治維新みたいな革新的な出来事が起こらなければ無理でしょうが。

    それはさておき、一馬は本国である尾張に帰って、子供達に会いたいでしょうね。
    生臭い政治は悪魔の台所と呼ばれますが、出来れば一馬は子供達には関わって欲しくないでしょうね。
    でも子供は大人の目論見を軽々と越えてしまうんですよね。
    望まないのに戦争の才能や政治の才能があったりするし。
    銀河英雄伝説のヤンウェンリーやラインハルトのような子供が生まれて来る可能性はあるわけですし。

    今回も色々語って長くなって申し訳ありません。
    戦国時代に出来そうな事を語りましたが、理想論ですよね。
    出来ない事も分かっていますが、一馬や嫁や理解者がいれば出来そうな気がするんですよね。
    だから思わず語ってしまいました。
    長くなって申し訳ありません。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 第3054話・難題山積みへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3054話・難題山積みへの応援コメント

    更新ありがとうございます。

    後始末の大変さ…譲れぬところを、という視点もいい。
    ただし譲れぬ、が相手の絶滅以外なくなっているになってたら…

    子に会いたい、だとわかってもらっているのはありがたい。

  • 第3054話・難題山積みへの応援コメント

    更新ありがとうございます。


  • 編集済

    第3054話・難題山積みへの応援コメント

    誤字報告→上杉は未だに逃げたと陰口があるとのこと。長野は武威がある故に表立って陰口はないが、上杉が戻ると(長野の)従うのは違うと言い始めた者もおるとか。→「長野に」
    更新お疲れさまです次回も楽しみです

    作者からの返信

    誤字報告ありがとうございます。
    修正しました。

  • 更新ありがとうございます。

    後始末も小さいことになりそうですが、やる側にとっては大きいでしょう。

    誰もが久遠の恐ろしさを理解しているのが昔との違いですね。

  • 連続更新お疲れ様です。

    これで南北時代と東西足利の因縁が一応の解決を見たのでかなり懸念は消え去ったはずですね。
    東国はともかく、問題は西国(特に三好より西の毛利や大友、島津あたりが手強そうです)ですね。
    藤氏さんはそれがありますか。
    戸沢兄弟のように、廃された兄が当主になった弟に助けるという形でも仕えるので藤氏さんは変な気を起こさなければいいなと思いましたが、やはり戸沢兄弟のように争いになる懸念はありますか。

    血を分けたと言っても、他人行儀に育てられた赤の他人ですからね。
    口論や兄弟喧嘩くらいはいいとして、それを利用して権力拡大を図る愚か者が出た時は一馬が何とかしてくれるとは、頼もしい言葉ですね。
    利権や政治が絡むから、足利一族は政争の具となり親兄弟で争ったり、焚き付ける輩が出るんでしょうね。
    まずは弟の義氏さんに仕えて、それでも上手く行かなかったり、感情的に許せなかったり、利用する何者かが出た時は関東を出る=上様に出仕するというのが一番でしょうね。

    関東は私利私欲で戦をするような土地ではなくさせる。
    一馬の頼もしい言葉ですし、藤氏さんと義氏さんを守ってくれるのは心強いですね。
    武士にとって命と同じくらい大切な面目を保てたんですから、これで良しとするのがいいでしょうね。

    そして晴氏さんの出した恩情による大赦…
    おそらく「永禄大赦」と呼ばれるようになるでしょうが、出席せず逃げ回って赦免を受けなかった愚か者は捨て置くのが一番でしょうね。
    許されなかった古河公方家臣団はともかく、関係する寺社は許されるのかどうか探っていますが、晴氏さんが断腸の思いで今までの行きがかりを捨て、新時代の為に出した大赦だと言う事を気付いていないから、まだ許されるという幻想を抱いているんでしょうね。

    古河公方は別に殺さないし、犯罪行為でなければ好きな事をすればいい。
    建前上とは言え出家したんだから、修行と祈りの日々を過ごせばいいでしょうし、居心地が悪いなら旅に出るか、せっかく出家しているんですから雲水となって修行の旅にでも出ればいいんですよね。
    21世紀?の一馬ですら甘いと思った恩情を与えてそれを無にしましたからね。
    それ以上の事は自分で責任を持ってくれとしか言いようがないですね。

    藤氏さんと義氏さんが許すも殺すも思いのままという一馬の言葉に対して、義氏さんに聞かれた藤氏さんは父親の晴氏さんの最後の下命を無にしたくないと言ったその気持ちは何となくですが分かりますね。
    出席せず大赦を与えられなかった者達は捨て置き、簗田さんに一任しますか。
    それが一番いいでしょうね。
    そして藤氏さんを最後まで見捨てなかった家臣には土地ではなく、俸禄という形にして、織田領のやり方を少しづつ浸透させていくんですね。
    そして古河公方家も俸禄が増えるも、自分で年貢を取り兵を揃える手間が省けますからね。
    軍権については戦や災害時などの有事の際には、主君から兵を借りて対処する。
    これが主流になるでしょうね。
    シビリアンコントロールへの一歩前進でしょうか。

    尾張の花火大会を見せますか。
    それ以外にも尾張には名所がありますから、楽しみが増えるでしょうね。
    尾張堀り(史実の上総掘り)で湧かせた温泉とかもありますし。
    ここまでアフターケアすれば戸沢兄弟のような悲劇は起こらないでしょうから、一安心ですね。

    一馬は藤氏さんと義氏さんを和解させ、藤氏さんに最後まで着いてきてくれた者達を側近として、藤氏さん達を俸禄で養い、古河公方家の家督と所領を諦めて弟の義氏さんに仕えてくれるように頭を下げましたか。
    皆出家する気でいましたから、そりゃ驚愕しますね。

    そういえば上杉憲政さんの養女を奥(側室)に迎える為に行う宴会にぜひ出席してくださいと言われましたが、もとより異論はないですし、拒否権もありませんからね。

    そして藤氏さんの提唱した「関東三国同盟」ですか。
    確かに言い得て妙ですね。
    一馬が切り開いた新たな道で藤氏さんにも働く場所があると言うのがいいですよね。
    上杉さんの養女が誰になるかは分かりませんが、生家と養子先の二重の縁で縛れるという不思議な現象が発生するので、好手ですね。
    洋の東西関わらずよく使われる手ですし。
    一馬は近江や畿内も見なければなりませんから、多忙の中時間を割いて身が立つようにしてくれたんですから、藤氏さんや義氏さんの受けた恩は限りなく重いですね。

    古河公方重臣の思うように、一馬に見捨てられると文字通り未来はないですからね。
    自滅するか、二度と俗世間に戻らず出家するくらいしかありませんし。
    関東は関東公方であっても一任させてもらえず、上様の下で働く事になりましたが、見限られるよりはずっといいですからね。
    周りから見て、大御所である晴氏さんは変わりましたか。
    確かに思うようにいかず北条憎し、上杉憎しの塊でしたからね。
    それが今ではなくなった。
    一馬という光明を得て、恩讐を越える事が出来たと言う事でしょうね。
    一馬と触れ合い、親しくなることで憎しみを越えて希望を見出したからあんなに穏やかで優しくなれたんでしょうね。

    力と権威を誇る者は多かれど、他者を仏に変える事が出来る者など一馬くらいしかいないですからね。
    尾張の虎、器用の仁の信秀公を仏の弾正忠に変え、悟りを開かせたのは一馬で間違いないとは、この重臣、物が見えていますね。
    一馬は上杉の養女が輿入れする所まで見届けますが、そこから先は帰国して古河公方と両管領で上手くやってくれとしか言いようがないですね。
    でないと困りますし、一馬には古河公方から見て西の織田領と海外領土がありますからね。
    それに三国同盟だけでなく、三好さんや朝倉さん達との調整がありますし。
    失態にも寛容で光明を見せる御仁ですが、命を粗末にする者には容赦ないですからね。
    やはりあの忍びの件を引きずっているんでしょうね。

    そう言った意味では、古河公方家臣団は危うかったですね。
    戦が木石の様に転がっているような戦国時代で、戦を無くす方法なんて普通は思いつきませんし。
    史実では信長を利用して島津や毛利すら手玉に取った大友義鎮などの政治的な武将もいるにはいますが、圧倒的多数は交渉の末に戦って解決するのが武士ですからね。
    恐らく明確なビジョンを見ていたのは三傑くらいではないでしょうか?
    それもはっきりとした未来絵図を想い描いていたのは、信長公だけな気がします。
    あとの二人は棚ぼた的で秀吉は信長の亜流、家康は徹底した管理社会を目指した感じに見えるんですよね。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    ですがとても楽しめました。
    廃された兄が当主の弟の家来になり、結果謀反を企んだ戸沢家の悲劇を思い出してしまったんですが、この作品の関東府では悲劇が起こらなさそうでなによりです。
    ここまで一馬が骨を折れば藤氏さんも分かってくれるはずですからね。
    次はどんなお話が飛び出してくるか楽しみです。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • まさにやってみせ、言って聞かせて…って感じでしょうか。
    今でも新しい価値観を受け入れるのは中々難しいからなぁ
    情報のないこの時代は更に…ですし
    まだまだ苦労が続きますね…

  • 日々の更新、ありがとうございます。

    >争いをなくす術か。とても思いつかぬわ。
    争うのが武士ですからね。

    自覚せずに漏れ出た言葉なのでしょうが、武士のあり方、より踏み込むなら各々の暴力装置としての在り方そのものが問われているんですよね。

    その暴力装置が争い終わった後、どんな未来を描くのか。
    よほど上の立場に立たなければ、その「争った後」のことまで思考は及ばないのでしょうね。

  • 更新ありがとうございます。

  • 更新ありがとうございます。

  • 更新お疲れさまです次回も楽しみです


  • 編集済

    第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    連続更新お疲れ様です。

    あまりに色々あり過ぎて、義氏さんはなかなか寝付けませんか。
    それはそうですよね。
    親子としても、家族としてもどこか他人行儀であり、現代で言えば機能不全家族に近いものがありましたからね。
    晴氏さんは手を上げても怒鳴ってもいないですが、憎んではいけないのに、憎い北条の血を引いていると思ってしまったり、藤氏さんは北条家が優勢なので政治的理由で廃嫡されたとか、義氏さんを恨むなという方がおかしい家庭環境で育ちましたからね。

    それが義氏さんの心のどこかに影を落としていたのは想像に難しくないので、父親は北条も三日目の宴会に出席した者は許すと言ったのは、心情的には青天の霹靂だったでしょうね。
    それが寝付けない原因なんでしょうね。
    フルニトラゼパムとかクエチアピンとかエスゾピクロンとか処方してあげたいですね(いま私が飲んでる眠剤ですw)
    でも奥さんの上様の妹の久姫とは初夜をやったんでしょうか?
    空閨だと可哀想ですよ…
    足利義氏に夭折したけど息子と娘が二人いますからね。
    史実では古河公方の唯一の女当主の氏姫が以前古河公方から離反した小弓公方、足利義明の遺児の足利頼純の子、足利国朝と喜連川頼氏と政略結婚させられて古河公方統一をやらされましたが、この世界ではそんな目に合わないといいですね。

    話を義氏さんに戻しますが、晴氏さんは過ぎた事は許すと恩赦を出しましたからね。
    確かにあれは思い切った行動ですが、武士として表舞台から消す際に言いたかった言葉だった気がしますね。
    あれで義氏さんの心のつかえがとれた感じがしますから、やはり晴氏さんは親なんでしょうね。
    義氏さんは眠れないなら鍛錬しますか。

    確かに総大将が兵を動かす戦略と前線指揮官と兵卒が戦う戦術の違いの何たるかを知らなければ、「将功成りて万骨枯る」が理解できないと思いますし。
    総大将の義氏さんが刀を振るうのは負け戦で戦略的にも戦術的にも負けて押し込まれている時くらいですからね。
    でも鍛えても助かる可能性は低いですが、やらなければ生き残る可能性は確実にゼロですからね。
    それに日ごろの鍛錬として己を磨くのはこの時代の常識ですからやって損はないですよね。

    ジュリアは皆に慕われる姉御肌な人物ですが、例えでいうと銃の引き金を引く指と心を瞬時に切り離せたり、普段は楽天家ですがスイッチが切り替わると躊躇ない戦闘者に変わったりするタイプでもあると思うんですよね。
    ちなみにこれは教えて出来る事ではないそうです。

    義氏さんは鍛錬を積みましたがジュリアに手も足も出ませんね。
    そりゃ「今巴」や「狂鬼の戦人」が相手ですからね。
    上様どころか塚原先生の渾身の一つの太刀を躱されては、攻撃手段がないので詰みましたからジュリアが勝ったんですから、上様の様な生き方は出来ませんよ。
    一馬の言う様に人間には得手不得手があるから、自分でできる事を見つけるべきだと諭しましたか。
    義氏さんの生年説が二つあって1541年生まれ説の場合は22才ですが、1543年生まれ説の場合は20才なので、どちらにせよ自分で責任が取れる年齢なので古河公方家から逸脱しない限りは認められると思いますし、一馬の言う様に「自ら戦えない者も生きるべき役目はある」とおもいます。

    一馬の武器は金と政治力、経済戦争で血を流さない戦争が得意ですからね。
    幸いそのやり方は信秀公にも理解を得られましたから、こっちの時代に来たばかりの時、第二次加納口合戦を中止し、経済戦争に舵を切ったので信秀公の兄弟を含む織田一族の多くが死なずに済みましたし、彼らは得意分野である文の方面で頑張っていますから助かっていますよね。
    織田家は今川家や武田家と違って歴史が浅い方ですから、家臣団の層が薄いのが欠点なので、大敗北を回避できたことは大きいですよ。

    徒党を組み、武力で片付けようとする、血を流す政治を念頭に置いている武士とは根本的に考えが違うと思うんですよね。
    そこのは当然21世紀?の価値観と戦国時代の16世紀の価値観の相違がある事は忘れてはいけませんが。
    晴氏さん、藤氏さん、義氏さんは一馬に助けられてばかりで今回受けたこの恩は果てしなく重いですが、一生かけて返していくつもりでしょうね。

    未来の電子辞書キタ━(゚∀゚)━!

    結婚式の時期は9月と思いきや8月でしたか。
    確かに早植えの稲の刈り取り後ですから農閑期ですね。
    義輝公の妹の名前はこの小説では長らく不明でしたが、久姫と明言されましたね。
    久姫の出展、根拠が何か気になりますが、おそらく戒名からでしょうね。
    もしくは毛利元就の正室の妙玖からでしょうか?
    研究では玉か久らしいですから、そこから取ったのかな?と思いました。

    しかし婚礼の見届け人が塚原先生と一馬とは改めて考えるととんでもない大物ですよね。
    足利宗家と鎌倉公方(古河公方)は初めのうちは仲が良かったですが、代を経る事によって仲が悪くなる典型例ですよね。
    確かにどちらが悪いとは言い切れませんからね。
    複雑にからんでいますし。
    強いて悪かったのは足利持氏が不満を爆発させ乱をおこし、跡継ぎの息子の成氏が享徳3年12月27日(1455年1月15日)に上杉憲忠を御所に呼び寄せて謀殺し以後約30年にも及ぶ享徳の乱をおこしますが、康富記では父親の持氏を死に追いやったのは上杉氏だと信じて疑っていなかったようです。
    とはいえ、反逆者なので室町幕府は上杉憲忠の弟の上杉顕房を支援し享徳4年4月に後花園天皇から成氏追討の綸旨と御旗を得たために、成氏は朝敵となりますが30年戦い抜いた末に応仁の乱の傷跡も深く、文明14年11月27日(1483年1月6日)の都鄙和睦によって、成氏は朝敵の汚名から解放され、嫡男の政氏の名前も前将軍・義政から一字を拝領し政氏になりました。
    なんとなくですが東国は中央の属国扱いですが、同時に中央の目が行き届きづらいので野心者や半独立王国の体を成していた感じがしますね。
    平安時代の奥州藤原氏の興亡を描いた炎立つでは小説版とドラマ版では内容が結構違いますが、小説版で言っていた好きな台詞は「奥六郡=陸奥の地は男が男として生きられる地」という台詞ですが、それがドラマに反映されなかったのがちょっと悔しいですね。

    東西足利の対立が一馬や三国同盟の台頭により東国と畿内の問題になっていき、東西足利の和睦という形に持って行けたんですから、世の中何が幸いするか分かりませんよね。
    和睦には婚姻同盟がいいですし、義輝公の判断は正解だったわけですが。
    たしかに、理解力はありましたが政治と血縁と妥協の産物で古河公方になったのが義氏さんですが、立場が立場なだけに生半可な家では家格が劣りますからね。
    幸か不幸か、義氏さんが開眼してくれてよかったと思いますし。

    上杉憲政さんと北条氏康さんは対立していましたが、斯波武衛様の仲介で和睦し、関東管領をかつての二名体制に戻した事で北条家も立場が安定しましたからね。
    こう言っては何ですが、上杉は家臣の層が薄く、北条家の方が家臣の層が重厚に感じるんですよね。
    しかも北条家は跡継ぎを始めとして息子たちにも恵まれていますし。
    某野望でプレイしたとき、上杉の家臣団の層が北条家に比べて薄すぎる感じがして、愕然とした記憶があります。
    数はいても集めただけの低スペック連中だし、最初見た時どうやってこれで北条の侵攻を防いで、逆侵攻しろと?って思いましたが、この世界線では協力関係にあるからよかったです。
    妻鹿田新助の裏切りにより、上杉憲政さんの嫡子の龍若丸の事は残念でしたが…

    話を義氏さんに戻しますが、関東府が再興したら次は嫁取りですが生半可な所では嫁を取れないので、父親の晴氏さんにお伺いを立てたんでしたね。
    晴氏さんは織田領を実際動かしている権力の中枢である、武衛様、信秀公、一馬に相談し、たまたま菊丸として訪れていた上様にも相談しましたか。
    将軍の妹は史実通りなら、小国で比較的御しやすく、保食(うけもち)の国である若狭に、確かに史実通りなら若狭武田の義統に嫁がせますが、若狭には小物管領がいるので初めから選択肢にはないし、他の三国同盟に嫁がせても政治バランスが崩れるのでNG。
    そこを考えると、同じ公方家でも目の行き届かなかった古河公方の義氏さんに白羽の矢が立ちましたか。
    平島公方も三好が掌握しているからNGですね。
    普通なら不可能でしたが、当時から東国の光明として有名で古河公方家の後ろ盾になっていた一馬のがいたからその可能性を探りましたか。
    三国同盟としても東国にとっても難しかった関係を改善できる機会だとして、婚礼を推し進めていったわけですね。
    私の記憶がところどころ忘れているので電子辞書の存在がありがたいですね。

    確かに一馬は信長の家来ですが、本質は日ノ本の統治の外にある独立領主でおそらく世界最大の植民地を持っていたスペインよりも勢力は大きく、世界最大のお金持ちであり、塚原先生の培った人脈は凄まじいものがありますが、仲人を務める程の立場ではないんですよね。
    ですが話し合いの末に仲人をやる事になったので、世の中何が起こるか分からないものですね。
    それに上様の権威と東国の平穏は一馬が居て初めて成り立つほどですから、生き神様のような扱いで一馬への信頼と権威は高まっていますからね。

    将軍家の義輝公と古河公方の晴氏・義氏親子の関係自体は良好でしたが、それだけで仲直りが出来ない程、関東諸将や寺社の心は疑念や因縁で頑なになってしまっていましたからね。
    簡単に水に流せるほどたやすいものではなかったわけですし。
    となると三国同盟や一馬達の様な一見すると無関係ですが畿内から外でも三国同盟が献金したのに慣例とは言え三関警固などの仕打ちを受けて東国の痛みを知るので、痛みを知る者同士が動くしかないですよね。
    そして婚礼が近づくにつれて、一馬の嫁達を関東入りさせる。
    少しづつ時間をかけて進めていくしかなかったですよね。

    そして直前には足利晴氏、北畠晴具、北畠具房、斯波義信、織田信長、六角義弼という錚々たるメンバーが関東入りしましたよね。
    一馬は災害対策での的確に陣頭指揮を取ったり普段の政務を執ることはあっても、トップとして動いたのは初めてだったので東西足利統一がいかに難しいかと言う事を思い知らされましたね。

    婚礼は将軍家のものと同レベルで全国津々浦々から守護や守護代、またその名代が来るとは、相当な規模になったでしょうね。
    確かにお市ちゃんは久遠島で大々的にやってましたから、日ノ本では意外と質素でしたから、お市ちゃんの時よりも盛大にやろうという一馬の強い意志の他にもいたずら心というか僅かながらも稚気もあったでしょうね。
    そんな気がします。

    確かにお市ちゃんよりも盛大にすると確かに困りますよね(笑)
    でも一生に一度のものですからこれくらいがいいんですよ。
    一馬の場合は朝廷の枠組みから外れているから日ノ本の常識に囚われなくてもいいと思うんですよ。
    実際、義輝さんや義氏さんの婚礼よりも規模が上でしたし。
    分かりやすく言えば
    一馬>越えられない壁>義輝公>義氏さん
    こんな感じでしょうな?

    領民は一馬が日ノ本にしっかり根を下ろして縁を繋いだこと、東西足利が縁を結びなおした事を喜んだという記録や逸話が全国で散見されると言う事は全国津々浦々にこの慶事が広まったって事ですよね。
    東西足利の婚礼は、足利と北畠の南北和解に続く、過去の時代の清算をしているんでしょうね。
    足利家は開闢から負の遺産を抱えていましたからね。
    南北朝など。
    今のうちに今までの負の遺産を清算して新時代に持ち込まないようにしないといけませんね。
    久遠一馬に協力してもらう事によって、慶事で世の中を変えようとした義輝公、晴氏さん、義氏さんの努力は高く評価されていると言う事は、未来では恐らく新時代を築けたんですね。

    しかし義輝公の妹の足利久姫は史実では1548年に若狭武田の武田義統さんに嫁いで1552年か1562年に孫犬丸元明がうまれているはずなんですが、この世界線では、孫犬丸元明は生まれてこなかったか、母親が違うんでしょうか?
    一番そこが気になりました。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    すぐに読み終わったと思ったら、未来の電子辞書も長かったですね。
    こういうのもいいですね(笑)
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    更新ありがとうございます。

    待望の後世回、どれほど大変だったのかまとめられてよくわかるという。

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    唐突ですが、水戸黄門のようなドラマが作られたら
    六角義弼がスケさん、カクさん、どっちのモデルかで議論が...

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    後世の評価を読むたび思うのですが、どんな現在になっているのか気になりますね。

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    ほっ。………イヤイヤイヤ、帰るまでが遠足です。(フラグ?)

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    今回の話は短いと思ったけど、後世の解説が長くて驚きました

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    更新ありがとうございます。

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    刃物振り回すよりずっと難しくて時間のかかることをずーっとやってきてんのほんとに大変だよねぇ…

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    4代目なのか5代目なのか

    作者からの返信

    誤字報告ありがとうございました。
    修正しました


  • 編集済

    第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    うむうむ、正当な評価って得難いものだよね。
    (社会経験のない10代の妄想世界より)

  • 第3052話・一夜明けて……への応援コメント

    更新お疲れさまです次回も楽しみです


  • 編集済

    連続更新お疲れ様です。

    お披露目も三日目と言う事は終盤戦ですね!
    参加者は古河公方家臣団と国人衆ですか。
    前日参加していた重臣はともかく、それ以外の今まで無視していたり逃げ回っていたけど出るように説得されて出席した武士にとっては針の上の筵である事は想像に難しくないですね。
    参加者は笑顔でしていようとしていますが、素直に喜べませんし顔色悪いですよね。
    自業自得ですが、針の上の筵ですよね。

    しかし今回参加する者は思惑は何であれ藤氏さんを見捨てなかったことを許されて、病気や出家で不参加者はもう知らないと見捨てられたという事は、この宴会への参加は古河公方家に残る為の最終便だったわけですね。
    確かに普段は勇ましい事をほざきつつ直前になって病欠や出家を理由に藤氏さんを見捨てたんですから、そんな輩はいくら有能でも仲間にしたくないし、後ろに配置するなんてもってのほかですからね。
    まさに持て余し者ですね。

    分かりやすい例で挙げるといざとなったら、銀英伝で第二次ランテマリオ会戦で劣勢になったらロイエンタールの乗艦のトリスタンに「後ろ」から砲撃した味方だったはずのグリルパルツァーみたいな奴を背後に置きたくないですからね。
    獅子の心を理解しない鼠は要りませんからね。
    この場合鼠は高等哺乳類なので鼠にも失礼なので、ラインハルトが評したロックウェルみたいに見るべきところが何もない、稲を枯らすだけの害虫の浮塵子レベルでしょうね。

    話を戻しますが、足利宗家の慣例のように当主と世継ぎ以外は基本出家というように藤氏さんを出家させるかと思いきや、そうではないとは・・・
    勿論乱にはならないような配慮をするんでしょうね。
    関東府で数年働いて、下積みややり方を学んでから、上様に出仕するようですが懸念があるんですよね。
    一応古河公方の弟の下に一時的にとはいえつくわけですから。
    その懸念と言うのは、これから起こるかもしれないし、史実では起こった戸沢家の事です。

    戸沢道盛の長男の戸沢盛重は1551年生まれなのでこの世界ではすでに生まれていますが、史実通りなら生来多病(病気がち)なので、有能で健康的で強い夜叉九郎とよばれた1566年生まれの弟の盛安に跡目を継がせるために、1578年、戸沢盛安が13才の時に隠居させられ出家します。
    これで終われば問題はないんですが、問題はここからで、道盛の叔父=戸沢兄弟の大叔父で分家の小館戸沢氏の当主の安房守(安芸守とも)政重に嗣子がいないので、隠居した盛重を政重の養嗣子にして、結果弟の家来にさせられたので戸沢盛安が小田原参陣した時、謀反を企てた事件があったんですよね。
    周囲が気を配っているし、藤氏さんが謀反を企てるとは思えませんが、不満に思わせてはいけないと思いました。

    藤氏さんと義氏さんは一緒に遊んだことは無いというし、型通りの挨拶しかしていないのは、この時代の知恵=余計な情を挟まないという一つでしょうし、一馬の生きた21世紀?の価値観を当てはめるわけにはいきませんからね。
    封建社会と近代以降の民主国家、違いが大きすぎるし、家というシステムを守る同僚という考えは、傷つきながら血を流しながらも経験則で作り上げられたシステムなんでしょうね。
    誰かが言っていましたがマニュアルは血で書かれていると言っていましたが、それは政治の世界でも言える事なんですね。

    晴氏さんと一馬を恐れている厳かな宴ですか。
    東西足利の対立は足利兄弟、尊氏・直義の対立から始まり、鎌倉公方となった尊氏の四男の基氏は尊氏の子でありながら直義の影響を受けていたので、この時点で確執はありました。
    だから代を重ねる事に仲が悪化して、足利持氏の代で遂に爆発したんですが、満兼の時も大内義弘に呼応し、兵を挙げましたが管領の上杉定憲が諫止したから我慢して矛を収めたってレベルですからね。
    しかし、偉大な始祖であり先祖でもあった初代でも解決できなかった因縁を解決できた今回の婚礼は、快挙と言ってもいいでしょうね。
    太平記でも当事者の後醍醐天皇や足利尊氏がこの世を去っても、三代義満の時まで南北朝時代が66年続きましたからね。
    戦や因縁を終わらせるのは難しいというのは歴史が証明していますね。

    確かに、晴氏さんは尾張の最新の医学によって史実寿命を2年も越えていましたからね。
    これが現役の武将として表舞台に出る最後の機会でしょうね。
    確かに今回の婚礼で東西足利の和解という大仕事が最後の役目であり、それももう終わりますからね。
    故にこの場にいる者の罪を全て許すという恩赦を明言しましたか。
    故に仮病を使ったり、出家して逃げ回った輩は許されなかったわけであって、なんだか現代でもある逃げ回って逃げ回って舞台から転げ落ちるか、破滅する政治家や実業家が思い浮かびますね。
    多すぎて誰とは言いませんが。

    しかし前古河公方・晴氏さんの口から誰一人恨んでおらず、今回の婚礼を満足だと言った発言に目頭が熱くなるものもいますか。
    それは当然ですよね。
    山内・扇谷の両上杉、「二本杉」の内部抗争を北条早雲公に利用され、気付けば伊豆と相模を手に入れ、武蔵の一部まで蚕食し勢力拡大した北条と長年戦い続け、絶対に勝てると踏んだ、8千対8万の河越夜戦でも敗北した。
    戦略でも戦術でも政略でも北条に負け続けましたが、関東府が出来て関東管領が元の二名体制に戻され、管領となった北条とも和睦し、今までやってきたことは決して無駄ではなかったと主君に言われれば、こみ上げて来るものがあって当然だと思います。
    その想い、なんとなくですが分かる気がします。
    泣いてもいいんだよ、って思いますが武士はみだりに涙を見せるものではありませんからね・・・
    因果な商売ですね、侍って。
    人前で泣く事を許されないんですから。

    婚礼後、闘病生活の為に尾張に戻りますか。
    確かに尾張の医学無しではすぐに死んでしまいますからね。
    しかし当初は生きる気力に乏しく、婚礼まで持たないと思われた晴氏さんがここまで元気になるとは。
    もしかしたらあと10年くらい生きるかもしれませんね(笑)
    しかし、何一つ成せなかった自分でも一馬を軽んじたら地獄の底から舞い戻って討つという言葉に覚悟の程が伺えられますね。
    地獄の底から舞い戻ってくるってまるでレッドショルダーだ(笑)
    以前、一馬が居てくれたら北条に一泡吹かせられただろうに残念だと言ってましたね(笑)

    穏やかではあるが覚悟を決めた男の顔ってこんな感じなんでしょうね。
    しかし晴氏さんの最後の晴れ舞台であり、おそらく一切の役職から手を引き、闘病生活の合間に趣味の絵を描いて過ごす日々に戻るでしょうね。
    あまり考えたくはありませんが、次に大々的に表に出る時は葬儀でしょうね。
    願わくばそれは大政奉還後の新時代になってからになって欲しいです。
    一馬とは個人的な付き合いはありますが、公的な活動はこれで最後ですから、「ありがとう、そして本当にお疲れ様でした晴氏さん」と言いたいですね。

    晴氏さんは自分の中の北条への憎しみが消えている事に驚きを隠せないようですね。
    宿敵あった氏康さんですら憎しみがなくなるとは。
    関東管領を二名体制に戻したことにより、上杉を立てて、争いを起さずいい管領をしてくれるのは、もう北条を余所者と看做さず、脅かす者はいないからでしょうね。
    一例ですが、南下野の宇都宮氏=切れ者で宇都宮氏滅亡を回避させ、幼く病弱な広綱を養育した義理堅い芳賀高定が有名ですが、史実では一時に不本意とは言え宇都宮が北条の従属下に入った事があったので、この世界線では完全に関東府に従属するでしょうね。

    伊勢宗瑞公は、今川家に嫁いだ妹の頼みで駿河に来て駿河に下向し甥の龍王丸氏親を当主にする為、氏親の叔父の小鹿を討って恩賞に興国寺を貰って、そのあと足利義澄の上意討ちで義澄の実母と同母弟を殺害した足利茶々丸を討って伊豆を切り取ったまでは分かります。
    しかしその後西相模の小田原城を拠点とする大森氏と岡崎城を拠点とする東相模の三浦氏を討って相模を切り取ったあたりから幕府の制御を離れたか、それとも幕府から何らかの密命があったのかは最早知る由もありませんが、確かに晴氏さんの思うようにどうでもいい事ですね。
    晴氏さんの言う様に北条が居なくなっても、また内戦がおこるでしょうね。
    北条家台頭前にも上杉禅秀の乱とか長尾景春の乱とかありましたし、大勢力の北条が忽然と消えてしまったら、その空白を埋める為に、一望千里の草刈り場と化しそれ以上の乱が起こることは想像にたやすいですね。
    扇谷上杉は河越夜戦で朝定が急死(病死、討ち死に諸説あり)しましたが、扇谷上杉の一族と思われる上杉七郎=上杉憲勝がいますし、1559年に岩槻の太田資正に擁立されますから、また二本杉の内戦が始まる事は必定ですからね。
    北条が管領となり、関東府と上杉を立ててくれれば重石となって滅多な事は起こらないでしょうね。
    里見義堯の様な輩までは責任は取れませんが。

    藤氏さんについて先ほど戸沢兄弟の例を出して懸念していましたが、晴氏さんは藤氏を信じて、上様と一馬が身が立つようにして何か道を示してくれると考えていますか。
    確かに藤氏さんが謀反を企んでも誰もついてこないでしょうし、そこまで馬鹿ではないと信じたいですね。
    関東八屋形は気位がとても高いですからね。
    かと言って気位が高すぎて連合は人取り橋の合戦などの僅かな例を除いて、容易に出来ないでしょうし、第一人取り橋の時の中核だった佐竹は関東府に友好的ですから対峙することはないでしょうから、時間をかけて残りの八屋形を降らせていく必要がありますね。
    ただ、北下野は那須七党(那須七騎)は内戦ばかりしていますから、関東府軍による力による平定は必要になるかもしれませんね。

    確かに足利を終わらせる頃合いなのかもしれませんね。
    一度は天下の将軍が8千石しかない、大名ですらない朽木に亡命するなんていう屈辱を何度も体験し、三国同盟の後ろ盾と幕臣の再構成で今の権勢はありますが、それも時勢と三国同盟と義輝公の能力によるものですからね。
    個人の能力だよりや最高権力者に権力や仕事を集中させると、室町幕府や大明帝国みたいにすぐに乱が起こったり、名君の統治が短く暗君の統治が長いという状況に陥りやすいですからね。
    確かに義輝公は一代の英傑ですが、子孫がそうである保証はないですからね。
    ここで終わらせ、大政奉還で徳川時代をまるごとすっ飛ばすのがいいかもしれませんね。
    高炉など一部は産業革命まで起こってますし、近代化も可能なはずです。

    晴氏さんは義氏さんにすべてを譲り渡した時、武士が重ねてきた功罪を思い知り、代替わりするべきだと思いましたか。
    確かに開祖の空海や最澄、親鸞、法然、日蓮は紛れもない聖人でしょう。
    ですが時代を下る事、特権意識や教義を曲解して腐敗した俗物となり果てましたからね。
    開祖たちが見たら、草葉の陰で涙を濡らすか、泉下で怒っているでしょうね。

    晴氏さんが一番懸念しているのは一馬ですか。
    確かに東国を豊かにし、その上で国を割らず西国と対峙しなければならないという難事業が待っていますからね。
    一馬は嫁もいるしシルバーンがあるから潰れませんが、晴氏さんが懸念に思うのは当然でしょうね。
    第一、自分の代理人に任じた事もありましたからね。
    朝廷も献金による官位の売却=売官とか、公家も家職がなければ地方の有力大名と婚姻して、血筋を売っているという面は否定できませんからね。
    その為に無用の乱が起こらなかったとは言い切れませんからね。
    晴氏さんの考えは全くの見当違いではないと思いますよ。

    朝廷を滅ぼすというのは些か乱暴ですが、出来れば明治維新の明治政府のように、皇族や公家は臣民に率先して規範になるように、軍人や政治家になるべしみたいな気概があってもいいと思うんですよね。
    兵役とか。
    封建社会だから、民主主義と違ってドラスティックな改革もある程度許容されると思うんです。
    それだったら残す価値はあると思います。
    昔の学習院は、公家だったら無試験で入れましたが、それは廃止して試験を行い、最低限の礼儀作法を身に着けているかチェックする必要がありますね。
    今の皇居警察みたいに、警察学校を卒業するだけでなく、歌が読めたり茶道などの礼儀作法が出来ないと入隊できないそうですし、事実上の戦前の近衛部隊=ロイヤルガードですね。

    話を戻しますが、晴氏さんは塚原先生に目が向きましたか。
    確かに塚原先生程だったら、同じ結論や懸念に至ってもおかしくはないですね。
    一馬は腐敗した朝廷や寺社を漂白できるのか?と言われれば、多少の力は必要でしょうが出来ると思いますね。
    今でこそは東京に皇居があり首相官邸や国会議事堂があり日本の首都ですが、日ノ本の文化文明はずっと西高東低で東国は西国のいいようにされてきましたからね。
    その証拠に、永田町に国会議事堂が赤坂に仙洞御所があるのにもかかわらず京都人は「帝はんは東京の別荘に遊びに行ってるだけや」と本気でほざきますからね。
    何処の世界に別荘で生まれて、育って、政務をとって別荘でお隠れになる帝が居るんですかね?
    現実を見ろと言いたいです。

    本朝では反逆者で東国で新皇を(朝廷から見て)僭称した平将門公も言い換えれば東国の希望であり、西国に抑圧された東国の不満の代弁者だったと言っても過言ではないと私は思います。
    それが久遠に変わっただけで、平将門公が祟り神とは言え未だに信仰心があるので、極力血を流す政治である武力を使わずに血を流さない戦争である政治でうまくやって、結果を出しているから民衆は久遠が日ノ本から撤退しても、信仰心を抱き続けるでしょうね。
    それこそ、寺社の開祖へのような敬意を抱き続けるでしょうし、心までは統制できませんよ。

    久遠家にはこれから苦難の道のりが待っている事は嫌でも分かるので、晴氏さんは自分の無力さと不甲斐なさに腹立たしい気持ちになるのはよく分かりますが、一馬は理解してくれて、励ましてくれるだけで頑張れますからね。
    そこは一馬に期待ですね。

    今回も長くなって申し訳ありません。
    色々と例を出してしまうと、長くなってしまうんですよね。
    特に古河足利兄弟と戸沢兄弟がなんだか似ているって思ったら、思わず書いてしまいました。
    出来れば戸沢兄弟の悲劇を回避してほしいですね。
    盛安も13で当主、27で病死?(おそらく過労死)なので夜叉九郎盛安が慈悲深く有能なのは誰が見ても当然なので、この世界線では天寿を全うして活躍して欲しいです。
    今回も深みがある内容でした。
    しかし晴氏さん、考えが思い切り過ぎですね(笑)
    誰もが思っても明文化しなかったことをしているんですから。
    色々考えられる回で思わず長くなってしまい、申し訳ありません。
    今回も楽しめました。
    次回も楽しみにしています。
    では!

  • 更新ありがとうございます。ご無理なさらず。

    いい回でした、気力を失っていたのがこの迫力。
    そして先の先まで読んで。朝廷も滅ぼすことを考えるのがお見事。

  • 晴氏さんがぴたりと閉めた。グッときた

  • >この場にいる者の因縁と罪はすべて許そう。

    意訳:尤もらしい理由付けてサボった奴等は死んでも許さんからな。

    さもありなん、というやつですな。

  • 晴氏さんには長生きして関東の新時代を見届けて欲しい

    卑下してるけど、晴氏さんがいなければ関東静謐がまじで5年は遅れた可能性もある
    それはつまり、畿内や西国への対処・日ノ本平定が遅れるということであって…
    宗滴爺みたいに穏やかに長生きしてくれ
    そして義氏さんと藤氏さんに教えを授けてくれ〜

  • 晴氏さん、なにもしてやれないって嘆いているけど…
    居なかったら冗談抜きで、関東府が詰んでた可能性は高いんだよね。
    「無理だと思うけど、とりあえずやらせよう」って方針だったし。
    そうなったら関東の統一が年単位で遅れた可能性はある。
    少なくとも一馬はめちゃくちゃ感謝してると思うなぁ。